391 三代目グラオ王子 sideアロイス
ニコルが僕とマリーのところへやってきて、「すみません、妊娠しました…」と告げたのは五月の下旬だった。育児休暇が終わってすぐのことなのでめちゃくちゃに恐縮したニコルは、皆に「ごめんなさい…」と謝っている。誰もそんなことくらいで怒るわけはないのに、こういうところがニコルは真面目なんだよね。
マリー「もう…ニコルがそんなにしょぼんとすることないわ?誰がイケナイのかしら…ねえ、アロイス?」
アロ「…えーと」
マリー「避妊という言葉をご存知ないと思われるあなたたち兄弟に、私とニコルは怒ってもいいと思うのよ?家族計画という言葉もご存知かしら、ア ロ イ ス ? 」
アロ「…えーと」
ニコル「あの…マリー姉さん?なんでアロイス兄さんが怒られてるの?」
マリー「それはね!私も妊娠しているからよ!兄弟揃って我慢できないんだから!!」
ニコル「ええぇぇ!?」
マリー「もう…!二人目は考えてたけど、こんなに早くできるとは思ってなかったわぁ。だからね、ニコルは皆に謝る必要なんてないの。大体、私も含めて四人がミッション出動できなくたって余裕だったのよ?今度はフィーネが入っても三人じゃない、楽勝よ。そうよね、 旦 那 様 ? 」
アロ「モチロンデス」
こわい、マリーこわい。でもマリーが可愛いのが悪いんだよ!この前だって「レティばっかり抱っこしてズルいわ」とか言って拗ねるし、レティが「ママもすき」って言ってくれてご機嫌直ったと思ったら「じゃあ二人でパパを半分こしましょうかあ」とか言って左右から僕のことむぎゅっと抱き締めたりさあ!
たまんないでしょ、そんなの…!!
僕がちょっと傾いた体で「ゴメンナサイ」とかマリーに謝ってたら、ヨアキムが笑いながら来た。
ヨア「ニコルさんもハイデマリーさんも安心してください。及ばずながら私もお手伝いしますから、皆さんの負担が少しは減るでしょう」
ニコル「ありがとヨアキム~。やっぱ皆、優しいんだからなぁ…」
ヘルゲ「何も問題ないだろう、俺ももう一人欲しいなと思ってた」
マリー「ヘルゲ…忍耐ナシにも程があるわよぉ?」
ヘルゲ「ニコルが可愛いのが悪い」
アロ「激しく同意。マリーが可愛いのが悪い」
ペチーン☆
パチーン☆
背後からマリーの幻影が僕とヘルゲの頭をはたいた。久々に受けたな、コレ。まあいいか、子供が増えるのはいいことだよね。うんうん。
*****
そんなわけでマリーとニコルは猫の庭で待機状態。犯人を捕縛して一時的に草原で拘束したりする裏方に回ってもらい、あとは子供たちの面倒をナディヤと一緒に見ててねって感じになった。
そうこうしているうちに五月末の品質検査シーズンへ突入。子供たちの検査と自分たちの検査に奔走し、相変わらずのバケモノみたいなヘルゲの数値やニコルの錬成量で注目を浴びながら検査を終えた。
そして…アルノルトは何をどうしたらこういう判定が出るのかわからないけど、リアの英才教育とでも言おうか何と言おうか、学科成績で「SS」という成績を叩き出した。
この成績、瑠璃で数年に一度出るか出ないかという成績なんだそうだ。エルンストによると記憶定着度に加えて「専門知識蓄積度」というのが隠れ要素として存在するらしい。
瑠璃では割と常識みたいなんだけど、自分の進路に合った専門知識がガツンとある者はその分マザーが成績に上乗せする。だけど普通の学科知識への上乗せ評価だから、アルノルトは学科の好成績に加えて専門知識蓄積度が評価されたんだろうって話だ。
