339 ラック・チェイン sideアルノルト
フォルカーの家はデボラお母さんの家とゲラルトさんの家を合わせたくらい大きくて、すぐにわかった。イグナーツさんをはじめとした親子三世代が住んでいるからここまで大きいらしく、それでも「全員揃うと狭くてさー」とフォルカーは言っていた。
家が見えてきたあたりでフィーネが「アル、ここでぼくを降ろしてくれないならベビードールはなしだ」と静かに言うので、これは本気だと察しておとなしく抱っこをやめました。うう~、だって見たいもん!!
チャイムを鳴らすと、二階から「来たああぁぁぁ!」と声が聞こえる。ドタドタドタ!と数人の足音がして、誰何もされずにドアが開いた。
フォルカーが「うおー、いらっしゃいませ!どうぞ!」とフィーネだけに言い、にっこりと可愛く笑ったフィーネが「お招きいただきありがとう、お邪魔します」と少しだけ余所行きの声で返事する。フォルカーに続いてリビングへ入ると、みんながいた。フィーネは「これ、デボラ母上から茶菓子を預かりまして。皆さんによろしくとのことです」と大福を渡す。
…これ、「嫁の心得」とかいう本の影響なのかなあ…
パウラは「はははは初めまして!パウラ・緑青です…っ!フィーネさんの大ファンです、お会いできてうれしいです…!」と震える声で言い、フィーネは破顔して蕩けながら握手する。そして「おお、こんな可愛らしい子にそんな嬉しいことを言ってもらえるとは。初めまして、ぼくはフィーネ・白縹。そんなに緊張するほどの者ではないよ」と王子様モードになった。
トビアスもロッホスも少し緊張気味に「お会いできて光栄です」とか言いながら握手していた。
ナニコレ、俺の恋人を紹介じゃなくて、俺が有名人を連れて来た付き人っぽくなってない?俺、空気になってない?4人とも俺なんて見てないよ、フィーネしか眼中にないよ。
泣いて、いいですかぁ?
*****
俺がちょっと拗ねていることに気づき、フィーネは俺の手を取って「さ、座ろうアル」と笑った。
…この可愛さには敵いませんね、えぇ。
トビ「…おいアルノルト、お前どうやってフィーネさんをオトしたんだよ…ありえねえだろ、お前がこんなカワイイ人…」
アル「トビアス、史上最高に失礼だなー。努力ですよ努力。トビアスだって努力すればパウラ…んごげ」
トビ「それ以上言ったらアゴ砕くぞ…!」
トビアスに超失礼なことをコソコソ聞かれつつ、カウンターアタックも微妙に不発。知ってますよー、パウラが来るとトビアスがウキウキしちゃうことくらいねー。そのパウラは目をキラキラさせてフィーネに話しかけていて、可愛い女の子大好きなフィーネは鼻の下を伸ばさないように懸命に自分を抑えている。
フォルカーやロッホスはパピィの方陣の話や山津波誕生秘話を聞き出そうと躍起になっていて、フィーネは一つ一つ丁寧に答えていた。
アル「そういえば俺と会う前の話だもんね。ヘルゲさんが戦場に行く時に山津波のアイデアを話してあったんだっけ」
フィ「ああ、そうだよ。ぼくは『土地を丸ごと地すべりさせてしまえば、綺麗さっぱり敵陣を帰国させられると思わないかい?』と言っただけさ。確かに地下で土石流を起こすという案も追加で出したが…何と言っても、こんな夢物語を『それは面白いかもな』と言って本当にやってしまう者がいてこそ実現しただけなのだよ」
ロッホス「うあ…あの規模の魔法を、それだけの会話で?実験もなしに?紅玉って…そんなにすごいのか…」
フィ「はは…まあ、今代の紅玉は演算能力が異常に高くてね。敵の被害予測も索敵もお手のもの、その上マナの錬成量も莫大ときている。君らは山津波の映像を見たかい?」
トビ「いや、図解しか見たことなくて…本当かよって思いながら聞いてたけど」
フィ「おお、それなら丁度いい。監視方陣の映像を見せてもらった時の記憶なので、画質はそんなに良くないけど。良ければお見せしよう」
そう言えば俺も見たことないや。俺はヘルゲさんに接続して大規模魔法を出そうとしてもムリだったからね…あのコングロマリッドとか演算速度とか、俺じゃ飲みこみきれないもん。
で、フィーネの見せてくれた映像記憶ってのが…マジか!?って感じ。
ほんとに、自分の遠近感が狂っていくのが分かる。ミニチュアの模型を動かしてるんでしょ、そうですよね?って脳が誤解したがっているみたいに、いくら目を凝らしても現実感が出てこない。針葉樹の森がゴッソリ浮き上がって、ゾルッとずれたと思ったら…ドバーっと土地ごと流れていく…
