334 ノーガード sideヘルゲ
アルの話を聞いて、全員目を丸くしていた。中枢のカリスマ持ちの派閥への招待とはな。アルはその紫紺と、シンクタンクの瑠璃からの話を映像記憶で丸ごと俺たちに見せた。確かに派閥というよりも、ユリウスがアルとこれからも会いたい一心なのはわかるが…
アロ「うー…、こ、これは悩ましい…」
フィ「うむ、ぼくもさっきアルに共鳴して、彼の『中身』を見たのだがね。驚くほど塗り替えられていたよ、黒から白へね。極端な人だとは思うが、また白から黒へ戻る可能性はほぼない。そして…たぶんカリスマ性の強度が上がっている。いや、元に戻りつつあるのかな」
カイ「んじゃヤバいじゃねえかよ。アルの記憶、秘匿が外せなくなっちまうじゃねえか」
コン「そんなことねえと思うぜ、カイ。アルはかなり『戸締り』ができるようになったって言ってたしよ、以前より精神的に鍛えられてるぜあいつ」
ヨア「…私、ちょっとそのクランの情報がないか探してきます。マザーに何か残すようなことはしていないと思いますけど、念のため。紫紺と瑠璃の分体も見てきますね」
ニコル「…ねえねえアル、ずっと守護に守ってもらってるんでしょ?なにか言ってなかった?」
アル「あー…今の白いユリウスに対しては『警戒はしているが、拒絶すべきものは何もない』って言ってたかなぁ。黒い時は心理的にかなり守ってもらったみたいだけど」
オスカー「…なんかさあ、ここまで来ちゃうと『虎穴に入らずんば』って感じだよなあ。秘匿はかけたまま、守護は外して会ってみるのって危険すぎる?」
カミル「だよな、俺もその辺が気になる。友人っつっといてそこまで警戒しないと付き合えないってのはなー」
マリー「私、これはエレオノーラさん案件だと思うわぁ…いくらなんでも中枢が関わるんじゃね…」
アロ「…確かにね。ヘルゲはどう思う?」
ヘルゲ「グラオを守るという観点で言うなら、確かに皆の言う通りの懸念が俺にもある。当然、中佐と母さんにも相談した方がいいだろうな。だが俺個人の感想を言うなら『面白い』だな」
全員が、今度は俺を見て目を丸くしていた。フィーネだけは何となく「わかるわかる」というような顔で頷いている。
ヘルゲ「俺だって警戒はしているぞ?だが、クランの名前がな。そのエルンストというシンクタンクの男、ユリウスは『やると言ったらやる男』だと言っているんだろう?しかも黒かった時のユリウスがだ。あの不安定さでもそれだけの能力があったと言うのが一つ。そしてクラン『ツーク・ツワンク』だ。チェス用語で”相手に悪手を打たせる”ことを言う。要するにユリウスはツーク・ツワンクからステルメイトに持って行って仲間を守るのが定石の闘い方だったんだろう。だが…昨日のユリウスから見た高等学舎の記憶では、ステルメイトにせざるを得ないだけだったよな。では、今日の新長への提案は何だ?自分が恩返しするために金糸雀の里に害を成す輩を、進んで抑えると言い出している。攻勢に転じるつもりかもしれんな。…ユリウスはこれから中枢内で、化けるぞ」
フィ「ぼくも同意見だね。我欲で政敵を叩き潰すというより、自分を生まれ変わらせてくれたものをすべて守る決意が感じられる。どこまで突き進むのかね、と興味深くは思うよ」
アロ「…ちょっと僕、エレオノーラさんとデボラ教授に通信してくる」
アロイスはそう言うと、少し離れた席でミニロイを出している。…そうだよな、あいつにしてみれば決定打がないにも程がある。でかいギャンブルみたいなもんだ、グラオと猫の庭をベットすることなどとてもできない。
アル「なんかごめんね皆…俺って次から次へと厄介事持ち込んでるよね…」
ユッテ「アルが悪いことなんて何もないしー。強いて言えばあんたが良い奴過ぎて、好かれ過ぎるのが悪いってことになるじゃん?そんなんで悩むのはユリウス坊ちゃんと同じっしょ」
アル「…そっか、そういやそうだ。ありがとユッテ姉ちゃん」
アルマ「ほんとだよねぇ。ていうか~…アルってここ最近、妙に大物引っかけてるよねぇ?」
