表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
未来へ続く虹
378/443

377 鎮魂歌 sideヘルゲ

  






「歴史」が降りてきていたインナはともかく、ダンはきっと俺たちが何を話しているのかサッパリだっただろう。しかしダンは余計な口は一切挟まずに、ひたすら全てを見る。自分がこの場で納得する必要はない。記録して、この映像と情報が必要な人や場所へ、事実をそのまま伝える。


だからダンは、その「無色透明で、余計な意図が含まれない、ただの事実」を記録する。これだけなら誰でもできる仕事だが、ダンの凄さは「この情報を渡すべき人なのかどうか」をキッチリ見極めるところにある。


その情報を渡すべきではないと判断すれば、一切話さない。渡すべきならば、惜しげも無く渡す。金や名誉、利権などこいつには通用しない。まったく、正直者は馬鹿を見るとは良く言ったものだ。現在の山吹の中では、どれほど理不尽な蔑みを受けてきたんだかな。


だがお前はアルと出会い、俺たちと出会った。お前が今まで馬鹿を見た分、俺たちがお前に応えてやる。任せておけ、世界中の「至高の絶景」はお前のものだ。





*****





インナとダンは、水月と他愛ない雑談をしていた。今のカナリアはこうなんですよとか、ここは綺麗な場所ですねとか。しかし水月は何処かヨアキムにも似ていて、話の端々に「コメントしにくい」と言いたくなることを言う。



水月【えー、カナリアってそんな制度になっちゃったの?インナさん、僕みたいな地縛霊になるつもり?もったいなーい!時間が止まるから退屈で狂うってことはないけどさぁ、七百年経って子孫に年寄り扱いとかされちゃうのって、割とムカつくよ?】


インナ「ふふ!私は自分の幸福がそこにあると思ったからそうするだけです。それにこんな素敵な場所へデートに連れて来てくれたり、希少な映像記憶を見せてくれるボーイフレンドがいますから。ね、ダンさん」


ダン「あはは、そうですね!もー、水月さんがいきなり攻撃してくるから、映像記憶がトンじゃうかと思いました」


水月【ごめんってばー。じゃあお詫びにさ、いい場所教えてあげるよ。霧雨台地にいくつか陥没した大穴があるのは見た?台地のど真ん中にある一番大きな穴の中に入ってごらん。ラピスラズリの成分が溶けていて、この空みたいな青さの池があるよ】


ダン「ほんとですか!?うわうわ、絶対撮影しなきゃ!あ、水月さん。ここは月白の大切な場所だから撮影しちゃいけないとか、そういう場所はありますか?」


水月【今さらないんじゃないかな~?だってあの大木、間近で見た?月白の家って土特化の宝玉が台地の岩盤と同じ強度の壁を生成して作ったみたいなのにさ、今じゃ見る影もないもん。クスノキの幹に飲みこまれて、めり込んでるただの岩みたいになっちゃってるよ】


インナ「あら…台地の南西にある儀式場のようなビジョンが降りてきたんですけど…そこはいいんですか?水晶で作ってあって、修行をする場所のような…」


水月【あー…あそこは半地下だから少しは残ってるかもなあ。修練場なんだけど、水晶が壊れてたら効果ないし、いいんじゃない?】



…観光スポット案内してていいのか、水月は。だが、水晶の修練場ってのは何だ?


( 今の白縹は知らないんだろ。魔石で覆われた場所で修練すっと、高濃度のマナの影響でマナ感度が良くなるんだぜ )


…何で教えなかった?


( 聞かれてねえし )


何 で 教 え な か っ た ?


( 聞かなかっただろうが )


ドギャッ!!


( クソマスタァァァァァァ!! )



水晶台地の崖で見たアロエみたいな結晶の剣山を、特大サイズで出してやった。数度ハネ返ってスピンしたガードを見て溜飲が下がる。くそ…猫の庭に水晶の修練ルームを作ってやろうか…!ガヴィに頼まなくては。



フィ「ふむ、ヘルゲ…こんなのはどうだい?この墳墓は水晶のドームだし、迷彩をかければマナ・ピエトラ同様に馴染む。簡易テントとほぼ同じ構成にして、外部からの視認と侵入は完全シャットアウト。だが、猫の庭のキャリアーホールにだけ繋がる扉を設置してしまおう」


ヘルゲ「採用。クアトロ方陣の範囲設定とキャリアーの設置を頼む」


アル「ヘルゲさーん、できたよ!心理探査サイコサーチに換気システムに自動清浄に自動解毒、索敵に走査!」


ヘルゲ「…は?俺はクアトロ(四つ)にまとめろと…いくつまとめたんだ」


アル「えっと…セイス(六つ)?」


ヘルゲ「…ん、よくやった…」



…アルがひとまとめにできる効果の数がまた増えている…自動マッピングで大騒ぎしていた頃が懐かしいな。


俺は迎撃システムの構文をガードに抽出してもらいながらの翻訳作業だ。心理探査も何も使っていないこの迎撃システムは、水月のように魂を縛り付けて制御させることを前提として作り上げられている。この巨大な水晶で出来た玉座はコクピットというわけだ。この程度の迎撃システムなら、方陣化してしまえば手の平サイズの魔石で済む。ではなぜこの巨大さなのか?

