38 黒中の白 sideコンラート
軍へ配属になったのは、同期22人のうち7人だ。
今期のヴァイスは豊作だ、と先輩数人が喜んでる。まあ、今期にはとびっきりの紅玉がいるからなァ。次点がレア・ユニークの俺だとか言ってくれるのは嬉しいけどよ、正直微妙なトコだよな。俺の能力考えたら、軍で何をやらされるのかなんて火を見るよりも明らかってヤツだ。
だが、確かに今期の連中の能力は高い。
俺たち皆、ヘルゲの能力を目の当たりにして育ってるからな。触発されて、修練にも身が入るってもんだ。デニスなんかは典型だ。ヘルゲが嫌いだから、ライバル意識みたいなのを燃やしたんだろ。
デニスはどの大規模属性魔法もいける。特化型のやつに比べれば出力は足りないが、どの場面でもフレキシブルに対応できる強みがある。
ロジーナとイーヴォは、それぞれが水と土の特化型。ふふん、お前らが付き合ってるのは皆にバレてるんだぜー、一緒に軍へ来るために頑張ってたのもバレてるんだぜー。俺が覗いたワケじゃねーぞ、文句なら口の軽いビルギットに言え。
フィーネは結構特殊なんだよな。線の細っこい女の子だが、属性魔法よりも方陣に造詣が深い。高レベルで多種多様な方陣を、自前で展開できるっつぅ変りダネだ。
最後のロルフは火と風の二種類がいける。それとセイバーのユニークだな。セイバーっつうのはかなり自己防衛本能が高いらしく、他人の心にダイブしても自分を保てるんだそうだ。まあ、突き抜けて深淵に近づいた他人を助けるほどの力があるってのは、俺たち白縹にしてみたら頼もしい存在だよなぁ。
ま、俺以外の同期は輝かしい成績上げてくれぃ。俺はたぶん“裏の部署”行きだ。
あーあ、アロイスもいたら面白かったんだがなァ。あいつの性格なら一緒に裏行きになった気がするんだけどよ。
…あ、こんなの考えてるのバレたらヌッ殺される…
だけど、数日経ったらヘルゲのやつがおかしくなり始めた。
おかしいだろ、あいつそんな繊細なタマか?
…いや、本当にあいつってアロイスがいないと、ダメなんだろうな。
そんなことを同期連中と話していた。
デニスなんかは「ほらみろ、アロイスに甘えてっからそんなことになるんだろ!」と突っかかっていく。
俺はデニスと一緒に「修練、たりねーんじゃねぇの?」と言ってみた。
たぶんこいつが調子崩してるのは、甘えてるなんつうカワイイ理由じゃねえはずだ。何がしたいのかはわかんねーけど、何か目的があってそうしてる。
だってよ、あのアロイスが矢面に立ってまで守ってるヤツなんだぞ。
たぶんオリエンテーリング期間が終わったら、俺は皆と違う訓練に入るだろう。
で、ヘルゲがもし「裏」のチェックリストに入った時。
たぶん同期で、うってつけの能力がある俺に調査依頼が入る可能性は高い。
…ふん、んじゃまあ、そうなったらやったろーかね。
あー、でも国外勤務になっちまったら諦めてくれ、すまねーなアロイス。
****
マザーにゲロ吐きそうな回路つけられて三年。
いや、吐きそうなじゃなくて、吐いた。
まあまあ仕事も手馴れてきたが、面倒なものが多い。
半年間、テロ組織のアジトがある町での潜入捜査を2人で担当した。
それぞれが違う職につき、主犯格の絞り込みだ。
本当は1年の任期予定だったが、相棒がアジトを半年で突き止めてくれたおかげで早かった。だって場所が分かれば俺が「消えて」入り放題だもんよ。
…ほーんと、村の連中には知らせらんねぇよ、こんな能力になったなんて。
ヴァイスの連中だって、俺は「姿を消して大規模魔法で奇襲する特殊任務」に駆り出されてて、主に外国に行くから任期が長いって思ってる。
ずっとそう思っててくれと思う反面、誰かに知っていてほしい気もする。
まあいいさ。こんなの慣れてら。
長期任務が終わって、さて明日からの休みはどうやって過ごそうかーと思っていた。
規定で一週間の休みがあるものの、村へ帰省しようにも移動に二日かかるからな。
