386 私の墓参り sideヨアキム
今日も私は猫の庭の裏手に出て、草原と海と日光を堪能します。
月白の墳墓へ行ってからというもの、魂の自由度が大幅アップしましてね。この私がまさかの日向ぼっこなどしています。実はですね、ベルカントも自由になっているんです。いままで私の魂に癒着し、ほぼ融合していたのですが、きれいに分離しましてね。でもいまだに私の周囲で羽衣のように存在するベルは、どこへ飛んでゆくわけでもなく一緒にいてくれています。
一応言ってみたんですよ、「あなたはもう自由です、タラニスの御許へ還ってもいいんですよ」と。分離したベルは表情も豊かになり、ちょっとムクれながら「絶対イヤ、一緒に生きる」と口ずさみます。正直にいいますと、ホッとしました。だってやっぱり七百年以上も私と共にいてくれた子ですから、いなくなったら魂の半分がなくなった気分になってしまいます。私も大概自分勝手ですけどもね。
これらのことをデボラは本当に喜んでくれて、これから緑青へも一緒に行けるし、一緒に色んなものを見ようと、グラオの皆のように言ってくれます。私は今までこの猫の庭を預かり、マザーの中を自在に見られることを武器に皆さんの役に立とうと思っていました。ですが先日のフォン・ウェ・ドゥの件ではあまり活躍もできず、少し歯がゆい思いもしたのです。
ですのでね、マザーの記録からしか人の世を見てこなかった私をバージョンアップさせる良い機会です。私はアルが様々な場所で縁を繋いだように、七百年後のこの世界に繋がろうと思いました。
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ニコル「はい!では七百年後講座を始めまっす!ヨアキム君、もし人に『お兄さん痩せすぎじゃない?ちゃんと食べなきゃだめよ』と言われたらどうしますか?」
ヨア「…これくらいでいいですか?」ポン☆
ユッテ「はいアウトぉぉぉ!体型は即座に変化させちゃダメに決まってるっしょ!つか、いきなり太りすぎ!そういう時は曖昧に笑って『あはは~、気をつけます』でフェイドアウト!」
ヨア「あ、ああ…そういう話でしたか。大丈夫ですよ、そんないきなり姿は変えませんてば…」
ニコル「では第二問!『ようよう兄ちゃん、金出しな!』とデミのチンピラに絡まれたらどうしますか?」
ヨア「…カイさんに接続してポキっと…」
アルマ「それもアウトぉぉぉ!そんな細っこいヒョロヒョロ兄さんに大出力筋肉はございません!そーゆー時はユッテに接続してダッシュ!逃げるが勝ちィ!」
ヨア「あの…一応元人間なので、そういう目に遭う前に対処はできるかと…」
ニコル「甘い!甘いです!ヨアキムは自分でも自覚していないうちにグラオに染まり過ぎています!変身常用、苦痛上等、拷問推奨!猫の庭でなら体を張ったネタ芸人で通りますが、一般的にはただの変態です!」
ヨア「ニコルさん、いま眼球潰された時くらいのショックがあるんですが」
ユッテ「ヨアキムが心配だからこその愛のムチだっつの」
アルマ「そーそー!だから慣れるまで十分に気を付けて街に出なきゃダメだよぉ?」
ヨア「あー…はい、わかりました…愛のムチで眼球潰さなくても…」
ニコル「何か言いましたか!?」
ヨア「いえ、何も」
何だかニコルさんたちは私が「はじめてのおつかい」をするかのように心配し、色々な注意事項を叩き込んでくれました。ですがなぜ私が人にそこまで絡まれる前提なのでしょうね…やっぱりこのガリガリな体型が良くないのでしょうか。どうしても「自分」をイメージするとこうなってしまうのですけど。
まあ、誰かに接続すれば大抵の危機は切り抜けられます。問題はないでしょう。
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というわけで、ニコルさんたちに「ハンカチ持った?」とか「グローブ付けた?」とか言われつつ。私はまず中央の街へ一人でお散歩に出かけてみました。
シュピールツォイクはニコルさんたちと行く約束をしているのでスルーします。興味があるのはやはりマザー施設ですね。自分の肉体が死んだ場所をもう一度外から見てみたかったんですよー。
感傷的になっているわけじゃありませんが、興味本位とでもいうのでしょうか。いそいそとマザー施設で見学の申請を出してみます。私はマナ固有紋登録などありませんので、チェック時にはマザーから適当な紫紺の一般人のデータを引き出しました。
