382 お遊戯 sideアロイス
よく晴れた週末、猫の庭全員は一階キャリアーホール前に集まった。フィーネが付けた墳墓専用キャリアーは、濃い青色をした美しい色の魔石。子供には手の届かない高さに設置され、いつも皆が自分の部屋へ戻る時に使うキャリアーの付いた壁の反対側にある。
僕とナディヤは朝から料理三昧で楽しくて仕方なかった。出来上がった料理がワゴンにたっぷり乗せられて、アインたちによって運ばれる。墳墓の祭壇近くにはフィーネが金糸雀で買い込んできた美しい毛織物が敷き詰められ、たくさんの大きなクッションも置かれた。
インナさんの家で経験した、金糸雀式のあぐらをかいて床に座るスタイルがラクで良かったらしいよ。それに絶景の映像がね…体が傾いちゃうから椅子じゃ危ないってアルノルトが言うんだよ。どんな映像なのか怖くなっちゃうなあ。
アルノルトがインナさんとダンさんを連れてきて、グラオの皆と挨拶した。全員、この二人のおかげで月白のことやこの場所が判明したのがよく分かっているので、熱烈大歓迎だ。
カミル「おー、あんたがカナリアの長か!すげえ歌だったらしいな、さすがだぜ」
カイ「俺らよく中央でカナリアのいる酒場は行くんだけどよ、あの別格の声の更に上だろ~?楽しみにしてたんだ」
コン「兄貴に囲まれるとインナが小人みてぇだ、あんまり詰め寄ってやるなよ…」
オスカー「ダンさん、すごい映像らしいじゃん!アルもフィーネ姉も絶対編集してからがいいっつって見せてくれなくってさあ」
ユッテ「つかさあ~、もうココ自体が絶景じゃん?何この空の色…」
アルマ「ダンさん…ありがとぉ…私、ここ見られただけで超創作意欲が湧くぅ…白い棺に古代文字とかぁ…たっまんないぃ…じゅるり…」
ニコル「カミル兄さぁ~ん!瘴気警報でっすぅ~!」
カミルはハッとして、電光石火でアルマを抱えて離脱。「我慢しろっつっただろ!アロイスの仕置きを受けたいか!?」と説教してるね。うんうん、良いよ良いよ~。
ん?リアは?と思ってキョロキョロ見回したら、すっごく遠くにある棺にがぶり寄りでほぼ乗っかっているのを発見。あーあ、もう臨月っていう大きなお腹なのに…でもまあそうなるよね、うん。ナディヤが「もう…リアったら…」と言いながら歩いて行き、棺に乗るなんてバチが当たるわよと叱った。え、そっち?
僕とマリーも二人に挨拶して、次いでヨアキムが挨拶した。翼は不可視にしてあるし、大丈夫だと思ってたんだけど…やっぱりインナさんは気付くか。
インナ「…え?あら?えええぇぇぇぇ?あの時のご先祖様…アルノルトさんと一緒にいるんじゃ…」
ヨア「あはは、さすがにお仲間にはわかりますね。この子が本体なんですよ。アルは私に接続して、分身を金糸雀へ連れて行ってくれたんです」
インナ「…あ…」
インナさんは急に、なんていうか…目の焦点がヨアキムの内部にあるような状態になってから、マナの乗ったビリビリっと来るような声で『語った』。
インナ『ありがとう。彼女がいま幸せなら、それで良い。あなたももう、金糸雀に償おうなどと考えるのはおよしなさい。みんな、幸せになりたかっただけなのだから』
それを聞いてヨアキムは目を丸くし、それからそっとインナさんに手を差し出した。二人は微笑むと握手して、近いうちに金糸雀でベルカントの本体に歌ってもらおうと約束した。
ヨアキムはあまり顔に出さないけれど、常人ならば潰れてしまうであろう罪悪感を抱えて生きている。それを知っている僕らだから…だから、どこまでもヨアキムとベルカントが幸せな気持ちになってほしいと願わずにはいられない。ヘルゲもそれは同じ気持ちみたいで、その握手された手が得難いものだと言うように、柔らかく見つめていた。
*****
全「献杯~!」
全員でサファイアブルーの空へ向かってグラスを上げると、もうそれからはどんちゃん騒ぎだ。いつものことだけどね。ヨアキムはダンさんとインナさんに軽く事情を説明して翼を出し、ナニー猫に見守られて遊ぶ子供のフォローをしたり、ウトウトし始めたお昼寝タイムの子の揺り籠になったりしはじめた。
インナさんは絶好調で、ニコルやナディヤ、マリーに金糸雀の歌を教えている。ナディヤの歌う子守歌は、猫の庭では唯一の「現代語の歌」なんだけど、これからはニコルやマリーの歌が聞けるかもしれないね。
僕に抱っこされていたレティは「パパぁ、おうた!」と言って、インナさんの方へ駆けだした。女の子は歌が好きなのかな?あ、でもルカも行った…
インナ「まあ、ルカ君とレティシアちゃんね?よろしくね、私はインナって言います。一緒にお歌を歌いましょ?」
ルカ「ぼく、おうたするとねむくなる~」
インナ「ふふ、ナディヤさんの子守り歌が気持ちいいんですね?じゃあねえ…楽しくなっちゃうお歌は知ってる?」
レティ「ううん」
インナ「二人はどんな遊びをすると楽しいですか?」
