401 バーデン・ヴァルト② sideアルノルト
遮音結界を解除して、伸びをする。
…なんか、すっごくスッキリした感じだなあ。疲れが取れてるっていうか、あんな寝方してたのに久々の爽快感!
洗面所で顔を洗って出てきたけど、トビアスはピクリとも動かず寝てた。「トビアス、起きろよー。朝だよ?」と言っても…って、そうでした。遮音方陣の中で寝てるんだもんね。
ヘルゲさんに接続し、ガードに遮音方陣を小さく中和してもらった。すーっと息を吸って、叫ぶ。
「パウラにフラれるぞトビアスぅぅぅ!」
トビアスはガバッと起き上がって、何言ってるか聞こえないけど俺に向かって何かを怒鳴り、移動用端末のメッセージを見て真顔で「ヤベ…」と口が動いたのが見えた。ようやく遮音方陣に気付いて解除したトビアスは、移動用端末に「悪い、土産に黒豚のうまい肉買って帰る。許せ」って入力した。うーん…たぶんマリー姉ちゃん的には六十点くらいかな。
「くっそ、お前起こし方最悪だぞ。心臓に悪い」
「でもユリウスには拡声の方陣使って叫んだから優しいと思うよ」
「…よくやった。今回は許す」
「なんだよー、まだパウラと踊ったのを根に持ってんの?あれはトビアスだって悪いんだよ」
「うるさい、あいつやることなすことスマート過ぎて俺と対極じゃんか。…警戒してるだけだ」
ブツブツ言うトビアスは複雑そうな顔だった。そだよねー、パウラの事さえなきゃ普通にユリウスと仲いいもんね。つかさー、ムカついたトビアスがパウラを取り返しに行った時、パウラってばめちゃくちゃ嬉しそうだったじゃん。バッカだなートビアス。
朝食で皆と合流して、今日は何しよっかって話になった。お母さんとカチヤさんは「サウナの後でカジノに決まってるだろう…くっくっく…」と黒い笑顔をした。へぇ、カジノなんてあるんだね。カチヤさんは「これが楽しみだったのよ…いきましょ、おばさまッ」と手をわきわきさせ、目に何かヤバい光が灯ってた。
テオさん夫婦はいろんなサウナめぐり。ヨナスさんたちは美術館に行きたいって言ってた。ノープランなのは俺たちだけかあ~。
アル「トビアスどーする?俺、お土産買うのと温泉しか思いつかない」
トビ「俺もだ」
テオ「なんだ、お前らサウナ行かないのか?」
アル「俺、サウナだめなんだよ…鼻が痛いっていうか、熱気に耐えられなくて」
トビ「同じく。あんなヤバいとこでじっとしてらんねえ…昨日のクアハウスが気持ち良かったからそっち行く」
アル「あー、確かに。あそこ静かで、何か落ち着くんだよね」
デボラ「…一番若いのに一番トッショリじみた場所を選んだな…」
アル「えー、何で?綺麗な場所じゃーん」
全「あそこは湯治場だ」
トビ「…俺ら、一番病んでるってことかよ…」
アル「あう…まだ修行が足らないんだね。皆元気で何よりですよ…」
何だかちょっとだけショックを受けつつ、部屋に戻った。さっさとお土産買っちゃおうって言いながらバーデン・ヴァルトを歩く。古い石畳の道だけど、それが何とも言えない風情っていうか、雰囲気イイんだよね。
中央の街ってね、新しい建物も古い建物もごちゃまぜだし、ボロボロの廃屋もあれば、手入れの行き届いた民家もある。その混沌がまさに中央!って感じなんだ。でもバーデン・ヴァルトは統一感があって、重厚で、歴史のある町って感じがある。
『Baden=SchwarzSchwein』と流れるような文字が彫られた看板を見つけて、トビアスと「あった!」といいながら近づいていった。
文字の横にはすっごく可愛い黒い子豚が三匹でじゃれている絵がある。随分とキュートなお店だねと思ってドアを開けると、カランカランとこれまた可愛いドアベルが鳴った。