順路に従って歩いていくと…お、ありましたね。透明で大きなドーム。アルカンシエルに従う部族が増えるたびに描かれた部族色のライン。ふっと目に留まったのは、ちょうど私とベルの死体があった近辺にある小さなフレームでした。目を凝らしてみると、魂浄化を願う文言が古代語で記されています。
あー、私が厄災を持ち込んでマザーが呪われたと思ったから祈祷してましたもんねぇ。しかも、私たちの死体が葬られた場所までご丁寧に書いてあります。中央西部墓地ね…面白いです、行ってみましょう。
中央西部墓地は街中にはありません。中央の街はそんなに大きくなくて(白縹の村に比べればバカでかいですが)、これは頑丈な二重壁に囲まれているからなんですよね。そのかわり墓地は広大です。外壁の西門から出てすぐの平原に、見渡す限りの墓碑が立っています。新しい墓ほど遠くにあり、近くには遺跡のような墓碑が並んでいますよ。
私とベルが葬られた年代は割と近くにありますね。えーと…ああ、ありました。あらら…けっこう豪華じゃないですか。ベルは身元がわからなかったようですね、そのかわり「カナリア姫」って書いてあります。彼らなりの気遣いなんでしょうね、ベルは姫ではありませんでしたから。
で、私は「ヨアキム・紫紺」と書いてありました。そりゃあね、移民として登録したのでそうなりますけども。ちょっとこれはイヤですねぇ…書き変えちゃいましょう。
『ヨアキム・ケスキサーリ ベルカント・カナリア』
これでどうですか、ベル。
そう聞くとベルは嬉しそうに小鳥のさえずりのような声を出しました。満足して西門へ向かって歩くと、かなり古いいくつかの墓から、何か不穏な空気を感じます。何だろうと思って見てみると、紫紺の…どうも偉い人のお墓のようですが。
とっても懐かしい、ベルが歌っていた呪詛の歌が流れていますよ…
あ、そういえば大戦乱時代の初期にあの「真実の歌」が編み出されたのでしたね。
じゃあ、この歌は。
攫われて、呪詛の歌で紫紺を道連れに死んだ、カナリアたち…ですか。
ベルは、今まで聞いたこともない悲しい声を出しました。すすり泣くような、悲しい悲しい鳴き声。…そうですね、彼女たちはここにいていい存在ではありません。
ヘルゲさんに接続します。あの墳墓の構文を呼び出して…面倒です、この墓地全体にかけてしまいましょうか。皆、還ればいいんです。あの空へ還って、犯した過ちも何もかも、未来で決着をつければ良いではないですか。私がこうして許されて存在しているように。
ふわりと、数多の光が立ち昇ります。ベルは一生懸命に鎮魂の祝詞を歌い、仲間をかつての自分と同じ境遇から救い上げます。目の前のドロドロだった呪詛の歌は薄れ、非業の死を遂げたカナリアたちは、美しい光になってタラニスの御許へと還っていきました。
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ヨア「ただいま戻りました~」
ニコル「おかえりヨアキム~!何も危ないことなかった?」
ヨア「ええ、何もありませんでしたよ。またお散歩に行きましょうとベルに言っていたくらいのんびりでした」
ユッテ「どこ行ってきたん?」
ヨア「マザー本体とか、墓地に行きましてね~」
アルマ「…ヨアキムの散歩は…墓地…」
ヨア「あ、えっと…別に墓地が気持ち良かったわけではなくて…」
アルマ「素敵ぃ~、ヨアキムってアンデッド系瘴気かなァ…リッチとかレイスとかァ…」
ヨア「そういうわけではなく…」
ニコル「墓地でチンピラに絡まれたりはしないか~、取り越し苦労だったね…」
ヨア「散歩ルートが墓地確定ではなく…」
ユッテ「ヨアキム、似合うね!」ビシィ!
ヨア「ええ、もうそれでいいです…」
ユッテさんにサムズアップまでされて、どうしてこれ以上否定できるでしょう。もう墓地に行く必要もありませんから、ほんとに行かないのに…
ヘルゲ「ヨアキム、誰かの墓参りにでも行ったのか」
ヨア「墓参りというか…まあ、お墓を見に行ったというかですね」
ヘルゲ「そうか、今度行くならコレを持っていって供えておけ」
ヘルゲさんがくれたのは、花が出るマナ・クラッカーでした。ニヤっと笑ったヘルゲさんは、「これくらいの方が喜ぶだろ、お前らは」と言いました。参りましたね、お見通しですか。
ヨア「これは素敵な供え物です、大事にしましょう。ねえベル」
ベルは嬉しそうに、花の歌を歌い出しました。