37 ゲートキーパー sideアロイス
「まず言っておくが、お前らの隠してることだのやってることってのは、何も俺は知らねぇ。ホデク隊長が俺に言ったのは『あの紅玉はなぜあんなに不安定なんだ?』だ。まあ、白縹は精神的に安定してんのとデカい魔法撃てるのがウリみたいなもんだしな。そこに違和感あったんだろうよ」
「…いくら立ち位置が便利だったとしても、白縹の結束が強いのはホデクだってわかってるだろうに。よく内偵なんてお前に依頼したな?」
「あー、それは俺が一芝居打ってあったからだな。お前が軍に入ってすぐに『顔出し』したり話し出したりしてたろ?デニスなんかはそれが気に入らなかったらしくてな、ブーブー文句言ってたのさ。『アロイスに散々面倒かけといて、やりゃあできるのに甘えてやがった』ってな」
「あー、なるほどね。デニスなら言いそうだ…」
「だろ?それに俺も乗っかってな、ヘルゲが気に食わねぇって表に出してたのさ」
「ああ、そういえばヴァイスの宿舎で何度かデニスとお前に文句言われたな」
「…『コンラートと何度か話した』っていうのは、それのことなのか?ヘルゲ、君よくバールへ一緒に来たねぇ?」
「特に問題ないだろう、あの程度は。それにお前は俺のゲートキーパーだからな。お前が通した人間は信用する」
…は?門番?ナニソレ?世話係のアップグレード職か何かか?
「ヘルゲ~、薄々そうじゃないかと思ってたけどよ、『刷り込み』って知ってるかァ?」
「知っている。それでもかまわん。俺はアロイスが通した人間なら疑わない」
「…何の話をしてるんだよ?」
「だーからさァ、お前らなんかヤバげなことやってるんだろ?それもかなり前から。その内容を話していい相手かどうかの判断、全部お前に任せてるって言ってるんだよヘルゲは。こと『対人』に関することは全幅の信頼を置いてるってことだろ」
顔がぶわっと赤くなる。
…くっそ、なんだよこいつら…
「ぎゃっはは、こりゃ傑作だ!…あー、わかったって、そんな目で睨むなよアロイス…あー、まあそんな訳でな。俺はアロイスがそこまで気にかけてるやつが甘えてるだけのバカじゃねぇとは思ってたんだが、そんなに徹底して何かを隠す理由ってのは軍に悟られちゃマズそうだなと思ってさ。何もお前らを知らないやつに内偵されるより、俺がやった方が報告もゴマかせるかと思ったんだよ」
「…よくそこまで頭が回ったな?それに、お前に庇われるほど何かをしてやった覚えもないんだが」
「んあ?そりゃそうだろうよ、ヴァイスで散々突っかかっただけだもんな。強いて言うなら、ホデク隊長ともあろう人が俺の身辺調査を適当に見てたってトコじゃねぇの?ヘルゲと俺に敵対感情があることだけ注目して、アロイスと俺に絶対切れない何かがあるってことに気付けなかった。『あいつらのやり口は業腹だ』って言っただろ。お前が何かをひた隠しにしていたように、俺もうまく隠してただけだよ」
そこまで言うとコンラートはくいっとビッラを飲み、ニヤニヤ笑いながら言った。
「で、俺はお前らの可愛いお姫様が当然かかわってると踏んでるんだけど?」
「呆れる観察眼だよな、コンラート…その通りだけどさ。ニコルに余計なこと言うなよ?僕らがやってることは、ニコルは何も知らないんだからさ」
「へっ、シュヴァルツなめんなよ、教導師サマ。んで?そっちの話は?」
そう促され、僕から説明し始める。
ヘルゲが「特殊な心の形態」を持って生まれており、それに目をつけたマザーに実験で「心を改造されて」育っていること。
ニコルも同じ心の形態を持っていることがわかり、彼女を同じ目に遭わせないために僕らが動いていること。
なんとかマザーに手を加えて、それを達成できないか模索していること。
「…ハァ?まじか。ヘルゲだけ、そんな思いしてたってのか?白縹の中で?」
「だよな。コンラートだってそう思うだろ?」
「吐き気がする。へどが出る。…くそ。改造ってどんな風にだよ?俺はシュヴァルツでマザーに直結回路を繋がれたが、過去あんなに嘔吐したことはないってくらい拒絶反応が出たぜ?」
「は!?コンラートがそれやられたのか!?」
「ああ。俺らが入隊した年から、シュヴァルツでは試験的に回路を繋がれたやつがいる。白縹では俺だけだ。蘇芳出身のやつらは特に拒絶反応なんて出てないから、便利機能がついたって喜んでやがったよ。その回路から高度方陣書き込んでもらえて、労せずして使用可能になったってな」
「…まあ、俺のデータを使ったんだろうな。だが、マザーの回路があるならいけるか…アロイス、コンラートに触れてろ」
そう言うと、ヘルゲはバイパスから一つの映像記憶を送ってきた。
それは、一面が紅いけれども薄昏くて、すごい数に分けられた広大な空間の映像だった。
でも、直感でわかってしまう。これがヘルゲの心。たぶんニコルに会う前だろう。僕も初めて見た。コンラートも見ることができたみたいだ。…絶句してる。
「これ…10歳くらいか?」
「いや、ニコルに会う直前だ。14歳か」
「今は?」
「明るいし、きれいだぞ。もう言っただろう、昔のことだ」
「そうか。なら良かった」
僕らが静かに話していると、コンラートが鼻をすすりながら言う。
「くっそ、…絶対許さねぇ。お前よく生きてんな…」
「…それはもういい、コンラート。俺はもう救われてる。問題はニコルや、これから生まれる者だ」
「だな。そういうことか。とりあえず虚偽の報告をどうすっかだな。ヘルゲ、俺に今日の記憶を隠蔽するやり方を教えられるか?できるんなら、直接書き込んでもらってかまわない。マザーに取り込まれたら、俺は自分を殺したくなる」
爛々と光るオレンジの目でコンラートは言う。
ヘルゲはニヤリと笑ってこう答えた。
「ようこそ、コンラート。働いてもらうぞ」
「…アロイス、こいつこんな面白いやつだったのかよ。紹介すんの、遅くねぇ?」
「面白過ぎて、お上品な君にふさわしいと思わなかったのさ。悪かったよ」
「…上品じゃなくて、悪かったな?コンラートもアロイスも、頭痛薬を用意したほうがいいと思うが?」
「は?何言って…いっててて!!ちくしょう、アホかお前っアイアンクローと同時に何書き込んでやが…いてえええええ!」
僕はわかっていたのでさっさと逃げた。
とりあえず部屋からアスピリン持ってこよう。