361 ミッション幻獣 sideヘルゲ
傍受スライムを放牧して十日後、ほぼ予測通りに事態は動いた。トビアスたちの誘拐が未遂に終わり、呪術師たちが捕縛されたことをようやくアグエが知ったらしい。
ジギスムントのクランはやはり粘土板で通信しており、秘匿性は素晴らしいが情報伝達スピードを犠牲にしているようだ。ちなみにジギスムントの部屋の粘土板には他のシンパ議員からの事務的な連絡しか流れなかったが、アグエの部屋の粘土板には【蟲、捕獲 虹の籠】と暗号文のようなものが浮き上がった。蟲使いが捕縛され、アルカンシエルの牢獄にいるという内容だろうな。
これを見たアグエはチ!と舌打ちしながらも何か考えを巡らせ、おもむろに人型の蝋燭を取り出して背中に何かを彫り込む。傍受スライムにそれを撮影させたが、公用語ではない…初見の外国語で彫られていて俺には読めなかった。
そして蝋燭に火を灯し、祭壇へ置くと精神を集中し始めたようだ。
微かにマナが蝋燭へと注がれているような光が見え、その光は蝋燭の小さな炎を吸い込むようにしてスッと地面へ…たぶん「地脈」へ流れて行った。火の消えたキャンドルは一筋の煙を立ち昇らせて、何事もなかったかのように祭壇に立っている。
くそ、これがライブ映像だったらフィーネに接続して見てやるんだがな。その蝋燭の背に彫られた文字の映像を持ってリアの所へ行く。
ヘルゲ「リア、すまんがこの文字読めるか。たぶんフォン・ウェ・ドゥの言葉だとは思うんだが」
リア「ふんふん?…ん~、これ随分古い文字を使ってるわね。【乱 白 心 蛇】かな。文章じゃないわ…あ、これ【白蛇乱心】かな?タテ書きで読むとそうなるわね」
ヘルゲ「…なるほどな。助かった」
リアへ礼を言い、すぐエルンストへ通信を入れる。
ヘルゲ「白蛇の息子が動いたぞ。何か乱心するような呪術を掛けたかもしれん」
エル『了解です。ユリウス様、長様とアポ取りますからよろしく。本丸に接触です』
ユリ『はーい。長様と一緒にいるんだね?丁度いいか』
ヘルゲ「じゃ、頼んだ。こちらはアグエ確保に入るぞ」
エル『わかりました』
通信を切り、背後にいたアロイスへ頷く。
アロ「ミッション『幻獣』スタート」
全「うぇ~い!」
*****
今回俺は傍受スライムの持ってくる情報をリアルタイムに近い速度で処理する仕事がある。久々に並列コアを全稼働だ、集中しないとな。
アルマとカイ、フィーネがレグバ家へ潜入。呪術を使って自室でイライラと歩き回っているアグエをフィーネがじっと読み取り…
フィ『こいつは…“窓口”だったのか…確保』
そう言った瞬間にアルマが睡眠薬で昏倒させる。カイがアグエを抱え上げて、アルマと共に猫の庭の草原へ帰還、そのまま守護の結界で囲って監視する。
フィーネはレグバ家から中枢会議所へ。官邸へ向けてゆっくり歩いているユリウスとエルンストのそばを歩く。中枢会議所を何の気負いもなく歩く二人の後ろには、透明化したフィーネ、ハイデマリーがいる。
フィ『グラオ・オープンチャンネル及びツーク・ツワンクのセレクトチャンネルへ会議通信。アグエの狙いはジギスムントの失脚だ。アンゼルマとエルメンヒルトはジギスムントとビフレスト内で強力な同盟関係にあり、利用された。ただし…アグエも操られている』
ヘルゲ「アグエも傀儡なのか!?くそ…」
フィ『ざっと掻い摘むとだね…またしてもフォン・ウェ・ドゥの白蛇奪還テロだったのだよ。アグエは厳格な父と盲目的に彼を崇める母親たちに辟易していた。しかも兄弟の中で唯一のカリスマ持ちだ。彼はアルカンシエルを支える政治家たれという教育と、母親たちによるフォン・ウェ・ドゥ式の精霊を崇める土着信仰教育の板挟みになり、アイデンティティが揺らいでいた。そこを…フォン・ウェ・ドゥのテロ組織に付け込まれた』
アロ『じゃあアグエも地脈受信ペンダントをしているかもしれないんだね。それにそのテロ組織、国を何回も宝玉に攻撃されているからやり方を変えてきたのか…どうりでタンランの呪術師だの器械武術使いなんて手配できるはずだよ』
フィ『うむ。だがさすがに間近でアグエを見て、ようやく地脈のルートというのが感じられたよ。彼らは、ニコルとよく似た精霊魔法を使っているね。まあそんなわけでね、やつらの最終目標はジギスムント。失脚させてこの国の政治から切り離し、捕縛でもされたところを攫うつもりだったのではないかな。エルメンヒルトとアンゼルマは使い捨てる気で、アルカンシエルへ打撃を加える役割をさせる気だったようだ。ちなみに今回のトビアス誘拐事件はアンゼルマにやらせていたと思われるね』
アロ『そうすると、やっぱりジギスムントとアンゼルマを正気に戻さないとね…それにしても精霊魔法って…そんな場所で受け継がれてたのか』
フィ『マナを精霊として信仰しているおかげで、微弱ながらも錬成できるようになったのがシャマンなのだろう。地脈を通っているのは精霊だと感じたよ。…で、どうするねユリウス?長様の目の前で“幻獣”をかましていいものかね?』
ユリ『…うん、逆に長様の目の前でやった方がいいね』
ヘルゲ「よし、作戦続行だ。アンゼルマの監視班も気を抜くなよ、テロ組織はアグエが使えないと感づいたらどんな手を使うか予測がつかない」
ユリ『よし、まずは本丸を長様の目の前で豹変させちゃおっか』
ユリウスは気軽な調子でそう言うと、官邸へ向けて歩く速度を速めた。