370 Spielzeug! sideアルノルト
今日は猫の庭への帰還日で、俺はギリギリでリア先生に古文書の翻訳を出して「ち…ギリギリ及第点ね」となぜだか悔しそうに言われた。がんばったんだから褒めてよリア先生ぇ~!
皆にただいまの挨拶をしていると、なんだか厨房からすっごくイイ匂いがするう…!
アル「ただいまアロイス先生、ナディヤ姉ちゃん!ねえ、なんかいい匂いするよ。薪の燃える匂い?」
アロ「おかえり、アルノルト。今日は石釜でピッツァを焼くからね」
アル「うっはー!やったあ!」
ナディ「ふふ、おもちゃの試作品がいい薪になるのよ。失敗作が多いと木材を圧縮したものが山盛りになるから…」
アル「そんなに試作したんだあ、みんな本気出しちゃったんだね。今日プレオープンのパーティーするんでしょ?みんな行くの?」
アロ「僕らは行かないよ、全部フィーネが作ったってことにして表に出てもらうからさ。婚約者のアルは隠す必要ないし、一緒に行っておいで」
アル「うん、わかった。ユリウスも来るはずなんだぁ、絶対喜ぶと思うよ!」
ユリウスはエルンストさんをあの手この手で困らせて、おもちゃ百貨店として生まれ変わった『Spielzeug!』に来るって言ってる。どんだけ困らせたんだかわからないけど、とうとうエルンストさんは俺があげた「ユリウス一日監視券」を泣く泣く使った。
もちろんエルンストさんも来るし、一人で建物の外に出たりしないって約束はしたみたいだけど…たぶん一日中シュピールツォイクで遊ぶ気なんだと思う。絶対エルンストさんだけじゃ疲れて倒れちゃうもんね…
ユリウスはぬいぐるみの紳士だってことを隠し通す気だって言ってたけど、たぶんこのプレオープンでバレバレになるよなー。いいのかなあ。
お昼においしいピッツァをたくさん食べて、俺とフィーネは出かける支度です。一応紫紺の風習に合わせて「盛装」なんだってさ…。アルマ姉ちゃんは鼻息を荒くしながら「アル、かっこいいよォ!フィーネ姉さんをしっかりエスコートしてね!!」と俺の髪を撫でつけてから褒めてくれた。自分じゃ格好いいかなんてわかんないけど。
まあ、仕方ないよねえ…濃紺のスリーピースだって…こんなの今日着たら二度と出番ない服だと思うんだけど、全面協力してくれた店長さんに恥はかかせらんないもんね。
フィーネの部屋のリビングで足をぶらぶらさせながら座って待っていると、「お待たせぇ!」とアルマ姉ちゃんの元気な声が聞こえた。
振り向くとそこに、ニコル姉ちゃんがこの前すっごい勢いで拡散させた、俺を失神寸前に追い込むほど綺麗だと感動させた、光の精霊がいた。
トロンとした光沢のあるベロアのワンピース。胸元にたくさんフリルがあるけど、肩が…肩が、ほっそい紐だけだから、華奢な肩が丸出し。フィーネの髪の色に似たミルクティーブラウンのワンピースだけど、光を反射して金色の波みたい。薄く透ける白のストッキングにはサイドに刺繍が入っていて、小さな足にはワンピースと同じ色のストラップ付きのハイヒール。胸元には小さな金の小鳥のチャームが付いたネックレス。
俺はアルマ姉ちゃんに半泣きで「ダメー!こんなエロ可愛い妖精さんは外に出しちゃダメー!」と叫んだ。フィーネが囲まれちゃう。フィーネが触られちゃう。ダメったらダメ!!
アルマ姉ちゃんはふふん、と笑って勝ち誇ったように言った。
アルマ「大丈夫だよぉ、この上にちゃんとファー付きボレロ着るんだからァ!それにあのストッキング…ガーターベルトで装着させてあるよォ…?」
チュッドォォォォン…!!
