345 保護対象者 sideアロイス
窓から中を見ると、部屋の奥の方にいるひとりの男の子…たぶんトビアスは、ガードの結界に守られていた。目標のうちの一人は…方陣なのかな、妙にカクカクした多角形が描かれた紙へマナを流したり、お札みたいなものをべちん!とガードに貼り付けては、その効果のなさに悪態をついている。まあ、普通の結界じゃないからねえ。
しかしさすがにニコルの守護ではないからなのか、呪術師と思われる一人が放つ魔法にトビアスは苦悶の表情を浮かべていた。額には黒い染料で何か描かれており、そこに一匹の蟲が張り付いている。その蟲へ向かって、呪術師のマナは注がれているようだった。
精神汚染系の呪術だね、急がないと。
ゲートを開いて中に…と思ったけど、何か結界があるようでうまく空間が歪曲できない。仕方ない、透明化解除。ヘルゲへ接続し、ガードに頼む。
「ランスで結界ごとぶち破っちゃって」と言うと、ガードはうきうきしながらランスモードになる。ドッガァ!!と壁をぶち破り、驚いた呪術師どもに向かって駆け出した…が、少し走ると唖然とする事態になった。
速攻で意識を刈り取ろうとした呪術師も、お札をべちべち貼っていたやつも…僕が近くへ行ってぶっ飛ばそうとする前に左側の壁へ盾形状のガードが掻っ攫ったからだ。
あら…先を越されたね。アルかな?素晴らしい~。
「ぐ…くそ…」
「あれ、意識あるんだ?あの子に何をしたんだ?お前らの目的は?」
「…」
「ま、しゃべるわけないよね~。でもしゃべらないと…お前らの『大事なものが無くなるよ』?」
『大事なもの』に意識が向いた瞬間、誘導型狂幻覚を掛ける。呪術師ともう一人は真っ青な顔をして「うああああ、待て、待ってくれえええ!」と叫び出した。
「お前らにも大事なものはあるんだねえ?でも人様の大事なものを踏みにじって生きてるんだ、お前らが踏みにじられたって…文句ないだろ?」
「た…頼まれたんだ!そこの小僧に…オリジナル魔法を作らせろと!」
「誰に頼まれた?」
「知らない!俺たちは斡旋されただけで…知らないんだ!」
「そっか。で、あの子に掛けた呪いは何だ?」
「催眠だよ!」
「催眠をかけて、どんな魔法を作らせるつもりだった?」
「そ…そこにある!俺たちは魔石なんぞ使わないから、中身は知らん!」
「ふーん…もう一度聞くけど…依頼主は誰だ?依頼主のことを話さないのが裏仕事での美徳なんだろうけど…僕にはその美徳、通用しないから」
「…だから…し、知らぎゃあああああああ!!」
呪術師たちの体を押し付けていたガードがフッと消え、ズリ落ちそうになっていたから氷で首から下を支えてあげたのに。うるさいから、遮音結界で覆っちゃえ。
「…トビアス?大丈夫かい?」
「う…だ、だれ…」
「アルの家族だ。助けに来たよ、もう大丈夫」
「ろ…ろっほす…しんじまう…ぱうら…」
「大丈夫だよ。…ちょっと待っててね、その蟲を取ろう」
ニコルへ接続。精霊で取れるかな…この呪術、精神汚染なしで外せる?
( 是 )
精霊がトビアスを包み込むと、蟲と黒い染料はパキ、パリ、と崩れるようにヒビが入って消えていった。彼を拘束している縄を切り、顔を覗き込んでみる。脂汗をかいてはいるけど…うん、目の光は消えてない。
「…トビアス?」
「あ…アルの…家族?そうだ、ロッホス!あいつボコボコに殴られて…!それとパウラ…女の子が捕まってるんだ!」
「大丈夫、仲間が救出してるから落ち着いて。とりあえず君だ、何をされたか覚えてる?」
「たぶんヒュプノ系の呪術を使われて…あの魔石の中に指示が入っているから、魔法を作れって…んで、イヤイヤ魔石の中身を見たら『なるべく多くの人間を殺せる魔法』としかメッセージが入ってなかった。冗談じゃねえって突っぱねたら、さっきまで頭ン中を蟲が這い回るような魔法、使われてて…」
「そうか…よく耐えたね。歩ける?」
「大丈夫、歩ける。俺、ロッホスとパウラのとこに…」
「ちょっと待ってね…『アロイス、クリア』…ん、他も大丈夫だ。行こう」
こちらへやってきたコンラートと会い、アルノルトとロッホスが要救護状態と聞く。トビアスは真っ青になり「アルノルトまで捕まってたのか!ケガしてるんですか!?」と焦り始めた。
コンラートに氷漬けの呪術師とお札男の捕縛を任せ、二人のケガ人の元へ行く。そこにはフィーネと、たぶんパウラという女の子がいた。フィーネはニコルへ接続して守護でケガ人を運ぼうとしていたらしく、乳白色の担架が二人を乗せて浮いていた。トビアスに気付いた女の子は、ぼろぼろと泣きながらこちらへ走ってくる。
「ト…トビアス…トビアスぅぅ!」
よろめきながら、躓きながらトビアスへ抱きつき、トビアスも「お前、何もされなかったな?…よかった…」と抱き返している。
