342 まもって、たたかう sideアルノルト
冷たい床。氷みたいに冷たい石の感覚が頬に痛くて、目が覚めた。なんか…後頭部がズキズキする。起き上がろうとしたら縄で縛られていて、うまく転がれなかった。
「アル…!」
「 !? パウラ、無事?トビアスと…ロッホスは?」
「ト…トビアスは…隣の部屋に連れて行かれて…ロッホスは、トビアスを殴ろうとした人に体当たりして、めちゃくちゃに殴られて…き、気絶してる…ふ…ひっく…」
反対側に苦労して頭を向けると、ボコボコにされたロッホスが見えた。なんとか体を起こすと、俺も大概という感じだった。殴られた時に流血したらしく、首と肩のあたりはパリパリに乾いた血が付いている。でも少しぬるぬるする感じもあるから…まだ出血してるのかも。拘束は…うん、何も魔法効果のない普通の縄だ。
ちょっと集中して、マナの波を読む。隣の部屋でトビアスは何かをされて必死に抵抗しているようだった。
『くっそ、そんなン作るもんかよ』
『ロッホス…ほっといたら死んじまう!』
『来るな!ンなもん俺に近づけるな!!』
犯人のマナは…気持ち悪い気配に溢れていたけど、なんとか読める…
『ふん、催眠にどこまで耐えられるかね』
『おい、さっきのガキ…なんでいきなり現場に現れた?遁甲の気配を追えるのかもしれねえ…警戒しといて正解だったな、さっさと殺しちまえ』
『ほんとにこいつ、オリジナル魔法が作れるのかよ?』
『知るか、依頼主からこいつが適任だって言われたんだ。研究所はもうガードが固い。学生で出来のいいのを使うしかねえんだってよ。くそ、お荷物三つも引き連れてきやがって…』
…オリジナル魔法を、作らせる?
マギ言語使いが必要だったのか?
それで、優秀なトビアスを…狙った?
ぶわり、と全身の毛が逆立つのを感じる。
俺の友達を?そんなことで?バカなのかこいつら?
殺 し て ほ し い の か ?
ユリウスの黒い心に翻弄された時よりも、何倍も強い怒り…
でも、同時にあの時のフィーネの声も甦る。
『落ち着け、アル。挑発に乗るな』
俺はふっと息を吐き、自分の状態を確認する。
ヘッドセット…不可視にしてあったから、ちゃんとある。
グローブ…ただの防寒具と思われたのか、無事。
ユリウスの指輪もある…武器になりそうなものは…マナ・クラッカーの棒かあ、これじゃどうにもならないな…
ヘッドセットからフィーネへ通信してみたけど…なんだこれ、たぶんタンランの独自の結界でも張ってあるのかもしれない。ザーザー言ってて通じない…
かろうじて、グローブは大丈夫そうだな。
通信のラインよりも太いマナの通り道じゃないと分身を送れないってヘルゲさん言ってたし。でも、少し分身の威力が減衰してる感じはある…
それでも、俺がやるしか、ない。
ニコル姉ちゃんに接続。俺の錬成量じゃ大規模魔法は撃てないけど、これくらいなら。友達を錬成し、精霊にお願いする。「この縄、切れるかな。お願いします」と頼むと、手と足を縛っていた縄がはらりと落ちた。ロッホスとパウラの縄も切り、口に人差し指を当てて、静かに、と合図する。
もう一回精霊に「ロッホスのケガって…治せる?あ、そこまではムリか…じゃあ止血だけでも」とお願いしておいた。
くそ…二人を守りつつトビアスを奪取…武器はないからちょっとキツいけど。
ヘルゲさんへ接続。ガード、俺たちを守ってください。それと、ランスモードで壁に穴でも開けられる?パウラを…逃がしてあげたいけど、やってもらわないといけないことがある。ガードは威力減衰の影響か、4人を守るだけで手いっぱい。壁に穴は開けられても、もしかしたらタンランの結界は壊せないかもという感じだったけど…それでも、いい。
ガードからの応諾を受けて、パウラにそっとマナ・クラッカーを二本とも渡した。
