367 贅沢な悩み sideフィーネ
トビアスの誘拐事件はフォン・ウェ・ドゥのテロ組織の仕業と判明し、終息を向かえた。操られていた議員四名は、三名が重要人物、一名がその子息ということもあって罪は不問とされた。これは紫紺の偉いさんだったからというだけではなく、新生マザーが「情状酌量」の解釈を新たにしているせいでもある。
隠しだてもせず四名がどのような行動をしたのかをマザーへ報告してはいたが、過去にフォン・ウェ・ドゥで数回テロ騒ぎがあったこと、そして今回の手口があまりにも非道だった(子を殺された人物を狙い撃ちだった)ための判断だったようだ。
エルメンヒルトはすでに半年以上も拘留されていたし、アンゼルマは記憶解放を掛けるまで自分がやったとわからないほど操られていた。アグエも同様で、近距離から強力な呪術が掛けられるように利用されただけのようだ。自分が呪術を使った相手にどのような効果がもたらされるのかを認識できていなかったらしい。そしてもちろんジギスムントは標的にされていただけなので問題なし。
ま、金に目がくらんで魔法作成を請け負ったアダルブレヒトは有罪だがね。そして犯人によってえらい目に遭わされたフォルカー以外の四人へは、国からの見舞金と称してけっこうな額が支給された。本当は金の問題ではないが、彼らも真犯人が殲滅されたのを知っているので何も文句など出ない。四人分ではあったが、五人で分けて何か好きなことに使おうぜとウキウキしている始末だった。
このような経緯を経て、グラオもいつも通りの複数ミッションをこなしている。そして、事件が終息したということは、チーム緑青の帰宅が可能になったということでもあった。
パウラ「えー…私、卒舎までココにいたいな…」
トビ「俺もリア先生の授業受けちまったら、学舎に戻りたくねえな。すっげえ記憶定着度だと思うんだけど」
ロッホス「だよなあ…俺、たぶん学舎は物足りないと思うぜ」
フォル「つか、散々フィーネさんの方陣見ちゃったらさぁ~!エプタに戻っても講義に身が入らないだろ…」
リア「あらぁ、嬉しい事言ってくれるじゃない!でもほら、アルみたいに通信教育できるわけじゃないしねえ」
ヘルゲ「…お前らにアルと同じ移動用端末を作ってやることは可能だぞ」
緑青「マジ!?」
ヘルゲ「だが、緑青の学舎の課題とリアの課題がダブることになるんだぞ?緑青の学舎をないがしろにはしないでほしいんだが」
緑青「余裕!できる!だから欲しい!」
リア「あらぁ、それならいいんじゃない?そうね、少しだけ課題の量は手加減したげるわ、学舎のをやるヒマがなくなっちゃうでしょうし」
緑青「やったー!」
ヘルゲ「よし、トビアス。もうヘッドセットは作れるだろう?パウラとやれ。フォルカーとロッホスは移動用端末のインターフェイスを作っておいてくれ。アル、全員分の個人サーバーを用意しろ。俺はオペレーションシステムをお前ら用に調整してるから」
ヘルゲもぼくもすっかりチーム緑青の能力を把握している。こんなに優秀な助手を四人も確保できて、楽をさせてもらったよ。彼らはあっという間に移動用端末を組み上げ、さらっとリアが作り上げたひと月分の課題をインプットしてもらって嬉しそうだった。
ぼくが付き添いで緑青へ送り届けることになり、移動魔法のゲートを緑青へ合わせる。第二の近くに出ると、皆は「猫の庭にいたい」と言っていたくせに「…帰ってきたね」とホッとした顔だった。それはそうだろう、故郷は別格さ。
既に帰還を知らせてあったイグナーツさんに挨拶するため、全員で第二の所長室へ向かった。
イグ「おう、よく戻ったな。どうだった?」
フォル「もう最高。レベル高い人ンとこいると、こっちの学舎じゃ物足りねーよ、じーさん」
イグ「ほう、言ったな?お前の卒舎成績を楽しみにしとくか!」
フィ「イグナーツさん、彼らは勉強熱心でしたよ。本当に成績は上がっているはずですから、期待していてください」
イグ「フィーネが言うなら間違いないな。…で、軍部から連絡は入ってる。ご苦労だったな、とんでもない相手だったようだが」
フィ「ええ、突き止めるのに思いのほか時間がかかりましてねえ。面目ないですよ」
イグ「…いや、普通は数か月かかると思うがな…半月で戻って来るとは思ってなかったぞ、ワシは…」
イグナーツさんに余計なことを言ってしまったね…グラオのスピードが尋常じゃないことを、すぐに忘れてしまうよ。挨拶をした後は皆と別れ、ぼくとアルは第一へ行ってゲラルトさんにも挨拶をした。母上の家へ入ると、アルが「はー!」と息をつく。「フィーネと二人になれたね!」と急にアルが言うので、反射で『水魚之交』を思わず起動、カイさんへ接続してしまったじゃないか。
アル「あはは、フィーネが緊張した~」
フィ「む…緊張もするさ。君の今までの所業を考えてみたまえよ」
アル「ごめんってば~。でもなんか…すっごい不思議な感じだよね。トビアスたちも猫の庭のこと知ってるしグラオの皆と仲良くなったし、ユリウスたちまで同盟になった。こないだヘルゲさんとダンさんに会いに行った時なんてさ、大規模魔法撃つとこ見せるって約束しててさー。俺、なんだか嬉しいよ。大事な人たちが俺の家族とも仲いいんだもん」
フィ「はは、そうだね。まさかこんなことになるとはねえ。だが、いいのではないか?さすがアルが仲よくなった人々だと思うよ、皆おいしいマナをしている」
