399 お母さんはウッカリ sideアルノルト
お…終わった。
怒涛のオリジナル方陣大量作成マツリが終わりました。
初日にあった書類の山はその日にほぼ片付けたよ?でもさ、お母さんが「ブチかませ」って言ったじゃん?んで、ブチかましたじゃん?新人が入ったその日に「あと何か月かかるかなー」とノンビリ待っていた方陣がドカッと降りてきたじゃん?いったい何がマギ言語研究室で起こったんだって不思議に思うじゃん?んでちょっと聞いてみたら「ボニファーツ老クラスの新人が入ってきた。デボラ教授の息子で、すげえ速さでオリジナル方陣を作るらしい」ってなるじゃん?
翌日から、方陣作成依頼書がね。
ヨアキムさんの炎獄みたいにね。
ドカーン、でしたよ…
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大量の依頼書が二日目には山になっているのを見て、お母さんに涙目で「どゆこと?」って聞いちゃったよ。そしたらお母さんは「うむ…追加が来るとは思っていたが…これは想定外…」と目を逸らした。
もうね、テオさんも白目剥いちゃったし、イリーネさんとカチヤさんとラウラさんは「温泉がぁぁぁ」って床にくずおれるし、ヨナスさんは机に突っ伏してピクリともしなくなっちゃったし。
トビアスが「…俺も手伝う…つってもお前みたいなスピードじゃねえからなあ…」って苦い顔をするので、ここはもう俺ががんばるしかない!って肚が決まりましたよ。
アル「あの!とにかく俺、作ります!絶対皆で温泉行こうよ、頑張るから!トビアス、悪いけどしばらく俺はマザーの点検とかを覚えるヒマがなくなっちゃうから…そっち、お願いしていい?カチヤさん、ラウラさん、俺…そっちで役に立てないけど、これが落ち着いたら教えてもらっても、いいですか」
カチヤ「当然じゃないの。でも、あんまり無理するのはよそうよアル君。おばさま!これ以上依頼書が増えないようにストップかける手配はお願いできますよね!?」
デボラ「おお、それはもちろんやるよ。すまんなー、みんな…」
テオ「教授のこういうポカは慣れてますって!…よっし、全員気合いれっぞ!アルノルトとトビアスが来てなきゃ、本気で半年以上休みなしって事態になるとこだったんだ。そう考えりゃ何てことないだろ」
ヨナス「…それもそーだ。教授、適度な休暇は全員きちんと取らせますよ?アルノルトとトビアスが倒れたら元も子もない」
イリ「そうね、何とかなるわね!ラウラ、私もマザーの点検チームに入るわ。私はトビアスに教えながらやるから、悪いけどそっちはスピード重視でよろしく」
ラウラ「了解~!」
皆なんとか元気になってくれてホッとしたよ…
くっそう、ぜーってー負けないぞおおおお!
俺がむふん!と腕まくりして書類の前に座ると、トビアスが来てコソッと話しかけてきた。
トビ「お前、あんま無理すんなよ?それとさ、マザーの点検手順は大体わかってきた。その上で相談なんだけどよ…ヨアキムさんとヘルゲさんに頼みたいことがあんだよ。今日お前ん家に連れてってくんねーか」
アル「おー…了解。二人にも通信入れとこか?」
トビ「いや、スキ見て自分で通信入れとく。んじゃな、行ってくる」
アル「わかったー、がんばってね」
トビアスを見送って、改めて書類の山を見る。乾いた笑いが出そうだけど、ガマン。目が死にそうだけど、ガマン。開発セクトでやることは「楽しくてめっちゃ高度な一つのこと」だったけど、ここに来るのは「楽しいわけでもなくレベルも中の下。だけど分量だけは殲滅級」という「仕事」だ。
依頼書を見ていてわかったけど、要求されるのは普通の人が考え付く、「こうだったらいいな、うれしいな」というちょっとした工夫や要望が多い。でもそれは確かに「現場で使っている人だから気付く工夫」なんだ。第四のテッタレスで受けた講義みたいに、そういう発想が新たな発明品に繋がったり、技術の進歩に繋がるんだと思えば…やっぱりここは、すごくやりがいのある仕事場だった。
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なんとか昨日と同じく五十個くらいは方陣を作って検証作業もできた。お母さんの検証が必要なものもまあまあの進捗で出来てるし…うん、いいペースだと思います!
全員ヨロッとしてはいるけど、俺が作った方陣の量を見て安心してくれていた。このペースならなんとか行けるって思ってくれて、今朝の悲壮感はもうなかった。
残業したほうがいいのかなって思ったけど、テオさんが「残業するほどのこっちゃねえよ。お前がこのペースで作れるんだから、無理すんのはよそうぜ」と言って全員が普通に帰ることになった。
というわけで、フィーネとパウラをそれぞれ迎えに行って、四人で猫の庭へ帰りまっす!
