393 マギ言語研究室 sideアルノルト
魔法部マギ言語研究室は、かなり広いワンフロアをまるまる一つ占めている、バカでかい場所だった。俺…もっとこじんまりした部屋だと思ってたよ。研究室には普段その辺じゃ見ないようなオリジナル方陣で様々な秘匿漏えい防止の結界があったり、マナ固有紋を即座に識別できるようにマザーに直結されたシステムが組まれていたりする。
デボラ「では皆ももう分かっているとは思うが改めて紹介するよ。私の息子アルノルト・緑青と、エイスとエプタを兼任していたトビアス・緑青だ。トビアスはユニーク魔法研究室とも兼任するのでよろしく頼むよ」
アル「よろしくお願いしまっす!」
トビ「よろしくお願いします」
デボラ研究室の皆は、「良く来た!」と大歓迎してくれた。…俺なんて思いっきりコネっつーか七光りっつーか、そんな感じで疎ましいと思われるんじゃないかって覚悟してたんだけどな…
テオ「待ってたよ…!一気に二人も入ってくるなんて!俺はテオだ。緑青北部学舎、エイス出身。よろしくな」
ヨナ「俺はヨナスだ。緑青東部学舎のエイス出身。トビアスは知ってるよな」
イリ「イリーネよ、緑青南部学舎のトゥレイス出身!よろしくね」
トビ「第三!?クロヴァーラの方…ですか」
イリ「そ!私クロヴァーラの三女なの。デボラおばさまに見つけてもらってココに入れたのよ」
テオ「他にもカチヤとラウラってのがいるんだが、今はマザーの定期点検に行ってる。カチヤは第四のヘルコヴァーラ家次女だし、ラウラはカチヤの親友だな」
デボラ「くっく…だから言っただろうアル。ここへ来るまでアルは私の縁故ってことで皆には面倒な存在なんじゃないかと気にしていたんだよ」
ヨナ「ぶは!ンなこと言ったらここにいるのは全員縁故だよ。俺だって最初は第二のディオにいたんだけどさ、デボラ教授に引き抜かれてエイスに行って、そのまま研究室入りさ。トビアスと同じだよ」
アル「はぁ~、よかった…え、でもこんな広い所なのにお母さん…じゃなかった、デボラ教授を入れても六人??」
イリ「あは!アルノルト君、『お母さん』で大丈夫よ。私だっておばさまって呼んじゃってるし、みんな気にしないから。それとねえ…マギ言語ができる人探すのって大変なのよ?エイスに来てる学生って少なかったでしょ?」
アル「あ…そういえばトビアスしか高等講座にいなかったね。他は研究員とかだったし…」
トビ「お前がいなきゃ俺一人で講義受けてたっての」
デボラ「アル、だから君はあの成績を叩き出してもシンクタンクに引き抜かれずに済んだのさ。貴重なマギ言語使いを確保するのは至難の業だ。おかげでいつも私はあらゆる研究所を回って金の卵を探すのに一生懸命なのさ。今期はトビアスも見つけられてラッキーだった」
テオ「うおー、そうだ!学科成績、聞いたぜ?アルノルトがSSでトビアスがSだって!?お前らどんだけ勉強したんだよ…」
トビアスは、リア先生のおかげでズバンと成績が上がってSになったらしい。ちなみにロッホスもS、パウラはA+、フォルカーもA+だった。…普通A+でも驚きの成績らしい。今期の新人はどうなってるんだって言われてる。
テオさんはお母さんが不在の時の室長代理をしている人らしいんだけど…若い。たぶん三十歳くらい。ヨナスさんはマザー管理のプロジェクトリーダー。イリーネさんはその補佐で、テオさんの奥さんだった。カチヤさんとラウラさんは俺たちの三つ上で、マザーの定期点検やプロジェクト時のオペレーターなどをやっている。
…と、一応の役割分担はあるんだけど、とにかくマザー本体と8基の分体のメンテナンスをこの数人で一手に引き受け、さらに新方陣を世に出す研究もしているのがこの人たちだけだから、全員で協力しあってる。なんつう…少数精鋭とでも言いましょうか。ムチャでしょ…
ヘルゲさんがマザー改変を画策していた頃は、そんな大事業に着手するヒマなどなかった。でもほぼヘルゲさんが一人で立体複合方陣を完成させて、あの大工事になったんだって。
俺とトビアスは「エラいとこに来ちまった」という気持ちで口元をヒクつかせた。でも、俺はせっかくお母さんにいろんなものを貰って、ここまで来れたんだ。恩返しのつもりで、絶対皆の役に立ってやる!