移動魔法なんて紫紺一族サマ専用だ、俺らは馬車を乗り継いでいくことになる。
かと言って、街を見物ってのもなー。俺ってお一人様ができないんよ。目的地にサーッと行って、パーッと帰っちまうし。
なんて考えてたら、長期任務の相棒だったティモが呼んでるのが見える。
「おう、どしたよ」
「ホデク隊長が聞きたいことあるってよ」
「うぇ?…別に報告漏れなんてねぇよなぁ?アカトフの野郎以外のメンバーだって全員押さえたし…」
「さあな?俺はわかんねーけど、さっさと行った方がいいんじゃないか?」
「だなー。わかったよ、あんがとな」
ヒラヒラと手を振るティモに礼を言って、隊長室に急いだ。
「コンラート入ります」
「入れ」
ドアを開けると、ホデク隊長がデスクで書類を見ていた。蘇芳の軍人にしては線が細い感じだが、見かけに騙されてはいけない。この人の真価は、情報の有用性を見極める目にある。
「すまんな、何回も呼びつけて」
「いえ」
「さっそくだが、お前は同期の紅玉と親交があるか?」
「いえ」
「同期だろう?」
「彼は白縹には珍しく、他者を寄せ付けません。ヴァイスに彼と親交のある者はいない、と自分は認識しております」
「…そうなのか。やはり珍しい、のだな…なんとなく違和感があって、彼が気になってな」
「…」
「では、白縹で彼と親しいとされる、アロイスという人物との親交は、あるか?」
「はい。彼も同期ですし、ヘルゲのような男とは違って、人当りのいい人物ですので」
「随分とトゲがあるな?」
「…失礼しました」
「いや、かまわん。もしお前がそのアロイスと親しいのであれば、何か聞き出せるものか?」
「親しいと言っても、普通の同期生の域を超えないのですが。それでよろしければ、話すことくらいは」
「うむ。彼は実験体だという報告を受けているが、環境に左右される不安定さは『紅玉』としては致命的だ。お前らにしてみれば、甘ったれてるとしか思えないんじゃないか?」
…ちっ、やっぱりそのへん調査済かよ。ほんとに食えねえオッサンだな。
芝居打っておいて正解だぜ…
「そうですね、白縹の名折れかと」
「ははは、お前も手厳しいな。まあ、あの紅玉が引っ込んでからもう三年経つ。そろそろ、その甘やかす輩から引っぺがしてもいい頃合いじゃないか。いつまでも研究職のやつらに独占されていて、紅玉らしい仕事を回せん。それでは投資に合わんというバジナ大隊長の思惑も、少しあるんでな」
「はい」
「つまり、だ。もし本当にそういう事態になった時の情報がほしい。…そうだな、紅玉が甘える原因を洗い出して、それを潰す用意が欲しいってところか。まあ、アロイスという男にはお前も悪感情などないだろうが、そこはシュヴァルツに選ばれた者として、誇りを持って仕事してほしい。どうだ?」
「はっ 承ります」
「そうか、頼む。では先ほどの長期任務成功の褒美として二か月の“特別休暇”を与える。経費も通常任務同様に申請可だ、里帰りをしてくるがいい。定期報告はシュヴァルツの秘匿回線を使用し、私にダイレクトコールすること。以上だ」
「了解しました。では失礼いたします」
廊下をスタスタ歩く。執務室が並ぶ区域を抜けて、すれ違う顔見知りへにこやかに挨拶し、ヴァイス宿舎の自室に戻った。
すぐさまベッドに突っ伏してダイブ。
オレンジの陽光がきらめく中、「毒部屋」と名付けてあるところへ入る。
ここは奥まっており、頑丈に作られていて、マザーの回路から一番離れてもいる場所だ。
すぅーっと息を吸ったあと、俺は思い切り毒を吐き始めた。