アル「でっしょ?」
ぼくとアルはひとしきり笑い、アルにしては珍しくぼくをだまし討ちで引き止めたりせずにおとなしく帰してくれた。…猫の庭へ滞在中は二日と空けずにぼくの部屋へダイレクトにゲートで来ては泊まっていたのだから、当然だがね…
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ぼくの持つ隠し口座の金額は、本当にとんでもない額へ膨れ上がっていた。まったく、こんなにあってどうしようね…グラオで楽しいことをするための資金を賄うだけならば、白縹の村のアパルトメント収入で充分なのだが。
ちょっと考えていることはあるのだが…これをやったら、下手するとさらに収入が上がってしまう可能性もあってジレンマに陥ってしまうね。
ぼくが考え込んでいると、アロイスがスッと向かいに座ってぼくを見た。「何だいアロイス?」と聞くと「…フィーネが何かたくらんでる気配がして来てみました」と言い出した。思わずプハ!と笑って「その通りだ」と返す。
フィ「いやあ、ポムの売り上げが留まることを知らないのだよ…エルンストという専門家が税金対策まで請け負ってくれていなければ、ぼくは冷や汗が出ていたかもしれないね」
アロ「うわ…そんなに?」
フィ「うむ、猫の庭と同規模の建物をガヴィ割引なしで十棟は余裕で作れるくらいだ。それも、今現在の話なのだからね…発売して半月経っていないのだよ?」
アロ「ええぇぇ…」
フィ「もちろん相応の額をユリウスに渡そうとしたんだが、断られてしまってね。そういう金の動きは議員には命取りだし、ブランをもらったから充分と言うのさ…でね、ほどほどの額はこれからぬいぐるみ屋の店長さんを経由したと口裏を合わせてもらうようお願いしてから、ユリウス経由で孤児院に寄付しようと思うんだ」
アロ「うん、それはいいね!あんまり巨額だと…それも記事になってしまいそうだもんね」
フィ「そうなのだよ…!うう、それで少し考え付いたことがあるにはあるんだが、これをやってしまうとまた収入が増えそうで…」
アロ「あ、それを考えてウンウン唸ってたのか。どんなこと?」
フィ「…うう~ん…あのぬいぐるみ屋なんだが…出資して、大型おもちゃ店にしてしまえないかなと思ってね」
アロ「えぇ!?フィーネがオーナーになるってこと!?」
フィ「いやいや、オーナーになってしまったら確実に収入アップではないか!それにあの店長さんはカスタマイズの魔法でのし上がって来た矜持がある方だ。買収なんぞという失礼はできないよ。そうではなくてだね、例えば建物だけをぼくの名義にして、ドでかく建て直してしまうのさ。そこにあのぬいぐるみ屋へ無償で建物ごと貸してしまう。経営はもちろん店長さんのままでね。すると、中央の街の地価が高い土地を買い、デカい建物の代金に税金がかかってドカンとマイナスが来るだろう?…それでもまだまだ残るけれどね…」
アロ「で、規模を拡大するとポムがさらに売れちゃう…の?」
フィ「いやあ、そうではないんだ。ポムは現状のままでもバカスカ売れる。あの店舗のままでもいいくらいなんだ。…そのね、ぼくも来年には子供を産みたいものでね。そう思ったら、子供たちにもっと喜んでもらえるおもちゃのアイデアが湯水のように出るんだよ…そうするとぬいぐるみだけではないから、店長さんにおもちゃの百貨店を作ってもらえないかな、と」
アロ「うわ、それ面白そうだね…確かにおもちゃ屋さんて、中央には小さな店が点在してて、品質もピンキリだしね」
フィ「うむ、あの店は正直言って男性には入りにくいんだ。激甘ファンシー空間とふわふわのぬいぐるみが溢れてるからねえ。だから例えば最上階が激甘ファンシーな女の子空間だけど、その下は男の子が欲しがるようなもの、一階は性別関係なしに欲しがりそうなものにすればいいと思ったんだ」
アロ「あ、それならユリウスも堂々と行けるね…」
フィ「だろう?つまり、ユリウスへの癒し空間プレゼントと、ぼくのおもちゃ納品先っていう意味でね…建物の賃貸料がかからなければ、もしぬいぐるみ以外があまり売れなくても店長さんに迷惑がかかりにくいだろうし…」
アロ「…でもさあ、フィーネのおもちゃって…売れると思う…」
フィ「う、うむ…手前味噌になるが、ぼくもそう思ってる…アルの構文で作れば、そんじょそこらのおもちゃでは太刀打ちできまいよ」
アロ「うーん、お金がなくって困るのはよく聞く話なのに、お金がありすぎて困るって…あるんだね」
フィ「うむ。エレオノーラさんにも聞いて、ヴァイスでドンと使ってくれないかと言ってみたんだがね…『アンタらの金だ、そっちで使いな』と言ってとりあってくれないのだよ…」
アロ「エルンストに相談してみれば?なにか有効な使い道が出てくるかもしれないしさ。それで何も出なければ、まあ…ぬいぐるみ屋さんに打診してみるとか。店長さんだって、もしかしたらそんな大規模にやりたくないって言うかもよ?」
フィ「それもそうだね。ありがとうアロイス、一人で考え込んではいけなかったよ」
アロイスは「いつも事前にこういう話ができれば安心なんだけどなー」と言いながら笑って厨房へ入っていった。
ふむ…ちょっといろんな意見を聞きつつ、模索してみようか。