357 トリックスター sideアロイス
トビアスたちの誘拐事件は、シュヴァルツでも秘密裡に捜査している。ホデク大隊長によると、やはり黒でも子供を殺された中枢議員の線は濃厚と見ているらしい。調査しきれていない二人の議員はグラオ預かりということで納得してもらい、他の「タンラン人主導のテロ」や「ハンジンの残党による報復行動」などの線で黒は動いている。
ほぼ唯一の物証と言える「なるべく多くの人間を殺せる魔法」とメッセージの入った魔石のマナ固有紋をマザーで検索しても該当はなし。というよりも、マザーが『ヒトではない』可能性を示唆しているとのことで、これにはエレオノーラさんも「薄気味悪い相手だね」と眉を顰めていた。
僕らはエルンストのプロファイルで不明扱いになっているところを重点的に攻めて行こうという話になり、コンラートとアルマにジギスムントの妻四名の調査へ入ってもらった。
同時にヨアキムが紫紺の分体でジギスムントの本当の名前を探してくれている。
名前と出身地が定かでない中枢の重要人物なんていたんだな、というのが全員の思う所だけど。紫紺の現長が重用しているというのが「政治的に見て、その出自は彼を疑う要素にならない」という意思表示にも思える。現長がジギスムントの出自不明を放置しておくとも思えないから、きっと知っていて隠匿に協力してるんだろうね。
小一時間もすると、なんだか達成感でツヤツヤした顔をしたヨアキムが帰ってきた。
…魂魄のみでも、血色に影響するんだねー…
ヨア「見つけましたよ~!ああ、スッキリした!紫紺の偉い人の情報を暴くのってストレス解消にいいですね!」
アロ「お疲れ様ヨアキム。すごいね、五十年前の情報をほんとに洗い出したんだ」
ヨア「んっふっふ、ハイ、これですよ」
アロ「…『ダンヴァーラ・ウェ・ドゥ』?え、これ本当に個人の名前?」
ヨア「ん~、それがですね。彼は強制保護された当時、すでにフォン・ウェ・ドゥ国で何かしらの集団のトップにいた可能性が高いです。それで、その集団の長という意味での公称と言いますか、役職名と言いますか…つまり『集団の長』が名前だって言ってるようなものだったんですよ。だから改名というより名前を付けられたって言う方がいいかもしれません」
アロ「…てことは、もうこの名前からほぼ確定でフォン・ウェ・ドゥ関連が出身地と見ていいんだよね。若干15歳で集団のトップか…」
なんだかほんとに得体の知れない人だなと思いつつ、この情報も検証してもらおうと開発部屋へヨアキムと向かった。ヘルゲはミッタークとナハトを見て考え込んでいた。
アロ「ヘルゲ、いま大丈夫?」
ヘルゲ「…ああ。ちょっとこいつらの回答が後味悪かったんでな…どうした?」
アロ「ヨアキムが改名前のジギスムントの名前を見つけてくれたんだ」
ヘルゲ「本当か!?すごいなヨアキム…『ダンヴァーラ・ウェ・ドゥ』!?」
ヨアキムがさっき話してくれたことをヘルゲへ説明すると、驚いた直後にすぐさまミッタークとナハトへその名前とヨアキムからの情報を入力していった。
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【Antwort:Mittag】
ジギスムント・レグバ・紫紺(ダンヴァーラ・ウェ・ドゥ)はフォン・ウェ・ドゥ国における土着信仰の神官長である確率が高い。四人の妻、十二人の子の名前の全てにウェ・ドゥ教における精霊の名を冠し、家名とした「レグバ」は神格の秩序を破る善悪の二面性を持った運命の支配者、トリックスターの名を使っている。
紫紺の現長の軍門へ下った時点でアルカンシエルへの反意がなくなった可能性は高く、内政への取り組みは真摯。
【Antwort:Nacht】
ジギスムント・レグバ・紫紺(ダンヴァーラ・ウェ・ドゥ)はフォン・ウェ・ドゥ国における土着信仰の神官長である確率が高い。四人の妻、十二人の子の名前の全てにウェ・ドゥ教における精霊の名を冠し、家名とした「レグバ」は神格の秩序を破る善悪の二面性を持った運命の支配者、トリックスターの名を使っている。
強制保護の際にアルカンシエル国軍とフォン・ウェ・ドゥ国は戦争状態へ突入。数度の衝突を経てダンヴァーラ・ウェ・ドゥ本人より両国へ和睦案が出され、本人はアルカンシエルへ帰化、フォン・ウェ・ドゥとの戦争は終結。実質的に目的を達したアルカンシエルの勝利となった。