俺は理性と欲望の狭間でグラリと揺れたけど、爆撃を受けた理性があっさりと敗北した。俺がしっかりフィーネをガードすればいいですよね、うん、とグローブとヘッドセットを念入りにチェック。ヘルゲさんに接続して、ガードに護衛を頼みました…
*****
店長「皆様、本日は『Spielzeug!』のプレオープン・パーティへようこそおいでくださいました。この店は複数の店舗が集まった、まさにその名の通り『おもちゃ!』だらけの店でございます。不肖わたくしイザベル・紫紺が代表となりまして、皆様の生活に愛と愛と愛をお届けして、皆様からも愛していただける店を目指します。どうぞ、よろしくねぇ」
ワーッと皆が拍手をしたのは、シュピールツォイクの一階。けっこうな人数が集まっているけど、この店を作るのに深く携わった人が招待されているみたいだった。うーん、店長さんの名前ってイザベルさんって言うんだ?ニコル姉ちゃんも「店長さん」としか言わないから知らなかったけど…女性名、なんだね。そっかぁ~…げ、芸名だと思えばいい…?
今日はイザベル店長さんは派手なシルバーグレイのスーツを着ていた。筋骨隆々な立派な体格にすっごく似合ってるんだけど、中に着ているのはレースたっぷりのフリフリブラウスとリボンタイだった。…初代グラオ王子と似てる格好だとか思ったら、アロイス先生にごはん作ってもらえなくなっちゃうかな…
イザベル店長さんは俺とフィーネの方へ来ると、ニコッと笑って「フィーネたんにご紹介したい方がいるのよう!こちらへどうぞ!」と案内された。そこにはユリウスとエルンストさんがいて、にこやかに挨拶してきた。
ユリ「はじめまして、ユリウス・紫紺と申します。まさかあなたがアルノルト君のご婚約者だったとは思いませんでしたよ。才能あふれる方なのに、さらにお美しいとは。孤児院への寄付や、この子…ブランをイザベル嬢経由でありがたく頂戴しました。重ねてあなたの素晴らしい功績と慈愛深いお心に感謝いたします」
そう言うとユリウスはすっごくナチュラルにフィーネの手の甲へ軽いキスをした。くっそう、ユリウスだから許すけどっ!!後でその手は解毒と清浄をかけて俺が舐め倒すッ!
エルンストさんは俺に「ご無沙汰しております、その後シンクタンクへのお問い合わせもなかったようですが、疑問は晴れましたか」なんて、懐かしい設定を俺に思い出させてくれる。「はい、その節はご親切にありがとうございました」なんて俺もよそ行きの顔と声を出したりね。この「盛装」も相まって、肩が凝るったらないや…
でもその演技が無駄じゃなかったと思ったのは数分後のことだった。
アン「…失礼させていただいてもいいかしら?初めまして、私はアンゼルマ・紫紺と申します。フィーネさん、また素晴らしい功績を残されましたわね、おめでとうございます。私は外交を主に仕事としておりますが、外国でもポムを輸入させてほしいとすごい反響ですのよ。あなたは本当に素晴らしい方だわ、握手してくださらないかしら!」
フィ「おぉ、これはなんともったいない。アンゼルマ様といえばアルカンシエル外交の要にして大輪の薔薇。ぼくのような一介の研究者へもお気遣いいただくとは嬉しい限りです。こちらこそよろしくお願い申し上げます」
にこやかに握手した二人とユリウスも一緒になって談笑し、「ほんとにユリウス議員ったら名前を明かしてなかったのねえ!恥ずかしがり屋の議員なんて何の得もないじゃないの、もっと前へ出たらどお?」なんてユリウスをからかっていた。
政治家と知略派軍人の駆け引きは俺には無理でぇ~す。なんて思って、フィーネへヨコシマな目を向けるヤツはいねがぁぁ、とマナの波に意識を向けていたわけなんだけど。
これ…いいのかなあ…ユリウスにすごい注目が集まってるよ?
ユリウスはアンゼルマさんと別れた後はすっかり俺たちと行動していて、ヘルゲさんの作った大人向け立体プラネタリウムが欲しいですと目をキラキラさせている。このオーロラバージョンはダンさんの映像記憶を使っているんだけど、マナ・ピエトラ製の建物によく馴染む。まるですぐそこに、触ることのできるオーロラがあるみたいなんだ。
そしてこの前ナンパされて行くことができなかったパズル専門店があるのを知り、そこのチェス問題に「これはなかなか難しいですね」と精悍な顔をしてお試し版の問題を見つめている。更にエルンストさんが止めるのも聞かず、ヘルゲさんももっているチェスセットを名人のデータ入り魔石付きで買ってしまったり。
本 気 で 楽 し ん で る よ ね 。
そしてそんなユリウスがふっと「あ、ごめんねブラン…ちょっと夢中になりすぎた」と言って、子供みたいだと気づいたのかほっぺたが桃色に染まる。
それらを見ていた招待客からは、すごい勢いの、すごい熱烈な、すごいマナの波がユリウスへ向かっていく。
何 こ の 可 愛 い 中 枢 議 員 !
