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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
未来へ続く虹
345/443

344 水魚之交と器械武術 sideフィーネ&コンラート







【 side フィーネ 】





赤やピンクのハートは、実験場裏手からふわふわと立ち昇っていた。その可愛らしい見た目とは裏腹に、悲痛な、必死に仲間の無事を祈るようなマナが痛々しい。



フィ『風船を出している対象者を引き受ける』


アロ『了解。僕は呪術師の無力化かな』


コン『俺ァ手当たり次第だ。殺さず、口とアタマが無事ならいいんだろ?』


アロ『もちろん』



それぞれが既に目標へ向かって走りながら、もう余計な会話はない。建物の角を曲がった瞬間に見えたのは、ぼろぼろと泣きながら震える手でクラッカーを起動し続けるパウラの姿。そして…パウラを守る乳白色の結界へ向かって、肉厚で骨も砕いてしまいそうな重量級の曲刀を力任せに振りかぶる大男の姿。


パウラは恐ろしさに震えながらも、まるで仲間を信じる巫女のように地に膝をついてクラッカーを二本抱き締める。懸命に恐ろしい攻撃を仕掛けてくる蛮人を意識から追い出し、ただひたすらに赤とピンクのハートを見上げて風魔法を制御していた。


『ロッホス、死なないで。アル、無茶しないで。トビアス、無事でいて。フォルカー、助けて!誰か、私の友達を助けて!トビアス…トビアスぅぅぅ!』


ぼくはいつも任務中には冷静であれ、と思っているがね。グラオの任務はこんな風に…必死に助けを求めたり、理不尽に蹂躙されようとしている者のマナを見ることが非常に多い。そういう時は優先順位を思い出すのさ、何が一番大切か。


そう、いま、一番はパウラをこの恐怖から解放すること。

そして二番はこの男の脳みそと口を除いた全てを破壊すること。


透明化、解除。

パウラにこれ以上恐ろしいものを見せないように遮光の方陣で覆い、「パウラ、もう大丈夫だよ。そこで少し待っていておくれ」と声を掛ける。


ヘルゲのコングロマリッドを参考に作り上げた、ぼくの接続型複合方陣…紺青の水源の中に仕舞ってある演算補助装置『水魚之交すいぎょのまじわり』を起動。


これはグローブの接続切り替えを圧倒的速度でこなす演算補助装置。魚には水が必要なように。ぼくには仲間が必要なように。


紺青の水源が輝き、湧水はその水量を膨れ上がらせる。そうさ、ぼくは君たちをこうして守れるようにぼくを作り上げた。パウラ、安心するといい。君の大切な友人は、ぼくの仲間が絶対に守る。ぼくの大切なアルも、絶対に守る。だから。




もう、泣かないでくれ。




大男はいきなり現れたぼくを見て、後ろへ飛び退った。そして改めてぼくの体型を見て…フン、と鼻を鳴らす。失礼な男だな、見た目で判断とは三流以下かい。ぼくはハイデマリーさんを真似て艶然と微笑んだ。


「君…痛いのは好きかい?」


発勁による短打でまずは内部破壊。これは君らの祖国の拳打ではなかったかな?カイさんは格闘術にはどんなものにも貪欲だね。おや、口から赤黒い血や吐瀉物とはよろしくない。パワーゲージ調整…ほら、君の顔をとても冷たい水球で覆ってあげよう。大丈夫、鼻から呼吸はできるだろう?水が汚く濁っているのは諦めてくれたまえよ、それは君の薄汚さなのだから。おや、視界が悪くなって、その曲刀は狙いが定まらないようだね?ちょうど良い、それ、いただくとしようかな。やはりオスカーの握力は他の追随を許さないね、擒拿術きんだじゅつの威力が倍増するよ。空手奪器くうしゅだっきとはいかないが…君の関節、外していってあげようね。肩、肘、手首…そうだな、股関節もいいね。お、その曲刀をようやく手放してくれたかい、ありがとう。では良く見えるようにその顔に纏わりつかせている汚水を解除してあげようね。さて、カミルさんの一番えげつな…げふんげふん、素晴らしい技巧を見せて差し上げよう。動脈や静脈はほぼ傷付かないから安心してくれ。その代り…あらゆる毛細血管と痛点を撫でるように斬ってあげるよ。この曲刀は総重量がどれくらいあるんだろうね、まあカミルさんなら問題なく振り回せるけども。


