360 琥珀 sideフィーネ
『ポム』は恐ろしい勢いでヒット商品となった。方陣完成から五日後には広報部から魔法部へ取材申請が殺到したらしい。ファビアン室長は「わかっちゃいたが、こりゃまた…パピィの時よりすごいじゃないかフィーネ…」と苦笑した。
もともと子供へのおもちゃという位置づけだし、ポム自体は普通のぬいぐるみの域を出ない価格設定にはしてある。一般的な収入の家庭ならば問題なく購入可能な値段だ。しかし量産型ポムは外見がまったく同じ。ということは、アクセサリーで見た目を変えたいという人が多かった。
アルマの勧めでCutieBunnyでは量産型ポムに付ける首輪やリード、小型犬用の洋服を揃え、店長さんの魔法で好きな柄へカスタマイズしてあげるサービスもやっている。これがまた、爆発的に売れた。もちろん他の犬種がいいと、カスタマイズ型ポムを買いにくる客もひっきりなしだ。
店にはポムがほしいという子供を連れた親が行列を作り、店をフォローするようにと露草のロミーさんによって派遣されていた玩具組合員が注文予約を取っていた。カスタマイズ型は店内で店長さんが受け、量産型は玩具組合員が受けるという訳だ。
もともとこのブームを覚悟していたらしい玩具組合ではフル稼働でポムが生産されており、そんなに待たずにポムが手に入ると言われて納得して帰ってくれる客ばかりのようで安心した。
さて、ぼくもちょっとピシっとせねばいけないね。アルが広報部金糸雀支部のバーニーさんに聞いてくれたところ、「この人なら大丈夫、ゴリ押しのクソ山吹ではない」という人の取材だけを受けることになってね。魔法部の応接室でこれから取材なのだよ。
広報「取材を承諾してくださって感謝します、フィーネさん」
フィ「とんでもない、こちらこそよろしくお願いしますよ」
広報「さっそくですが…パピィに続いてポムとはすごいですね。爆発的な売れ行きですが、ポムを販売しようとしたきっかけを教えてくださいませんか?」
フィ「そうですね…ぼくは研究畑の人間ですから、方陣を相手にする偏屈人間でしてねえ。ところが、ある方のお話を聞いて考えが変わったんですよ」
広報「ある方と言うと?」
フィ「それがその方、ぼくはお名前も存じ上げないんです。いまポムを売り出しているCutieBunnyの店長さんがいらっしゃるでしょう?あの方、とても心の温かい方でしてね。その店長さんが仰るんですよ、中枢議員さんで感心な方がいらっしゃると」
広報「中枢議員…ですか!」
フィ「ええ、その方は孤児院へ多額の寄付をしていたようなんですが、笑顔を忘れてしまったかのような子供に希望を取り戻してほしいと願ってぬいぐるみを贈ったそうなんです。その子は…数年ぶりに笑ったそうですよ。他にもお子さんを失った親御さんを元気づけようとなさったり。ぼくはそれを聞いて自分が恥ずかしくなりましてね。子供たちも親も幸せな気持ちになれるようなぬいぐるみを作る下地が、ぼくにはあるじゃないかと…そう思ったのがきっかけです」
広報「…! そんな話があったんですか…そうか、それでポムにはアラート機能が付いているわけですね」
フィ「ええ、そりゃ大した機能ではないわけですが、もしかしたらポムを連れていたおかげで大事なお子さんのケガを回避できたとか…迷子になったお子さんがすぐ見つかったとか…そんなことが少しでも多く起こってくれれば、ポムを作った甲斐があったというものです」
広報「なるほど…いいお話を聞かせていただきました…!その素晴らしい中枢議員さん、どなたなんでしょうねえ…ぜひお話を伺いたいものですが…」
フィ「はは、どうも恥ずかしがり屋な方のようですよ?実は店長さんを通して、売上金の一部を孤児院に送ろうと思いまして…その議員さん経由でぜひとも、とお願いしたら、今回の量産型ポムの販売ルート確保にそっと尽力してくださいました。でも、ぼくにはお名前を明かしてくださらないんですよ」
広報「はぁぁぁ~…!そんな方、いるんですね…そうか、そんな奥ゆかしい方ならあまり大々的に宣伝するのは好きじゃないでしょうね…わかりました!でも素晴らしいエピソードとして、『ぬいぐるみの紳士』として記事にしてもよろしいですかね」
フィ「あはは、きっとそれならお許しくださるんじゃないでしょうかね。ぼくとしても、そのほうが胸のつかえが取れます。かのお方のおかげでポムを作り出そうと思えるようになったわけですからね」
このように「お涙頂戴、さあ感動しろ」エピソードを朗々と語り上げたぼくは、本当にカナリアでなくて良かったと思うよ。最初の一瞬で紡ぐ喉が潰れていただろうからねえ。
ちなみにユリウスは普通に以前から「社会福祉」「慈善事業」を行っている。政治的活動の一環として、孤児院に寄付していたのも本当。子を失くして心の病になってしまった人を慰問に行っていたのも本当。まあ、中枢議員なら多かれ少なかれそういったことはやっているらしい。
だけど、チョロリと「中枢議員」と呟けば。広報部が出す記事には「ぬいぐるみの紳士」としか載らなくても、広報部本部と密接なつながりのあるアンゼルマならそれを知るのは容易い。そして更に販路でほんの少しユリウスの名が出れば。ブランを連れ歩いているユリウスだと確信して、幸せな親子の為に動いている議員だと確信してユリウスへ接触することだろう。
さ、ユリウス…極上の餌は撒いたよ?
