表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
未来へ続く虹
380/443

379 素晴らしき土産 sideヘルゲ

  





ダンの思うがままにあの台地を駆け抜け、インナの歌に合わせて舞うように降りて来た。歌が終わってもしばらく「水のない滝」を見上げていたダンは、ようやく満足した顔で撮影をやめて皆を振り向いた。



ダン「…ありがとう、皆、ありがとう!僕が今まで撮りたくても撮れなかった、想像するだけで終わるところだった撮影手法で映像が撮れた…僕は、すごく、その…嬉しくて…」



ダンは感極まって、小さな目から涙を落とした。俺はもうダンとの共鳴を切っていたが、それでもさっきまで真剣な映像記録者イメージグラファーとしての想いを共有していた。だから、わかる。ダンはいま、自分の中で史上最高の、至高の映像が撮れたことに、胸がはち切れそうなほどの喜びを感じている。



インナ「ダンさん、お礼を言うのはこちらの方です…!あなたがここを選んでくれたから、あんなにたくさんの魂を安んじることができました。あなたがこの場所に心を残していてくれたから、私はあのウィングを飛びながら歌うなんていう経験が出来たんですよ…?アルノルトさん、フィーネさん、ヘルゲさんも…こんな素晴らしい経験を、ありがとう」


ヘルゲ「俺はダンとインナ両方に礼を言いたいがな。俺たちはできることをやっただけだ。だが月白は…お前ら二人がいなければ絶対に出会えなかったし救えなかったじゃないか。子孫として礼を言わせてもらう」



俺たち三人は笑顔で健闘を讃え合い、握手した。そしてその高揚した気持ちが少し落ち着いたところで、スゥッと残りの二人を見た。まあ、状況はだいたいわかっている。この二人はあまりの感動に涙で視界を曇らすことだけはないようにと、滅茶苦茶に集中してガマンしていたんだろう。そして撮影が無事に終了し、何もかもがうまく行ったとわかった瞬間…



フィ「あう…ふぐ…ひっく…よがっだ…な、なんという美声…なんという美味…なんという絶景…うふぇ…いぎででよがった…」


アル「うー…うぐふぅ~…すっごい視線だったよぉダンさ~ん…すっごい歌だったよぉインナさ~ん…俺、二人に会えてよかった…うえええ…」



俺は苦笑しながら姉と弟のぐちゃぐちゃになった顔を順番に拭き、「ほら、帰って編集作業するんだろう?金糸雀支部の近くへゲートを開けばいいか?」と聞いた。すると二人はガバッと顔を上げて、キッと睨むように俺を見た。



アル&フィ「ちがうよ!ブルーバック・チーズとバター!」ズビビー!!


ヘルゲ「…わかった。わかったから、鼻水をなんとかしろ…」



二人は笑いが止まらなくなったダンとインナに肩を優しく叩かれた。そしてダンに「泣きやんでくれないとお勧めのチーズ店へ連れていけないよ~」と言われて、気合で涙を止めていた。いや、涙を止めようとして息を止めていた。





*****





ダンお勧めのチーズ店は王都の城下町にあった。さすがに王城周辺の貴族街を含む近辺へはマナ固有紋のチェックがあるので入れないが、ダン曰く「城下町のチーズの方が絶対おいしいし面白いです」ということだった。面白いとはどういうことだと思っていたが、要するにお貴族様は匂いの特殊なタイプやクセのあるチーズはこっそり使用人に城下町で買ってこさせて、ナイショで食べるのだそうだ。


なので王城周辺のチーズ店にはフレッシュチーズやクセのあまりないセミハードや白カビタイプしかない。大陸中を旅しているダンは、ウォッシュも青カビもシェーブル(山羊乳)も大好きなのでブルーバックへ来るとごっそり買ってしまうらしい。「熟成度合いに気を付けて食べるのがいいんです!」とかなり上機嫌でニコニコしている。