そして店には、カイさんかカミルさんかイザベル店長かと思うほどの筋肉な人が、曲刀ですかっていうほどブ厚いナイフを持って、ゴム製で歩く度にベコベコ音がなるようなエプロンをし、店にズラーっと吊るされた温泉黒豚の枝肉を「どぅるぁ!」と言いながら一刀両断していた。
アル&トビ「 … こ の 落 差 。 」
店員「…らっしぇい、あんちゃん。何ほしいんだ、精肉か、ソーセージか、ハムか、ベーコンか。…ンだ、慣れてなさそうだな。何食いたいか言え」
アル&トビ「…しゃぶしゃぶが美味しかったから…」
店員「しゃぶしゃぶ用の精肉な。何頭分だ」
店員さんに圧倒されていた俺たちは、まさかの単位を言われて正気に戻った。そうだ、どんだけ買えばいいのかなあ…
トビ「…俺は…500g。あとこのソーセージとベーコンも同じだけ」
アル「うあ…えっと…パーティーもあるしなあ…すみません、だいたいでいいので、三十人分でしゃぶしゃぶ用ととんかつ用とハムとソーセージとベーコン!くださいっ!!何kgになるのか見当がつきませんっ」
店員「おう、待ってろ」
店員さんは、俺の中では「ドズゥン、ドズゥン」という足音が鳴ってる気がしたけど、実際にはベコベコとエプロンを鳴らしながら店の奥へ行った。そしてしばらくすると油紙に包まれたすごい量の肉を肩に担いで戻って来る。
う ん 、 買 い 過 ぎ た 。
…アロイス先生に言って、冷気保存庫にどうにかして入れてもらわなきゃ…
どうしようって思いながらもカイさんに接続して、ひょいっと肉を持った俺を見た店員さんは初めてニヤリと笑った。
店員「…また来な、あんちゃんたち」
アル&トビ「…ども…」
…やばい、あの笑顔は筋肉フレンド認定された顔だ。違うんです、俺の筋肉じゃないんです、ごめんなさい。俺のことは忘れてくださいいいいいい!
アロイス先生に通信して直接ゲートを厨房へ繋げたら、肉の量を見て爆笑された。「買い過ぎました、ごめんなさい。すごくおいしくて…」と謝ったら、「旅行の真っ最中にお土産ダイレクトに渡されたの、初めてだよ!アルノルトも斬新なことするねー!でもこの分量で正解だよ、筋肉組が大喜びだ」と言ってくれた。
アロイス先生もカイさんに接続したらしく、片手で軽々と肉を冷気保存庫へ運んで行った。人がああやって有り得ない荷物持ってるの見ると、俺もあんな風に異常に見えるんだなって理解したよ。
*****
トビアスは器用に冷気保温の方陣で肉を保存してホテルに置いてきた。水着を持って、トッショリな俺たちはクアハウス行きです。いいじゃん、気持ちいいんだからさー!湯治場だからなのかわからないけど、あそこあんまり混んでないんだよね。
だから静かで、お湯の流れる音が大天蓋に反響して、気持ち良くて眠くなっちゃうんだよ。まだ午前中だからか人が全然いなくて貸し切りみたいだし、トビアスと昨日みたいに浴槽のフチに頭を乗っけてほげーっとしてた。
A「ん、先客がいたか。邪魔するぞ」
B「…いつ来てもいいなここは」
おじいちゃん二人が入ってきて、俺たちは「ども」と会釈した。広い浴槽だからジャマなんてことないのに、律儀に挨拶してくれるんだなあ。つか、やっぱ湯治場なんですね…午前中に来た人って、みんなほんとにお年寄りが多かった。
このクアハウスの温泉は温度がぬるめで、長湯できちゃうんだよね。だから俺たちは昨日の教訓を胸に「昼寝上等」くらいの勢いで長湯してる。就職していきなりマツリだったし、やっぱりちょっとは緊張しつつの勤務だったし、なんだかんだ言って疲れてたんだな。
A「君ら、随分疲れているんだな」
トビ「え?ああ…就職したてで、まだ加減がわかんないまま夢中で仕事したもんスから…」
B「…若いのに情けない。無茶できるのは今のうちだけだろうが」
アル「えー、おじいちゃんヒドいなー。つかさ、聞いてよ!初日から山盛りの仕事だったんだよー?俺たちけっこうがんばったんだってば!」