アル「あの、頑張ります!早く仕事覚えて、役に立てるようになりたいんで、しごいてください!」
トビ「俺もお願いします。兼任だけど、がっつり知識を吸収したい」
俺とトビアスが口々にそう言うと、テオさんたちは破顔して「いい新人が入った!」と肩をバンバン叩かれた。トビアスは「ユニ研にも挨拶に行ってきます」と言って出て行き、俺は自分の席として用意された端末の前に案内された。
…えーと。お母さん?この研究用端末はいいとして、この書類の山は何でしょう。俺、初日なんですけど、ナニコレ。ぱふん、と思わず唇を閉じて、そっとお母さんを見た。
お母さんは「遠慮なくブチかませアル。ここでどんなオリジナル方陣を作っても、どんなスピードで仕上げても、誰にも文句は言わせんよ。ここのトップは私だから、エレオノーラにも叱られないしなぁ!わっはっは!」と笑った。
アル「つまり…これは?」
デボラ「アルに作らせようと思って取ってあった、構文作成の依頼書だ。その書類を見て要求される方陣をガンガン作れ。わからないことがあったら呼ぶといい」
テオ「…教授、本気でこれ全部アルノルトにやらせるんですか?」
デボラ「当然だ!アルはボニファーツ爺さんと同様の構文作成をする。しかも鍛えられているからね、スピードも段違いだ。君たち、もしかしたら休暇が取れるぞー?」
全「なんだとおお!?」
イリ「アルノルト君…ほんと?お願いね、私たち一か月休みなしなの!」
ヨナ「ボニファーツ老と同等ってほんとかよ。ちょ…試しにコレ、作ってみ」
えーと…ん?これさあ…自動マッピングの劣化版みたいな…監視システムを強化したいけど、例の『視る』と『診る』の干渉があって作れない類のやつだ。でも今回は『見る』と『視る』なんだね。てことは監視と索敵の複合方陣。
従来の監視方陣だと方陣設置角度によって不審人物の顔を撮影できないことがあるから、ズームして顔を判別させるような高性能の監視システムがほしい、と。
お母さんがこれを俺に作れって言うことは…まあ、これを俺が作ってもグラオの邪魔にはならないって判断してるんだね。うっし、やるか。
マナの波に聞くまでもない気がするけど、一応聞いてみる。自分の頭の中で作った構文とほぼ変わらないものが出来て、答え合わせができたから間違いないって判断。
アル「お母さーん、これ暗号化するの?」
デボラ「うむ、その方がさっさと依頼部署へ持って行けるだろう」
アル「はーい。ヨナスさん、できました」
ヨナ「二分て…マジか。一応、内容を聞いていいか」
アル「えっと、監視と索敵の強化複合方陣です。分解時レベルは監視12の索敵10。不審人物の人相確認が最重要のようだったので、画質を上げておきました。で、索敵で不審人物の疑いありとなったら即座に多角的な撮影方陣を極小サイズで対象者の周囲に展開します。撮影終了したら、アラートを上げるように設定しました」
ヨナスさんとテオさんの口がガパーっと開く。…こうなるって思ってました。でもお母さんがブチかませって言うし~…
イリ「テオ…!やったわ、休み取ったら温泉行こ!」
テオ「キール山の森林温泉だ!!」
ヨナ「温泉いいなー…俺もラウラと一緒に行こうかな…」
デボラ「はっはっは、皆いつも頑張ってくれているからね。では休みが取れたらみんなでバーデン・ヴァルトへ行こうか?もちろん私が費用を持とうじゃないか。慰安旅行だ」
全「やったぁぁー!」
テオ「アルノルト、慰安旅行はお前のスピードにかかってる!出来たらどんどん持ってこい、検証して依頼先に報告出すのは俺らでやってやるから!」
イリ「アルノルト君、飲み物は何が好き?あ、ココアね!了解ッ」
ヨナ「テオ、今ある仕事こっちに回せ!アルノルトのサポート全力でよろしく!」
テオ「任せろ~!」
…俺は早速お役に立てたようで、「温泉♪温泉♪」と歌うイリーネさんにおいしいココアまで淹れてもらった。定期点検から帰ってきたカチヤさんとラウラさんには半泣きで感謝され、トビアスは挨拶から戻ってきたら定期点検のノウハウを二人に詰め込まれていた。
*****
怒涛の初日が終わり、あの書類の山はあらかた目途がついた。いくつか「俺が作ったらちょっとヤバい性能になるけどいいの?」というのがあって、お母さんが検証してから報告するんで後回しになったけど。