そりゃね…古文書で勉強するわオリジナル方陣を数分で構築しちゃうわ、遠慮なしに皆で寄ってたかってアルノルトを育成したようなものだしねえ。
だからヘルゲの成績はAだったんだな。進路が軍部で、それに見合った知識って言うより魔法部寄りの知識だったもんね。
*****
そんなこんながあって六月。とうとうアルノルトは魔法部へ入り、フィーネと緑青の分体へ出向いて入籍してきた。限定解除は白縹でやるから、二カ所の分体へ出向かなきゃいけなくて面倒そうだったけどね。
という訳で、本日はチーム緑青もユリウスたちもインナさんもダンさんも招いての史上最大規模のパーティー。もうインナさんとダンさんは無条件OKでしょうということで猫の庭へご招待しましたとも。
いくらなんでも墳墓で結婚パーティーやるのはどうなんだって話になったからね。アルノルトやチーム緑青の就職祝いも兼ねていて、もうカオス。
ちなみにフィーネとアルノルトはアルマに良いように飾り立てられていた。フィーネは以前アルマたちが作ったというゴーヴァルダナの踊り子衣裳を着て薄化粧をし、アルノルトは弾けもしないシタールを持たされている。
そしてチーム緑青は面白がってヴェールマランの宮廷衣装をがっつり着ていた。
…アレ、着るんだ。すごいな緑青…
ダンさんは「面白い!皆さんかっこいいですねえ」と言いながら撮影しまくり、インナさんはベルカントと歌いまくり。
ユリウスとエルンストはここまでのカオスだと思っていなかったらしくて、紫紺らしくスリーピースにクロスタイをして最初は茫然としていた。でも僕らの感覚からすると、そのスーツも仮装なんだけどね。
こんなパーティーなので、今回のグラオ王子はもちろんアルノルトかなって皆は思ってたご様子。いやいや、そんなわけないじゃないですかー。
ヘルゲ「…アロイス…お前はどうして俺を破壊しようとするんだ…?」
アロ「一度やっちゃえば、もうヘルゲに弱みはなくなるよ?」
ヘルゲ「だとしても、俺はあの件ではボロボロなんだぞ?」
アロ「いくらインナさんとダンさんの厚意だとしても、もらった事実に変わりはないからねえ」
ヘルゲ「…お前、容赦ないな…」
アロ「自分の部屋に置いて、摂取量に気を付けるっていうから取り上げるのはやめてあげたのになー。今から保管庫に移動させちゃってもいいんだけどなー。大佐に献上しちゃってもいいんだけどなー」
ヘルゲ「お前は心が広いやつだ」
そう、ヘルゲは金糸雀歌劇団の俳優が着る衣裳をがっつり着こんでいたのでした。形としてはヴェールマランの宮廷衣装にちょっとだけ似ているけど、なんと言っても一番の違いはスパンコールの量。
あんまりギラギラしてると見ている僕らの目が痛いので、アルマが黒のスパンコールを楽しそうに縫い付けていた一品だ。それでもヘルゲが動く度に光を反射するその衣装は、丈の短い黒のジャケットに赤のサッシュベルト、スラックスは黒で脇には赤いライン。フリルたっぷりの白いシャツブラウスを着ていて、どこかで見たなと思ったらブルーバックの闘牛士の衣装みたいだった。
そして今、ヘルゲはどんな要望もはねのけたりする気力がないようで、アルマの餌食になって眼鏡をとっかえひっかえされている。ジャケットを脱がされてシャツブラウスのみでスクエアの銀縁。ブラウスも脱がされて黒のTシャツを着ろと言われてから黒縁のウェリントン。次はターコイズブルーのセルフレーム。
Tシャツになったまま酒瓶の森へそっと退避しようとしたヘルゲをガシッと捕まえて、アルマはきちんと闘牛士に仕立て直してから解放した。
…あんな追加ダメージまでは、僕も想定外だったよ。
ちょっと可哀相だったかな…