「アロイスのことを甘やかす輩とか言って見下した目で蔑みやがったなあのタヌキジジイがぁぁ!!理由を潰せってなァ、アロイスとヘルゲを仲違いさせろってか。シュヴァルツの誇りだ!? っざけんな、俺には白縹の誇りしかねぇってんだよ!!てめぇみてーなドス黒いヘドロ腹と一緒にすんじゃねぇよ!ヘドロのくせにイマイチ他人を見下すクセが隠せない残念上司が!だからシュヴァルツにはヴァイスが居つかねーんだよ、ヘッポコジジイっ!てめーなんて下からあがって来た情報の割り振りしか才能ねーのがわかるんだよ!なにが長期任務の褒美だ、思いっきり仕事じゃねぇかよ!人の休暇を何だと思ってやがる!あー、もう怒ったぜヘドロ隊長様に大隊長様よぉ、アンタらの思い通りになんてひとっつもいかねぇように動いてやんよ!楽しみに待ってろよおおお!」
…ダイブアウト。
ふー、スッキリした。
翌日、俺はわざわざバジナ大隊長のデスクに特別休暇の申請書を叩きつけ、「これより白縹の村での特別任務に着任いたします!」と笑顔で言った。
大隊長が長期任務をゴリ押しで俺に命令した上、その直後にホデク隊長が正規の休暇も取らせずにコレだからな。さすがのバジナ大隊長も「…すまん。特別手当を付けておく」と大人しかった。ざまーみろだ。
*****
久しぶりに村をのんびり歩く。
同期で維持セクトの配置になったやつもいるからな、ちょいちょい知り合いに会っては挨拶してた。
養育セクトの仲がよかったナニーに会えるかと思って中等の宿舎を訪ねてみたら、ナディヤに会った。そういやナニーになったんだよな。
「お!ナディヤじゃねーか、久しぶりだなァ」
「…コンラート!?まあ、3年ぶりじゃないの…元気だった?」
「おお、この通りさ。ちょっと長めの休暇がもらえたんでな、エルマーにでも会えないかと思って来たんだよ」
「ああ、エルマーさんなら今は高等宿舎ね。呼んできましょうか?」
「いやいや、仕事中に悪ィからいいよ!学舎に配属になったのって、ナディヤとアロイスだけか?」
「ううん、学科の教師にリアがいるわよ。あとは維持セクトで数人は村の境界の警備に行ってるから、夜にオステリアへ行けば会えるんじゃないかしら」
「そっか、ありがとな!しばらくしたら昼メシん時にでも来るからよ、リアと一緒に付き合ってくれよ」
「ふふ、わかった。伝えておくわ」
手を振って見送ってくれるナディヤに「仕事しろよ~」とジャマした分際で笑って言いながら別れる。
派手な美人のビルギットに埋もれがちだったけど、ナディヤって黒髪のタンザナイト到達認定持ちっつうしっとり美女なんだよなぁ。久しぶりだと眼福だぜ。
高等学舎に向かって歩いてたら、ちょうど午後の授業が終わる鐘が鳴った。
ガヤガヤと教室から出てくる中等学舎の生徒…なっつかしーなァ、つか若ぇな!!
中等って…エネルギーに溢れてる…俺いつのまにこんなに枯れてたんだ、ガッカリするわ。
「えぇ!? コン兄!お帰りぃ!」
「ん?おお、ユッテじゃんか、デカくなったなー。お前そのコンっつーのやめねーか、略し過ぎて狐の子みたいだろ」
「いーじゃん、コン兄は名前が間延びしてて長いの!アルマ、ニコル!コン兄帰ってきたよ!」
おー、久しぶりにこの三人セット見るなぁ。あいつらの姫サマも背が伸びたな。
「コンラート兄さん、お帰りなさい~!しばらく村にいられるのぉ?」
「おう、アルマ。長期休暇もらえたからな。のんびりしにきたんだよ。あとでアロイスにも会って、やつの家にでも泊めてもらおっかなーと思ってさ」
「「「 !! ?? 」」」
ん?なんだ?ニコルが恐る恐る聞いてくる。
「あの…一緒にヘルゲ兄さんも住んでるよ?コンラート兄さんは、ヘルゲ兄さんとも仲、いいの?」
あー、そっちね!
「同じ軍属だからな。すっげー仲いいぜ?」
二カッと笑うと、「おおぅ…」と三人が慄く。
正確には、これからすっげー仲よくシノギを削る予定だよん、お嬢さんたち。
なぜか尊敬の目で見られてる気がするが、悪い気もしないね。
この後俺はエルマーに会って、アロイスに会って、バールに行って、ヘルゲに盛大な頭痛をもらって、気絶するように寝た。
そして数日後、『難攻不落の家』に滞在する『猛獣使い』として村で恐れられることになり、イヤな二つ名がついたとガックリすることになる。