およそ1分間の舞うような蹂躙で出来上がったのは、全身から血が滲んで赤黒い、涙や涎や鼻水を垂らす醜悪な肉だった。これ、パウラに見せたら悪夢にうなされてしまうね。捕縛し、遮光と強化結界の複合方陣で見えないように閉じ込めて…よし、これなら汚物を隠せるかな。




パウラの遮光方陣を解除すると…彼女は起動をやめたクラッカーの棒と一つだけの赤いハートの風船を抱き締め、ぺたりと座り込んでいた。ガードへ「もう彼女は大丈夫…結界を解除してくれないかい?」と言うと、ヴォン、と鳴って結界は消えた。


そっと肩に触れると、ビクッと体を揺らしてから閉じていた目を開ける。ぼくを見ると、口元をわなわなさせて「フィーネ…さ…ん」と呟いて涙がこぼれる。



「ああ、怖かったね…かわいそうに、もう大丈夫さ。よく頑張ったねパウラ、君のおかげでぼくらはこの場所がわかった。ありがとう、よく頑張ったね」


「ふ…ふええ…うああああああん!」



パウラを抱き締め、撫でる。どこもケガはなさそうだ。でもきっと心がケガしている。友達の無事を確認したいだろうと思い、アロイスとコンラートへ短く『フィーネ、クリア』と呟いた。あちらの処理が済んだら、すぐに友達に会わせてあげるから。それまで傷んだ心を涙で洗い流すといいよ、パウラ。








【 side コンラート 】





どうもタンラン式の結界が張ってあるらしいこの建物は、結界というより「マナ遮断」とか「気配遮断」といった方が良さそうな機能だ。くそ、こいつのせいでアルと通信できねえんだな。ニコルへ接続し、精霊にこの結界を綺麗さっぱり溶かしちまってくれやと頼んだ瞬間…アロイスのやつがランスモードのガードで結界ごと壁をぶち破ったようで、ドガン!という音が響く。

…まあいいけどよぉ…アロイスもキレっと乱暴なやり方する時があんだよな。


精霊は残った結界をいとも簡単に溶かしてくれたがよ…俺、くたびれ儲けか?たぶん風船を飛ばした子を外へ出すために開けたであろう大穴を発見。飛び込むと、足元にはボコボコに殴られた保護対象がいる。


…くっそ、こいつら…

トビアスってやつ以外はゴミだと思って扱ってやがったな。俺らが来るのが遅きゃ、トビアスをどうにかした後すぐに殺してたんだろ。状態は…良くはないが、止血してあるしなんとかなる範囲だな。それにしてもお見事に「死なないが一番苦しい」って場所を殴ってやがる。


すまんな、状況クリアしたらすぐ治癒院に連れてってやっからな…頑張れよ。


次のポイントへ移動しようとした瞬間。ゴツい闘気が箱を積み上げてある向こうで膨れ上がるのを感じ、弾けるようにそっちへ走った。


タンランの…器械武術使い!全身暗器のバケモンじゃねえか、くそ!まさかこいつと戦ってんのは。こいつの闘気を膨れ上がらせたのは。





世界の時計が狂ったみてぇにめちゃくちゃな体感時間の中で、守護を手袋のように両手へ展開する。

アルはフェイントをかました後、敵の射線から逃れて魔法を撃った。

俺は、走る。


敵が独特のぬるりとした動きで掃腿そうたいを放つ。靴にも暗器を仕込んでいるに違いない。

避けろ!と思うと、アルは後ろに飛び退る。

俺は、走る。


アルは「いけぇぇ!」と叫び、ガードの結界を目の前の敵ではない方向へかっ飛ばした。アルは、いま、防御手段がない。駄目だアル、お前は暗器使いをわかってねえ。どっからでも武器を繰り出すし、体幹が異様に強ぇから体勢なんてほとんど崩れねえんだ。


そんで…大抵の武器には毒物が塗られている。


俺は、走って…

俺ならここでナイフを投げるというタイミングだと。

俺ならここで「獲った」と思うタイミングだと。


そう思った時にアルの顔面へ向けて守護の手袋で保護した手を突き出し、やっぱり敵が死角から投げていたひょうを掴みとった。



俺が透明化したまま手に持ったものは「身に着けている」と認識され、即座に透明化する。敵は、いきなり消失した自分の武器に虚を突かれて一瞬動きを止めた。


スキを逃すもんかよと思い、反射的に俺が鏢を投げ返そうとした瞬間だった。


倒れようとしていたアルが魔法を撃って…敵の片目を仕留める。


俺は右目を押さえて崩れ落ちる敵から、アルへ視線を移して、その瞳を見た。




敵を討つ。




それだけを目的に、それだけに狙いを定めた、まぎれもない武の男の瞳がある。自分の目の前に、刃があった。眼球を突き抜けて脳髄に届きそうな威力の刃があった。だがこいつは、刃ではなく敵を見たんだ。