アル「引っかけてるって…アルマ姉ちゃん言い方ヒドい…フィーネに気の多いダメ男って思われちゃうからやめて~、たまたまだよ…」
フィ「そういえば母上から聞いたのだがね。アルの緑青の友人も、どうも只者ではなさそうなんだよ。アル、ロッホスという人物も友人だと言ってただろう。彼は今すごい状況のようだよ?」
アル「うぇ!?ロッホスがどしたの?」
フィ「この数か月で驚異的な成績を出したらしい。現状A+判定とのことだが、C-からの急上昇だからね…君には及ばないが、それでも恐ろしいほどだ。それで彼はエプタでユニーク魔法の構成を研究していくうちに、混成魔法の一つを発見してしまってねえ。混成魔法研究と言えば第六のキルピヴァーラ家だ。というわけで、ロッホス君は第六の私塾エクスへ引き抜かれた」
アルは目が飛び出そうな上、口をパカッと開けたまま数秒停止した。…俺にはいまいちわからんが、アルがここまで驚くなら相当なんだろうな。そうこうしていると、アロイスが通信を終えて戻ってきた。
アロ「…エレオノーラさんは驚きの回答。『アルの好きにしろ』だって。聞いた限りじゃユリウスに『オーディン』とかいう死の神の要素はまるでないって言ってた。エレオノーラさんが言うには、カリスマ持ちの中でも人に死をもたらすタイプをこう言うらしいんだ。そのタイプじゃないなら、アルノルトがこれ以上秘密にするのが辛いって思うまでは普通に付き合っていいんじゃないかって。デボラ教授もそれでいいと思うってさ」
ヘルゲ「…いっそのこと、ノーガードでユリウスに会ってみればいいんじゃないか?俺たちが考えるよりもアルは秘匿に強い。守護はスタンバイ状態という感じで、秘匿情報の公開キーを渡してもいいと思えてきた」
アロ「そうか…そうかもね…あ、ヨアキムが戻ってきたよ」
ヨア「ただいま戻りましたー。えーと、結論から言いますと『ツーク・ツワンク』の情報は皆無ですね。ところが、他の紫紺のクランに関しては情報がぼろぼろ出てくるんです。その紫紺がおバカさんなのか、取り巻きの質がイマイチなのか、どっちかだと思います。なので、逆説的にユリウスのクランが優秀だということがわかっただけでした。まあ、情報戦略うんたらのトップが付いてるんだし当然でしょうね。ちなみにエルンスト氏の情報も、シンクタンクの所属しか明らかにならないくらいでした。徹底してますねえ」
アロイスはスッと考え込むと、何かが吹っ切れたみたいに「うん!」と言ってアルの所へ行った。
アロ「アルノルト、そのクランに入ってもいいと思うよ。僕らにそのクランの秘匿情報を明かす必要もないし、もちろん僕らのことはあっちに秘密ってことになっちゃうと思うけどさ。でももちろん、そのクランに関することで何か困ったら全面的に僕らもフォローする。だから…ユリウスと友達でいても大丈夫」
アル「…いいの?なんか俺に甘い条件だと思うけど」
アロ「いいったらいいの。それと…ヘルゲ、公開キー解除しよう」
ヘルゲ「おう」
アル「…なんか…明日ユリウスに会うの怖くなっちゃうなあ…」
ニコル「だーいじょうぶ!守護が特に何も感じなかったなら、白いユリウスは悪意がないってことだもん」
俺とアロイスはさっさとアルに公開キーを送った。すると一瞬アルが固まって、疑問が解けた!というような顔をする。「あー…こりゃ、俺怒るわ!ミロスラーヴァさんの記憶があの時暴れたんだなー。うん、怒るわけだ」と手をポン!と打っていた。
…ついでにあの新しい禁書の記憶に秘匿レベル10を掛けたい…いやいや、可愛い弟の記憶を勝手にいじるわけにはいかない…しかしアレは…はあぁぁぁ…
俺が溜息をついていると、アロイスが俺をじっと見る。「何だ?」と聞くと、にこやかに笑ってこう言った。
「偉いねヘルゲ。もしアルノルトに許可なく秘匿かけてたら、三代目グラオ王子として特大の額縁を飾ってたところだよ?」
「 !? お、お前まさか…」
ニッコリ
うおおおおおおおお、一生の不覚だあああああ!!