ふっひっひ、トビアスはこの前ユリウスにパウラと踊られて以来、マトモにパウラを彼女扱いすることを覚えたようです。ユリウスに何かご褒美あげなきゃなー、ブリヌイでも買って持って行ってやろっかなー。
アル「ただいまぁ~」
アロ「おっかえり!トビアスもパウラもごはん食べて行くよね?」
パウラ「食べる~!」
トビ「うん、腹減った…たのんます」
ヘルゲ「おう、トビアス。もう大体できたぞ」
トビ「うあ、マジ?相変わらずはえぇ~…」
アル「トビアス、何を頼んだの?」
トビ「マザーの自動点検プログラム。ありゃ生き物みたいなモンだから、全部オートってわけにゃいかないが…それでもヘルゲさんの立体複合方陣に入ってる自己診断システム見てて、ある程度はイケると踏んだんだ」
ヨア「トビアスの着目点はなかなか良かったですよ~。基幹システムはオートにしない方が無難ですが、毎日マザーのロジックで取捨選択される情報の残りカスは定期的に掃除しないとバカにできないものになります。しかも本体は扱う分量が膨大ですからね、それを今までほぼ手作業で点検しつつ掃除してたらしいですから」
アル「うえ…そうなんだ。えーと、ということはアレか、どれを完全デリートして掃除するかを決める判断のロジックが必要で…?」
ヘルゲ「ま、そんな感じだ。だがデリートするにはもったいない情報も中にはあるんでな、ロジックも複雑になってしまうし構文が膨大になりがちだ。だから仕上げはお前だな、アル。セイス方陣でまとめてくれ。俺とヨアキムが作った構文を見て、それをお前がまとめればサイズがぐっと小さくなる」
アル「なるほどね~、了解!」
トビ「…いまセイスって言わなかったか?」
アル「そだよー。シエテにも挑戦してるけど、なかなかね~」
トビ「…うん、まあ、わかった」
アル「 ? 」
なんかトビアスがため息ついたけど、まあいいや。そんなわけでね!できましたよマザーの自動点検プログラム~!これでカチヤさんたちが「目がイタイ…」とか言ってショボショボの目にならなくて済むね。
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デボラ「なんだとぉぉぉぉ!?」
テオ「ちょ…なんですか教授…びっくりさせないでくださいよ」
デボラ「…おま…お前たち…そうか、盲点だった…ウチには開発者と改変者がいたんだったぁぁぁ…」
トビ「デボラさん、意外とウッカリなんスね…何でやってねーのかと思ったよ、俺」
アル「トビアス、お母さんをいじめるなよー…お母さんは楽しいことにウキウキしちゃうだけだよ」
テオ「…?なんだよ、どしたんだトビアス」
トビ「あ、これ…ヘルゲさんいるじゃないですか。お願いしたらチョチョイってこれ作ってくれたんで、マザーにインストールしたいんだけど」
テオ「…じ…自動点検…プログラム…」
アル「ヘルゲさんがね、これで十分の一くらいの手間になるはずだって言ってた。だからやるのは基幹システムと、このロジックで残った情報の整理くらいかな」
ヨナス「…は?じゅーぶんのいち?」
テオ「…くっそおおおおお、何であいつ紅玉なんだよおおおお!ウチ来いよおおおおおおおお!軍属とかアホかああああうらああああ!」
イリ「ちょ…テオ!?なに発狂してんのよ落ち着いて?…え?自動点検プログラム?」
カチヤ「手間が十分の一?」
ラウラ「…今までの…私たちの…苦労…」
ガクゥゥゥゥゥン…
俺とトビアスは一生懸命みんなを励ました。そりゃもう必死に励ました。そうしないと、みんなカッサカサの乾燥しきった枯草みたいになりそうだったから。
トビアスまで「カチヤさんの点検スピード、並じゃなかったですって。すげえ技術なんだから、無駄なんかじゃないですって」とか慰めてる。俺も「そうだよ、皆が頑張ってたから今までマザーが正常稼働してたんでしょ、皆ほんとにすごいよ」って励ました。
約十分後、なんとかお母さんが「インスコすっか…」とスラングを使いながら立ち直り、「そっスね」とテオさんも立ち直った。徐々にみんなが顔を上げて行く中、ヨナスさんが「じゅーぶんのいち…」ってまだ言ってたので、ラウラさんが「みんな、ちょっと失礼。コイツ正気に戻すから」と言った。
フッと全員が顔を逸らしたのを俺とトビアスが「へ?」とかいいつつ眺めていると、ラウラさんがヨナスさんにぶちゅーっとキスした。ヨナスさんはドカンと顔を赤くするとラウラさんを引っぺがし、「それはやめろって言っただろおお!?」と叫んだ。
ヨナスさんは俺たちがポカンと見ているのが分かると「な…な…」と言いながらトイレへ駈け込んでしまった。純情なんだな、ヨナスさんて…
つか何が起こるか教えておいて欲しかったです、ラウラさん。
人のキスシーン、がっつり見てしまった…