…いいのかな、こんなカリスマ特性で。
ユリウスはその怜悧な表情や仕草と、おもちゃを見ている時の嬉しそうな顔とのギャップが激しくて、その差がものすごく周囲を惹きつけていた。しかもブランをめっちゃ可愛がっているのがモロバレで、三階のCutieBunnyへ行ってみようと言うとブランと一緒にブンブン振られている尻尾がユリウスの尻に見えそうなくらいだった。
アル「…エルンストさん、あの…ユリウスのこと、みんな可愛いと思ってオチてるっぽいけど…パブリックイメージ的にはアリなの?可愛いカリスマってアリ?」
エル「うぐ…ッ、想定内です…ええ、ブランを連れ歩くと決めた時に私は予測してましたとも、氷雪の貴公子とのギャップ萌えブームが来るだろうとね…!私は負けませんよ…!」
エルンストさんはテンカウントぎりぎりで立ち上がったファイターのように、ボロボロになりながらも闘志を燃やしている。だめだー、エルンストさんに休暇をあげてよユリウス~…
*****
シュピールツォイクでのパーティーは盛況のうちに終わり、フィーネの作った「マナ・グラス」やヘルゲさんの「立体プラネタリウム」、俺の作った「マナ・クラッカー」は既に大量の注文が入ったらしい。そりゃそうだよねー、大人が楽しみたいと思ったら即買いになるもん。子供にも楽しんでもらえたらいいな、マナ・クラッカー。俺たちの命を救ってくれたおもちゃだしね。
いくつもおもちゃを買ったユリウスは嬉しそうに北区の自宅へ向かって歩く。その道すがら、クセになっているみたいなんだけどチョイチョイとブランに話しかけるんだ。「今日はブランのために綺麗な首輪を買ったよ」とか「ブランはいい子だね」とか、ほんとひっきりなし。そしてそれを見ている道行く人たちからまたしてもマナの波がざぷーんとやってくるわけです。『ぬいぐるみの紳士だわ~、今日もブランにメロメロじゃないの』だってさ。
…
…
お 前 、 バ レ て ん じ ゃ ん !!
エルンストさんにコレも報告したら、「わかってます…わかってるんです…もう何もかも軌道修正しなきゃいけないんです…!」と、血を吐きそうな声で答えた。
途中で二人とはバイバイして、フィーネとヴァイスへ向かって歩く。でもヴァイスへは入りません。こんなエロ可愛いフィーネはヴァイスへ入れてはいけないとヘルゲさんに注意されているのです。
だから路地でスルっとゲートを開けて猫の庭へ帰還。フィーネは自室で椅子へ座ると、盛大に溜息をついた。
フィ「これはさすがに…疲れたね。履きなれないハイヒールがこんなに疲れるとは思わなかったよ」
アル「見せてー…うわ、つま先が赤くなってるよ。踵は平気?靴擦れしてない?」
フィ「ああ、アルマがそこはかなり気遣ってくれてね。不可視のクッションみたいなものを入れてくれている。で、脱げやすいからストラップ付きにしてくれたのだよ」
俺もかなりフィーネを気にかけていて、少し座る場所があるとすぐに休憩しよって言って座らせてたんだけど。さすがにゆっくりは休ませてあげられなかったんだよね。つま先は赤くなっているだけでケガしているわけじゃないみたいだ、よかった。
俺はしゃがんで、膝にフィーネの足を乗せた。ゆっくりツボを押してあげるとフィーネは「アル…その、とっても気持ちいいし助かるのだがね。これでは君にかしずかれてご奉仕させている気分になってしまうので、もういいよ…」と慌てた。別にいいのに~と視線を上げると…
見えてしまった、ガーターベルトのリボン。
チュ………ドォォォォン!!
その日、俺はフィーネと大攻防戦を繰り広げた。
結論から言えば、もう一歩で敵陣へ入れるってとこまで攻め入りました。
ですが相手は究極の切り札を持っているので、爆散した理性を掻き集めるしかなかったんです。
フィ「アル、ハウス!!ベビードールとガーターベルト、どっちを燃やしてほしい!?」
アル「どっちも燃やさないで!!」
俺はこうして、すごすごと自陣へ戻った。