352 心臓を改造 sideヘルゲ
猫の庭へゲートで入ると、俺たちの会話をきっちり聞いていた皆はすっかり準備万端で待っていた。ナディヤが用意した茶菓子と紅茶をアインたちがポヨンポヨンと運んでは配膳し、ルカが「こんにちはー!」とユリウスたちに挨拶する。元気な挨拶を褒められてから、チェリーに「お仕事のお話だから、あっちで遊ぼうねルカ~」とパティオへ誘導されていた。
ヘルゲ「まあ座れ」
ユリ&エル「…ね…猫…」
アロ「さて~、まずはグラオのメンバーの紹介をするね」
アロイスは二人の衝撃を完璧にスルーしてからメンバーを全員紹介し、エルンストは「…ヴァイスの有名どころ大集合じゃないですか…」と言って呆然とする。たぶんヴァイスの他の宝玉やアヒムあたりも網羅しているんだろうな、大した人間データバンクだ。
ユリ「…ねえ…私の目がおかしくなったんじゃなければ、天使がいるんだけど?」
ヨア「あはは、初めまして。グラオ裏メンバーのヨアキムと申します。七百年ほど前に死んでいましてねえ、魂だけですがどうぞよろしく」
ヘルゲ「なんだ、ユリウスは紫紺だがいいのか?」
ヨア「いや~、当時の紫紺の長様…グウェナエルはまさにオーディンそのものでしたけどね。あの人の同類以外の紫紺までひっくるめて恨むほどの情熱はもう無いですよ。白いユリウスさんは私の射程範囲外です」
エル「七百年前…『死皇帝グウェン』?…えぇ?」
ユリ「あの…ごめんね、ちょっと目が回ってきたな、私…なんでそんな伝説上の人物の名が…」
フィ「まあ、追々慣れてくれればいいと思うよ。それよりサーバーだ!エルンスト、サーバーの開発者は誰なんだい?」
エル「え…ええ、このシステムや私たちが使っている指輪に変装用魔法…全てボニファーツ・緑青の作ですよ。先代の第一研究所所長です」
フィ「…アル、聞いたことあるかい?」
アル「ううん…先代ってことはゲラルトさんのお父さんてことかな、お母さんに聞いてみる?あ、フォルカーなら知ってるのかな…おーい、フォルカー!ボニファーツ・緑青さんて知ってるぅ?」
フォル「…お前、ケスキサーリの籍に入るのに知らないのか。デボラさんの爺さんだ。デボラさんのマギ言語使いの才能は隔世遺伝って言われてるくらいの人だったぜ。なんつうか、お前にも似てるかも。普通のマギ言語の文法は使わずにオリジナル魔法を作るってんで有名だったな。俺らが小さい頃に亡くなったと思うけど」
エル「あはは、その通りです。ボニーさんは私の父と懇意でしてね。その関係で小さな頃のユリウス様と会ったんですよ…軟禁されていた頃に。気の毒に思ったボニーさんはユリウス様のためにこのシステムや魔法を私の父に預け、父が亡き後は私が引き継いだという訳です」
フィ「なんと…ひいお爺様の作かい。見せていただいてもいいかな?」
エル「どうぞ。先日アルノルトがバックアップ機能を付けてくださったおかげで、これを持ち歩く時に私の肩コリが軽くなった気がしますよ」
ヘルゲ「いい機能を付けたじゃないかアル。しかしそのボニーとかいう爺さん、斬新にも程があるな。なんだこれは、短歌か?よくこんな構文で機能するな…」
アル「うはー、ほんとだ。俺じゃこんなのできないや…あ、でも読んでると何となく意図することがわかるっちゃわかるんだ…へえ、奥が深いね~」
フィ「ヘルゲ!それでどうするんだい?ぼくは通信機のインフラを繋げてしまえと思うんだがね。クランの心臓部を魔改造しようじゃないか…!」
