389 引っ越し初日の出来事 sideアルノルト
ついこの前、オスカーさんとリア先生のとこに赤ちゃんが生まれた!チョーかわいい女の子で、クレアって名前なんだ。俺もうまくいけば一年以内にお父さんになれるんだよなー、フィーネに似た女の子いいなー、でも男の子だったら一緒にマナ・コンで遊べるなー。
そんなこと考えてニヤけていたら、カールに脇腹をどつかれた。
カール「おい…卒舎式でまで呆けるなよ。お前目立つんだから、今日くらいしっかりしろって」
アル「あう…了解」
そうなんです、今日は卒舎式。主席のカールは堂々と答辞を述べ、戻ってきたら俺がにへにへしてたのが目立ってたらしい。すんません。
まあ恙なく卒舎式は終わりまして、俺はさっさと猫の庭へお引越しであります!カールやトーマスは「お前、準備が早いなあ」って卒舎後のソッコー転居に呆れられたけど。俺、今日からフィーネと暮らすんだもん!我慢できるわけないでしょ~、今日から触り放題だ!こっそり荷物も移動魔法で全部移動させたしね!
すっごくお世話になったハンナ先生に改めて挨拶すると、「結婚パーティーをこっちでやるなら教えてよ?」とニヤリとされた。マリー姉ちゃん、もう卒舎だからってバラしたのか…
まあいいか、あと半月で魔法部就職&フィーネと結婚!うっほーぃ!
めっちゃ走って村の中心部へ行き、旧アロイス先生の家から猫の庭へ。一階にいたちびっ子たちとナディヤ姉ちゃんに挨拶してから「自分の家」に入ります!
フィーネは最上階に住んでいて、ものっすごく眺めがいい家なんだ。遠くまでキラキラした海は見えるし、内装もフィーネの好みで落ち着いた色。俺が一緒に住むことになるんだからって言って、俺の部屋をどうレイアウトするかを真剣に考えてくれた。
俺なんて好みも何もないからさ、フィーネに任せていい?って言った途端、すごく熱心にいろんな店へ連れて行ってくれた。これから魔石も大量に必要になるだろうし、研究用端末だって置くだろうし、おもちゃを作るのに作業台もあった方がいいねなんて言いながらリビングまで改造していく。
こうして俺の部屋には大きな机と魔石を分別できるドでかいキャビネットが入った。全部オーク材のもので揃えて、どこの研究所長室だって感じだよ…
まだ何もないカラッポ同然の部屋だけど。これからフィーネとずーっと暮らす家だから、大切に使わせてもらおう。
*****
荷物を片付け終わって一階へ降りると、ヨアキムさんやヘルゲさん、アロイス先生が帰って来てた。…アロイス先生、昼過ぎまで卒舎式に来てたのにミッションまでこなしたのかな?
