356 広目天 sideユリウス
中枢会議所は中央の北部…街を見下ろせる位置にある。長様は会議所と繋がった官邸に住んでいて、さらに会議所を見下ろしている訳だけどね。
会議所を歩く私たちは、つい先日とは違ったフォーメーションを組んでいる。フォーメーションなどと言うと大げさに聞こえるかもしれないけど、通常は私とエルンストさんだけ。たまに用事のある仲間が一緒にいる程度で、大勢を引き連れては歩かないようにしている。だって誰がシンパかなんて宣伝する必要はないでしょ?
でも今日は私を先頭に「いかにも取り巻き」という体を装って後ろを付いてくる彼ら…紫紺のギフト持ちの中でも「私のシンパ」と公にしている彼らが金魚のフンの演技をしてくれている。あまり先見の明のないギフト持ちはこういう「大名行列」が大好きで、自分では「虎視眈々」とパワーバランスを誇示したり看破しているつもりになって「権力闘争をしている私カッコイイ」と酔っているんだから…頭が悪いことこの上ない。
「おや、ユリウス議員…ごきげんよう。今日は随分と大勢様ですね」
「ごきげんよう、ローマン議員。まいってしまいますよ、皆して私に仕事をさせようとするんです」
「ははは、昨日一日サボってでもいたんですか?いや、ユリウス議員に限ってそんなことはないかな?」
「ん~、美姫へお目通りを願いに行くヒマを捻出しただけなんですけどね」
「おぉ、それはまた幸運な女性がいたものですな!では私はこれで」
会釈をして去っていくローマン議員はほくほく顔だ。私の派閥を掴んだと思い込み、昨日あなたが不在だったのは分かってますよ、何か裏工作をしていたんでしょうとカマをかける。女の影などなかった私に、もしかしたらご執心の女性がいるかもと思い込む。女に興味があることを自分に言うくらいなんだから、誰か自分の縁戚で年頃の娘をあてがう方策でも立てるか!といったところかな。
「…イエロー、ランク2ですね」
「羽虫ですな」
ヘルゲに付けてもらった心理探査は改良型だそうで、味方はホワイト、完全な政敵はオレンジ、中間の「虎視眈々組」はイエロー。そして危害を加えようとしているほど悪意を持つ者はレッドで表示される。今日こんなに大名行列をしているのは、政敵の洗い出しとエルンストさんの作業を人垣で隠してもらうため。同時に私の仲間を見てイエローからオレンジに変わる人もいるので、その変化も見られるんだよね。便利な物を貰っちゃったな。
ちなみに今まで頑なに女性関係で隙を作らないようにしていたのに、急にオープンなフリをしているのは…新型移動魔法の存在が大きい。
ほとんどのギフト持ちの家には移動魔法の石板があるため、公的な仕事スケジュールをそのまま鵜呑みにする者などいない。三時間から五時間の調整時間をうまく確保すれば、本人が一瞬で余所の土地にいることなど当たり前なんだから。
私の家には優秀な使用人がいて、最短の三時間で調整をしてくれるので助かっていた。私用で出かけるなら三時間前に座標を知らせておけば調整しておいてくれるし、その間私は別な仕事を済ませることができる。でもまあ、その三時間のあいだに余所へ行くことを悟られないようにする演技力が必須なわけですけど。
…というのが、今までだったんだけどね。
何だかな~、ヘルゲって変態魔法使いだってアロイスが言ってたけど。ほんとに変態って言葉が合っているよねってエルンストさんと溜息をついちゃったよ。
これだけ一瞬で別の場所へ行けるなら、尾行者をまくのも追ってくる女性をまくのも簡単だって結論になりまして。
しょってるワケじゃないんだよ、さっきの議員みたいな人の娘とかが必死にターゲットを追いかけて暗がりで胸を押し付けて来るなんて普通なんだから。んで押し付けられたが最後、広報部のゲスい映像班の人間が撮った証拠映像をどーんと見せて「さあ責任を取れ」って言ってくるんだから。防御が甘いと小部屋に引きずり込まれて跨られる議員もいるから、気が抜けません。
ちなみにそういうハニートラップ系はピンクの光点で示されるらしい。細やかなお気遣いをありがとう、ヘルゲ…
ここではほんとの意味で、女性の胸は凶器なのでね。
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いつも私が歩く区域までで大名行列は解散し、皆にお礼を言う。「気にすんな。イエローの奴らは俺らでブロックするからな」と肩をポンと叩かれ、嬉しくて顔が緩む。顔を引き締めろよ!と別の仲間が苦笑いしつつ忠告してくれてから、皆は戻っていった。
エルンストさんと執務室へ入り、第二秘書のローザリンデさんから連絡や報告を受け、事務仕事を終えると…来た来た、長様から呼び出しだ。
「もう…ユリウス様が昨日の仕事を急にキャンセルなんてするからですわよ?他の議員ならいざ知らず、ユリウス様はそういう事がなかったから今までちゃらんぽらんでも可愛がられていましたのに…」
「ローザリンデさん、ちゃらんぽらんはヒドいなあ…単に使い分けしてるだけですってば」
「目上の方や視察先にはちゃらんぽらんと思われてますわよ!何が氷雪の貴公子です、政敵に対してだけじゃありませんか。…さ、長様にきちんと弁明なさって来てくださいな」
「ハーイ…」
ローザリンデさんは私の事を息子のように思ってくれているので、言うことがなかなか辛辣だよね…それでもいつも、温かい目をして私を支えてくれる人だ。さて…では長様のご機嫌取りに行きますか!