…答えは、迎撃システム管理者の魂を入れる器の容量が、必要だから。


くっそ、七百年前の魔法ってのはいちいち胸が悪くなるな…!


正直言えばこの大量にある宝石は、やっぱり見るのも恐ろしい。今まで戦場でこれ以上の命を奪う仕事をしている生体兵器の俺でもだ。


これは、白縹の本能から来る恐怖なんだ。


心をいじられること、心を壊されること、心が溶けて無くなってしまうこと。

だが、せめてこいつらの魂が深淵へ還ってくれたのだと思うことができれば…俺たちは静かに鎮魂の祈りを捧げることくらいはできるだろう。


出来上がった翻訳文を通信機でリアへ送り、【魂と、その時間を縛る】という胸くそ悪い部分を【魂の解放】という意味合いへ変えてくれと頼んだ。床に敷き詰められた瞳の宝石での反射増幅シークエンスも無効化させてやれば、魂が意志のあるマナに縛り付けられる要素は何もなくなる。



リア『この手の構文ってヨアキム以来じゃな~い!やっぱりヘルゲって面倒事に巻き込まれる体質なのね!面白いからいいけど!』


ヘルゲ「これ以上失言が重なったらブルーバック・チーズは土産から消え失せるぞ、リア」


リア『ごめんなさああい!すぐコレやるからッ!』



リアはきっかり三分後に書き換え用文章を返信してきたが、『追伸:お土産はたくさんでよろしく』と最後に小さく入っていた。…バカ野郎、気付かずにこの文までマギ言語化させていたら、水月たちに「深淵からの土産を要求」みたいな構文になるところだ。


コンラート以外に使ったことはなかったが、ここはやるべきだと思ってミニリアへシステムマスター権限を行使した。次に誰かから通信が入ったら、額にウサギ・キック五連発。そろそろ臨月だし雷撃は勘弁してやるからな、リア。



フィ「ヘルゲ、そっちはどうだい?ぼくとアルの構文はこのまま接続紐で繋げてしまってもいいかな?」


ヘルゲ「ちょっと待て、その接続紐…現代語だろう?コアの自壊トラップを騙したいから、念のため古語で作ろう。アル、ヨアキムに接続してベルカントに古語でダイレクトに紐の部分を歌わせてくれ。フィーネはそれを紐に加工」


アル「はーい!」


ヘルゲ「出来上がったらオペに入るぞ」



そろそろ仕上げだなと思っていると、インナがニコニコしながらこちらへ来る。



インナ「ヘルゲさん、鎮魂の祝詞を歌いますので録音してもらえませんか?おもちゃとして売られてはマズいですけど、ここで流れる分には問題ないですし。月白の方々の御魂を少しでも安らかにして差し上げたいんです。ループさせて、さっきの迎撃システムのようにマナを台地から少量汲み上げてくだされば、ずっと祝詞が流れると思うんですけど」


ヘルゲ「いいのか?それはありがたいが…」


インナ「ふふ、こんなに素晴らしいタラニスの使者の棲家で私の歌が流れているなんて…素敵すぎて誉れでしかありません」


ダン「あ、じゃあ音だけじゃもったいないです。インナさんの姿を僕が撮影しますから、マナの光の映像も流しましょう」


アル「うっは、何そのワクワク企画!霧雨台地の前にもうインナさんの歌が聞けるぅ~!」


フィ「カナリアの生歌かい!長様の歌をこんな間近で聞くのは初めてだ」



俺はどうせなら外で存分に水晶台地を背景にして歌えばいいと提案し、作業を一時中断して外で撮影することにした。インナは着ていた分厚いコートを脱ぎ、身軽な服装のまま空へ上がらせる。ダンはマナの可視化方陣を起動させ、俺と共鳴しながら視線の構成を一瞬でまとめた。ダンが腕で大きく「マル」とサインを出すと、インナはスゥッと空を仰いで、サファイア色の空から何かを受けとった。