フィ「アロイス、軍への犯人移送と証拠品の押収はコンラートが引き受けてくれる。ぼくらはイグナーツさんと今後のことを話した方がいいね?」
アロ「そうだな、とにかくこの二人を治癒院へ。イグナーツさんに手配を頼んでみよう」
僕らは第二へゲートを開き、移動魔法に目を丸くしているトビアスとパウラへ「ま、これも後で説明するから」と宥めながら移動した。
*****
イグナーツさんの計らいで、治癒院ではなく懇意にしている優秀な治癒師をフォルカーの自宅へ呼び寄せてくれることになった。アルノルトとロッホスの外傷はすぐに治ったけど、二人ともかなり失血しているのでしばらく安静。造血魔法はゆっくり効かせるしかないので、数日は寝かせておいてくれと言われた。
フォル「…じーさん、『取引』させてくれ」
イグ「…内容に依るだろ」
フォル「さっきフィーネさんが言ってた第三の件…詳細を教えてくれ。あと、じーさんの持ってる人脈、貸してくれ。俺から出せるのは俺自身と…これから緑青でこんな事件を起こさせないように全霊かけて臨むって誓いだけだ。でも…俺は友達がこんな目に遭うのはもう耐えられない」
イグ「頭に上った血を下ろせ。ヒヨっ子に何ができる?ワシの人脈があろうが手腕があろうが関係ない。どんなに警戒体勢を強化しても、その隙を突いてよからぬ魔法を作らせようとする輩は後を絶たん、緑青はそういう街だ。だからこそ彼らのような特殊部隊が存在する」
フォル「…っ」
…フォルカーは僕らが戻ってきた時、アルノルトとロッホスの酷いケガを見て血の気を失い、トビアスとパウラを抱き締めて震えていた。友達思いなんだろう。自分が何もできなかったと思って、何かせずにはいられなくて。
彼らをこのまま緑青へ置いておくのは危険だ、わかってる。トビアスがまた誘拐されたら。安静が必要で動けないアルノルトやロッホスが狙われたら。犯人と接触したパウラを人質に取られたら。
アロ「灰猫全員…任務中以外の者へ会議通信。彼らをうちで保護したい。どうだろう」
ほぼ全員から「いいんじゃねえの」とか「必要だと思う」などの賛成意見が入る。ヘルゲもエレオノーラさんへ許可を取っておくと言ってくれたし…なんとかなるかな。
アロ「イグナーツさん。僕らはこれから誘拐犯を締め上げて黒幕を突きとめる作業に入るでしょう。その間、フォルカーを含む5名を軍の極秘施設で保護します。ご家族や学舎などへの手配…お願いできないでしょうか」
イグ「そうだな、そうしてもらえると助かるが。フォルカーまでいいのか」
アロ「フォルカーもこの4人と懇意なのは知れてしまいます、人質の価値ならイグナーツさんの孫という時点でも最高ランクになってしまいますよ」
イグ「了解した。ところでな、ワシにさっさと秘匿魔法を掛けてくれんか。その移動魔法と通信技術…欲しくて欲しくて喉から手が出そうで辛いわい…」
フィ「イグナーツさん、お気遣いいただいて本当に申し訳ないです。これが広く民へ還元できれば良いのですが、現状は悪用されるだろうとしか思えず…魔法部にも伝えられないのです。緑青へ貢献できなくて、すみません」
イグ「ふん、娘っ子が何を遠慮しとるんだ?お前はワシの親族だ。甘えるのは特権だと思えばいい。後の事は任せておけ、ワシの伝手で急きょ魔法部へ特待生扱いの留学とでもしておくからな。各研究所と学舎へも、他の被害者が出ないように警戒態勢を敷いておこう」
僕らはイグナーツさんへ深く頭を下げ、秘匿魔法を掛けさせてもらった。ニコルが守護でケガ人を運び、去り際にイグナーツさんへ元気に言った。
ニコル「イグお爺ちゃん、またね!お料理たくさんありがとう~、今度ヘルゲとスザクも連れてくるから~」
全「!?」
フォル「…ニコルさん、待機中にヒマだからって言ってじーさんと話してて…あんなじーさん、俺見たことねえよ…もうメロメロ。パーティー用に準備してあった山盛りの料理、なんか白くてポヨポヨしたやつを呼んで移動魔法でどっかに持って行かせてましたけど」
アロ「ニコル~、ちょっとおいで?」
ニコル「はーい、なあに?」
アロ「…イグお爺ちゃんから、どれだけ料理をもらったのかな?」
ニコル「あう…えっと…いっぱい?」
アロ「僕らが任務中に、おいしいものいっぱいもらったんだね~。どれが一番おいしかった?」
ニコル「あのね、ケーキが蜂蜜使っててしっとりしてておいしかった!!緑青のケーキっておいしい!」
アロ「そのケーキは誕生日のお祝いに用意されたんじゃないのかな?」
ニコル「イグお爺ちゃんが『あいつら帰って来ても食う気にならんだろ、食え』って言ってくれて~…イターイ!イタタタ!ごめんなさあああい!」
猫の庭へ全員で戻ったら、食堂にはゴージャスな料理と3ピース分は減っているホールケーキがございました。うちの食いしん坊な妹が…すみません…