俺は無性に嬉しくなっちまったよ。無邪気で素直なこの弟が、この領域まで来てるってことによ。


たぶん出血が多くて貧血気味なんだろう、グラリと傾く体を支えてやって声をかける。


『…ったくよォ…目に刃が刺さるって時によくまあ魔法撃ったなァ?』


まだ敵と戦う気で張りつめたままの弟に、よく頑張った、あとは任せろと安心させた。途端に意識を手放したアルは、首と肩を盛大に血で濡らしながら青白い顔をしていた。守護に「あいつを逃がすな」と伝えて不可視の盾で囲っておく。悪あがきをして鏢を投げては守護に弾かれて茫然とする敵は無視。アルのケガは精霊に止血だけさせて、さっきのボコボコにされた友達のそばへ寝かしてやる。





透明化、解除。


「白縹の瞳を狙う」ってのがどういうことなのか。


お前の心と、体に、刻んでやんよ。





「よぉ…よくも俺の弟…ボコってくれたなァ?」


「て…てメぇ…どっカら出てきタ…」


ズガッ!


「…誰がタンラン訛りできたねぇ声を出していいって言ったよ?今からテメーは息すんのも瞬きすんのも許可なくやるんじゃねえよ」



鏢を撃ち込み返して頭の皮を削いでやったが、さすがにこの程度じゃ戦意喪失まで行かねーな。ふん、どうせその袍の中は山盛りの暗器なんだろ?仕込みすぎなんだよ、服が重さに負けて少し引き攣れてんじゃねえか。いかにも暗器がございますってシワが見えるぜ?


なあ、精霊さんよ。あいつの体中についてる暗器…引っぺがして俺ンとこに持ってこれっか?


( 是 )


バリッ!と服が裂け、ありとあらゆる場所から暗器が飛んできて俺の足元へ落ちた。おーおーおー、峨嵋刺がびし鴛鴦鉞えんおうえつ点穴針てんけつしん匕首ひしゅね…鏢もごっそりお持ちだなァ?


針の類も多い…なんだかなコイツ。暗器コレクターかよ。


自分の暗器でボロボロになった袍を唖然と片目で見下ろした男は、脱兎の如く逃げ…出せなかった。当然だろがよ、不可視で守護がお前と俺を囲ってるっつの。お前は俺を倒さなきゃこっから出らんねーよ?背中、晒していいんか?


匕首を投げる。右肩がダラリと落ちる。


鏢を投げる。左足がガクリとくずおれる。


近寄ってから、ありとあらゆる四肢を動かすための腱をカランビットで切り、質問する。



「これに塗ってある毒物…お前は解毒薬持ってんだろ?それ、飲みてーよなぁ?」



コクコク、と頷く。



「ん~…お、あった。これか?」



コクコク、と頷く。


俺はニッと笑うとその瓶を落とし、ギシャ、という歯の浮くような嫌な音をさせて踏み潰した。バーカ、どうせこういう任務なら殺しじゃねえんだから痺れ薬の類だろが。


そいつは体中から頼みの綱の暗器を外されてほぼ戦意を喪失していた。ちなみに口の中に仕込んでたものも飛び出たもんで、唇が痺れて口がきけなくなってるらしい。それにしても器械武術使いのくせに拳術に自信ねえのか?…あ、片目失くして遠近感狂ってんのか。それに俺が腱を切ったから諦めたんだな。


んじゃ、仕上げだ。


カイへ接続。

俺じゃあ出せねぇ極悪出力の発勁、お見舞いしてやろっかァ。



「この一発…耐えられたら…」


「偉いぞって」


「褒めてやん…よッ!!」



ボッッ


器械武術使いは血反吐を吐いて、気絶した。



「チ、これじゃあ褒めてやれねーな」



やるだけやってから、こいつから奪った暗器は守護に圧壊させて小さな金属のカタマリへ。精霊で薬品を除去してから転がしておく。



『コンラート、クリア。要救護者二名』



軽く報告した後、アロイスのいる方へ向かった。





  

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