俺たちはそこまでコアにチーズを食べ慣れていないため、ウォッシュと青カビは匂いで逃げ出し、シェーブルを辛うじて試食してみたくらいだった。結局買おうと言って選んだのはフレッシュとセミハード、白カビタイプとクリームチーズ。ダンは「…みんなお上品なんだからぁ~…」とチーズ仲間が得られなくて淋しそうだった。


フィーネは「ぼくともあろう者が、あの程度のスメルでやられてしまうとは情けない…ッ」と悔しがり、「マナの悪食が平気なのにチーズに敗北とはこれいかに…!」とまた意味不明な言葉使いになっている。


インナとアルは「無理することはないもんね…みんなが食べやすそうなものを買って行った方が喜んでもらえるよ」と早々に諦めモードだ。しかし俺は…もっと大変な目に遭っていた。



アロ『次!そこの“マルキ”!』


ヘルゲ「ばかやろう…!またウォッシュじゃないか!もう勘弁してくれアロイス…!」


アロ『いいから!ウォッシュタイプは匂いで敬遠されがちでも味はミルキーなものも多いんだ!』


ヘルゲ「…うぐ…鼻に抜ける匂いがヤバい…ッ」


アロ『…ん~、なかなかいいかもしれない』


ヘルゲ「お前は平気なのか…!?」


アロ『あ、嗅覚は半分カットして共鳴してるから』


ヘルゲ「お前は酷い奴だ。お前は悪鬼だ」


アロ『チーズと白ワインてさあ…最高に合うよね。無限ループでいけちゃうよね』


ヘルゲ「くそッ次はどれだ!」


アロ『さすがヘルゲ!じゃあ“ゴルドンゾーラ・ピッカンテ”いってみよう!』


ヘルゲ「ぐああ…ッ 辛い、臭い、キツい…!!」


アロ『これでピッツァ作って、蜂蜜かけるとおいしいって聞いたんだよね…なるほど、塩辛さと甘さのハーモニーなんだね』


ヘルゲ「…何がハーモニーだ…うぐ…嗅覚がおかしくなってきた…」



俺はさんざんアロイスに指示されたチーズの試食をさせられ、だんだん味もわからなくなる始末だ。アロイス用に青カビやウォッシュをいくつか追加で買った俺を見て、ダンが少し嬉しそうだったのはスルーした。悪いがお前の酒には付き合えそうもない。


店を出た俺たちはバターや生クリームも買い込んで、ものすごい荷物だ。物陰でゲートをあけてそれぞれの家へ放り込み、身軽になると俺以外の四人は意気揚々と歩き出す。アルは俺がどんな目に遭ったか察したらしく、気の毒そうに俺を気遣ってくれていた。



アル「ヘルゲさん…大丈夫?アロイス先生に弱みでも握られてるのかと思ったよ、あんなにたくさん試食するから~…」


ヘルゲ「握られているのは酒だ!…くそ、今日は絶対にいい酒を山ほど出させてやるっ」


フィ「そこだけ聞くと酒浸りの禁断症状のようだから、往来で叫ぶのはやめたまえよヘルゲ…」


インナ「まあ、ヘルゲさんはお酒がそんなにお好きなんですか?ダンさんもチーズと一緒にお酒を飲むって言ってましたものね…ちょっと帰りに私の家へ寄っていきません?」



インナに言われるまま、ダンの出入国手続きをしてから全員で金糸雀の里へ行く。ダイレクトにインナの家へ入ると、「こちらへどうぞ~」とキッチンの奥にある小さな扉の中へ案内された。古い木製の階段をギシギシ降りていくと、そこには。



