40 よい子の文献 sideヘルゲ
ニコルが客間で寝入った後、俺はコンラートを部屋に入れた。
白斑の文献について調べるためだ。
マザーに直結した一般的な魔石端末は部屋の中央の机にあるが、今日はこれに用はない。
その後ろに設置した、倍以上の大きさの魔石を使った侵入用魔石端末の方に椅子を持ってきた。
「…おいおいおい…、お前これ、アシつかねーのか?こんなデカさの魔石端末、軍の集中連絡室でしか見たことねぇよ、俺」
「問題ない。一機はマギ言語使いのデボラ教授が寄越した、研究用端末として登録されている正規のものだ。後の二機は、その端末を見て俺が組み上げた。魔石は学舎の修練で、警戒方陣の出力安定に使うやつがあるだろう?あれの老朽化調査書で2つほど『崩壊寸前』判定にしてな。あとは魔石の廃棄報告書を少しいじってからアロイスに持ってこさせた」
「…こんなとこでヘドロ隊長のありがたーいお言葉を思い出すとは…」
「…ヘドロ隊長なんて居たか?」
「いンや、“シュヴァルツの誇り”について、ちょっとな。ま、お前が今さらヤバいもん持ってても驚くことないってのがよくわかったわ」
「そうか、それは良かった。今から起動するから待ってろ」
デボラ教授の端末以外の二機にマナを注入する。マザーに接続する前に、様々な方陣の展開準備を並列で進めて、発動直前でスタンバイさせる。少し待つと、一番大きい複合方陣の展開準備が終わる。
テスト…チェック完了。誤差も許容範囲内だな。…スタート。
どの正規端末も、もちろん介さない。マザーに繋がる回線に向かって、ダイレクトに方陣をすべて展開する。
…異常なし。マナの固有紋チェックを回避し、マザーの波形にシンクロする。
…異常なし。マギ・マザー本体にアクセス、ライブラリーを掌握していく。
「よし、接続した。それで、その文献をいつ頃見たのか覚えてるか?」
「…あー、たぶんオリエンテーリング期間だと思うんだよなァ…あの頃って座学もてんこ盛りだったろ?関連資料を漁ってるうちに見たんじゃないかと思ってなー」
「…軍の初期教練の関連書籍の一覧をリストアップ…検出ワード【白縹・ヴァイス・白霧・白斑】…ヒット数が膨大だな。ワードから【白縹・ヴァイス・白霧】削除。…ないな。ライブラリー全体からの検索に変更…あった…?」
「おー、スッゲー。なになに、どの本だったよ?」
「…『よい子の童話集:シリーズ英雄:こうぎょくのだいぼうけん』」
「…あ。あー、コレかあっ」
俺は、コンラートがとてもかわいそうな男なのだと知って、万感の思いを込めて見つめた。
「そんな憐れんだ目で見てんじゃねぇよおおお!!これはアレだろ、疲れた頭で適当に白縹関連のライブラリーリスト見てたら出てきて、なんとなく興味本位で覗いただけだろ!」
「…俺が精魂込めて組み上げた侵入用魔石端末を使って、最高峰の方陣を展開させて、『よい子の童話集』か…お前、いい度胸をしている…」
「そんなデカくマナを練るんじゃねぇよ、あぶねぇじゃんか!それでも白斑の手がかりっぽいのは見つかったんだから、いいだろォ!?」
「次はないぞ、コンラート。ニコルに免じて今回は許す」
「あーもー、ほんとに兄貴の躾がなってねぇよ?ニコルちゃん…」
ブツブツ言っているコンラートを促し、部屋を出た。
コピーした『こうぎょくのだいぼうけん』は映写用魔石に入れて、アロイスと三人で見るためにリビングへ移動した。
「え?ほんとに?大の男三人で、夜中にひっそり見るものが『よい子の童話集』なの?僕そんなとこニコルに見つかったら、軽くガケから身投げできるんだけど?僕ら、よい子なの?」
「文句ならコンラートに言え」
「仕方ないだろぉ~!だからアロイスまで憐れんだ目で見るんじゃねぇよぉぉ!」
それぞれが本気で嫌な顔をしながら映写の準備をする。
リビングの明かりを少し落とし、映写する壁に向かってソファを移動する。
アロイスが用意してあった酒とつまみの乗ったテーブルも引き寄せる。
「映すぞ、いいか?」
「おー」
「…せっかくのアスティ・スプマンテとパーネ・クンツァートなのに…」
壁に、書籍の表紙が映る。
『こうぎょくのだいぼうけん みんなだいすき!ヒーローのおはなし』
子供たちが好きそうなデフォルメされた絵で、目から赤い光線のような物を出している男が描かれている。
―初めて知った…紅玉というのは目から魔法を出すと思われていたのか。
いったいどういう初等教育なんだ。
思わず目頭を押さえ、もみ込む。
…なぜだろう、無性に酒が飲みたい…
左隣では、目に入った映像に爆笑すればいいのか、こんなものを見るために良いワインを出したんじゃないと悔しがればいいのか、とアロイスが複雑な顔をしている。
右隣で肩を震わせているコンラートは、後で本当にこの光線を開発して目から出して焼き殺せばいいだろうか。
俺はとにかく見てみなければ話になるまい、と酒をあおった。