338 劇薬バリエーション sideアルノルト
夜、通信で「皆がフィーネに会いたがってたよ」と伝えると、フィーネはニヤァリと笑ってこう言った。
『ほぉ…母上から聞いたが、なかなか美味しそうなマナを持っていそうな4人みたいだね…?それに筆頭研究所の所長ゲラルト氏…緑青自治体の実質的トップでありファビアン室長の御父上、第二の所長イグナーツ氏…くっくっく…なんというごちそうだろうね…アルと結婚するとこんな特典もあるのか…』
「うあー、そんな舌なめずりしなくても…トビアスたちは俺がフィーネと結婚するって言ったらすごく驚いててさ。山津波の発案者で、更にパピィの開発者だっていうんで、フィーネって緑青で超が付く有名人なんだって。フィーネは知ってた?」
『うーむ、魔法部ではファビアン室長が騒ぎを多少は押さえててくださったしね…緑青でそこまでとは知らなかったね』
「やっぱそうだよねー?皆、俺がフィーネの凄さを知らないなんてアホだ!みたいな顔するんだもん…俺はもっともっと凄いってことを知ってるっつーの」
俺がブーブー言うと、フィーネはほっぺたをピンクにしながら「うほん…そ、そうかい?」と照れていた。かーわーいーいー!
俺がにへにへしていると、フィーネは気を取り直してもう一回咳払いした。
『ええっと…では折角だし、次の週末はぼくがそちらへ行こうかな?母上にも伝えて、イグナーツ氏やゲラルト氏にも会いたいものだね』
「うは、ほんと?じゃあトビアスたちの予定も聞いておくよ。きっと喜ぶぞー」
通信を切り、帰還日でもない週末にフィーネと一緒だ!とウキウキした気持ちでいっぱいです。皆、フィーネと会ったらどういう反応するんだろな~。
翌日、さっそくトビアスたちに「週末にフィーネと会わせたいんだけどあいてる?」と聞いた。その時の勢いったらなかったね…特にパウラ。
パウラ「ほ、ほんと!?フィーネ・白縹が来るの!?ひゃああ、どうしようっ」
アル「どうしようって…フィーネは普通に優しいよ?大丈夫だよ」
トビ「…そういう問題じゃねえよ。お前、ガブリエラ・緑青とも会ったことあるって言ってたろ?パウラはその二人の大ファンなんだ」
パウラ「なんですってええ、ガブリエラ・緑青…会ったことあるの?ほんと?アルってば羨ましすぎるうう…」
フォル「まあでも、最初にウチのじーさんとかゲラルトさんに挨拶しといた方が無難だろ?第一・第二の順で来てくれりゃあ、俺の家でトビアスたちと待ってるからさ。そこで話してもいいし、街に出たっていいじゃん」
パウラ「賛成!さんせーい!うひゃあ、どうしよう、何を話そうっ!」
アル「学舎でロッホスにも会うだろ?都合聞いておいてくれる?」
トビ「おー、わかった。でもロッホスも何があっても来ると思うぜ?第六の人間でフィーネ・白縹に会いたくないやつなんていねえよ」
結局、その日の帰り道にエクスの前を通りかかったらロッホスと会い、「ぜってぇ行く!」と鬼気迫る返事をもらいました。なんだかなあ…「俺の彼女を紹介するね☆」みたいな雰囲気にならないのはどうしてでしょうか…
*****
週末の朝、お母さんと一緒に第一の正門から入ってきたフィーネを見て俺は涎が垂れるかと思うほど口が開きっぱなしだった。フィーネは落ち着かなさそうな顔をしつつ、すっごく可愛らしいざっくりしたニットにタイツ、ボアのモコモコブーツにファー付きのポンチョという、即死攻撃かと思うほど可愛い格好をして現れた。
「その…アルマがだね、恋人の実家へ挨拶に行くならこれくらい当然だと言うものでね…おかしくないだろうかね…このような格好は慣れなくてね…」
「はっはっは、アルマも粋な計らいをするものだね!うちのアホ親父もアスピヴァーラの伯父上も、フィーネに夢中になってしまうだろうよ。何しろ私の可愛い娘だからね、当然だ!」
「か、か、か、可愛いよフィーネ…どうしよう、道歩いてて変な男に声かけられなかった?あ、お母さんも一緒だったから大丈夫だったのかな?いやダメだよ、お母さんだって美人なんだから、二人だけで道歩いたら危ないよ。猫の庭に帰るまで、絶対俺から離れちゃダメだよフィーネ…」
「…なんだね、アル…そこまで心配しなくとも、グローブなら夏仕様の方を手首に巻いてあるさ。さ、母上行きましょう。お爺様にお会いできるのを楽しみにしていたのですよ、ぼくは!」
アルマ姉ちゃん最高のプレゼントをありがとう!と思っていたけど、兄ちゃんたちの「フィーネの警戒レベルを上げた」という話が急に現実味を持って俺に襲い掛かった。…うおお、絶対フィーネから離れないぞー!