しかしその後数度に渡りフォン・ウェ・ドゥ国内で「神の白蛇を奪還せよ」という気運が高まると、その度にアルカンシエルより「カウンターテロ」の名のもとに宝玉が派遣されるようになる。
以上の事柄より、
①紫紺の長もしくは周囲の人間はフォン・ウェ・ドゥ国内の監視を緩めていない
②第十二子に至るまでウェ・ドゥ教の精霊の名を使っているジギスムントはシャマンとしての自分を保持している
③戦争という事象を見るに、統括していた遊牧民族の規模は最大と思われる
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アロ「…えー…じゃあ何年か前にヘルゲが大規模魔法を撃ちに行った時も…まさかコレ?」
ヘルゲ「だろうな。バジナ大隊長が言ってたのは『テロ集団殲滅』だったからな」
ヨア「あちらにしてみたら、自分たちの大切なシャマンを力ずくで奪われたってことですもんねえ…逆に紫紺にしてみたら、外国とはいえそこまで大規模な集団を作ってしまうほどのカリスマ持ちは放置できなかったってこと…ですか」
ヘルゲ「強制保護とはよく言ったもんだな。この五十年…どんな気持ちでアルカンシエルの内政を支えてきたんだか。俺には想像もつかん」
ほんと、ヘルゲの言う通りだよ。このアルカンシエルという巨大な国が通った後には草木の一本も残らない。古いマザーの出した結論だったのかもしれないけど、こんな遺恨を残すやり方をするくらいなら当時のジギスムントを懐柔してフォン・ウェ・ドゥと恒久的な友好を結ぶっていう手もあったはずだ。それこそ「オーディン」じゃなかったのなら、素晴らしい友好国になったかもしれないのに。
三人三様の思いで黙り込んでいると、コンラートとアルマから通信が入った。
コン『アロイス、いま話してもいいかァ』
アロ「お疲れ様コンラート。大丈夫だよ」
コン『アルマがよぉ、瘴気がすげぇっつーてメロメロだ』
アロ「…は?」
アルマ『アロイス兄さぁん、ここスッゴイ…レグバ家って呪術師の家系かなぁ』
アロ「…! うん、ジギスムントはフォン・ウェ・ドゥのシャマンかもしれないんだ」
コン『マジか。しかしこりゃあ…』
アルマ『違うと思うよぉ、ジギスムントじゃないよ』
アロ「…はぁ?ア、アルマ、もうちょっとわかりやすくお願い…」
コン『あー、あのな、アルマがうっとりしてんのは次男のアグエの部屋だ。どこの呪具だって感じの人形やら粘土の山みたいなモンやら人型の蝋燭やらがてんこ盛りだ』
ヘルゲ「次男アグエ…兄弟の中で唯一のカリスマ発現者で中枢議員か。ジギスムントの部屋も入れたのか?」
コン『ああ。つかジギスムントと妻四人は同じ部屋で暮らしている。んで妻の出身地なんだけどな、結婚前の国籍がねえんだ』
アロ「…はぁ?…って、僕に何回『は?』って言わせるの…レグバ家って何なんだ」
アルマ『えっとねぇ、私思うんだけどぉ…この奥さんたちもノマドだと思うよぉ。遊牧民のノマドじゃなくって流浪の民のノマド』
コン『あー、つまりな。この四人の妻、自分たちのことを“神の白蛇への捧げ物”っつーてるんだわ。会話の中にこのフレーズがめちゃくちゃ出てくる。子供たちを諭す時には“神の白蛇の子として恥ずべき行為は慎みなさい”とかな。同じように“私たちは放浪の末に神の白蛇へ捧げられた供物”って言ってるんでな』
ヘルゲ「アルマ、その次男の部屋だけが呪具だらけなのか」
アルマ『うん。でもジギスムントの部屋にも粘土みたいなのはあったかな』
ヘルゲ「…コンラート、ターゲット追加だ。次男の部屋にも監視方陣を置けそうか?」
コン『おー、もう置いてあるぜぇ』
アロ「…なるほどね。コンラート、アルマ、お疲れ様。いったん戻ってきていいよ」
コン&アルマ『了解』
通信が切れると、ヘルゲの顔にニヤっとした笑いが浮かぶ。あーあ、これ何かやってやるって顔だね…アグエっていう隠れ目標が浮き上がって嬉しそうですこと…
ヘルゲはすごい勢いでナハトを操作し、あっという間にエルンストへ向けてデータを送信した。
ヘルゲ「…ま、来歴に同情しても始まらん。俺は弟たちをあんな目に遭わせた犯人を締め上げられればそれでいい」
アロ「確かにね。で?ユリウスに何かやってもらうつもり?」
ヘルゲ「くっくっく…中枢議会へ幻獣駒投入だ…どっちが本物の運命の支配者か見せてやる」
ヨア「楽しそうですねぇ~!」
ヘルゲ「ヨアキムはまさに幻獣駒だな。さしずめ『ゴースト』ってとこか?」
ヨア「幽霊なんてやめてくださいよ!怖いじゃないですか!」
アロ&ヘルゲ「…」