400 バーデン・ヴァルト① sideアルノルト
ラウラさんの無慈悲なチューから約半月経って、オリジナル方陣大量作成マツリが終了したわけなんだけど。トビアスが自動点検システムに着目してくれたおかげでカチヤさんたち点検チームにかなりの余裕ができた。
分体のメンテナンスは特殊なマザー端末を使って遠隔で点検し、半年に一回くらいは直に各分体へ行ってたんだって。でも本体から自動点検システムを各分体にもインストールして正常稼働したのが確認できたので、今度から一年に一度の頻度で行けば良くなったらしい。
お母さんはコッソリと俺とトビアスに「分体の点検は、今後お前たちに行かせるからな。ヘルゲに移動魔法を貰っておけ、トビアス」と言った。そりゃそうだ、カチヤさんとラウラさんを馬車で行かせて大変な思いをさせる必要はないもんね。
そんなこともありまして、ほぼ全員で方陣作成依頼書に取り組むことができたんだ。皆さすがに慣れていて、ざっと目を通して「自分たちでも作れる方陣」と「干渉する言葉があって、アルノルトしか作れない方陣」に仕分けして作業してくれた。
おかげで、俺だけならひと月はかかってたと思われるマツリが半月でどうにかなったんです。感謝、感謝。というか、デボラ研究室ってすごいチームワークだよ…さすが少数精鋭。テオさんが言うには「教授のポカを尻拭いしてるとな、自然と皆のスキルがあがるからだ」ってことだったけど。ちょっと切ない理由だ。
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アル「じゃあ行って来るねフィーネ。お土産買ってくるね。あと一人で街中に出ちゃだめだからね、変な男が寄ってきたらぶっ飛ばしてね」
フィ「…何もそこまで心配することはないよ、アル。楽しんでおいで。良い所だったら、今度猫の庭全員で行ってもいいしねえ」
アル「うん。ごめんね、一緒に連れて行けなくて…」
フィ「何を言っているのだい、研究室の慰安旅行なのだから親睦を深めて来るといい。夜に通信はしてくれるんだろう?待ってるよ」
フィーネはにこりと笑うと俺を送り出してくれた。二泊の温泉旅行だけどさあ…三日も会えないとか~…もっと淋しがってくれてもお~…
俺がグダグダとしていたら、フィーネは「さっさと行け」と俺のお尻を叩いた。なんかフィーネがお母さんに似てきた気がする。コークスクリューパンチを編み出される前に行こう。
魔法部の正面玄関前で全員と待ち合わせ。お母さんはこういう時にドカンとお金を使うらしく、コーチっていう大きな四頭立ての馬車をチャーターしていた。八人全員で乗って、さらに荷物が屋根の上に乗っても結構なスピードが出る。サスペンションが効いてるので、あんまりお尻も痛くない。すげ、こんないい馬車に乗るの初めてだー。
森林温泉があるキール山は、中央の街から北西に30kmくらいの場所にある。昔から紫紺の長様だのお偉いさんが愛用していた温泉地で、山と言いつつかなり絢爛豪華な感じの石造りの建物が並んでいた。
緑青の街みたいな近代建築じゃなくて…そうだ、カペラがたくさんあるみたい。レリーフの彫られた古い建物で、なんだか気後れしちゃうくらいだよ。ここ、ほんとにお風呂?
ホテルに着いて、いくつかの部屋に分かれた。お母さんとカチヤさん、テオさんとイリーネさん夫妻、ヨナスさんとラウラさんのカップル、俺とトビアス。部屋に荷物を置いたら水着を持ってクアハウスに行くぞ!ってテオさんが張り切ってます。
アル「…トビアス~、俺こんな豪華なお風呂入ったことないよお~」
トビ「安心しろ、俺もだ」
アル「お風呂なのに水着なのお~?体洗えないじゃーん」
トビ「体洗うんじゃなくて、温泉に浸かりに来たんだろ」
アル「温泉ってお風呂じゃないのお~?」
トビ「うるせえ!行くぞ!」
トビアスに頭ハタかれた…
クアハウスに着くと、そこは、お風呂っていうか温泉っていうか、あったかいお湯のあるゴージャスな劇場みたいな、すっげえ空間だった。丸い、でっかいプールにお湯がなみなみと溢れてる。その丸いプールを囲って、装飾過多でしょって感じの連続アーチ型の壁面。上を見上げると、ドーム型の大天蓋。
いつも入ってる家のお風呂も気持ちいいけど、なんだか温泉っていろいろ違う。じんわりする温かさに、疲れとか毒素とか、いろんなものが溶けて出てくみたいな気がするぅ…トビアスと、身体中の力を抜いて、頭だけ浴槽のフチにのっけて、キレーなレリーフが彫られた大天蓋をぼけーっと見て…
ごぼげぶ!
