371 痛恨のミス sideヘルゲ
シュピールツォイクも軌道に乗り、あいかわらずポムを買いに来る客がひっきりなしらしい。そして三階のぬいぐるみ屋の集客力がとんでもないため、通り道になっている一階と二階のおもちゃの売れ行きも好調。俺はニコルがぬいぐるみを存分に堪能している間に空気になって待つこともなく、一階のパズル屋で例の不敵な店長とのやり取りを楽しめるようになった。
俺の作ったメリーや立体プラネタリウムもなかなかの評判らしく、新作を期待する声があるようだ。俺たちはおもちゃ工房が本職じゃないんだが、どうしたもんだかな。
まあ、ぬいぐるみ屋の店長(イザベルと言う名らしい。ニコルはそれを知ってすぐに『ベルたん』『ニコたん』と呼び合う仲になってしまった)から聞いたところによると、星が好きな連中は「知らない土地の星座が見てみたい」とか「流れ星が映っているとなお良い」などの意見があった。
そしてオーロラ映像は出典がダン・山吹の映像記憶と知ると「夜空だけじゃなく、絶景の景色を投影して見てみたい」と、プラネタリウムではなくてアルがやったみたいなパノラマ風景が見たいという要望があるらしい。どれもこれも、言うは易しというやつだよな。
俺もそんなにヒマではないんだ、流れ星が出るのを成層圏で待つなど冗談じゃない。アルカンシエルの夜空を撮影するのに、上空30㎞でガードに包まれてボンヤリ見ていたんだぞ?そんなに驚くような景色が見たいなら、俺の殲滅魔法の映像でも見せてやろうか…
それよりも金糸雀の学生とのコラボでオルゴールを作る案があるんだ。アルに言って繋ぎをつけ…
あ。
学生よりもカナリアと繋がりが深いんだよな、あいつ…
カナリアの歌で流してもいい歌があるなら、それを録音して…使う本人のマナが乗るようにすれば、自分のマナが乗ったカナリアの歌が出来上がらないか?いや、そう簡単にカナリアの歌は再現できないかもしれんな…だが、録音にはマナまで入らないんだし…ん?そんなの需要あるか…?
俺だけで考えても埒が明かないな。ダンにも聞きたいことができたし、アルに金糸雀へ付き合ってもらうか。
*****
アル「こーんにっちは~!アルノルトでっす!」
バーニー「お?おおお!?よく来たなぁ!入れ入れ!」
エド「うおー、また金糸雀に滞在すんのか?最新ニュース教えたるぞ」
アル「えへへー、今日はダンさんに聞きたいことがあって来たんだ!いるかなあ」
バーニー「おう、いつもの編集してるよ。…ん?そっちのキレーな兄さんはアルノルト君のツレか?」
アル「俺の兄ちゃんなんだ~。あれ、ベティさんはまた歌劇団行ってるの?いないね」
ヘルゲ「ヘルゲ・白縹だ。邪魔をしてすまない」
バーニー「…は?」
アル「えっと…紅玉だよ」
エド「…え?」
ヘルゲ「あー…よろしく頼む」
ポカンとしている二人を置いて、アルはさっさと編集作業室をノックして入って行った。
ダン「お、いらっしゃーい」
アル「バーニーさんたち、ヘルゲさん見て固まっちゃったけど…放置でいいでしょ?」
ダン「あは!いいんじゃないかな。白縹の取材はほぼ無理っていうアタマがあるから、いつもの質問攻めもできなくて固まっちゃっただけだよ」
ヘルゲ「ダン、この前のオーロラ映像は助かった。すごい人気商品になってるぞ」
ダン「本当!?うっれしいなあ!あんないいモノに加工してもらえるなんて最高だよ」
ヘルゲ「それでだな、ダンの秘境映像をパノラマで見たいという要望も出ているんだ」
ダン「いいですよ~、どこの秘境映像にする?」
ヘルゲ「くっくっく…ダン、俺とアルが付いてるんだぞ?既存映像じゃなくて…いままで行きたくても物理的に無理で諦めた場所とかはないのか?たぶん楽勝で行けるぞ」
ダン「うわ…ほ、ほんとに?」
アル「もっちろーん!苦労して行かなきゃ意味がないって言うんじゃなきゃね」
ダン「あ、ありますよ!もちろんありますっ!水のない滝を見せたでしょ?あの巨大な岩の台地って、大昔から削れずに残ってる岩盤なもので…全方位が切り立ったガケだから誰も登れないんです!」
アル「うっは、いいねそれ!ヘルゲさん、そこ行こうよ!」
ダン「ほんとに行けるんですか?うわあ…すごいぞ…あ、でもどうやって撮影したんだって言われたら…」
ヘルゲ「そんなもの、フィーネが超高度を撮影できる方陣を開発したとでも言えばいい。ダン専用でな」
