376 宝石の玉座 sideヘルゲ
ゆっくり、俺たちは朱雀を先頭にして墓地の中心へ向かって歩いた。朱雀は棺の古代文字を見ながら、『はん、お前もかよ…』と言っては皮肉でも言っているかのような口ぶりで笑う。
朱雀『ここにいる奴らの内、何十人かは宝玉狩りから逃れる為に月白を頼って山へ戻った白縹だな。だが没年に五十年近い空白があるのはどうしてか俺にはわかんねえ。…さっきダンが、地上で大火災があったと言ってただろ』
ダン「ええ」
朱雀『あれはな、俺の爺さんが当時の白縹の長だったんだが…まあ、俺の一つ前の紅玉だったんだわ。でな、宝玉狩りが月白の居場所を突き止めて襲おうとしてたんで、迎撃して焼野原になったってこった』
ダン「…えぇ!?だってガイドさんは…あの広大な森がほとんど焦土だったって…」
朱雀『そんくれぇ紅玉ならやるさ。なあマスター?』
ヘルゲ「そうだな。やろうと思えば数回で焦土にできるだろうな」
朱雀『ま、そん時ゃ爺さんたちの迎撃で宝玉狩りは撃退したって聞いた。だがその後は月白と白縹は絶縁状態だった。月白ってのはな、保守的つーか…優しい奴らばかりだった。戦うために自分たちは生まれたわけじゃない、自然と共存するためにこの大きな力を持って生まれたってな。だから、爺さんが敵を殲滅させた時に絶縁を言い渡されたらしいぜ。自分たちはそんなことを望んではいなかったってな』
インナ「そうですね…優しすぎたんでしょうね。その絶縁から約五十年後、大規模な宝玉狩りが再度月白を襲いました。彼らも油断があったのだと思われます。私たちがガードさんに乗ってここまでやってきたように、月白の方々は霧雨台地に集落を構え、水晶台地に墓地を置き、自然の体現者が空を飛んで行き来していた。だからヴェールマランの宝玉狩りが登ってこれるとは思っていませんでした。相手は、奇跡的に捕獲して洗脳した、自然の体現者を手に入れていたんです」
朱雀『チ…そういうことかよ…白斑が守りきれなかったってこたぁ、油断して精神爆撃でも受けてから洗脳されたんだろな』
インナ「月白は壊滅状態になり、そこでようやく戦いました。仲間の眼球を、取り戻すために。全部とはいきませんでしたが相当数の眼球を取り戻し、九割が死に絶えた月白の里から遺体をここへ運び…それ以来、霧雨台地ではなくこの墳墓を拠点として、侵入者を迎撃することになったようです。ここはマナが台地そのものに蓄えられた、巨大な魔石と言ってもいい。…しかもここには『魔法を増幅できる宝石』が山ほど…あったから…」
背筋が凍って、思わず歩を止める。
いま、何と言った?インナ。
俺たちが向かっているあの祭壇にあるもの。
それを…俺たちに見せるのか!?
ヘルゲ「…仲間の瞳を使って…迎撃システムを組んだのか…ッ」
朱雀『マスター、インナは“語って”くれてるだけだろ。気持ちはわかるがなァ…お前もまだまだ“本当の絶望”や“本当の崖っぷち”を知らないんだよ。ここに残った連中も、俺たちも…結局死んだじゃねえか。唯一生き残れる選択をしたのは、大国へ飼われる決心をしたやつらだった。だから、お前らがいる。なあ、人間てなァ生きてナンボ、なんだぜ?生き残ろうとなりふり構わずにあがいた奴らを、これ以上叱ってやるな。…本人たちが一番わかってるさ。なァ、【水月】?』
朱雀は、祭壇に向かって呼びかける。
円形に磨き上げられた水晶の祭壇へ台地のマナが集まっていて、その床に埋め込まれた色とりどりの小石が輝く。
その、美しい色彩は、「宝石」でできていた…
*****
俺とフィーネ、アルは顔を真っ青にして、それ以上は祭壇へ近づけないでいた。弱虫と嗤うなら、嗤ってくれ。だが、白縹の…同族の眼球がこんな風に使われている所など…!
マザーに心を壊されかけた俺だから。
紅い世界が瓦解して、ほとんど死んだ俺だから。
足は竦み、汗が滲み、呼吸が荒くなる。
月白はきっと…深淵の、輪廻の流れにも乗れずにこんなところで侵入者の迎撃に使われていた。これを見て、その最後の一人をどうして是としてやれるというんだ!?
