396 駒と独楽 sideヨアキム
一階のベビー用品売り場ではヘルゲさんのメリーが所狭しと並び、隣にはTri-D airy regionの専用売り場があります。立体プラネタリウムも未だに根強い人気があるようで、同じ場所にありますね。そしてポスター展覧会場…じゃなくてマナ・グラス売り場にパズル専門店。どこもかしこも大盛況です。
赤ちゃん用メリーは当初クッションに魔石を包もうとしていたようなのですが、ナディヤさんの意見を聞いてからはコロリとした強化ガラス製になりました。子供が乗っかったり落としたりしても割れないように。何でも舐めたり口に入れたりするから、洗っていつでも清潔にできるように。やはりナニーの視点で見てもらうというのは大切ですね。
二階に上がると…ちょっと驚いてしまいました。フロアの半分が男の子のおもちゃ、半分がパーティーグッズ売り場なんですが…お客様はパーティーグッズ売り場に集中していて、もう半分はそんなにいないんですよね。
マナ・クラッカーを見に来るお客様が多いのはわかりますが…ああ、そういえばフィーネさんが男の子用のおもちゃとして開発していたマナ・コンはエルンストの懇願でまだ商品化していないんでしたね。
店としては少々バランスの悪い商品展開になっているわけですか…
フィーネさんとアルはマナ・クラッカーの売り場を見ていたようで、私に気付いてこちらへやってきました。
フィ「ヨアキム、楽しんでいるかい?」
ヨア「ええ、もちろんです。先ほどパズル屋さんからチェス駒の追加注文をいただいちゃいました」
アル「さっすがヨアキムさん!あの駒すごくカッコよかったもんなー」
ヨア「ふふ、ありがとうございます、アル。お二人はマナ・クラッカー売り場の様子を見ていたんですか?」
フィ「うーん、まあ全体的に俯瞰しようと思っていたのだがね。やはり男の子用がな…」
フィーネさんは私と同じように男の子用おもちゃのフロアが少々閑散としているのが気になったようです。でも大量生産するならロミーさんを頼りたいですし、エルンストにも無茶は言えませんものね。
三人でなんとなくそちらの売り場へ行くと、それでも数人の男の子が真剣に独楽やカイトを見ています。やはりこういうおもちゃも楽しいですからねえ。
A「俺、この独楽にしよっかなー」
B「…僕、うまく回せないから独楽はいいや」
A「えー、どっちがずっと回してられるか競争しようよお」
B「だからー、僕はすぐ倒れちゃうからイヤなの。練習してもうまくできないんだもん…」
あー…練習してどんどんうまくなると楽しいんですがねえ。うまくできないと、イヤになる子もいますよね。この子たちが見ている独楽は木製の、昔ながらの独楽です。…意外と種類が少ないなあ。私が子供の頃って、ケンカ独楽とかもっと種類があったのに。
ふむ、この嫌がってる子にアレ、見せてあげましょうか。私が今持ってるのは…木材はないですから、魔石を一個ツブしちゃいましょう。さすがに割らないよう削り出すのは難しい…うん、なんとかできましたね。
ヨア「こんにちは。ちょっといいですか?…こんな独楽って見たことあります?」
B「知らないよ…なにそれ、独楽なの?」
ヨア「そうですよ。ジャイロ独楽って言うんです。…ほら」
B「…え?…あれ?なんでずっと回ってるの…すっごく傾いてるのに」
ヨア「ふふ、面白いでしょう?一応強化の言霊は掛けましたけど…これ、たぶんすぐ割れちゃうから独楽としては失敗作なので、あなたにあげます。割れたら素手で触らないんですよ?ケガしないように捨ててくださいね」
B「いいの?ありがとうお兄ちゃん!」
…ふむ、ジャイロ独楽も作って納品しちゃいましょうか。ケンカ独楽は…うーん、逆に難しくて嫌いになっちゃいますかねえ?