これさあ、一人の人間ができることだなんて思わないじゃん?まだ俺はヘルゲさんやグラオのみんなをグローブで体感しているから信じることができるけど。
みんなから乾いた笑いが出始めた頃、姿の見えなかったヘルゲさんらしき人影がドバッと国境線の壁を生成し、さらに土石流の跡を土魔法であっという間に整地するのがゴマ粒みたいに映っていた。それを見てようやく俺たちにも「あ、この人が今のこと全部やったんだ…」と理解できた。
ロッホス「…紅玉、すげえ…つか、その演算能力ってのが羨ましすぎる。俺たちなんて中規模混成魔法の検証に四苦八苦してんのになあ」
トビ「だよなぁ。フィーネさん、紅玉のその演算能力ってユニーク認定されてないの?確か昔、意図的に自分の演算速度を速めることのできるユニークがいて…あ、でも違うか。その人は露草の経理職の人だったんだ…」
フィ「ほう?露草でそんなユニークがいたのかい?それは興味深いね…ヘルゲの演算能力はとにかく特殊だけれども、本人の完全なる肉体的資質と思った方がいいね。魔法能力ではないからユニーク認定はされないだろう」
トビ「あー、そうなんだ…ああ、その露草の経理の人は単純に自分の計算能力を高めたくて発現させたらしいよ。攻撃魔法演算はオペレーティングってことだもんな、目的と規模が違うか…」
…お、フィーネがちょっとウソ混ぜた。
そっか、ヘルゲさんのあのコングロマリッドがバレたら研究材料にされちゃうもんね。トビアスが少しだけマナから思考が読めるってのはもうフィーネに言ってあるから、俺たちはニコル姉ちゃんに接続して思考が漏れることを予防してある。ごめんね、トビアス。
更にフォルカーもフィーネへ一生懸命パピィの話を聞いたりして、すっかり「ユニークと方陣の研究会」をしているみたいになってきた。そしてそのうちフィーネは…それを最初から狙っていたとばかりにすっごいことをパウラに聞き始めたんだ。
パウラ「っはぁ~…すっごい…フィーネさんやっぱり博識ね…あぁ~、私も魔法部狙えば良かったかなあ!このまま緑青にいて第七で研究するだけって、フィーネさんみたいな人と接するチャンスを逃すことになるのかなあ!」
フィ「あはは、そんなことはないさパウラ。お望みとあらば、いつでも魔法部へ通信してくれたまえ。アルの友人はぼくも大切にしたいよ。そういえばパウラはユニーク研究特化型の知識だそうだね?…実は知り合いでねえ、なんとも不思議な子がいて…ユニークなのかそうではないのか判別がつかないのだよ。どうすれば判断できるかねえ」
パウラ「え、どんな子なんですか!?」
フィ「うむ、どうも他人に幸運を呼び寄せるとか…大昔にいた男性占術師に近い能力ではないかと思われるフシがあるのさ。ある人が心神喪失状態に追い込まれそうになった時、その子の声が聞こえて救われた。それ以来その人物は何かと幸運に恵まれてねえ」
パウラ「…いまフィーネさんが言った昔の男性占術師の能力って、運気制御のことよね…でもあれは継続的に幸運を運ぶようなものではないし…そんな風に継続的に幸運を運んだら、術者か対象者どちらかに恐ろしいほどの負荷がかかる。その子と対象者に何も異変はないんですよねえ?対象者はどんな幸運に恵まれてるんですか?」
フィ「ふむ…例えばとてもできないだろうと思われていたことが、周囲の尽力でできるようになったり…外出先で稀有な人物に会うことができて、その人から大事なことを教わることができたりといったことかな。他にもいくつもそういう幸運があるので、偶然とは思えなくてねえ」
パウラ「ねえトビアス。新ユニの匂いがプンプンするわよね」
トビ「だな。ほぼ確定だよフィーネさん。その子、新ユニークだ。そんなの聞いたことない。でも占術関係のユニークに分類されるのは間違いない」
パウラ「これは私の直感だけだから申し訳ないんだけど…考えられるとしたら『幸運の連鎖反応』、ラック・チェインという感じじゃないかと思うなあ。例えば対象者に『この人が幸せになってほしい』と思って能力を一回だけ使う。そうすると、対象者は幸運にも稀有な誰かに会う。でも、その稀有な誰かにとっても、対象者に会えたことは幸運だったんじゃないかなあ。そうやって、幸運が幸運を呼ぶって感じなら、ほっといても無理なくチェインしていく…そんな憶測ならできるんだけど。ん~、占術関係のユニークって、ほんとに検証も難しいからなー!その子に私が会えたとしても、検証方法が思いつかないよお…うああ、もったいなーい!フィーネさんが新ユニ発見者になれたかもしれないのにー!」
