384 Tri-D airy region sideアロイス
シュピールツォイクに、またしても新商品が入荷された。開店当初から大人気だった立体プラネタリウムの新作だ。一流映像記録者のダン・山吹がこの商品のために撮影した、ブルーバック王国の秘境『リョビスナ台地』の超高度映像。誰も登攀に成功していないこの神秘の台地を、フィーネ・白縹の開発した超高度撮影方陣の力を借りての撮影成功だった。
映像が夜空ではないので「Tri-D airy region」、つまり「天空の立体映像」という商品名になったこのおもちゃは、単なるおもちゃと言うにはあまりに美しい水晶のドームに入った魔石だった。
立体プラネタリウムはガラスドームだったが、この「Tri-D airy region」にはもう一つド級の機能があるため水晶のドームへの変更となった。カナリアの頂点である長がこの映像を見て感銘を受け、自然に降りてきた『祝詞』を提供したのだ。その美しい歌はマナの乗った神秘の歌。そのマナを撮影した映像がレイヤー機能を搭載したオペレーションシステムによって、絶景と重なるように流れる。
これはもう、一つの芸術作品だった。
水晶のドームにマナを充填させると、マナの乗った絶世の歌声が静かに力強く響き渡る。この世のものとも思えない天空の景色と共に、歌の光と共に、静かに響く。これを購入した者はいつでも自宅で静かにその絶景を堪能し、疲れた心と体をリラックスさせることができる。
おもちゃ屋の売り出した物だったがその素晴らしさはあっという間にアルカンシエル全土へ広まり、特に紫紺の上流階級には最新の芸術を持つステータスという意味合いも含めて爆発的に広まる。紫紺の長様はこれをブルーバック王室へ「貴国の素晴らしい自然に敬意を表する」というメッセージと共に贈ったという。
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「Tri-D airy region」が広まると、マナの光がこんなにも美しいものなのかと気づく者が多くなった。マナ感度の低い部族の者はその美しさを自分の目で見たくなり、マナ・グラスを購入していく。街には様々なデザインフレームの眼鏡をかけた人々が中空を見つめてうっとりしている光景が見られるようになった。
そして猫の庭では、違う意味で眼鏡をかけたグラオのメンバーがぐったりしていた。
コン「アルマ…もう勘弁してくれよ…」
アルマ「だめ!…ん~、コンラート兄さんだとやっぱセルフレームかなァ…」
カミル「おい、アルマ…カイに交替させてくれ」
アルマ「同じような顔面なんだからカミルで充分だもーん。えっと…やだ意外!カミルってウェリントンが似合うっ黒縁でいこっか!」
リア「ねえアルマ、これなんてどう?」
アルマ「きゃあ、リア先生ってバタフライシルエットが似合うぅ!女優さんがお忍びに来てるみたいッ」
オスカー「アルマ、お前もうやめろよ…サンプルは充分だろ?」
アルマ「オスカーって意外とべっこうフレームがいけるよねェ…コンビネーションフレームのブロウタイプで…」
…そろそろ止めないとマズいかな。みんなして「耳が痛ぇ」とか「鼻が痛ぇ」とか言ってる。僕らって眼鏡が無縁な一族だしね~。
アロ「アルマ、もう充分でしょ?そろそろ解放してあげなよ」
アルマ「 !! キタァァァ、トップオブ眼鏡男子!ヴァイスの女子が一番見たいメガネ、ナンバーワン!」
アロ「うひ…!すごい悪寒が…何かヤバいとこに来ちゃった感じがする…」
コン「アロイス、救いの神だぜ…後はよろしくな」ポン!
カミル「悪ぃな、うちの嫁はもう止まらねぇわ…」ポン!
オスカー「アロ兄、ごめん…でも俺ももう耳が痛くて…」ポン!
アロ「ちょっと…待ってよ、何でみんな僕の肩を叩いて去っていくの?助けに来てあげたのに生贄にするのかぁぁぁ!」
ガシ!
アルマ「アロイス兄さぁん…まずは銀縁から行こっか…?ね、優しくするからァ」
アロ「うわあああぁぁぁぁぁ!」
銀縁と一口に言っても、細身のオーバルだのクラシックな丸眼鏡だのスクエアだのウェリントンだの…!さらに黒縁もイケると言われたりピンクや赤のセルフレームもハズしアイテムでイケるだの言われたり、最終的にはまた銀縁に戻って白衣を着てくれとせがまれたり…!
もう眼鏡、やだ。
ジンジンする耳と鼻の付け根に顔を顰めて、僕の聖域で冷気保管庫の扉に耳を押し付けて冷やす。体が傾いてるのも知ってます。こんな場所で耳を冷やすくらいなら自分の魔法で遠慮なく冷やせよって状態なのも知ってます。でも、この何かをアルマに搾り取られた感をどうしていいかわからないんですよ…!
後日、シュピールツォイクでマナ・グラスが品切れになりそうだという連絡がフィーネのところに入ったらしい。充分な在庫があったはずなのに、と不思議に思ってフィーネが納品ついでに店を見に行くとスゴいものがあったそうだ。
フィ「…アルマにはよく言っておくから怒らないでくれたまへ…」
フィーネがそっと見せてくれた店内の映像記憶には、僕が白衣を着て銀縁眼鏡をかけたポスターや、カミルが黒縁眼鏡で憮然としているポスター、リアがバタフライシルエットのべっこう眼鏡を少しズリ下げて上目使いでキレイに笑っているドアップのポスター、コンラートが派手なセルフレームで気だるげにしているポスター、オスカーがコンビネーションフレームで少し俯いているポスター。
それらに群がる客の群れ…!
フィ「…マナ・グラスの売れ行きも恐ろしいが、このポスターを売ってくれという要望がひっきりなしにあるらしいよ…どうしようかね…?」
タスケテ
モウ ソト アルケナイ…