タラニスよ、彼らを永遠の死から救い給え

タラニスよ、永遠の安息を彼らに与え給え


その蒼穹の御許へ

その星海の御許へ


大河よ、彼らの行く先を照らす火と成り給え

大河よ、彼らの渇きを癒す水と成り給え


魂の言祝ぎと共に

魂の安寧と共に





…俺が聞いたことのある祝詞は、アルの記憶で見せてもらった昇仙の時のものだけだ。映像記憶だけでも圧倒されるほどの莫大なエネルギーだったが、このレクイエムは違う。


沁みる。


それしか言葉にならない。細やかな粒子のように、痛んだ心を治すように、まるでニコルが俺の世界をなおした魔法のように静かに染み渡る。


歌い終えたインナはニコッと笑って、胸へ手を当てて一礼した。


俺はガードの結界の中で、微かな拍手をインナへ送った。





*****




フィ「うふぇ…うっく…うづぐじい…いんだインナざん、うづぐじがった…」


アル「うぐ…すごいよインナさぁん…俺、あんなに凪いでて滑らかで切ない波、見たことないよぉ~…えっぐ…」



…マナのダイレクト・アタックを受けた二人は、鼻水だの涙だのを流しながら大感動している。感動するポイントと反応がここまで同じだと、収拾つかないんじゃないのかこのカップル…霧雨台地の撮影は大丈夫なんだろうな?



ヘルゲ「フィーネ、ダンに編集してもらって映像のループ再生機能を付けてくれ。アルは祭壇へのフォグ・ディスプレイ設置と画質調整をダンとやれ」


アル&フィ「わがっだ…ひっく…」




えぐえぐと泣きながらも的確な作業をするこのカップルを見て、水月はポカンとしているだけだった。さて…そろそろオペを開始するか!



ヘルゲ「水月、いくぞ」


水月【ん~、まあいっか。じゃ、ここのことは任せたよ】



水月は俺たちがどうあっても止まらないのを感じて、諦めたようだ。さっきまで一生懸命になって「自壊罠が発動したら水晶が飛び散るからケガしないように結界を張れ」だの「自壊してもツブれるのは数分後だからさっさと退避しろ」だのと言っていたが、最後は軽いもんだった。


ガードによるルートも確保、トラップ部分と自壊部分も含めて一瞬よりも早い速度で刻んで消してやるからな。俺の並列コアで出る最大速度を、存分に味わうがいいぞ水月。





アルの構文とフィーネの方陣を接続させたものを第二コアで飲みこむ。さっき撮影したインナの映像とループ機構とインターフェイスを第三コアで。リア作の書き換え構文は既に第一コアでマギ言語化させて俺が保持している。


どれもこれも、並列コア一つの中に仕舞うには小さすぎるくらいの構文なわけだが。


それをガードが確保したルートへ一気に押し出すためのブースト装置として第四から第百八までの並列コアで加速させたらどうなると思う?


三つの、この墳墓を守るためのガードシステムは同時に射出されて、通常の知覚では認識できないスピードで書き換わる。


トラップだ?自壊システムだ?そいつらが発動条件を満たして稼働するまで、最速でもコンマ2秒はかかる。遅すぎだろう。


お前に「速度」の強さを見せてやるよ、水月。






カッ!





玉座は一瞬フラッシュを焚かれたように光り、ゆっくりと減光していった。



水月【…は?】


アル「いっちょあがりぃ~!さっすがヘルゲさーん!」


水月【…え?】


フィ「ヘルゲ、もうぼくじゃその域のスピードは出せないよ。君の神経回路はどういう強度なのだい…」


ダン「あ、終わったんですかぁ?先に『光るぞ』って言ってくれて助かりました。目が眩んで撮影に支障が出るとこだったな~」


インナ「私、さっきダンさんが撮影してくれたマナが見てみたいです。あら…水月さんたら呆けてらっしゃいますけど。もうその玉座からは動けるんじゃないんですか?」


水月【はあぁぁぁぁぁぁ!?】


フィ「うむ、クアトロもセイスも正常稼働しているね。マナの充填装置も問題ないじゃないか」


アル「よっし、インナさんの映像流すよぉ~」



この広大な墳墓全体に流れていくインナの祝詞は、程よい強さのマナの波を生み出していく。光の霧が全体に行き渡ると、ふわり、ふわりと無数の小さな光が浮き上がる。


もう年月が経ち過ぎて、擦り切れるほど薄い魂もある。


悔しさと悲しさにまみれて兵器になった、ぼろぼろの魂もある。


そいつらはいきなり解放されて戸惑い、でも行き先はわかっている。


あの空へ。


あの大河へ。


深淵の輪廻へ合流し、未来へ。






水月はある一つの光を見て、ピクリと動いた。そしてゆっくりと玉座から立ち上がり、宝石の床を一歩ずつ進む。一歩離れるたびに立ち止まり、一歩離れるたびに振り返る。そうしてとうとう宝石の床が終わって祭壇から降りると、水月を待っていたらしい光に向かって笑った。



水月【お待たせ。行こっか】



水月はもう振り返らず、その光と一緒に消えていった。







  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