395 皆でお出かけです sideヨアキム
「秘密の休暇を作っちゃえ作戦」は私の大規模魔法でのドジはともかくとして、綺麗にクリア致しまして。本来ならば三日は見ていた(本当は三日でも早いんですが)六つのミッションが一日で終了です。
あの時アロイスさんの魂が抜けかかっていて、危うく私のお仲間になるところだったようですが何とか現世へ戻ってきてくださいましてね。報告書を作る手間もなくなったので、本日はご褒美としてシュピールツォイクへ連れて行ってくれるそうなんですよ!
楽しみだったんですよね。パズル屋さんに納品した、私の復刻版チェス駒の売れ行きも気になりますし。ところがアロイスさんとコンラートさん、カイさんとカミルさんにオスカーさんが…あのポスターのことがあって素顔では行けないってことになりまして。
幻影で紫紺一般人に変装して行くことになったんですよ。フィーネさんやアル、ヘルゲさんにニコルさんはいつも行っているのでそのままのようですが。アルマさん、ユッテさんも素顔ですね。
ちなみにハイデマリーさんとナディヤさんとリアさんは猫の庭にいます。
リアさんは、読みたい本があるから。
ナディヤさんは「皆が仕事で頑張ったからこその秘密の休暇なんだもの、子供たちは見ているから遊んできて?」という、リアさんに爪の垢でも煎じて飲ませたいと全員が思うほどの理由でお留守番です。
ハイデマリーさんは今回少々悪阻があるそうなのでパス。ニコルさんはまたしても悪阻が軽いそうで、元気ですが。
アルマ「…ねえニコルぅ…ヘルゲ兄さん、ちゃんとわかってるよねえ?なんで変装しないのぉ?」
ニコル「さあ…私も変装した方がいいよって言ったんだけど。今まで変装なんてしなくても大丈夫だったって言ってて…何でだろうね?」
…?
ニコルさんとアルマさん、ユッテさんまで首を傾げています。どうしたのかなと思っていましたが、すぐに理由がわかりました。
ヘルゲ「アルマ…お前!!」
アルマ「だから変装しなくていいのかって聞いたのにぃ!それにヘルゲ兄さんにポスターにしていいか聞いたら『もうどうでもいい、好きにしろ』って言ったからァ!!」
シュピールツォイクに着くと、一階のマナ・グラス売り場には例のアロイスさんたちのポスター。それに追加で、ヘルゲさんの特大ポスターがあったのです。
それは黒いTシャツに黒縁眼鏡をかけ、考えに没頭している風なヘルゲさんと。白いシャツブラウスに銀縁スクエアの眼鏡をかけて遠くを見つめる風なヘルゲさんと。ターコイズブルーのセルフレームをかけて頬杖を突く黒Tシャツのヘルゲさん。
白を黒で挟むようにしてディスプレイされた、アルマさん渾身の作品でした。
まさかヘルゲさんのポスターがあるとは思わなかったアロイスさんたちは一瞬でフォーメーションを組み、ヘルゲさんを囲いました。その瞬間ヘルゲさんはディルクさんという魚屋さんのご主人の巨体へ換装…じゃなくて変装。
…このディルクさんの変装なんですが、どうもあの金糸雀の里で変装して以来、パニックになるとこの方にしかなれなくなっているようです。
なるほど、つまり今パニックなんですね?ヘルゲさん…
アロ「ちょっとヘルゲ…!自分で許可出したのか!?あんなにイヤだって言ってたのに!」
ヘルゲ「知らん…!というか、お前があんな格好をさせるからほとんどあの時の記憶がないんだ!見ろあのポスター…魂が抜けてる顔ばかりじゃないか!」
コン「くっそ…アルマはダンにでも撮影技術を教わったのか?俺たちのだってリア以外は目線が全部ハズれてて、なのにそういうポーズしましたって体裁になってやがんだよ」
カミル「アルマ…お前帰ったらお仕置きな…?」
アルマ「イヤぁん…そのレベルの瘴気、久々…蕩けるゥ…」
カイ「おい、仕置きになってねぇぞ…」
オスカー「ユッテ、お前も面白がって全然止めないよな…」
ユッテ「どこに止める必要があんのさ…最高じゃん?皆カッケーよ?」
ニコル「…確かにヘルゲかっこいい…超黒ヒョウ…アルマ、このポスターのデータちょうだい…」
ユッテ「…アルマ、なんでカイで撮影しなかったし…今度一服盛って、カイも撮ってよ」
アルマ「わかったァ」
カイ「盛るな!!わかるな!!」
ニコルさんとアルマさんとユッテさんて…強いですね。欲望に忠実というか、旦那様のカッコイイところを見る為ならどんなことも辞さないというか。まあ、夫婦仲がいいのは良い事です。
フィーネさんとアルは、別の意味で強いですね。ヘルゲさんたちのパニックっぷりを完全スルーして、ポスターを堂々と見に行っていますよ。そして人混みを抜けて戻り、邪気のない笑顔でアルは止めを刺しました。
アル「すっごいね~、ヘルゲさんたちのポスターに見惚れてる女の子たちの波が完全に呆けてるよ。なんか床にラインが引いてあってさ、マナ・グラスを買う人の邪魔にならないように順路があるんだ。んで立ち止まられると困るからって警備員がいて、時間制限まであるの。数秒すると誘導して移動させていくんだよ~」
フィ「…ヘルゲ、君はルカにラック・チェインをなんとかして掛けてもらったほうが良いのでは…このままではいつかこうぎょくファンの子供と眼鏡男子萌えの女子に攻め込まれて、心の壊死が確実だよ…?」
ヘルゲ「もう言うな…何も言うな…それに、ルカへ無理矢理ユニーク魔法を掛けろなんて言えるわけないだろう…」
コン「あー…ルカがもっとデカくなってユニーク制御ができるようになるまで、何とか生き残れや」
…さすがのコンラートさんも、ここで「グッドラック」までは言わないようですね。父親にラックと言われても何の慰めにもなりません。
やっとポスターパニックから立ち直った皆さんは、それぞれ興味のある売場へとバラけました。さて、私はパズル屋さんに行きましょうか。
様々なパズル問題の入った魔石や本の並んだ店内は、意外と混雑しています。ですが、何となく不敵な笑いをする店長さんへ挑むようなお客様が多い気がしますね?