フィーネは「あっはっは、確かに難しそうだ。残念だが、その子のことは今後も気にしておくよ」と平気な顔で笑ってる。俺は正直、フィーネの大胆な行動にドギマギしっぱなしだった。もう、どう考えてもルカと俺のことだもんね。でも…そっか、ルカが幸運を呼んでくれたっていうのはきっと間違ってない気がするよ。
ルカのおかげでトビアスたちに会えたし、ミロスラーヴァさんたちに会えたし、ダンさんたちに会えたし、ユリウスたちに会えた。俺…ルカにとんでもなく大切な「至高の宝物」を貰ってるんだ。
大切にしよう。
絶対守ろう。
俺はこの奇跡みたいな繋がりをルカにもらったから、フィーネと今ここにいる。
*****
すっかりフィーネの博識さの虜になったトビアスたちは、俺のことなどそっちのけで楽しそうなディスカッションを延々と繰り広げていた。
フォルカーはパピィの方陣の構造に夢中だったので、フィーネは最後に4人へすごい置き土産をした。
フィ「熱心な君たちにご褒美だ。これはパピィの元になった『フィー』の方陣でね。パピィではブラックボックス化して視えていない部分もフルオープンさ。さて、君たちはこの方陣がどういう構造で、どのような効果を出すために組まれているか解明できるかな?正解を出した者へ…パピィのブラックボックス部分も教えて差し上げよう」
全「うわあああ、マジ!?」
フィ「はは、マジさ。だがこの事は秘密にしてほしいな、パピィの販売権を持つ商会に怒られてしまうからね。あくまでも、学術的興味の高い君たちだからコッソリ教えるだけさ。どうだい?」
全「やりますっ」
トビアスたちは最高のおもちゃを貰った子供みたいに接続型方陣を見て、うおおお!と感嘆の声を上げている。俺は4人に「あのさ、俺たちそろそろ帰るねー?」と言うとがばっと顔を上げ、全員で「フィーネさん、また来てくださいっ!それまでに絶対解明しときますっ」とフィーネだけに挨拶した。
フォルカーの家を、フィーネへの熱烈な見送り付きで出る。第二の敷地も出て街の中心方向へ二人で歩きながら、俺は思った。
お 前 ら 全 員 ぶ っ と ば す 。
俺のことスルーってどゆこと!?
くっそー、もうフィーネに会わせてやんないからなっ!
プリプリしながら歩いていると、フィーネがそっと手を繋いで俺に笑いかけた。
「アル、すまなかったね。彼らも悪気はないのだよ、珍しい人物に会って興奮しただけさ。彼らの友達はアル、君だよ」
「…わかってるけどさー。俺の恋人だよって紹介しに行ったのに、あいつらってばさー…」
「ではお詫びに、今日は抱っこ解禁にするというのはどうだい?…こんなことではご機嫌は直らないかな?」
ちょっと困って首を傾げたフィーネが、少し下から俺を見上げるようにして言った。その一言が脳に届くまで約3秒。
抱 っ こ 解 禁 。
俺はがばっとフィーネを抱っこして、意気揚々と歩き出した。
「イヤッフーィ!!当然今日はこっちに泊まるよねフィーネ!大丈夫、ゲラルトさんのハニー・ディナーからはちゃんと守るからね!」
「な、何と言う急上昇…くそ、効き目がありすぎたか…ッ!この程度でも劇薬になるとはどういう反応値の高さなのだアル!それにぼくは何も着替えを持ってきていない!帰らせてもらうつもりでいたのだよ!そんな事を言うなら降ろしてくれたまえよ!」
「大丈夫、大丈夫!着替えもパジャマも不要でしょー」
「 往 来 で 何 を 言 っ て い る ん だ 」
「大丈夫、大丈夫!フィーネは一度言った言葉に責任を持つ人だから抱っこさせてくれるもんね!俺はそんなフィーネが大好きです!」
「ぐぬぬ…」
そこでハッと気づいたようにフィーネが「泊まるとは一言も言っていない!」と騙されずに言った。「それもそうだね…」と返事するとフィーネは大人しく抱っこされてくれた。
でも次の日の朝、「君はこんな卑怯な手をいつ覚えたのだ…!」とグッタリして結局帰れなくなったフィーネに少し叱られた。