あ…アブない…あんまり気持ち良くて半分寝てたら、頭が落ちた…!
風呂で居眠り、ダメ、絶対。
フィーネとまだ見ぬ我が子を残して死ねるか。いや、まだ子供できてるかわかんないけど。とにかく、こんなアホな死に方はできません!
もう、とにかくお湯に入っては少し体を冷まして、また入る。この繰り返しが気持ちよくてやめらんないよーって思ってたけど、テオさんに「湯あたりすっぞ。それに疲れるからほどほどにしとけー」って言われた。
確かに…渋々って感じで温泉から出て歩いたら、なんだかクタクタになってた。あー、アレだ。海でめちゃくちゃ泳いで遊んだあとみたい。お腹すいたあ…服に着替えるのもめんどくさい…
夜になると、大部屋一つ借り切っての宴会だった。お母さんはもう上機嫌で、カチヤさんとラウラさん、イリーネさんと飲みながらしゃべってた。俺とトビアスはヨナスさんに「キール山のブランド豚、『バーデン=シュヴァルツシュヴァイン』は絶品だぜ」と勧められて、あまりの美味しさにガツガツ食べた。
このブランド豚、温泉水を飲んで育ったらしい。餌も厳選されてるって話で、脂身がさっぱりしてて口の中でスルンと溶ける。しつこくない、脂っこくない、柔らかい、ジューシー。
ヤバうま…名前長いけど、覚えといてお土産に買おう。温泉黒豚ね。バーデン=シュヴァルツしゅば…しゅば?
もういいよ、今食べるのに忙しいから後で!!
部屋に戻ったら、トビアスとほぼ同時にベッドに倒れ込んだ。でも二人してふんぐぐぐと起き上がる。寝ちゃだめ。フィーネに通信するんだもん…!
トビアスもパウラに通信するらしく、お互いなんとなく顔を見合わせて「遮音結界な」「おう」と言って背中合わせになった。
フィ『おお、アル。温泉はどうだい?』
アル「サイッコー。フィーネ、やっぱ皆で来た方がいいよ。ブランド豚のしゃぶしゃぶがめっちゃおいしかった。お土産に買っていくね」
フィ『おお、キール山のバーデン=シュヴァルツシュヴァインは有名だからねえ、楽しみにしてるよ。あ、でも中央であまりそのブタの名を連呼してはいけないよ』
アル「へ?なんで?」
フィ『あー…シュヴァルツの隊員がね…その名を連呼されると無条件にイラつくらしいので注意しろとコンラートに言われたことがあるのだよ。自分がシュヴァルツだとバレてはいけないから、静かにイラつくんだそうだ…しょうもない』
アル「ブタってかわいいのにー…勝手に蔑称だと思ってるのかあ。じゃあ温泉豚って言えばいいのかなー」
フィ『ま、そうなるだろうね。…アル、目が半分しか開いていないよ、眠いんだろう』
アル「ん…温泉に浸かり過ぎたみたいでさあ…なんかドッと疲れた」
フィ『はは、無理して通信しなくてもよかったのに』
アル「それは有り得ない…フィーネの顔を見ない日があっていいわけない…」
フィ『くっく…でも今日はもうおやすみ』
アル「ん…ごめんねフィーネ…オヤス…」
俺はいつの間にか寝てしまい、朝になって目覚めたら布団にも入らず遮音方陣の中で寝ていた。モッソリと起き上がると、後ろでトビアスが同じように寝てた。でも通信機能がオンになったままのトビアスの移動用端末にメッセージがデカデカと流れていて、見えてしまった。
『開始三秒、一言呟いて寝落ちかアホー!“黒豚”って何のことよおお!』
…トビアス、パウラにお土産奮発しないとフラれちゃうよ…?