「父さん!入りますよ!」
「あ、お母さん、俺がやるよ」
「ぬ…そうかい?私もそろそろここへ来るたびに血圧が上がるのはウンザリだ。頼んだよアル」
俺はいつも通りの手順で「はちみつは好きですか!」と入った途端に所長室で叫んだ。ゲラルトさんは「呼んだかね?」とすんなり隣の部屋から現れる。俺とゲラルトさんのやりとりを見て、お母さんは「くそ…こんな方法があったのか…」と歯噛みし、フィーネは「ほほう…これはまた、蜂蜜だらけのマナだね…『強制好物』を掛けなくてもここまでなのか…」と、たぶんトロトロのマナでも感じているらしい顔でゲラルトさんを見ていた。
「…こんにちは、私はゲラルト・緑青と言います。お嬢ちゃんは…アル君と同じくデボラに攫われてきてしまったのかな?おうちはどこか言える?私がちゃんと帰してあげるからあんしんごべぁ!!」
「おぉ、先に名乗らせてしまうとは失礼いたしました。ぼくはフィーネ・白縹と申します。デボラ母上には我が子のように可愛がっていただいている者です。今回アルノルトと結婚することに相成りまして、不束者ながら本当の娘になりたいと思って御挨拶に参上した次第。ゲラルトお爺様におかれましては、突然のことながら家族の一端に加えていただくご許可を頂戴できれば恐悦至極であります。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「お…おお…こんな見事な挨拶は受けたことがないよ…ささ、こちらへおいで。そういえば君がパピィの開発をしたと言っていたものなあ、あまりに可愛らしい容姿だから、つい間違えてしまったよ。アル君に続いて二人目の白縹一族にお会いできるのは私も光栄さあ。しかも孫だものなあ、最高だよデボラ。私はこの子たちが家族になるならお前が人攫いでもかまわないという気がしてきたんげぶ!!」
「お母さん、二発までにしとこ?ね?」
「しかしアル…!」
「お爺様と母上の掛け合いは絶妙ですねえ。でしたら母上、アルのやり方を見ていれば良いのでは?母上が美しい手を痛めてしまったらぼくは悲しいですよ」
「あはは…そうだね、お母さんも痛いのは良くないねー。ってことでゲラルトさん、俺のお嫁さん、可愛いでしょ!結婚してこの家の籍に入れさせてもらってもいいかなあ」
「もちろんだとも!フィーネとお呼びしてもいいのかな、いつでも第一へ来るといいよ。時間が出来たら私とも語り合おう、君も秘匿レベルFにしておくから、知りたいことがあればいつでもここの研究員に聞けばいいし!それでだね、せっかくだから白縹と緑青の歴史を突きあわせて古代の歴史を紐解く作業というのもいいと思うんだよねえ。文献はここも多くあるんだけど…」
「ゲラルトさん、それはまた今度ね!俺たちこれから第二にも行かなきゃいけないしさ」
「おお、そうかそうか。今日の晩ごはんはフィーネもぜひ一緒に食べないかね?私の好物を…」
「ううん、あれはフィーネが食べちゃいけないものだからいいや!じゃあ第二に行って来るねゲラルトさん」
「うんうん、気を付けて行っておいで。また来るんだよ、フィーネ」
「はい、どうもありがとうございました。これからも幾久しくお願い致します、お爺様」
俺たちは所長室を出てケージに乗った。一階へ降りたところでお母さんは「…フィーネ、アル…お前たちは最高の長女と末っ子だ…あのアホ親父を手玉にとれる者などいないと思っていたが…」とホロリとしていた。
そのまま第一の敷地を出て、第二研究所へ向かって三人で歩いた。フィーネは緑青の分体検査にも来たことがあるから研究熱病者にも慣れていて、軽やかな足取りだった。でも街中を走るケージはさすがに驚いたらしく、「ガヴィはとんでもないねえ…すばらしい」と目を瞠っている。
俺は第二の私塾ディオでも講義を受けているから、道順は勝手知ったるという感じで到着。でも研究所本体には入ったことがないからね、大人しくお母さんの後をついて行きます。
第一ほど広くはない研究所にはケージがなく、普通に歩いて移動。縦方向のケージ用ランチャーはさすがに存在していたので、4階まで階段は昇らずに済んでホッとした。
所長室はどこの研究所も最上階にあるようで、重厚なオークのドアを常識的な強さでコンコンと叩くお母さんを見て「あ、イグナーツさんはマトモそうだな」と思った。
「失礼します、デボラです。伯父上、入ってもよろしいですか」
「おー、入れ入れ!」
中からヴァイスのお爺ちゃん大佐みたいなぶっとい声が聞こえて、ドアを開けたお母さんが俺たちを促す。部屋へ入ると、これまた大きなオーク材でできた重厚な机の向こうにいたのは白衣を着た細身のおじさん。おお、やっぱりフォルカーに少し似てる!
