390 私の誕生祝い sideヨアキム
アロイスさんから、「ヨアキムの外出、正式に許可です」とお墨付きをもらいましたよ!随分私の一人歩きを心配していたニコルさんたちも、私が皆さんの魔法をほぼ完璧に使用できるとわかって安心してくれたようです。
私はインナさんとの約束を果たそうと思い、まずは金糸雀の里へ行ってきますと皆に言いました。アルは「いいなあ、見たいなあ」なんて言っていたのですが、リアさんにとっ捕まって『降霊魔術書』のデータ化作業をさせられて断念です。
リアさんはあんなものを読んでどうしたいんですかねえ…あれはまだヴェールマランがこの国に統合されていない時期に紫紺一般人の「自称魔術師」が突飛な発想で書いた研究書です。
その人なりに真剣に考察もしていますし、いたって真面目に研究したのでしょうが、いかんせんマナの親和性が低い者の研究です。申し訳ない言い方ですが、たかが知れている内容なのですよ。まあ、古代の人間がどのように考えていたかを知りたいとか、そういう興味なんでしょうけどね。
ヴェールマランが統合されなければ、もしかしたらこの国も生き物を贄にした「魔術」が台頭していたのかもしれませんねえ。気色悪いことですよ。
そんなわけで、金糸雀の里へは私一人でお出かけです。アルからいろいろ話も聞いていますし、まずはカペラへ行ってみましょう。インナさんはお仕事中ですかね…
ヨア「失礼いたします、お尋ねしたいのですが」
カナリア「は~い、こんにちは。どんなご用件…!!??」
ヨア「長様に面会できないかと思いまして。私はヨアキム・ケス…緑青と申します。アルノルトの家族でして」
カナリア「…は…い…少々…お待ちくださ…」
…どうなさったのかな、あの方は?何だかびっくりしすぎて目玉が落っこちそうでしたが。
私が首を傾げていると、ベルが困ったような笑顔で自分のことを指さしました。
あ。
あのカナリアの方、ベルが視えたからびっくりしたんでしたか。そうですね、自己紹介に緑青を名乗ってしまいましたしねえ。これは少々迂闊でしたかね。
しばらくすると、インナさんが奥から出てきてくださいました。
インナ「ヨアキムさん!来てくださったんですね、嬉しいです!ちょっとお待ちくださいね、すぐ丘に参りましょう」
ヨア「インナさん、カナリアの方にベルが視えてしまったようで…迂闊でした、すみません」
インナ「ふふ、お気になさらず。後でうまく説明しておきますから」
インナさんはそう言うと、カナリアの方々に何か指示をしてから戻ってきました。そして「丘へは…魔法で行けます?たぶんかなり注目されると思うので」と言いました。頷いてからカペラを出てすぐにゲートを開き、あの祈りの丘へやってきましたよ。
…抜けるような青空。光る海。柔らかな草の原。そして私の目に映るのは、いくつもの「歌うマナ」。
ヨア「…あなたがたは幸せですか?辛くはないですか?そこに鎮座しているのが矜持だとわかった上でお聞きしますが…自由が欲しくは、ないのでしょうか…」
応える声などないだろうと思いながら、それでも聞きます。私なら彼女たちを解放できる、などと奢った考えのつもりはありません。
ですが、魂の時を止めるというのは。
人として、無限に広がるあらゆる熱い感情を経験した魂にとって、時を止めるというのは。
エントロピーが増大することが喜びである魂に、枷を嵌めて檻へ閉じ込め、微動だにせぬ冷たい秩序の苦しみを与えること。
この「歌うマナ」が私の持つこの感覚的解釈に当てはまるとは限りませんし、アルの愛した最長老様は少なくともそれらのことを超越した覚悟をお持ちだったはずです。だから、彼女たちの矜持を傷つけるつもりは、毛頭…ないのです。
でも。
私だって狂いたくありませんでした。
ベルをこんな目に遭わせておいて、今さらこんなことを言えたものではないです。
でも。
私は狂いたくなかった。
私はエステルを傷つけたくなかった。
私はエステルが平凡に幸せになっていく様を見守り、苦しくてもこの世界の端っこで土に還る、そんな人生を送って死にたかった。
私は、狂いたく…なかったです。
インナさんは悲しい涙を流していました。たぶん私の人生が視えてしまったのでしょうね、申し訳ないことです。私の無為な問いかけに「歌うマナ」は応えませんでしたが、インナさんが静かに『語り』ました。
『人は後悔なしで生きるなどありえません。でも、あなたには挽回の機会があるではないですか。私たちはいつかその魂が朽ちるまでここにいることを選んだ。その選択は…“自由”なのですよ』
そう言うと、涙を流したカナリアの長は私の両手を握って歌い始めます。これはきっと、ウィング。ベルカントも同調して和音を紡ぎます。次々に歌うマナが同調していき、私は光る繭に包まれました。
涙で歪む視界には、里のあちこちからカナリアの歌声が響き、合流してくるのが視えます。ああ、これがアルの言っていた合唱。金糸雀の里が誇る、生命。
ベル、あなたは素晴らしい故郷を持っているんですね…
歌が終わると、カペラから鐘の音が響きました。
インナさんは微笑むとコクンと頷き、私の手をぎゅっと握ります。
インナ「ヨアキムさん、生まれ変わったのでしょう?あなたは彼らに出会って生まれ変わった。だから、この歌と鐘の音は…あなたへの誕生祝いです。ずいぶん遅れてすみませんでしたが、ベルカント様も自由にいつでもここへおいでくださいね。カペラにはあなたがご先祖様の守護霊をお持ちで、里帰りさせてくださったと言ってあります。あなたは…ダンさんとアルノルトさんに続く、この里の友人ですよ?」
私は深く、頭を下げました。こんなことがあって良いのでしょうかね。あの汚泥の記憶は私から離れはしませんが、それでもきっと。私は幸せになっても良いと、言ってくれたのだと理解しました。
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ヨア「ただいま戻りました」
コン「おー、おけーり…うお!?どうしたよ、お前」
ヨア「はい?」
カイ「…今日、金糸雀の里に行ったって言ってたな…?どいつだウチのヒョロヒョロ天使泣かしたヤツぁ…」バキボキッ
カミル「金糸雀にもゲスがいんのか?おいコンラート、カランビット貸せ」
コン「ざけんな、これは俺が使うってんだよ」
ヨア「あああ、違うんですよ!インナさんやベルたちが感動的な合唱を聞かせてくれてですね、ちょっと止まらなくなってるだけなんですよ!なんで私がイジめられた判定しかしてくれないんですかあ」
コン「ンだよ…驚かせんな。んじゃベルカントもがっつり歌ってきたんか」
ヨア「ええ、存分に合唱してきてくれましたよ」
カミル「いいねー、映像記憶見せてくれよ」
ヨア「いいですけど…ちょっと事情があって、重い感じですよ?いいんですか?」
カイ「重い?なんかよくわかんねえけど、お前が大感動した歌なんだろ?見せてくれよ」
数分後、大盛りの筋肉が涙にむせぶ光景に他の方々がドン引きして遠巻きにされてしまいました…なんだかすみません。