アル「あ、そうだ!ヘルゲさん、インナさんに聞きたいこともあったんでしょ?インナさんにも紹介するから一緒に連れて行ってあげようよ」
ヘルゲ「そうだな。高い場所が平気なら増えてもかまわんぞ」
アル「イヤッホーゥ!ダンさん、カペラに行こう!」
アルは元気に立ち上がり、ダンは「アルノルト君とヘルゲさんとカペラに行って来るね~」とバーニーへ声を掛けた。バーニーは「お、おう…いってら~」と俺に目が釘付けでまだ呆然としていたので少し可哀相になった。
ヘルゲ「驚かせてすまなかった。あー…白縹のタブーについては、金糸雀支部は気にしなくてもいいぞ。何か知りたいことがあればアルを通してくれ。軍の秘匿情報以外なら、答えられることは答えるぞ」
バーニー「そ、そんなこと…いいのかい?」
ヘルゲ「ああ。弟が世話になったんだ、ここの支部は信用している」
エド「はは、そんなこと言われたら…逆に聞きにくいじゃんかよ!だがありがとな、嬉しいよ」
俺は会釈してアルとダンを追い、金糸雀の里へ踏み入った。二人は里の人間とすっかり馴染んでいて、行く先々で温かい挨拶を受けては笑顔で手を振る。
さすが芸術の里だな…音楽が途絶えることなく、どこかしらで演奏しているらしい。賑やかで色彩豊かなこの里で、アルはどれだけの得難い経験をして、あんなにしっかりしたのかと思う。概要は聞いているし、アルの記憶に秘匿魔法を掛けたから重要な出来事はだいたいわかるが…それでも、きっと些末なこういった笑顔の会釈や挨拶が降り積もったら、アルは大きなエネルギーとして感じることだろう。
それにしても、俺が白縹だとわかるのか、それともよほど俺が他部族だと分かりやすいのか知らんが、けっこうな注目を浴びている。ああ、アルとダンが有名なんだから、この二人にくっついている見知らぬ男は誰だと警戒しているのか。
アル「…ヘルゲさん、やばいかも」
ヘルゲ「ん?何がだ?索敵は何も引っかからないぞ」
アル「いや、その…お願い、キレないで…!」
ヘルゲ「は?一体何だアル」
その時、小さな…ルカと同じくらいの子供がドン!と俺に体当たりしてきた。何だ?と思ってその男の子を見ると…何だか目をキラキラとさせて俺をガン見している。「…どうした?何か用か?」と聞くと、その子はコクコクと頷いた。そして俺に一冊の本をズイっと出し…
子供「おにーちゃ、こうぎょく?めがあかい!こうぎょく?」
俺は本当に迂闊だったと思った。他部族において、青や緑、稀に紫くらいまでなら、そういう色合いの瞳を持つ者はいる。だが俺の紅やカミルの赤、ハイデマリーの金、コンラートの発色のいいオレンジにオスカーほど明るいイエロー、それにアルマのピンクがかった紫というのは…遺伝的にありえないんだ。もし赤い目の者が白縹以外でいるのなら、それはアルビノだ。だが俺は髪が真っ黒だからな、言い訳もできやしない。
まともに見られたら白縹だと一発で分かる色。更に、赤。俺とカミルは一番金糸雀に来てはいけなかったんだ…!
ヘルゲ「いや…あー…」
子供「おにーちゃ、こうぎょく?…ちがう?」
子供は見る見る失意のどん底に落とされたかのような顔をする。新装版「こうぎょくのだいぼうけん」を持った手が、パタリと力なく落ちて…
うあああああ、わかった!わかったから!
ヘルゲ「ああ、紅玉だ…」
子供「ほんとー!?みてこれ、ぼくこれだいすきなの!だいぼうけん、した?」
ヘルゲ「お、俺は別に…ああああ、いや、したぞ!大冒険をした!」
子供「やっぱりぃ!すっごーい!ねえねえ、さいんちょうだいっ!」
ヘルゲ「サ…サイン!?なんだ、何を書けばいいんだ…ああああ、わかった!書く!」
俺は、見るのもイヤな新装版の表紙に生活魔法で「ヘルゲ・白縹」と書いた。
…頼む、誰かこれは狂幻覚なんだと言ってくれ…!
このグラオ王子の数倍上を行くキラキラしい男が俺だと、署名してしまった…!!
アル「…あの、ヘルゲさん…カペラにいこ?ね?あの子が本物の紅玉に会ったって自慢したら、もっと大勢来るかもしれないしさ」
ヘルゲ「アル、ダン、カペラはどっちにあるんだ!走るぞ!」
俺は、この里では幻影と移動魔法を駆使しなければ心が死んでしまう!エルンストのシンクタンク勧誘どころじゃないぞ、今の数分だけで俺の紅い世界は大部分が壊死した気分だ。
( ぎゃーっはっはっは、サイン!サインしやがった~!! )
ゴギャッ
俺の中で大爆笑するガードへ史上最大の紅い結晶をぶちかまし、俺はアルとダンを追ってカペラへ全力疾走した。