354 ノルンちゃんとユーリちゃん sideフィーネ
アルマがとユッテが、息も絶え絶えに笑っているね。原因はわかっているよ、ぼくの隣にいる「ノルンちゃん」と「ユーリちゃん」の出来が良くてね。まあ、二人とも魔法による変装なわけだが。しかもアルが声を変える構文を作ったので、とっても可愛らしい完璧な女の子だ。
ユリウスはポニーテールに大きな白いリボン、ちょっと上品なキャメルのコートを着たお嬢様風。アルはくるくるのツインテールに赤のリボン、レモンイエローのPコートを着た元気っ子風。…うーん、しかしアルの所作が男性丸出しなのが気になるね…ユリウスは何とか「きりっとした女の子」で済みそうだが。
事の発端はニコルが「私、CutieBunnyへ行ってくるね!フィーネ姉さんも行こうよ、劣化版フィーの販売協力要請なんだから、一番説得力があるし」という言葉に反応したアルとユリウスの軽い口喧嘩だった。
アル「二人だけで行くなんて危ないよ!俺もついてく!」
ユリ「私も行く!ぬいぐるみ屋に行く!」
アル「ユリウスはダメじゃん、バレちゃいけないんだろ」
ユリ「アルノルトだってダメだろ、貧血だって言ってたじゃないか」
アル「もう大丈夫ですう!造血魔法で血は足りてるし、動かないとなまっちゃうもんね」
ユリ「私だって大丈夫だよ、変装魔法で行く」
エル「ユリウス様、昨日の青年型と中年型は緑青で目撃されてますから、念のためお控えください。使うなら女性型ですが、いいんですか?」
ユリ「うぐ…っ」
フィ「アル、ぼくらはこんなナリでも軍属なのでね…そこまで心配することはないと思うが」
アル「だめ!フィーネもニコル姉ちゃんもかわいいんだからダメ!そうだよねヘルゲさん!」
ヘルゲ「そうだな。じゃあ俺も行くか…ニコル、悪いがCutieBunnyではいつもどおり空気になるからな。で、ユリウスは女装するんだろう?」
…ヘルゲも人が悪いね。簡易型リンケージグローブでハイデマリーさんに接続させてあげればいいだけじゃないか。まあ、そういうぼくも黙っているわけだが。
ユリ「女装って言わないでよヘルゲ!うー、うー…数日待って青年型で行くか、今日女性型で行くか…」
アル「あははー、ユリウスの変装は面白そうだねー」
ヘルゲ「…アル、俺はもう空気化のユニーク特性(嘘)を身に着けたからいいが…あそこの店長は、こういう人物だぞ」
ヘルゲが映像記憶を見せた瞬間、アルが固まった。
…あの店長さんはぼくも知っているが…優しい方だよ、なぜ男性陣はそんなに警戒心露わになってしまうんだろうね…まるで自分が男性だとバレてはいけないかのような慄きようではないか。
そしてアルはぼくらの護衛という使命感と店長さんへの恐怖との狭間で、ヘルゲの狙い通りの回答を弾き出した。
アル「…ユリウス、俺、女装に付き合うよ…」
ユリ「アルノルト…身を挺してまで私のわがままに付き合ってくれるなんて…君は本当に優しいな!」
ガシィ!とユリウスがアルの手を握り、どう考えても保身に動いたアルの行動はユリウスの更なる熱い友情を獲得する結果をもたらした。そして見ていた者は「こいつらおもしろい、見たいから全員いろいろ黙ってろよ!」と目配せし、冒頭のノルンちゃん&ユーリちゃん爆誕となったわけだ。
ユッテ「…ユリウス…最高。あんたは最高の(お笑い)素材だ…うくく…」
アルマ「まあ、元の顔じゃなくて完璧に女の子の変装魔法なんだしねぇ。こんな感じかな、カワイイよぉ二人とも!」
ユリ&アル「…どうも…ありがとう…?」
こうしてヘルゲという護衛がきちんといるにも関らず、無駄に女の子の変装をしたことに気付かないアルがぽてぽてとついてくることになった。頭はいいのに、君はこういうおバカなところが可愛いね、アル…
*****
店長「あらあ、ニコルたんにヘルゲたん!お友達も一緒なのねぇ、いらっしゃいませぇ~」
ニコル「こんにちは店長さん!あのねえ、今日はちょっとお願いっていうか…お話があって来たの。お時間もらえませんか?」
店長「いいわよぉ~?ちょっとぉ~、店番お願いねぇ!こちらへどうぞぉ」
店長さんはぼくらを店の隅にある接客スペース…と思われる、激甘ファンシー空間へと案内してくれた。デコラティブな猫足の椅子、同じデザインの真っ白なテーブル。ピンクのサテンでできた数々のプチ・クッションはたっぷりした白のレースで縁取りされている。これは…いかなぼくでも口からクヴァシール産のハニーがドロップしそうだよ。
このファンシー・ディメンションにはさすがのノルンちゃんもビビったらしく、「おれ…じゃなくてわたし、ぬいぐるみを見てるね…」と逃げ出した。しかしユーリちゃんは本来の仕事を遂行すべくグッと踏みとどまり、ちょこんと猫足の椅子へ腰かけた。
