36 泣き虫と涙目 sideアロイス
家に着くと、コンラートは途中の商店で適当に買ってきた酒やつまみを渡してきて、まだ緊張している僕の顔を見て苦笑いした。
僕はこれでも今まで、ある程度のことは笑顔や話術でカバーしてきた自負がある。
それでもコンラートという、少なからず心を許した友人が見せた底知れなさに、僕は情けなくもひどい動揺を隠せなかった。
それに、ヘルゲの様子が納得いかないんだ。
何か、僕の知らない情報を掴んでいるから余裕なのか?しかし僕に開示したのはシュヴァルツの隊長がかかわっているという不穏な情報だけだ。
…僕は、静観を決め込むしか、なかった。
「おっま…ヘルゲ~、この家のセキュリティ、異常じゃねぇ?あ、でも外からじゃそこまで感じないもんな…隠蔽してんのか」
三人でソファに座り、随分リラックスした様子のコンラートが呆れたように言った。
でも、僕は知っている。
彼は内心の苦渋や葛藤を、僕以上に顔にも態度にも表に出さない男だってことを。
だから、とにかく注意深く彼を見ていた。
「そういうことだな。で?ホデクがお前を送り込んできたというのは?」
「ん?ああ、俺のユニーク、わかるだろ?」
「透明化か」
「そーそー。お前1か月くらいでこっちに隠居しちゃったけど、俺も速攻で”訓練”に駆り出されて、ヴァイスには最初の3か月くらい不在だったんだが、知ってるか?」
「ああ、知っている。シュヴァルツで能力開発の訓練だったんだろう?」
「うっは、それ秘匿レベル5なんだけど?やるねぇ、さっきの仕返しか?」
「まあな。やられっぱなしで黙ってる性分じゃないんでな」
ヘルゲが獰猛に言い放ち、お互いに緊張が走る。
僕は素知らぬふりをして、酒とつまみをテーブルに出していた。
それしか、今はできることがなかった。
「ふむ。じゃあ、まず俺を信用してもらわないと話にならねぇな。俺はシュヴァルツの諜報活動の中で、国内監査に従事するよう訓練されたんだよ。これには反乱分子の炙り出しだの、中枢のスキャンダルに関するもみ消しだのってェ禄でもない仕事が多分に含まれる」
…血の気が引く。反乱分子の炙り出し…
「で、な。こんなこと言われても、どう信用すんだって話なんだよな。ヘルゲ、お前なら索敵もどうせ使えるんだろ?」
「おう」
「っかー、ほんとに規格外だなお前…俺さ、今から鈴付けた状態でお前らに触って、その上で透明化するが、いいか?」
「…わかった」
コンラートは僕たちの肩に手を置く。聞こえやすいように、鈴のついた飾り紐を手に持ったまま。
「うっし、いくぞー」
スッとコンラートが消える。…学舎にいた頃とは段違いのスピードだ。
でも、手の感触はあるし、僕の肩で指を動かして鈴を鳴らしてるのもわかる。
「よし、んじゃ次な。ヘルゲは索敵して、俺がここから動いてないってしっかり視てろよ?」
ふぉん、とマナが渦巻いたのを感じた途端に、コンラートの手の感触も、鈴の音も、息遣いも、気配も消えた。何も無い。
僕は自分の顔色が真っ青になっているのがわかるほど、ショックを受けていた。震える声で、ヘルゲに問いかける。
「…ヘルゲ、手の感触が、ないんだけど」
「ああ。だが、コンラートは間違いなくここにいる」
「…ほんとかよ…」
フッと、手の重みがかかり、鈴の音も唐突に聞こえてきた。
コンラートの姿も見えるようになっている。
「…『遮音』と『誤認』の複合方陣。『隠蔽』は指定したモノを隠すが、その複合方陣の対象は術者、だな?」
「…正解、お見事、ヘルゲ」
ヘルゲが無表情に指摘し、コンラートは少し寂しそうに笑う。
…これは。こんなのは、コンラート。
君があの時必死に勝ち得た信用を失くす技術だろう…?
言わなければわからなかったのに。
僕に届かなかった鈴の音が、無性に悲しい。
ここまでしなければいけないコンラートが、無性に悲しい。
もう、わかったから、コンラート。…僕の役割は。
「ヘルゲ」
「なんだ」
「コンラートの話を、聞くべきだ。僕らのことも、話すべきだ」
「…そうか。お前がそう言うなら、俺はかまわん」
「お前ら、ほんと妬けるくらいの信頼度だなァ」
コンラートがあっはっはと笑うから、それがカラ元気だとわかってしまうから、僕はコンラートの頭にゲンコツを落とした。
「教導師なめんなよ、泣き虫コンラート。わざと悪ぶって憎まれ役になろうなんて、お前の到達度じゃまだ早いんだよ。これから僕たちが話すことも聞いてもらうからな。自分も信頼に値する人間だって思い知れ、ざまあみろ」
ポカンとした顔のコンラートは、ぶはっと吹きだしてから言った。
「…ふん、俺は『玉』じゃないけどな、”マンダリンガーネット”の到達認定持ちだぜ?一度目は見逃してやったけどなぁ、人のこと泣き虫とかお前が言えんのかよ、涙目アロイス先生よー」
「うるさいよ、サッサと話せ!」
「あーいよー。ヘルゲ、防諜頼んだぜ。レベル10な」
「おう」
僕らはこの日、深夜まで話し続けた。