ヘルゲ「いや…それではツーク・ツワンクの通信傍受を俺たちができることになってしまう。うちにも通信インフラの集中サーバーを作って、そのサーバーとコイツを繋げよう。それならサーバー間に防壁を付けておけばお互いに不正傍受もできないし、普通の通信を選別してパスさせることができる」
アル「ツーク・ツワンクって何人いるの?通信機いくつ作ればいいのかなあ」
俺たちの会話に必死に耳を傾けているエルンストは、いきなり話を振られて「へ?あ、ああ…協力者は現在およそ四十人弱でしょうかね」と言った。ちなみにユリウスは興味深そうに見てはいるが、完全にエルンストへお任せという感じだな。
ヘルゲ「それくらいなら作れるか…アルマ!幅3㎝のリストバンドを…そうだな、余裕を見て五十個用意できるか」
アルマ「いいよぉ~。皮製でいい?」
ヘルゲ「ああ、華奢な作りでいいぞ。あまり頑丈だと軍属じゃないし目立つだろう。…古代文字は入れるなよ?」
アルマ「はぁ~い…ちぇ…」
ヘルゲ「アル、流動魔石を直径3㎝、厚さ5㎜のサイズで同じ数だけ用意。フィーネ、通信機の中身をツーク・ツワンクの【会員秘匿個人情報ネットワーク】と連動させるぞ。起動ロック必須、ラインは…この前タンランの結界でエライ目にあったからな、太くする。【要注意人物トレース】に『心理探査』も組み込もう。ユリウスとエルンストへ敵意を持つ者がわかるように調整しておくから、このサーバーのどこへ接続するのがバランスいいかも見ておいてくれ」
フィ「了解だよ」
アル「ヘルゲさーん、流動魔石はこれでいい?」
ヘルゲ「おう、いいぞ。よし、あとはヘッドセットか…エルンスト、リストバンドに通信機能を付けるが、フォグ・ディスプレイを展開させて通信するのは難しそうな人員はいるか?例えば俺たちみたいに潜入が専門とか、自宅が寮でプライベート確保が難しいとか…」
エル「そうですね…ああ、旅芸人がいます。踊り子一人と演奏者二人。彼らは難しいですね、人の注目を集めすぎる。あとは私たち二人くらいでしょうか。鍛冶職人と陶器工房の職人もいるんですが、彼らは逆に通信に気付かせるには音では難しくて。いつも指輪の震動で知らせてるんですが」
アル「あ、やっぱりこの指輪の模様ってさあ、陶器工房の人がデザインした?ヨアキムさんの器の模様そっくりなんだよね」
エル「ええ、そうです。…ヨアキムの器?うわああ!」
コン「ヨアキム、いきなり接続解除したらそりゃ驚くだろが…」
ヨア「…あはは、すみません。この模様でしょう?」
エル「…そうです、その模様…です…」
ヘルゲ「ふむ…指輪の機能はそのままにしておけばいいな。とりあえず五つ用意するか。アル、ヘッドセットを作れ。もうできるだろう?隠蔽を忘れるなよ。ヨアキムは流動魔石へ通信機能をコピーしていってくれ」
いつもの開発部屋での作業のようにサーバーを改造していく。今回ばかりはアロイスも文句を言わないし、気楽でいい。俺はサイコサーチを調整してからフィーネへ預け、そのままグラオの通信インフラ集中サーバーの作成に入った。アルがヘッドセットを作り終わったので、サーバー間の防壁用構文を作ってくれと頼む。
アルマ「ヘルゲ兄さ~ん、リストバンドこれでいーい?」
ヘルゲ「おう、上出来だ。ニコル、精霊で流動魔石をリストバンドに仕込んでいってくれ」
ニコル「はーい!」
ヘルゲ「さて…これはユリウスとエルンストのマナ固有紋でロックした新型移動魔法の魔石だ。これは普通に持ち歩いても問題ないよな?」
ユリ「…これ、本当にあの石板がこんな精密なものに成り得るの?」