「パウラ、今から壁に穴が開く。そこから外に出て、このクラッカーを起動させてくれる?風船が出て来るから、風魔法でなるべく真上に飛ばして。…できる?」
「う…うん…ひっく…アルはどうするの…ケガしてるのよ…」
「これくらいどってことないよ。そのクラッカーを仲間が見つけてくれれば、必ず助けが来る。だからがんばってくれるよね?俺、トビアスを助けてくるから」
「ダ…ダメだよ、あの人たちすごく強かった!変な体術を使うし、あっというまにロッホスを気絶させちゃったのよ!」
「あは、大丈夫。信じてよパウラ、ね?それより…クラッカーを起動させた後、犯人たちに襲われるかもしれない。でも絶対パウラを傷つけられないように結界を出してあるから。怖がらないで、風船を上へ飛ばし続けてくれる?」
「わかった…大丈夫、頑張るから…アルも死なないで。お願いだからあ…」
「約束する!じゃあ…いくよ。GO!」
ヴォン、とガードがランスモードで出てきてバカーン!と壁に穴を開ける。そしてすぐに盾形状で俺たち4人を囲ってくれた。隣の部屋では、たぶんトビアスの周囲へ急に出現した結界に犯人が驚いてるんだろう、怒声が上がっている。バタン!とドアが開き、タンラン語だか何だかで、壁に開いた大穴を見て叫んだ。
索敵。
屋内に三人、屋外に一人。屋内にいる三人のうちの一人から、すっごい邪悪な気配が溢れてる。呪術師…あいつだ!でもドアを開けて叫んだ後入って来たやつは、一番闘気が強い。武器を持ってない…暗器に気を付けないと。くっそ、最初に呪術師を狙いたいのに!
ふっと息を吐き、奥襟を掴みに行くと見せかけると、袍の袖口を俺に向けて来た。やっぱり暗器だ!
縮地で一気に射線上から逃れ、極小出力になっちゃうけど…ヘルゲさんの精度とマナの拡散威力だけを頼りに中規模魔法の「石礫」を撃つ。脇腹へ命中!でもそいつは少し体勢を崩しただけでヌルリと動き、俺の膝よりも低い姿勢でズイっと接近してきた。そして、回転するように蹴りを放つ。
背筋がゾクリとして、後ろへ飛んで距離を取る。見ると、妙な靴の先からは黒塗りにされた刃が出ていた。
脳が高速で動く。
こいつらを確実に倒す。意識を刈り取るか…本当に殺す気で向かわないと、こっちが…みんなが殺される。考えろ、考えろ、考えろ!
思考を増殖させるかのように、ヘルゲさんの並列コアが動き出す。
ガード…俺が一瞬耐えられれば。こいつの攻撃を躱せれば。
「いけぇぇ!!」
俺に付いていたガードを、盾形状で今出せる最大出力に。奥でトビアスへ催眠をかけ続けていた呪術師と、隣でトビアスを守るガードの結界をなんとかしようとしているやつ。二人を纏めてドッバン!と壁へ叩きつける。圧殺したかと思うほどの出力だけど、そんなこと気にしていられない。
もう
目の前に
袍の袖から射出された鏢が
瞳の、すぐそこに
必死に避けたけど、きっと目から耳まで切り裂かれる。
でも、動きを止めるもんか、絶対に。
そう思って、目の前に迫っている鏢から視線を外す。
敵は、あいつだから。
あいつから目を逸らすな、片目が無くなっても戦える!
行け、あいつを…穿て!
極小の、氷の短剣はキュィン!と音を立てて敵の右目を貫いた。
俺の右目も…
あれ?痛くない。あの鏢はどこいった?なんで?
グラリと傾いた姿勢を立て直せず、スローモーションになったような世界で俺は倒れていき…でも、目は無事で。そうだ、パウラ!屋外に敵が一人いたはずだ、きっと怖がってる。パウラのところへ行かなくちゃ!でも…体の傾きが…くっそ、いま倒れたら起き上がれない気がする。動けよ!俺の足、動け!
ドサ!
『…ったくよォ…目に刃が刺さるって時によくまあ魔法撃ったなァ?』
俺の視界は斜めになったまま、空中で何かに支えられてた。
「…コンラートさん…?」
『おー。よく頑張ったな、あとは任せろ』
俺はなんだか、寒気と眠気に負けて…またしても、意識を手放した。