「ユリウスが来たとお伝えいただけますか」
「閣下、ユリウス議員がお越しです」
「入れ」
長様は側付の人に閣下なんて呼ばれているけど、ほんとはそんな風に呼ばれたくないんだよね。自分はあくまで議会を尊重して統率する長だと思いたくて、この国を総べる王だなんて思っていないんだから。…ま、あそこまで強いギフトだと周囲がそうさせてくれないんだろうけど。
ここらへんの認識の齟齬が長年積み重なって、周囲は長様が絶対っていう「絶対王政」と認識しつつ、実際は議会による合議制…立憲君主国みたいなものだ。長様はそこを分かっている議員と、分かろうともせずに長様を崇め讃える議員への態度がまったく違う。
「ユリウス、呼び出してすまんな。まあ座れ」
「失礼します」
「…昨日はどうした?体調でも優れなかったか」
「昨日は申し訳ありませんでした。体調は申し分ありません、私の不徳の致すところでして」
ニコリと笑って答えると、長様はニィっと口角を上げる。…これですよこれ。この笑顔、公の場じゃ絶対出ないんだよ。
「なんだ、教えてくれんのか?お前がそのように迂闊な行動を取る時は何かを罠に嵌める準備だろうが」
「誤解ですよ長様。どこかの自滅議員と一緒にしないでください」
「…いい目をしてるなユリウス、それでいい。この前金糸雀へ行ってから、お前の目に火が宿っている。さっさとここまで登ってこんか、退屈で仕方ない」
「長様を退屈させるとは、これも私の不徳ですかね。それとも『派閥』へのご不満ですか?」
「調子に乗るなよユリウス?昨日のドタキャン分の仕事は回すからな、きっちり調整して来い」
「はい、もちろんです『閣下』」
「ふん、その軽口だけで死皇帝グウェンなら拷問だぞ?」
「それは恐ろしいですね、子鼠は隅っこで大人しくしていましょう」
「…ユリウス、好きにやれ。ビフレストも民も…淀んでしまう前に新鮮な空気を送れ。それがお前に期待することだ」
「長様もこんな子鼠に何をおっしゃるんですか~。鼠のやることなど齧って穴を開ける程度のことです。期待なんてなさらず、そっとしておいてください」
「ふ…まあいい。『見させてもらうぞ』」
ぞくりと粟立つ背と首筋は、すっかりここ数年で慣れた感覚。だから私も笑顔を崩したりせずに会釈して長様の官邸を出ることができた。『広目天』はコレだからな~…現在の長、ヒエロニムス様はギフト持ちの間でこう呼ばれている。
ジギスムント翁はその出自の特殊さと外国暮らしが長かったという下地で「見識の広さ」を武器にして大派閥を展開していた。でも数年後に頭角を現した広目天の視野の広さと度量の大きさに軍門へ下ったと言われている。さて、私は通常業務をこなしつつ、ビフレストの一角を齧る準備でもしますか~。
*****
「ごきげんようユリウス」
「こんにちはオイゲン議員」
執務室にもう少しで到着ってところで会った同期生…彼は私に「早咲きは枯れるのも早いな」と言った挑発的なギフト持ち。ちなみに今の挨拶で私の名に「議員」を付けないところが彼流の挑発。お返しに私も「ごきげんよう」ではなく「こんにちは」と言ってみたわけで。
ピクリと彼の目元が動く。
「…ユリウスにしては珍しいな、女に入れあげて長様に叱られるとは」
「あはは、オイゲン議員ともあろう人が流言飛語に踊らされるなんて、そちらこそ珍しい」
「それが真実か嘘かなど、この伏魔殿では関係ないと思うが?」
「まったくその通り。ところでオイゲン議員、『パピヨン』へ通っているのも流言飛語かな。ジゼル殿は美しいから入れあげても仕方ないけど。…胡蝶の夢にならぬようご忠告するよ」
殴られたような表情をするオイゲンに会釈し、痛烈に「夢と現実の区別をつけろよ」と皮肉ってから執務室へ歩いていった。
「ユリウス様ぁ~…今そこで政敵を一人ボコッたでしょう…ビッカビカのオレンジだったのに、イエローまでランクが一気に下がりましたよ!?何やったんです!」
「うん、オイゲンをね。パピヨンのネタ使っちゃったから、他のこと補充しといてくださーい」
「まァ、オイゲン議員ですか。クラブ通いだなんておばかさんですこと」
「ローザリンデさんにかかったら形無しだね…」
「もおおお、ユリウス様もここぞとばかりにツブしていくのやめてくださいよおお!バランスシート調整がおっつかないでしょおおおお!」
「あはは、すみませんエルンストさん…ちょっと控えます」
アルノルトやヘルゲたちのおかげで急に余裕ができたもんだから、ちょっと調子に乗り過ぎたかな。うあー、こんなトコまで広目天に『見られてた』かも。気を付けましょう。