ヨア「あ~、あれはですねえ。私がざっくり作って調整途中だったものがそのまま伝わってるんですよ。よくもまあ七百年もあのまま放置して使ってましたね~?不便だったでしょう」
ヨアキムの言葉を聞いたエルンストとユリウスは、がっくりと肩を落とした。今まで移動魔法と言えば所要時間三時間が当然という認識で使っていたみたいだからな…
ヘルゲ「…そういえばユリウスは緑青へ来る時に移動魔法の予約を取ったんだろう?お忍びになっていないんじゃないのか?」
ユリ「ああ、予約を取るのは仕事の時だけ。私用での移動には自宅の石板を使うから。まあ…もう二度と使わないけどね…」
アル「そうだ!あの変装魔法すごいよね。なんでマナ固有紋まで変わるの、あれ」
ユリ「あれもボニファーツさんの工夫だね。元々緑青のマギ言語使いだからセキュリティシステムのこともわかるでしょ?どういう原理か知らないけど、よかったら使う?あ、でも変装の種類はあの青年と小太りの中年男性、それから若い女性型が一種類だけだよ。服装はその時着ているものがそのままだね」
アル「ん~…変装だけならマリー姉ちゃんの魔法で完璧だけど、マナ固有紋まで誤魔化せるなら欲しくない?ヘルゲさん」
ヘルゲ「そうだな、マザー内での固有紋偽装はできても生身で偽装できるとは思わなかったからな…解明できればいちいちヨアキムにセキュリティを掌握してもらわなくても済むかもしれん。いいか、エルンスト?」
エル「…ええ、どうぞ。今マザー内で固有紋偽装が当たり前みたいな怖い台詞が…あー、なんだか頭がパンクしそうですよ…」
エルンストはもうこれ以上落とす肩はないという顔をして、ずるりと椅子から落ちそうになっていた。
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【おまけのカイ&カミル&ユリウス】
カミル「おいアロイス!なんでユリウスんトコは通信機があんなスマートなんだよ!俺らのもアレにしようぜ!」
カイ「そうだぞアロイス!俺らは労働環境改善を要求するぜ!何が悲しくて二児の父がオコジョ…!!」
アロ「そんな時だけ小難しい言葉使ってぇ~…グラオはこれでいいの!うちはうち!余所は余所!わがまま言うんじゃありません!」
ユリ「皆さんの通信機ってどんなのなんですか?」
カイ&カミル「見ろよこれぇぇ!」
ユリ「な…ッ!!」
カイ&カミル「だろ?絶句すんだろ!?」
ユリ「か、かわいい…ッ!」
カイ&カミル「!?」
ユリ「ヘルゲ!私の通信機もかわいくして!」
エル「ユリウス様、いけません」
ユリ「どうして!」
エル「氷雪の貴公子のパブリックイメージを壊さないでください。ぬいぐるみを常時持ち歩いている議員がどんなイロモノに見られると思いますか」
カイ&カミル「イロモノ…」
ユリ「ぐぬぬ…じゃあ自室に置く…」
エル「いけません、通信機の意味がないでしょう」
アロ「ね、うちはうち。余所は余所だよ。ユリウスも我慢してるんだから、二人とも我慢してね」
カイ&カミル「ぐぬぬ…お前の諌め方、おかしくねえか…なんで生徒を叱るみたいになってんだよ…」
アロ「君らがおバカだからでしょ!もー、ちゃんと我慢できたら今日は二人の好物作ってあげるよ、何がいい?」
カイ&カミル「Tボーンステーキ!!」
アロ「はいはい、肉ね」
カイ&カミル「うぇ~い!」
エル「(食べ物…使えるかもしれませんね)…ユリウス様、我慢できたらご褒美に金糸雀の里のクルイロゥへ行ってもいいですよ」
ユリ「本当!?わかった、我慢するよ!」
エル「…」