A「ぶふ…そうか。どれだけあったんだ?」
トビ「室長代理が白目剥くくらいッス。なんとか終わらせたんでここに来れたんだ」
アル「ねー。でもトビアスの機転のおかげで半月で終わったよ。あーもーこの温泉チョー気持ちいい~」
B「…そうか、二人で協力して終わらせたか」
トビ「いや、職場全員っすよ。うち、チームワークいいんだ」
アル「それ言えてる。あのチームワークなきゃムリだったね」
B「いい職場におるではないか」
アル「にっひひー、でしょでしょ?おじいちゃんどんな仕事してる?チームワークいい?」
B「まあまあだな。人数が多いで、全部とはいかんがな。儂はグループのまとめ役みたいなものだ」
アル「ふーん。でもここに来るってことは疲れてるんじゃないの?」
B「そうかもしれんな。まあ、年だ」
トビ「そっすか?ウチのじいちゃんに比べりゃ断然元気だよ」
アル「つかおじいちゃんさー、職場で怒りんぼなんじゃないの?すごい眉間のシワだよー、笑った方が楽しいよー?」
A「ぶっふ…くく…」
B「余計なお世話だ。儂は元々こういう顔だ」
トビ「アルノルト、お前失礼すぎ…つかお前がお気楽すぎんだよ、少しは真剣に生きろ」
アル「うあ、くそ、何か悔しいこと言われた!ちゃんと真剣に生きてますぅ!めっちゃ真剣ですぅ!」
A「ぶふ…まあ、お前は真剣には見えなくて損してそうだな…ぶっくっく…」
アル「そーなんだよねー、何かやっぱアホっぽく見えるのかな…どうしたら真剣に見える?」
B「それを聞いてる時点で真剣には見えん」
アル「ちぇ!じゃあおじいちゃんみたいに眉間にシワつくってみよっかな…」
B「お前は一生この皺に届かんわ。諦めろ」
トビ「ぶっは!ざまぁアルノルト!じいちゃんナイス!」
トビアスは皺のおじいちゃんと握手した。くっそー、ほんとに真剣に生きてるのにぃ。笑い上戸のおじいちゃんは、堪えきれずにゲハゲハ笑ってる。
アル「ねー、笑ってるおじいちゃん!皺のおじいちゃんヒドいよー何か言ってやってよー!」
A「んあ?いやいや…ジ…ジグは容赦ないからな、これでも優しいと思うが?ぶっは…皺のじいさん…ぶっくく」
トビ「じいちゃんジグってのか。俺、今朝アルノルトにひでえ起こされ方したんだ。スッキリした」
アル「なんだよ、許すって言ってたじゃんかー。ほんっとトビアスって怒りんぼだよ、ジグおじいちゃんとソックリだな!」
ジグ「お前はヒロとそっくりだわ。なんでもお気楽に面白がりおって」
ヒロ「面白くなきゃつまらんだろ」
アル「うあ、ヒロおじいちゃん、それ名言!そーだそーだ、ジグおじいちゃんだって面白くなればいいんだよー」
ヒロ「…アルノルトとか言ったか。お前、面白すぎる、腹が痛いからそろそろ勘弁しろ…」
トビ「ヒロじいちゃん、ほんとアルノルトに似てるな。この流れで死にそうな程笑えるなんて、沸点低いぞ…」
ジグ「まったくだ。トビアス、お前はようわかっとる」
俺たちはヒロ&アルノルト、ジグ&トビアスの連合を組んで延々とバカ話をして温泉に浸かってた。
お昼になったんで「お腹すいた!ごはん食べにいこ!」ってトビアスに言ったら、ヒロおじいちゃんが「お前ら奢ってやるから食べに行かんか」って言ってくれた。
二人で「マジ!?ひゃっほー」って言って、四人でごはん食べに行くことになったんだ~。お昼は各自で食べることになってたし、ホテルに戻って食べてから昼寝するつもりだったんだけどさ。
ヒロおじいちゃんもジグおじいちゃんもバーデン・ヴァルトには何回も来てるらしくて、めっちゃ美味しいカリーヴルストとテューリンガーっていうソーセージを出す店を知ってるんだって。
俺たちはこの二人のおじいちゃんが、どこぞのご隠居さんか、商会の相談役か何かだと思って超気軽にしゃべってた。