インナ「最長老様はお酒がたいそうお好きだったので…頂き物やご自分で買ったものをセラーへ仕舞い込んで、こんなに残されているんです」


アル「うおおおおお…何だここ!?酒瓶だらけ!」


フィ「やっぱりあの人は酒好きだと思っていたのだよ…ほらあった、米酒だ!なんと…幻の大吟醸“ファイアドレイク”ではないか…」


ダン「ちょ…これ、タンランの白酒パイチュウ黄酒ホアンチュウだ!こっちじゃほぼ流通してないのに…」


ヘルゲ「おい、このウォッカ…本気か、“悪魔の泉デビルズ・スプリングス”じゃないか。本当に最長老が飲んでたのか、火気厳禁の酒だぞ?バカ親父の飲む火酒より度数が高い…」


インナ「ふふ、私は下戸なのでお付き合いもできなくて…でも最長老様は『薬じゃよー』なんて言いながら飲んでらしたんです。酒好きがいたら配ってやれって言ってたので、よろしかったらお好きなだけどうぞ」


ヘルゲ「いいのか?俺は遠慮なしにもらうぞ?」


インナ「もちろんです、ここにあるだけでは宝の持ち腐れですから」


フィ「ヘルゲ、今回の素晴らしい企画立案に敬意を表して、このことはアロイスには黙っていて差し上げるよ」



俺はあまりの嬉しさにフィーネ、インナと熱い握手を交わした。そしてほぼ一つのラック分をがんがんゲートで自分の部屋へ放り込む。同様にダンの部屋へタンランの酒やワインを放り込む。フィーネは“ファイアドレイク”を一本だけもらうよと言って部屋へ置いていた。


インナへもう一度礼を言って、ダンを送り、編集作業は任せてくれと言ってもらえたので猫の庭へ三人で戻る。


…チーズの試食地獄には辟易したが、今日は月白のことといい、素晴らしい映像記憶と歌が得られたことといい、総合的に見て素晴らしいことばかりだったと思う。最後に、最高の収穫もあったしな…!



アロ「三人ともお帰り!どうだった~?」


アル「アロイス先生、もうサイッコーのが撮れた!絶対みんなビックリするよ!」


フィ「いや~、あの映像記憶は編集できたら是非皆に見せたいね!絶景とはこれだ!という決定版だと思うよ」



グラオの皆にどんなに素晴らしかったかを嬉々として語るアルも生き生きしているな。さて…今回の土産は乳製品だからな、さっさと冷気保存庫に入れてしまおう。俺の部屋へ入れてある大量のチーズとバターを取りに部屋へ行って、俺は唖然とした。



酒 が 無 い 。



酒どころか、チーズもバターもない。まさか俺が移動魔法の座標を間違えた!?そんな筈はない、絶対にこの座標に全て置いたし、この部屋のこの場所だった…!


俺が呆然としていると、ニコルが「あれ、ヘルゲお帰りなさ~い!どうだった?スッゴイ絶景だった?」と可愛らしく駆け寄ってくる。俺が混乱しながら「…ニコル、ここにチーズとかバターとか…」と言うと、ニコルは天使のような笑顔で答えた。



ニコル「うん、たくさんお土産買ってくれたんだね~!ありがとう!あのね、乳製品だからヘルゲがここに運んできたら教えてねってアロイス兄さんに言われてたの~。ちゃんと冷気保存庫に全部しまってくれたよ!」


ヘルゲ「なにィ…!?じゃあここにあった酒は…」


ニコル「うん、アロイス兄さんが『ヘルゲは気が利くようになったね』って言いながら、全部保存庫に仕舞ってたよ~。…ん?ヘルゲ?ちょ…大丈夫?ヘルゲ~?」



チーズ地獄を乗り越えて手にした筈の最高の収穫は、水泡と帰した。








  

ゴルゴンゾーラはリアル地名なので、思わず中途半端にゴルドンゾーラにしちゃいました。

でも青カビっていったらロックフォールにスティルトンも村名ですし…産地って大事なんですね。

もし「ゴルゴンゾーラ村出身です!」って言われたら「すげえ!大規模魔法撃てそう!」と無条件に思ってしまうであろう私は相当イカれています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