そんなことを考えていたらアルとフィーネさんが一連の事を見ていたようでして。
アル「ヨアキムさんの魔法制御力って…オカしいよほんとに。一刀彫りって言うか削り出しって言うか…魔石一個から割らずに完成品のあんなギミック削り出すなんて信じらんない」
フィ「…呆れるほどだね、まったく。しかしあんな独楽があったのだねえ。他にはどんな独楽があるのだい?」
ヨア「ん~、ケンカ独楽とかがありましたが。逆に今の子みたいに普通の独楽を回すのが難しい子はやりたがらないかもしれません」
フィ「ふむ、ケンカ独楽ね…なるほど、少年のアツい闘争心を煽るおもちゃか…そしてあまりに高度なテクニックを要求されずとも競争ができれば…うん、いいねえ」
アル「あ、フィーネ何か思いついたね」
フィ「ふっふっふ…独楽の発射装置をね、作ろうかと。それでケンカ独楽をさせるのさ。発射装置が統一されている以上、どこで工夫するかというと独楽自体を工夫せねば勝てないだろう?だから独楽をカスタマイズするパーツも同時に売り出すのさ。あとは子供たちが発射角度やらタイミングやらで勝てる方法を模索する。そういう方向でなら、今の子だってアツくなれるのではないかねえ」
アル「うはー、それ面白そう…それにさっきのヨアキムさんのジャイロ独楽もきっと面白いから売れるよ」
ヨア「おや、そうですか。じゃあそっちも作ってみましょうね。まあ、フィーネさんのマナ・コンが出るまでは遊んでもらえるでしょう」
またしても製作するものが増えて、なんだか楽しくなってきましたよ。それにしても私が作るものってなんで「コマ」なんでしょうね。パーティーグッズ売り場も覗いてみて、コマ以外になにか面白そうなものがないか見てみましょうか。
…おや、アルマさんたちがキャアキャア言ってます。フィーネさんたちと一緒に近寄ってみると、何か服みたいなものを見ていますね。
アルマ「やだァ知らなかった…仮装グッズ扱ってたのォ?」
ニコル「獣耳と尻尾のセットもあるう…でもヨアキムの尻尾には負けるかな」
ユッテ「うっはカワイイ!ちょっとアルマ、子供用の仮装衣裳めっちゃあるよ!ライノとレイノに矢印尻尾とツノ付けたらプチデビルじゃーん」
ニコル「アルマ、こっちに天使の羽とハートの弓矢があるう!ニーナとノーラがキューピッドになっちゃうよ!?」
アルマ「この可愛さ…製作者の才能に嫉妬するゥ…ルカの使い魔猫だって可愛いけど、これもイイ…!」
ヨア「…確かにこれは可愛らしいですねえ」
アルマ「ヨアキムぅ!…悔しいよォ、これに気付かなかった自分が憎いぃ~」
ヨア「何をおっしゃるんですか、アルマさんは大人用の仮装衣裳を手掛けたら素晴らしいものを作るじゃありませんか」
アルマ「…!! アダルティでアハァンな衣裳を作って納品…」
フィ「アルマ、それはいくらなんでもここでは売れないよ…あれは劇薬中の劇薬だ、子供も来るシュピールツォイクに恐ろしいものは置けない」
アル「…フィーネ、こんな場所でそんなことバラさないで?」
おや、アルの体が傾きました。なんとなく事情を察して、話題を変えようと試みましたが。
ヨア「アル、マナ・クラッカーの次に何か考えていないんですか?」
アル「んー、今そんなヒマなくて…慰安旅行休暇をもぎ取るためにフル稼働なんだよぉ…今日はお母さんが学会でいなくて検証作業できないから、全員休みにしようって言って…でも明日からまたがんばらなきゃ」
あ、あ、傾きがひどくなってしまいました。
ヨア「デボラも大変そうですね…お手伝いに行きましょうか?」
アル「ううん、お母さんはヨアキムさんがやりたいことをやってくれるのが嬉しいんだってさ。どうしてもヤバい時には頼るって言ってた」
ヨア「…デボラはそんなことを思ってくれてたんですか」
毎回、デボラの懐の深さには温かい気持ちになります。彼女は強くて、温かくて、自分の家族を非常に大切にする。ゲラルト氏は例外みたいですけど。…そうですね、私も見習って、私の「家族」を大切にできる方法をもっと模索しなければ。
アルに笑いかけ、この気持ちを言葉にします。
ヨア「アル、私はもっと皆さんを大切にできるよう、やりたいことをたくさんやることにします。デボラも大切な家族だから、何かあったら私は勝手にそちらへお邪魔して全力サポートしますよ」
アル「…ヨアキムさん、待って待って。なんかヨアキムさんが本気出すと何かが宇宙に突き抜けて破壊されるってアロイス先生言ってたよ?本気はちょっとずつにしたほうがいいよ」
…出鼻を挫かれて、私の体が傾きました。
やっぱり人間瓦礫と地獄クッキングがいけなかったんですね…