ルカ&レティ「かけっこー!おすなば!すべりだい!あとねえ、はねぴょんぴょん!」
インナ「はねぴょんぴょん?」
ヨア「ああ、これですよ」
そう言うとヨアキムは翼に二人を乗せてトランポリンのように二人を跳ねさせた。
インナ「まあ、楽しそう!じゃあそのお歌がいいですね」
マリー「え?この歌があるのぉ?」
インナ「ふふ…まさに『ウィング』、ですよ」
はねでぴょんぴょん♪
ぼくらはとぶ♪
はねでぴょんぴょん♪
おおきくとぶ♪
はねでぴょんぴょん♪
わたしはとぶ♪
はねでぴょんぴょん♪
てんまでとぶ♪
インナさんが手拍子しながら歌い、それに合わせて飛び跳ねるルカとレティはもう楽しすぎて「ウキャー!!」と甲高い笑い声をあげた。…すっご、こんなに興奮して遊んでるのを見るの、初めてかも。「おおきくとぶ」と「てんまでとぶ」のところでヨアキムは笑いながら「それ~」と言ってほんとにボフンと見上げるような高度へ飛ばしているので、リズムに合わせたボールのように二人の子供は跳ねまくっている。
歌が終わるとインナさんは「二人ともとってもお上手!こんなにお上手なぴょんぴょんは見たことないですよ」と拍手した。ルカとレティはえへへと笑って、二人でずっと「はねでぴょんぴょん♪」と歌いながらそのへんをスキップして飛び跳ねている。簡単でキャッチーな歌だから、一発で覚えたみたいだ。
ナディ「すごいわ…お歌と一緒に遊ばせるとこんなに喜ぶのね…」
インナ「金糸雀では『お遊戯』って言いまして、歌いながら簡単な振り付けでくるくる踊るんですよ。一緒にどうですか?」
ニコル「うは、どうやるの?教えてインナさん!ねえねえユッテ、アルマぁ!インナさんに踊り教えてもらおうよお!」
皆は子供も連れてきて、金糸雀の子供がやる「お遊戯」を教わって踊り始める。右に回って、ポンと手拍子。左に回って、ポンと手拍子。手首をくりくりと振りながら上から円を描くように大きく下へ。
そんな簡単な振り付けだけど、一歳のスザクと二組の双子もキャッキャ言いながらたどたどしくマネしはじめた。そしてまたルカとレティが「ぴょんぴょん♪」と歌ってジャンプしはじめると、一歳児も膝をぴこぴことまげてぺちん、ぱちんと手を叩く。
コン「すげえな、実現はしないだろうけどよ…ナディヤとインナがいたら超人気の幼稚舎ができあがりそうだなァ」
アロ「まったくだねぇ。あんなに楽しそうな子供たちって見たことないね。これは音楽の授業も入れたほうがいいかな」
ダン「もしインナさんがいいって言ってくれたら、金糸雀の幼稚舎のお遊戯を撮影してきましょうか」
アロ「うわ、それいい!うちってナディヤしか音楽担当いないんだけど、さすがに金糸雀の音楽までのクオリティはね…ベルカントは古代語のBGMだし。でも子供向けのあんなやり方があるとは知らなかったよ」
カイ「ダンよぉ~、お前そうやって今まで生きてきたんだろ…俺らの知ってる山吹のクソ野郎の中にいたら、散々な目に遭ってきたんじゃね?」
ダン「あはは、本部のガツガツした連中は僕なんて視界にも入っていないですよ。言われても『ごく潰しの放浪屋』程度のことだったから、なんてことないですってば~」
それを聞いた僕らはカチンと来ちゃったね。
まずカイがゆらりと立ち上がり、「そいつァまた、ブッ放してくれたモンだな…?」とポキポキ指を鳴らす。
次いでカミルが立ち上がり、「へえ…やっぱクソはクソか…」といつのまにか手に持ったナックルダスターを握りしめる。
アルノルトとヘルゲが憮然とした顔で「…ねえねえ、その人が質問しようとして口を開いたら声が出なくなるとかどうかなヘルゲさん」「そうだな、それか取材したい対象になかなか会えない呪いみたいなものもいいかもしれん」といきなりマギ言語をこねくり回す。
僕はハァと溜息をついて、皆を宥めた。
アロ「はいはい、皆落ち着いてね。カイもカミルも直接攻撃はダメ。アルノルトとヘルゲは呪いの構文なんて作ったら二人とも精神おかしくなっちゃうんじゃないの?世界が滅びるからそういう構文は作らないでください。コンラートもこっそりカランビットナイフに手を添えるのはやめようか。…そんなことしなくても大丈夫だってば。もうユリウスが手を回してて、山吹の強硬派はこれまでみたいな好き勝手はできなくなりつつあるってさ」
カミル「チ…なんだよアロイス、お前から『裏』の気配がすっからノッてくると思ったのによ」
アロ「あは、ごめんねカミル。実はもう手を打った。昔カイとカミルに暴言吐いた山吹はいまトーチ国で極寒取材中。ダンさんやバーニーさんに圧力をかけたことのある山吹は現在閑職にいらっしゃいまして、辛くて退職を考えてるみたいですよ?」
アル「えー!俺がその話をアロイス先生にしたのって…まだあれから何か月も経ってない…よね…?」
僕はニッコリ笑った。
皆は空の青と同じ、きれいなブルーの顔色になった。