*****
ユリ『フィーネ、これまたすっごい感動エピソードをブチ上げてくれたね…』
フィ「はっはっは、どうだろうね『ぬいぐるみの紳士』様。こういう話が大好きな人は多いと思うが?」
ユリ『チェスで遊びながら片手間に思いついただなんて絶対言えないね…私も気を引き締めないと、恥ずかしさで赤面しそうな内容じゃないか…』
フィ「いいと思うがねえ?君たちは民衆に夢を見せて引っ張るのが仕事さ」
ユリ『ハァ…お説ごもっとも。じゃあ照れ屋で奥ゆかしい議員になるよ』
エル『いやあ、フィーネ。これは素晴らしい施策ですよ。氷雪の貴公子の裏に隠れる温かい素顔、みたいな感じでホワイトにオチてくる人が多いでしょう。本当は裏にあるのはワガママ食いしん坊だなんて微塵も感じられないですから』
ユリ『うん、エルンストさん、それ暴言です』
フィ「ま、これでアンゼルマがどう出るかだね…あと、ヘルゲが傍受スライムで見つけたアレは確認できたかい?」
ユリ『うん、ジギスムント翁もしていたよ…地脈受信ペンダント』
このペンダントは、どうも地脈からの信号?を受けるマーカーのような役目を担っているらしい。ちなみにエルメンヒルトもしていた。シュヴァルツで捕縛時にそれを外せと言ったら泣き叫んで「亡くなった次女の形見」なのだと抵抗したようだ。
しかし貴石らしきものの使われたペンダントなど、何らかの魔法効果があると疑うのが定石だ。強制的に外し、きちんと大切に保管するからと説得してエルメンヒルトに諦めさせたという話だった。
その「次女の形見」と同じものを、なぜジギスムントとアンゼルマもしているのだ?それはもう、猛烈に怪しい。ヘルゲがそのエルメンヒルトのペンダントをシュヴァルツから借り受けて確認したところ、何らかのマナの残滓は確認できた。そしてぼくに接続して感じてみたら、怨念の炎というか、妄執の炎のようなイメージを得たそうだ。
たぶん、このペンダントに向かって彼らの心を掻き乱すような…何らかの呪術が地脈を通じて送り込まれている。ジギスムントとアンゼルマに対峙する際はこれをどうにかしようというのがぼくらの作戦の要だった。
ユリウスたちとの通信を切り、開発部屋へ向かう。いまヘルゲとアル、ヨアキムはこのペンダントの解析と、呪術をハネ返せるものに書き換えられないかを模索していた。
フィ「や、進捗はどうだい?」
ヘルゲ「おう、まあまあだな。一時的になら守護でブロックできるが、それでは意味がない。いま、精霊魔法で『地脈との親和性』を消せないか試している」
フィ「ただのペンダントにしてしまうわけかい?」
ヨア「ですが、この石…琥珀でしょう。おそらく三つ全部に『昆虫』が閉じ込められていると思うんですよ。エルメンヒルトのものも見事な蜂が入ってますし、タンランに近い土地柄を考えると昆虫を媒介にしている可能性もあります」
フィ「なるほど…うむ、ではアル。この昆虫もひっくるめて、温かい心理になるような軽い心理魔法を組めないものかね?タンランの蠱毒系呪術は、実際に見てわかったのだけど蟲の魂を使うという意識で構成されている。それは蟲の単純な捕食本能に作用して魔法が発動するわけだが、蟲が満腹状態では作用しにくいと思うんだ。なので、この昆虫たちが『満たされて』しまえばいいと思うのだよ」
アル「あー、そっか!それで呪術を受けにくい昆虫にした上で琥珀に軽い心理魔法を仕込めば、呪術なんて受け入れようとしないね。おっけ、まかせて~」
アルは中空を見てフンフンとマナからの回答を読むと、「でーきた!」と言って琥珀に方陣を書き込んでいく。ふんわりと琥珀は輝き…ぼくがどう集中してみても、なんの怨念も感じられない温かい光を放つペンダントになった。
ヘルゲ「…これはいいな。ユリウスたちにも報告しておこう。今の方陣を演出つきでジギスムントとアンゼルマにカマせば…あいつの『リサイクル』は容易なんじゃないのか?」
ヨア「いいですねえ~、紫紺の感動エピソードが増えちゃいますね」
アル「ユリウス喜ぶかなー?エルンストさんは忙しくなってまた泣いちゃいそうだけど…」
フィ「いいではないか、ユリウスが黒かった時にはこんなこともなかっただろう。嬉しい悲鳴と思えばいいと思うがね」
アル「それは確かに!あはは、じゃあエルンストさんには何か元気の出る差し入れでもしてあげようっと」
ヘルゲ「…『ユリウス一日監視券』でも発行してやれ」
アル「あー…それ一番喜びそうだね…」
なんだか「肩たたき券」をお父さんに渡すかのような案に落ち着き、アルは紙に丁寧な字で「いつもお疲れ様ですエルンストさん…」と書き出した。