ん~…久々に目がチカチカするほど頑張ったよ、俺。でもすっごく皆に感謝されて嬉しかった。あとは、俺もマザーの点検ができるように教えてもらわなきゃな。疲れたから帰ろうって思ったら、お母さんが来て俺の頭を撫でる。
デボラ「…アル、本当に助かったよ。ヘルゲは紅玉だからここに縛り付けられないし、ヨアキムはあそこから出られないしでね…ここの皆も私には大切な家族みたいなものだ。働き詰めにさせてて可哀相だったんだ」
アル「ねえ、もうヨアキムさん来れるでしょ?…呼ばないの?」
デボラ「ん~…本当に大変な時に助っ人で呼びたい。彼はようやく自由になれたんだ。興味の赴くままに、やりたいことをやるのが最優先だと思うのさ」
アル「そっか…そうだね。じゃあ俺とトビアスでめっちゃがんばるからさ。安心してよお母さん」
デボラ「くぅ…末っ子やっぱり可愛い。末っ子、イイ」
お母さんは俺の頭を抱き締めてグリグリ撫でまわし、「さ、フィーネを迎えに行ってお帰り」と送り出してくれた。
方陣研究室のドアをノックすると、「どうぞー!」と言われた。いいのかなって思いながらドアを開けて一歩入ると、何か方陣が起動した感じがする。頭の上で何かが光ったなって思って見上げたら、「アルノルト・緑青」って俺の名前がビカビカ光ってた…
フィ「おお、アル。仕事は終わったのかい?」
アル「うん、迎えに来たんだけど…もしかしてまだ終わらない?待ってるよ」
フィ「大丈夫、もう帰るところさ。ファビアン室長、ちょっとよろしいですか」
フィーネは俺の手を取って室長さんの机へ歩き出した。あ、そうか…フォルカーのお父さんだ!
フィ「室長、こちらがぼくの夫、アルノルトです」
アル「はじめまして!いつもフィーネがお世話になってます!あ、あと俺はフォルカーにもお世話になってます」
ファ「お、噂のアルノルト君か!初めまして、ファビアン・アスピヴァーラ・緑青だ。デボラの従兄なんでね、君たちの伯父にあたる。ここにも遊びに来てくれよ、それでイイ感じの方陣、くれ」
フィ「室長…そんなのはこれからいくらでもマギ言語研究室から降りてきますよ。アルがいればスピードが違う。アル、今日は何をやってきたんだい?」
アル「えっと…オリジナル方陣をガンガン作ってきた。なんか依頼されてたのを俺用にお母さんがためてあってさあ…いくつ作ったかな…たぶん五十か六十はあった…」
ファ「…今日が初日じゃないのか」
フィ「くっくっく…母上はやると思ってましたよ…室長、アルはボニファーツ氏と同様の構文作成能力者なんです。しかもぼくとヘルゲと母上でガンガンしごきましたからね、スピードも段違いですよ」
ガシッ
ファビアン室長は俺の肩を掴み、「…今からでもウチに来ないか…」と言った。フィーネが「母上が怒りますよ?」と言うと渋々手を離してくれて、俺たちは帰途についた。
アル「疲れたけど…すっごい充実感だぁ…初日から楽しいや」
フィ「アルは特別そうだろうね。ぼくらと開発三昧だったから、楽勝だったろう?」
アル「確かに楽勝だった。しかもお母さんがブチかませとか言って黒い顔しててさ~、でも嬉しそうでよかった」
フィ「ぼくも嬉しいよ?ようやくアルの才能を大威張りできるのだからね。それでこそぼくの夫さ」
ぐふッ
フィーネ…可愛い可愛い可愛い可愛い!
方陣研究室が見えなくなったあたりの廊下でゲートを開けようとしていたフィーネを後ろから抱きしめちゃいたいと思って手をにゅっと伸ばすと。
フィ「アル…『待て』だ!君が加減というものを覚えてくれるまで、週末以外は『待て』だ!」
アル「えー!」
フィ「えー!ではない!アルマたちがくれたベビードールを使い物にならない状態にまでしたのは誰だ…」
アル「えー…」
フィ「で、では週末にもう一回審査だ。君が加減を覚えたかどうかで、今後を考えようではないか」
アル「うー…」
フィ「そんなに項垂れるほどかい…」
フィーネは俺のしょんぼり加減に少し罪悪感を覚えたような顔をしていたけど、あの翌日に「大変な目にあった」とヨロヨロしていたので警戒を緩めない。
うー、これはいけません。俺のモチベーションに関るし、早く子供欲しいし、ということは答えは一つ!
「ちょっと手加減、たくさんワガママ」
これだ。ヘルゲさんに教わった極意だもんね。
あれ、マリー姉ちゃん的にはどうなるんだろ。
…あ、大丈夫だ!
「たまには少し強引でもいい」って言ってた!
方針決定~!