「伯父上、先日お話したアルノルトとフィーネを連れて来ましたよ」
「おー、二人ともよく来たな!イグナーツ・緑青だ。君らの話はデボラやファビアンからたくさん聞いとるよ。デボラの養子とはなあ!残念だ、ワシんとこで先に見つけてりゃあ第二で確保したのに!」
「伯父上、文句ならファビアンに。フィーネはずっとファビアンの元で働いていたのですからねえ、捕まえ損ねたのを私がいただきましたよ」
「はっはっは!そりゃしょうがないな。ファビアンめ、お仕置きだ」
「はは、ファビアン室長には大変可愛がっていただいておりまして、ぼくは感謝しかございませんよ。初めまして、フィーネ・白縹です。よろしくお願い致します」
「初めまして、アルノルト・緑青です!」
「おー…やっぱいいなあ、白縹ってのは皆感じいいのかい?何度かバルタザール大佐とエレオノーラ中佐にはお会いしたのだが…なんともスッキリした関係でいられる者の多い事。デボラもエレオノーラ中佐とは懇意だったな?」
「ええ、大の仲良しですよ伯父上。私の知っている白縹は皆こんな風に気持ちいいんですよ。だから私は惚れこんでこの子らを迎えたいわけです」
「ふむ…アルノルト君はフォルカーとも仲よくしてくれているんだったな?」
「はい、エプタで出会いまして。彼はすごく面倒見が良くて、俺は頼りにしてるんです」
「そうか、そりゃ嬉しいね。まあ筆頭研究所の未来の跡取り問題が起こるとしても、フォルカーにまかせて丸投げしてしまえばいいよ。君たちが第一を継ぎたければそれも良し、系譜がしっかり残ってさえいれば、ケスキサーリが無くなることもないんだ。ワシとしちゃあ白縹が第一でもいいけどなー!」
「伯父上、それはデリケートな問題でしょうに…まあ、未来のことは未来の人間に任せましょう。白縹にも事情がある、簡単に緑青の重要ポストへ放り込むことは中枢の許可など出ませんよ、そうでしょう?」
「ちぇ…つまらんのう。中枢はこれだからな…」
「何でも面白がらないでくださいよ伯父上。では、私たちはこれで」
「お時間ありがとうございました!失礼しまーす!」
「お会いできて光栄でした、失礼いたします」
「おお、いつでも来なさい二人とも。ゲラルトで対処できないことはワシが引き受けてるからな。頼れよ?」
「はい、ありがとうございまーす!」
俺たちは第二の所長室を出て、フォルカーの家へ行く。お母さんはもう中央へ戻るから、ここでお別れだ。
「…お母さん、イグナーツさんて…すごくしっかりしてるよね。俺、ゲラルトさんしか見てなかったから…そうだよね、緑青一族を纏めてる人なんだもんね…」
「アル、そんなに呆然としないでくれ…なんだか悲しくなるよ」
「ははは、ゲラルトお爺様はあの研究熱でもって素晴らしい成果を上げているのでしょう?そんなにがっかりしないでください母上。なにより母上自身が素晴らしい学者なのですから、何も卑下することなどありませんよ」
「そうだよー、お母さんはすっごいじゃん!俺、魔法部に行ったら毎日お母さんと一緒にお仕事だもんね、楽しみだよ。んじゃ俺たち、フォルカーのトコいってくんね!」
「はは、ありがとう二人とも。トビアスたちによろしく言っておいてくれ。ああ、それとこれ…虎猫亭の大福だよ、みんなで食べなさい」
「うは!ありがとお母さん!いこ、フィーネ!」
俺は第二の敷地内にあるフォルカーの家へ、フィーネと手を繋いで歩き出した。んー、小っちゃくてかわいい手だな。
「…アル、客観的に見てどうだろうね。ぼくは嫁として好印象を残せただろうかね?」
「えー、フィーネそんなこと気にしてたの?意外…俺もイグナーツさんは初対面だけど、いいマナの波だったし…ゲラルトさんなんてフィーネにメロっとなってたじゃん?しかも俺と違って第一の私塾じゃなくて研究所へのフリーパスまで保障されちゃってさー、好印象以上の成果じゃん!」
「ふむ、ならいいね。アルマに嫁の心得などという恐ろしい本を読まされたせいで、少し調子が出なかったものでねえ…」
「ぶ…アルマ姉ちゃん…でもフィーネのこと心配してくれたんだね。だってその服着たフィーネ、超かわいいもん。フォルカーたちと約束がなかったら、うちに閉じこもって触りまくりたいよー」
「 こ れ も 劇 薬 で は な い か ! 」
この寒さの中、もう少しでポンチョを脱ぎ捨てそうなほど焦ったフィーネを宥めて、どさくさで抱っこして歩いちゃいました。
あー…ほんとカワイイ…