アル「お帰りなさーい!改めまして今日からお世話になりまっす!ヨアキムさんもミッションに行ってたの?」
ヨア「違いますよ~、今日は初めて殲滅魔法を撃ってきたんです!気持ちよかったな~」
アル「え゛」
ヘルゲ「…アル、お前の師匠な、とんでもなかった…」
アル「え゛」
アロ「…ここまでとはね~。アルノルトも北方砦で殲滅魔法が撃てるか試しにいったでしょ?あそこでテストしたらね、ヨアキムが速攻で殲滅魔法撃てるようになったんだ。しかも威力がハンパない…白縹じゃないのに…」
ヨア「いや~、白縹ってこんなすごい感覚で魔法撃ってたんですねえ。たぶん私のまま火魔法を撃っても弱い威力の中規模が精々ですけどね」
ヘルゲ「どうもな…接続すると肉体的資質が反映されるだろう?それにヨアキムのド級の魔法制御力が加わると…」
アル「く…加わると?」
ヘルゲ「…ドカーン、だ…」
アル「ちょ…ヘルゲさん、意味がよくわからない…」
アロ「ヨアキムが炎獄を撃つとね、範囲はヘルゲほど広くないんだけど、威力がおかしいくらい強力なんだよ。局地的な威力だけで言ったらヘルゲに匹敵する。僕らだってそれほどの威力の魔法はなかなか撃てないんだ。だからね…ちょっと紅玉としてのアイデンティティが揺らいでるっていうかね」
アル「何でいままで分からな…あ、そうか、外に出られなかったもんね」
ヨア「あはは、猫の庭を丸焼けにしちゃいますからねえ。私もここまでとは思っていませんでした~。それにほら、ヘルゲさんのコングロマリッドって暗号化されてないマギ言語がむき出しで刻んであるでしょう。私は親和性が高いのですんなり入るんですよ。しかも焼き切れるような神経が物理的にないですから」
ヘルゲさんは悔しそうに「くそ…魔法制御力がカギか…?」と言って生活魔法の制御を練習し始めた。あー、それ…“アロイス効果”ですね?紅玉がこんな地味な訓練をしてるって知ったら、学舎の生徒はみんな驚くだろうなー…
グラオの皆が帰って来ると、ヨアキムさんの殲滅魔法検証結果に全員が驚いた。そしてワッルーい顔して笑ってます。
フィ「ほほう…ということはミッション完遂確率がまた上がったということだね…」
カイ「ヨアキムも宝玉級…おい、また同時進行ミッション増やせるんじゃねえのか」
アロ「いま平均で一日四件のミッションだろ?あの魔法制御力で言ったら僕らの魔法は軒並み使えるよ。五件…もしかしたら一日六件までいけそうな予感」
カミル「それよ、マトモに中佐に報告したらまーた雷神様降臨だぜ?集中してガンと終わらせて休暇にしちまってもいいんじゃね?ミッションは期限通りに終わらせたって報告してよー」
コン「そりゃいいな。余暇を有意義に使うってのもアリだよなー。ただでさえ俺たちは中佐の血圧上げやすいんだからよ」
アロ「そっか…今でも終わらせるのが早すぎて、エレオノーラさんに叱られるもんなあ。中枢に不審がられるから程々にしろって話だし。よし、ナイショの休暇を作る作戦にしよう!」
全「ヒャッホーゥ!」
…わぁお。この前は「お金がありすぎて困る」フィーネを見たけど、今度は「仕事が早すぎて困る」皆を見てしまった…
俺は宝玉の殲滅魔法はダメだったからなあ…すごいなヨアキムさん。ちょっとしょんぼりしちゃうよ、俺は白縹なのに~…
部屋に戻って「俺も制御の練習しよっかな…」なんて言ってたら、フィーネがトコトコと来て俺の隣に座った。
フィ「いいかいアル。ヨアキムは『焼き切れる神経がない』などと言っていたが、あれはたぶん違う。魂への負荷はあるはずなのに、ヨアキムの苦痛耐性のせいで感じていないだけなのだよ…!あれは真の変態だ」
アル「ブッ…でも魂の負荷なんて危ないんじゃ…」
フィ「それがだね、ぼくも不思議に思って共鳴させてもらったのだよ。それで判明したのだが、魂に負荷がかかるということは『非常につらい気持ち』になるということさ。普通の魂ならそれでどんどん疲弊してしまう。だがヨアキムときたら、ケほども『つらさ』を感じないだろう?ということは魂も疲弊しない。だから遠慮なしにドカドカとオーバーヒート状態で魔法を撃つんだよ!あれは…七百年の時間が生んだ真性の変態だ…!」
フィーネのマナの波は「変態に負けるなど悔しいッ」と叫びながらも、実際にそれができてしまう奇跡の変態魔法使い(魂のみ)に畏怖を感じていた。
俺とフィーネは、せっかく一緒に住み始めた初日だというのに、何も甘くない雰囲気で震えながら手を繋いで寝た。