374 天空の島 sideアルノルト
ガードにくるまれた俺たちは、まるで半透明な多面体に仕舞われたフィギュアのようだった。比較するものが視界いっぱいの崖しかないもんだから、自分たちが手の平サイズのおもちゃみたいに感じるんだよ…
当初の予定どおり三つの多面体ケースに分かれて上昇していくんだけど、ダンさんとインナさんにもヘッドセットをつけてもらっているので会話は普通にできる。この二人は、俺たちが使う魔法や装備に対する疑問を口に出さない。ヘルゲさんが出てきた時点でヴァイス関連…つまり軍の秘匿に関することだとほぼわかってくれたんだと思う。
ダンさんは高所撮影で慣れているから高い場所も平気だと分かってたけど、インナさんもへっちゃらなのには驚いちゃったな。ミロスラーヴァさんも平気だったけど、その理由がわかった。空への感謝を捧げる時に意識が「飛んで」、かなり高い場所から地上を見ていることがあるんだって。
でもそれはほんの一瞬だから、「鳥みたいに自由に飛び回れるといいのにっていつも思います」って笑ってた。そっか、だからミロスラーヴァさんも鳥の群れと一緒に飛べて嬉しかったのか…
なんだか霧が急に濃くなったなあ?って思った次の瞬間には、真っ白で何も見えなくなった。これが雲?ガードに守られてるせいもあるだろうけど、もっとこう…すっごく抵抗感のある物体だと思ってたのに、スルンと入るもんなんだね。
アル「うわ、何も見えない~」
ヘルゲ『俺が全員の位置を把握しているから大丈夫だ。もうすぐ雲を抜けるぞ。結界は不可視にするから、空中に放り出された気分になるかもしれん。ちゃんと足場はあるから安心しろ』
全『はーい』
少しすると白の濃度が低くなって、そろそろ雲を抜けるんだなって思ってワクワクする。白は溶けるみたいにスゥッとなくなっていき、強烈な太陽の光がカッと俺の目を刺した。
ぼふっ
そんな感じで綿菓子みたいな雲を突き抜け、名残惜しそうな白を引き連れながら出た場所。俺は「雲海」って言葉を知ってはいたけど、本当には知らなかったんだってことがわかった。
くものうみ。
一面に広がる綿菓子の地面はこれ以上ないってほど白く光ってて、静寂が耳に痛くて、ゆっくりと動く。そして目の前には、巨大な島。全体像を見る為に高度を上げていた俺たちは、ようやくリョビスナ台地のてっぺんの全貌を見ることができていた。
不格好な三段重ねのケーキみたいに、ゴツゴツとした岩が大きく段になってる。常緑樹が密集した森と、澄んだ湖と、清流。その流れはさっき俺たちが見ようとしていた「水のない滝」となるために崖からダイブしていった。
視線を上げると、同じような島々があっちこっちに見える。色の濃い虹がかかっている島や、そのほとんどが湖に占められている島。でもリョビスナ台地ほどの広さはなくて、やっぱりここが最大なんだとわかる。
誰ともなく「ハァ…」って溜息が聞こえる。
わかるよ、これは、言葉なんて出ないよ。
ダン「…想像以上だ…皆さん、この島の木々…ゆうに樹齢千年以上のものばかりなはずですよ。今は上空から見ているからわかりにくいでしょうが、太古の森がそのまま、手つかずです。降りたら巨木の森でしょうね」
アル「さっき下にいた時も巨木の森だったと思ってたけど…同じくらい?」
ダン「いえ、以前地元のガイドさんから聞いたんですが、地上の森は八百年ほど前に大火災があったという伝説があるそうです。一面焼け野原で、でもこれらの台地の上にある木々からの種子が下の森を育てたんだそうですよ。だから地上の木々のお母さんたちですね」
フィ『途方もないね…』
インナ『…ええ、本当に途方もない…マナの大河と触れた時のようです。悠久とは、大自然とは、人の手の及ばぬ場所にあるって…最長老様がよく言っていました…』
ヘルゲ『ダン、この台地を一周する。旋回しながら徐々に高度を落とすぞ』
ダン「ええ、お願いします。…ああ…空の色まで濃い。こんな鮮やかなサファイアみたいな空があったんだ」
ダンさんは、ミロスラーヴァさんの歌を見ようとしていた時のように、全身を視神経にでもしているみたいだ。雲の流れ一つ、太陽の光一滴も零すまいとしている。
俺たちはその圧倒的な景色に飲まれながら、旋回してリョビスナ台地へ近づいて行く。ダンさんが巨木の森と言っていた、眼下に広がる森は段々と間近に迫ってその威容を俺たちに見せ始める。
もうね、さっきからね、デカいのかチビっちゃいのか、ほんとに脳内での遠近感の調整がうまくいかないんだ。何もかもが大きすぎると、俺の脳が勝手にこれを模型か何かだって勘違いさせようとするんだよ。その度に「これ、デカいから!がんばってデカさを理解して!」って叱咤激励しないと、“模型の国へ迷い込んだ人形の俺”なんてシチュエーションの夢の世界へトリップしちゃいそうだ。
そんな風に脳内では大騒ぎしながらも呆然と景色を見ていると、ふっと背後にある湖の島からマナの波が漂って来た気がした。
え?と振り返ると、湖が盛り上がっているのが見える。
…ハイ?あれ、何?
アル「ヘルゲさん…あれ…」
ヘルゲ『…!? ガード!!』
ヘルゲさんが叫ぶと同時にガードがゴツい壁になって俺たちの前に現れ、湖から発射された『焔矢』を全て叩き落とした。
フィ『ヘルゲ、ぼくが守護を出す!魔法レベルは中の上くらいだが、マナの発信源が一つしか感じられないんだ。ウソだろう…なぜ、大規模魔法がこんな場所から…っ』
アル「いまのバレット型…焔矢だよね?俺もマナの波は一種類しか感じなかった。…個人で大規模魔法?そんな…!」
ヘルゲ『白縹…ガード、どういうことだ…!』
ヘルゲさんはガードと話しつつ、その湖の島へ向かって全員を高速移動させていた。本当はインナさんとダンさんを降ろしたかったけど、リョビスナ台地に降りようとしたら攻撃が来たから、一緒にいた方が安全だった。
二人とも「私たちは大丈夫です」と気丈に答えてくれて安心したけど、俺も素人なんだからヘルゲさんとフィーネのジャマはしちゃいけない。この前の事件で、それは学習したつもりだよ。
でも俺にできることは、する。マナの波をがっつり読んでやるって思って集中したけど…何も感じられない。インナさんも何かマナの大河から降りてこないかと集中していたらしいけど、「何もありませんね…すみません」と肩を落としていた。
俺とヘルゲさんとフィーネはダンさんとインナさんを気遣いつつ、一つの信じたくない可能性に心を奪われている。
焔矢を撃ったのは、俺たちの仲間なのか、と。