フィ「…さっそくで申し訳ない、店長さん。ぼくはフィーネ・白縹と申します。何度かこの店へ買い物に来たことはあるのですが、今日はビジネスのお話をしに参りました」
店長「んまあ、パピィを作ったフィーネたん?あなただったのねぇ、お会いできて光栄よぅ」
フィ「はは、そう言ってもらえると照れてしまいますよ。ところで…今こんなものの構想を練っておりましてね…どうでしょう、あなたのぬいぐるみ愛とカスタマイズ力はニコルも絶賛するほどだ。ぜひ販売窓口となっていただけないかと」
店長「…これは…大ヒットの予感しかしないわあ…いいのかしら、まさかウチの独占販売なのぅ?」
ユリ「えっと…お話に割って入って失礼。実はその販売権を持っている中枢議員がいるんですが、なるべく早くこの商品を拡大させたいそうなんです。なので販売窓口自体は全国で何店舗もありますが、余所は量産型の一種類しかありません。しかしこの店だけは外見をカスタマイズさせたり、オーダーメイドのぬいぐるみに方陣を入れて売ることを許可します。ですので…たぶん注文はここに殺到するかと」
店長「あらぁ…それでもスッゴい特別待遇じゃないのよう。オイシイ話には裏があるのよぉ?」
ユリ「ふふ…この店が繁盛すれば、その販売権を持つ中枢議員がいずれはここへ来れるようになります。それだけでも特別待遇をする価値がある」
店長「んふん?その議員さん…隠れファンってわけなのねぇ?わかったわ、私がビジネス上の話をするだけと見せかけて、議員さんにぬいぐるみを思う存分堪能させてあげればいいわけね…?」
ユリ「話が早い方は好きですよ」
ガシィ!
ユーリちゃんは店長さんと熱い握手を交わし、その握力にそっと右手を押さえて「イタイ…」と呟いた。その後、ぼくと店長さんは基本的な動作や機能がこんな風になるという話をし、ニコルとはどんな子がモフモフ愛好家のハートを撃ち抜きそうかという話をした。
一通り打ち合わせを終わらせて席を立つと、店の中でも目立たない場所で見事に悟りの境地にいたヘルゲと、女の子はスカートでそんなことをしちゃいけませんと叱りたくなるような見事な胡坐をかいて、ぐったり座り込んでいるノルンちゃんがいた。
フィ「ア…ノルンちゃん、ヘルゲたん。お待たせしたね、帰ろうか」
…おっと、思わずヘルゲたんと言ったら即座に視界が暗くなったよ。
アル「…ヘルゲさん、すごい。そのユニーク特性、すごい。おれ…わたしはだめだ、空気化する前に脳内でゲラルトさんのはちみつトロトロ映像が出てきたり、砂糖に埋もれる幻覚が見えたりする。おれ…わたし、無理だ。修行が足りない…」
ぼくはノルンちゃんの頭を撫で、「ぼくらのために付いてきてくれてありがとう」と労った。それで少し元気を取り戻したのか、にこっと笑って歩き出す。うむ、単純で可愛い。
ヘルゲとニコルとぼくはビジネスの進捗について話しながら歩き、少し後ろをノルンちゃんとユーリちゃんがしゃべりながら歩いてくる。あちらもビジネスがどう進んだのか説明していたのだろうが、ちょっとだけぼくらと距離があいた隙にとんでもないことが起こった。
ノルンちゃんとユーリちゃんが
ナ ン パ さ れ て い る 。
ぼくら三人は「まさか」という思いが先に立ち、ぼけっと見てしまった。ユーリちゃんはニコリと笑い「すみません、急いでますので」と立ち去ろうとしたが、腕を掴まれる。「そんなつれない事言わないでさぁ~」とヒョロリとした男に至近距離で気色悪い笑顔を向けられて、眉間にシワを寄せていた。
ノルンちゃんは「おれ…わたし、婚約者がいるから!」と後退りしたが、スッと腰に手を添えられる。派手なジャケットを着た男に「かーわいい、そんなに若いのに婚約者?親に勝手に決められたとかぁ?」と下から顔を覗き込まれてムッとしている。
あ!と思った時には遅かった。
ユーリちゃんは華麗な動きで掴まれた腕をくるりと相手の腕の外へ持って行き、肘のツボをぐきょっと握りつぶしてから前に出てきた相手の頭をヒザ蹴りした。
ノルンちゃんは腰に添えられた手を我慢して、自分の膝と肘で覗き込んでいた相手の顔をぐちゃっとツブした。
ユリ&アル「シネ!」
…男の声に戻って罵声を浴びせた二人を、カイさんに接続したぼくらが担いで路地へ走り、ゲートを開いて猫の庭へ戻った。
その日、アルはぼくに「変装の意味もないし、君が護衛される側ではないか!」と叱られ、ユリウスはエルンストさんに「数日我慢すれば良かったのにワガママを通すからですよ!」とお説教されたのは言うまでもない。