35 鈴の音 sideアロイス
「よ!やってんなァ、アロイス先生!」
「…コンラートか!?うわ、久しぶりじゃないか!」
リリン、リリン、と懐かしい鈴の音が聞こえて、まさかと振り返ると本当にコンラートがニヤニヤ笑って立っていた。
コンラートはヴァイスの中でもレア・ユニーク持ちということで、特殊任務ばかりで忙しいというのはヘルゲからも聞いていた。
里帰りも実に丸々三年ぶりだった。
「おー、ようやくまとまった休暇が取れたよ。ほーんと人使い荒いんだよなァ」
「なんか随分と重用されてるって聞いてるよ?ヴァイスの宿舎でも滅多に会えないって、この前デニスが通信でこぼしてた」
「はは!デニスはオールラウンダーだからな、いろんなとこにチョイっと行っては一日か二日で帰ってきてんだ。それでいて戦果はガツンと獲って来るあたりスゲェよ。それに比べて、俺は面倒な長期任務が多くてなー。この前はまさかの半年任務でさ、終わったから有休使い切ってやる勢いで申請してきたぜ」
「おー、んじゃしばらく村にいられるのか?今晩飲みにでも行こうよ」
「いいねぇ~。あ、そういえばヘルゲの具合どうだ?一緒に住んでるんだろ?」
「まあ、ここにいる分には特に何もないよ。随分落ち着いたしね」
「そっかー、まあヘルゲがイヤじゃなけりゃ一緒に飲まないかって誘ってこいよ」
「…うん、一応誘ってみるよ。じゃあ、仕事終わったらバールに行ってるからさ」
「りょーかーい。俺は知り合い連中に挨拶してから行くわ。んじゃな!」
鈴の音を響かせながら小走りに去っていく背中を見て、本当にヘルゲを誘うかどうしようか迷ったけど、言うだけ言ってみようと家に帰ることにした。
「おう、いいぞ」
「え!?ほんとにいいのか?大丈夫かよ?」
ヘルゲにあっさり了承されたので、僕の方が焦った。
「ヴァイスの宿舎では何度か『軍人仕様』で話してるからな。問題ないだろう」
「あ~、なるほどね…んじゃま、行きますか」
村に2軒しかない酒場のうち、こじんまりした方のバールへ入る。
ちゃんと店名はあるみたいだけど、誰も呼ばない。もう一軒の酒場は大きくて食堂も兼ねているから、みんなオステリアって呼ぶし。
店に入ると、もうコンラートは奥のテーブル席で飲み始めていた。
「悪ぃ、ハラ減ってたから先に頼んじゃったよ」
「待たせてごめん、ヘルゲ連れてきたよ」
「おう、久しぶりだな」
ヘルゲが無難に挨拶するのに未だ慣れないのか、コンラートが目を丸くしたあと破顔する。
「おー、聞いてくれよ。半年も特殊任務とかってありえねーだろ?有休申請書、ズバーンとバジナ大隊長のデスクに叩きつけちゃったぜ」
「…よくそんなことしたな…」
「あったりまえだっつの。本当はヴァイスの規定で、半年に一度は健康管理も兼ねて品質検査受ける義務あるだろ?アレを大隊長権限で一回すっ飛ばされたんだぜ?あの強引さはやってらんねーよ。あ!おねえさーん、ビッラ3つ!あとカルパッチョとリピエーニ追加ね!」
チラチラとヘルゲを見て顔を赤くさせていたウェイトレスに酒とつまみを注文し、僕らはそれぞれの近況なんかを話していた。ヘルゲがいても意外に盛り上がるのは、コンラートの人柄なのか「軍人仕様」のなせる業なのか、僕にもわからなかった。
ヘルゲも無表情モードとは言え、コンラートとは普通に話しているので違和感がハンパない…
「あぁそうだ、ヘルゲさあ」
「なんだ?」
「防諜方陣敷けるだろ?このテーブル廻りをレベル3くらいでかまわねーから、やってくれ」
「「!?」」
…背筋がぞわっとした。
本当に何気ない話の続きをするかのように、滑らかに、ヘルゲが隠している種類の方陣を指定するコンラートに。
「そーんな警戒すんなって。あんまりレベル上げるとバールじゃ違和感出るだろ。スッとやれよ、何気なくな」
驚いたことにヘルゲは何も言わず、隠蔽もかけながら防諜方陣を展開した。
「ヒュ~、さっすが。完璧じゃねーかヘルゲ」
「コンラート、どういうことだよ?君は…」
「まあまあ。ヘルゲは大体察しつくだろ?」
「バジナ大隊長か?」
「いンや、ホデク隊長だな」
…わけがわからない。これは僕が余計な情報をコンラートに漏らさないよう、黙っていた方がいいか…
そこで、バイパス伝いにヘルゲから秘匿情報の公開キーが送られてきた。表層記憶に浮き上がってきた内容は。
【イゴル・ホデク】
・アルカンシエル国 蘇芳一族出身 42歳 身長175㎝ 体重67㎏
・アルカンシエル国軍 諜報部”シュヴァルツ” 隊長
…
…
シュヴァルツ。
諸外国へのスパイ活動、内部監査の潜入活動、他国のスパイの捕獲・尋問・拷問等、およそ考えうる限りの「国の裏方」。
表向き諜報部は存在しないことになっている。ホデク隊長とやらも、対外的には無難な別部署に所属していることになっているはずだ。そのシュヴァルツを預かる隊長という肩書のある秘匿個人情報。レベル…8以上かもしれない…
めちゃくちゃに緊張した僕を面白そうに見ながら、コンラートはまたしてもサラリと言った。
「ヘルゲ、お前ほんとにお見事だぜ?あのホデク隊長が『なんとなく違和感がある』としか感じてないんだ。大丈夫だよ、何もバレてやしないさ。つっても、俺を寄越してカマかけさせるってのはヒデェやり口だと、俺も業腹だったりするんだよねー。つーわけでさ。できたらお前らの家にでも、河岸変えねー?」
リリン、と鈴の音を鳴らして、コンラートはあの日のように笑う。
それは僕がそう思いたいだけなのか、コンラートが何枚も上手なのか。
後者でありませんようにと、僕は何かに祈りたくなった。