俺たちが恐怖で固まっていると、祭壇の玉座には白の袷に黒袴を穿いた一人の黒髪の男が現れた。それはホログラムのようにおぼろげな、いまにも掻き消えてしまいそうな薄い存在だった。
水月【…やあ、朱雀。よくここへ来れたね?】
朱雀『ま、偶然だな。“山”の位置は月白の眼球を取り戻した時にお前が残留思念を読んで知っただけだろ。秘匿のためにも月白へ合流しない俺たちには教えるなって言っといたじゃねえか』
水月【だから驚いてるんじゃないか~。ごめんね攻撃して。ま、ここまで来るのは同族の白斑持ちくらいだからさ。あの程度の攻撃が防げない自然の体現者はいない。あれで撃ち落とされるのは、洗脳で心を壊されて全力を出せない者だからね】
朱雀『しっかしよ~、えげつねえモン作ったな?』
水月【僕らがここへたどり着いた時には月白はとうに全滅していたし、この機構も出来上がってたよ?】
朱雀『あー…なるほどな。お前、迎撃システムのマスターを引き継いだんか…』
水月【そ。僕もここに縛り付けられることを選んじゃったからさ、あの後どうなったか知らないんだよね。雨月と…葵はどうなったの?兄弟の中で僕だけ月白に来ちゃったから気になってたんだよね】
朱雀『チ、それ聞くかよ…宝玉狩りの国の王都で暴れてよ、最後の詰めってトコで俺が死んだ。二人とも、俺の後追いで“広がり過ぎて”死んだよ。悪かったな、弟と妹、無駄死にさせてよ』
水月【…そっか。まあそれも…あの子たちの選んだ道だろうからさ。ね、そこの紅玉君て、もしかして朱雀が護衛してる子かな?他にもすっごい子がいるねえ…今は二人もマナ同調者がいるの?ごめんね、こんな醜悪な物を見せて】
俺たちは二人があまりに自然に話すものだから、呆然と見ていた。だがアロイスそっくりな濃い水色の瞳をした水月は、その瞳の色以外はどこも似ていないのに、俺たちに安堵感を与えるほど何かが似ている。
さっきまで怒り狂っていたはずの俺たちは、今や毒気を抜かれている状態だった。
インナ「…差し出口をお許しいただけますか、水月さん。彼らは現在の白縹を率いる者たちです。ですが…このような宝玉狩りは現在では行われておらず、その衝撃が強いのです」
水月【あ、そうなんだ…それは悪いことをしちゃったな。あなたは随分強力なカナリア姫なんですねぇ。それにそちらの山吹の方…記録者なんでしょ?映像特化なのかな、こちらもすごいねえ】
朱雀『…今はカナリアに姫はいねえ。こいつはカナリアの長だ。それと山吹は矜持を忘れたやつが今は幅を利かせててな。せっかくの記録者だが、こいつもまあ少数派だな』
水月【あらら…これはすっかり僕も時代遅れになったものだなあ】
ヘルゲ「…水月。お前はここで…何を守っている?俺たちは霧雨台地を撮影し、感じ取る為にここへ来た。それがお前らの攻撃目標になってしまうのか?」
水月は、ようやく言葉を発した俺に「おや」という顔をして笑いかけた。
水月【いいや、僕が守っているのはもうただの亡霊だよ。かつて月白が愛した土地を、眼球を収穫しようとする輩から守ろうとしていたけど。あそこはもう木々に飲みこまれ、残骸もない。そしてここにあるのは、自ら輪廻の流れに乗ることを諦めて兵器になった者の残滓。君たちが月白の土地を“記録”してくれるなら、ここも用無しだろうね】
朱雀『じゃあ深淵に還れよ』
水月【もー、簡単に言わないでよ。機構管理者の自壊防止構文くらい月白だって組んださ】
フィ「…ではぼくらがそのシステムを破壊したら、あなた方は深淵に還ることができるので?」
水月【君らにそれができる?同胞の眼球を見ただけで竦んでしまうのに?】
アル「…できるよ」
ヘルゲ「アル…?」
アル「できるよ。俺、ミロスラーヴァさんに“ここにいいものがあるから早くおいで”って言われた気がしてるんだ。水月さんたちが深淵に還ったら…きっとこれから生まれる自然の体現者に月白の優しい魂が守護として付くんだ。水月さんたちは、俺たちにとって“いいもの”だ。心の時間を止めちゃいけないんだ。優しい心は、未来へ持って行かなくちゃいけないんだ。失敗して全滅しちゃった心が痛いなら、未来でその経験を生かしてよ。白縹の子供を、守ってよ。そのためだったら俺…この祭壇を、ぶっ壊すよ」
全員が、アルを見ていた。アルは揺るぎない瞳で水月を見て、過去を未来へ生かせと「説教」し、未来へ「勧誘」していた。
まるで母さんがヨアキムを叱ったように。
俺が、遊ぼうとヨアキムを誘ったように。
俺は自分の口元が緩むのを抑えきれず、くつくつと笑い出してしまった。
トラウマを刺激されたくらいでビビっていた自分がおかしくてな。弟の方がよほどしっかりしているじゃないか。
ヘルゲ「おい水月。そのシステムを支えているコアはどこだ?この墳墓をまるごとツブすのは忍びないからな。どうせコアを攻撃でもされて初めて自壊するとか、トラップがあるんだろう?」
水月【…核はこの玉座そのものだよ。でもこれをどうするの?】
ヘルゲ「書き換えるに決まってるじゃないか、俺たちの十八番だ。お前らが解放された後は、俺たちがここへ供養しに来てやるから安心しろ」
フィ「いいねぇ…くふふ…ダンさん、インナさん、少々お待ちいただけるかい?すばらしい映像を心置きなく撮影できるよう、ぼくらが今からオペをするからね」
水月【書き換える?だって…君らが今使っている言葉は僕らの時代とは違うじゃないか。魔法の言霊だって、月白のものとは…自壊罠の構文が働くに決まってるよ】
フィ「ふふん、母上ならここで『つべこべ言うな』とでも仰るかね、ヘルゲ?」
ヘルゲ「だろうな。だがこの年寄りは現代のことを知らないんだ、あんまり言ってやるな」
水月【ちょ…人のこと年寄りとか言う!?何この子、朱雀の教育が悪いんじゃないの?】
朱雀『それについては返す言葉もねえけどよ。こいつの自我が固まりきった後に俺は護衛に付いたんだっての…』
ヘルゲ「おい朱雀。影を解除させてくれ、集中できん。それとその玉座への書き換えルート確保」
朱雀『あーいよ。じゃあな水月、また深淵で会おうぜ』
そう言うと朱雀はガードへ戻り、玉座へのルート確立に入った。
俺たちは形勢逆転し、ガクガクと震えていた弱虫から、獲物を見つけて手ぐすねを引いているマッドな開発セクトという本来の獣へ戻った。