…なんだか先ほどのポスター順路のように、床に矢印が書いてあって…何でしょうね。そっと様子を窺うと、どうも店長さんがお客様へ問題を出しては「ふ、残念だな…そのロジックは使われていないぞ…?」とか「ほう、やるな。正解だ…」などと、その場で軽い問題を出してコミットしているようなのです。
先ほどまでヨロヨロしていたヘルゲさんも、ディルクさんの姿のままスッと店長さんの前へ行き、何か鬱憤を晴らすように店長さんの問題にガンガン答え始めました。…いいんでしょうかね、あまりの正解率に周囲のお客様までヘルゲさんに注目し始めましたよ?
店長「…アンタ、ヘルゲだろ…」
ヘルゲ「何でわかった」
店長「分からないわけがない。ここまでやるヤツはアンタしかないだろ。それに、あのポスターを見て俺もかなり驚いたんでなあ。もうこの店へは来ないと思ってた。そんな変装ができるなら…これからも楽しめるな?」
ヘルゲ「…俺も今日来てアレを知ったんだ。これからは変装しないと来れん」
店長「ま、どんな変装してきても構わないぜ?俺はアンタだってわかる自信がある」
ヘルゲ「…そうか。じゃあ、またな」
店長「おう」
…な、なんでしょう…この二人、好敵手としてのシブい友情があるようです。店長さんはヘルゲさんと気が合うんですねえ。私はあんな風に答えられませんが…チェス駒がどういう売れ行きなのか聞きたいので、話しかけてみましょうか。
ヨア「お忙しい所を申し訳ありません。実は復刻版のチェス駒の製作者なんですが…売れ行きはどうでしょうか?」
店長「 !? アンタが?ちょっと…こっちへ来い」
ヨア「なんでしょう」
店長「あの幻獣駒…どこで資料を?いや、どうしてあんな精密に彫れるんだ…あの幻獣駒、好事家に速攻で売れたぞ。俺も驚いたが、七百年以上前の復刻版だろうあれは」
ヨア「あー…私の家に代々伝わる文献にありましてね。門外不出の本なので持って来れませんが」
店長「そうか…その好事家がな、水晶でこれらを作れるなら三十倍の値段で買うと言っていたぞ。というか、俺が欲しいくらいだ」
ヨア「あらら…三十倍って…ちょっとした馬車くらいの値段じゃないですか。そんな高価なものをおもちゃだなんて言って売れませんよねえ」
店長「そんな区分けがシュピールツォイクに当てはまるか。Tri-D airy regionだってほぼ芸術品扱いなんだ。あれに次ぐ品なんだぞ、アンタの幻獣駒は!」
ヨア「あら…そこまでお褒めいただけるとは思いませんでしたよー。じゃあ受注生産でもしましょうか。水晶でもできると思いますよ?」
店長「本当か!その好事家の他に数人いるんだが…水晶で3セット…いや、俺も買うから4セット。クルミ材の方もできたら追加を頼む」
ヨア「あはは、了解です。ではヘルゲさんもお世話になっていますし、店長さんへはプレゼントいたしましょう。特別製の非売品として、店頭に飾って集客用ディスプレイにでもどうですか?」
店長「…ヘルゲの知り合いだったのか、アンタ。それは正直言って嬉しい。是非頼む」
ヨア「はい、おまかせください」
私と店長さん…ケヴィンさんは握手をしました。パズルのことはわかりませんが、技術を気に入ってもらえたみたいでお名前を教えてくださいましたよ。こんな風に、自分の技量で誰かと繋がるなんてね。
もちろんグラオの皆さんも私の知識やマザーに関して頼ってくださるので嬉しいんですけど…いわゆる「技術屋」として必要とされるのって、久しぶりな気がするんですよ。
何だか「移民のヨアキム」としてこの国へ来た当初みたいです。懐かしいな…
時間を超えて、また「繋がれた」みたいで嬉しくなりながら、私はパズル屋さんを後にしました。