333 ツーク・ツワンク sideアルノルト
ほとんど午後中、どこかしらで誰かが歌ったり踊ったりしていた。結婚を祝うためのカナリアの合唱は10分くらいで終わったのに、それでも足りないとばかりに里の人は陽気な曲を奏でたり歌ったり。誰かの演奏が終われば、誰かの歌が始まる…リレーみたいに続く、高揚した人々の宴。
俺とユリウスは散々踊って、もうダメ!とケラケラ笑いながら噴水のそばで座り込む。ダンさんとエルンストさんが来て、俺たちに果実水を奢ってくれた。バーニーさんは酒場で里の人と気が合ったらしくて、乾杯しながら飲んでる。
ダン「二人とも楽しそうに踊ってたね!ユリウス様上手でしたよ~!」
アル「俺は~?」
エル「アルノルト殿は、上手に跳ねてましたね!」
ユリ「アルノルトは原始的でいい踊りだったね」
アル「二人のオブラートに包めていない言い方がつらい!」
ダン「アルノルト君は運動神経良さそうなのに意外だなあ」
アル「ダンスなんてしたことないよ~。ユリウスはさすがだね、お坊ちゃまだからダンスしたことあるの?」
ユリ「お坊ちゃまだからじゃなくて、紫紺だからです!カリスマ持ちの集まる専門学舎ではそういう授業もあるの!」
アル「へぇ~…さっきのステップ、どうやんの?教えてよユリウス」
ユリ「あれは初心者向けじゃないよ…しかもアルノルトに教えるってことは男同士でソシアルやれってことー?…ヤダ」
アル「エルンストさぁ~ん、俺ねえ実はマナ固有紋で…」
ユリ「さ、アルノルト。まずはステップからかな」
ユリウスにステップを教えてもらいました。
でも俺にはやっぱり無理でした!
あんな早いの、覚えられても実際に踊れって言われたら足がこんがらかりそう…でもユリウスは「少し形になってきてるよ?覚えるの早いね」と驚いていて、少し気分も明るくなってきた。
芝生に座ったユリウスは、はーっと息を吐きながら空を見てボーっとしてる。エルンストさんがそんなユリウスを見ながらニコニコしていた。突然ダンさんが「あ!」と言うのでそっちを見ると、インナさんが皆に挨拶しながらこちらへ歩いて来るのが見えた。
インナ「ふふ、アルノルトさんとユリウス様、随分仲良くなったんですね。私、きっとダンさんが今の映像記憶を撮ったんじゃないかと思って、見せてくださいっておねだりしに来ました」
ダン「もちろん!まだ編集作業していないけど、一番すごいトコ見せてあげますよ、ほら」
全「おおぉぉぉ!」
ダンさんは遠方から撮影する方陣を使って、光る鳥の巣みたいになった里の映像を見せてくれた。やっぱダンさんはすごいなあ!ユリウスはその映像記憶を食い入るように見ていて、ダンさんへ遠慮がちに言った。
ユリ「…あの、ダン殿…もしできたら、編集したら、その映像も…見せてもらえないでしょうか?」
ダン「ええ、いいですよ!」
ユリ「本当ですか!ありがとう!うわあ、楽しみだな…!あ、そうだ。インナ殿、ちょっとお聞きしたいのですが」
インナ「はい、何でしょう」
ユリ「中枢や広報部本部から、無理な注文が来ることが…その、あるでしょう?あれ、止めさせます。その代わり、どういうことを言われると困るのかを教えてください。つまり、カナリアの喉が潰れるのはどういう時なのかを」
インナ「…え?やめさせる!?そんなことが…」
ユリ「やります。でも、カナリアの喉が潰れる詳細な条件がわからないと選別のしようがない。…部族外秘でしょうかね、その情報。無理に話せとは言いませんが、虚偽の歴史を語ると潰れることは知っています。その部分のみで良いなら、何もおっしゃらなくても差し止めてみせます」
インナ「…どうしてそこまでしてくださるんです…?確かに無理なことをおっしゃる方は年に数人いらっしゃいますから、自治体で対処してきましたが…」
ユリ「私はこの里に命をもらった。ご恩返しには自分ができることをしなければ」
アル「インナさん、ユリウスなら信用して大丈夫だよ」
俺は今日ユリウスを見ていて確信したことがあった。悪いけどフィーネにも接続して、覗かせてもらったから間違いない。今のユリウスには真っ黒い穴なんてどこにも見当たらない。あるのは生まれたばかりみたいな、柔らかくて白い心だった。きっともう今のユリウスなら、人の好意がクズだなんて言わない。中空にポカンと浮いている「生首みたいな温かいユリウス」も、もうどこにもいない。
色んな感動を詰め込んで嬉しさで破裂しそうだから、それをくれた人たちに全力でお返ししようっていう気持ちでいっぱいみたいなんだ。
インナ「ユリウス様に『紡ぐ喉』のことをお話するのは問題ないんです。でもその…一筋縄でいくような方々では…」
ユリ「あはは、どうとでもします」
エル「…ユリウス様、そこはきちんとご説明しませんと。インナ殿、ご安心ください。金糸雀自治体に無茶を言って、過去に断られたことのある人物ならリストアップが可能です。また、そういう行動を起こす人物のプロファイリングはものの数時間もあれば出来上がりますから、行動予測をして動きを押さえるくらいユリウス様なら訳もありません。ユリウス様が『やります』と言ってやり遂げなかったことはないんです」
ユリ「そういうことです」
アル「…ユリウス、ほんとにエルンストさんがいないと何もできなさそう…」
…なにこれ。エルンストさんがいきなり本領発揮っていうか、付き人の仮面をちょっとズラして何か得体の知れないものになったみたい。この人ほんとにただの付き人?もしかしてユリウスに苦労しすぎて、こんなにすごい技能を身に着けたのかなー。気の毒…
インナさんはなんだか嬉しそうに「頼ってしまっていいんでしょうか…とても助かりますし、みんな喜びます…」と言いながら、『紡ぐ喉』が潰れてしまうケースの話をしていた。
インナさんがお礼をいいながら帰って行くと、酔っぱらったバーニーさんをダンさんが苦笑して支えながら「僕らも帰りますね、また!」と言って広報部へ戻って行く。
俺はなんだかやる気に満ちた顔のユリウスを見ながら歩いていた。目が合って「なんだい?」というユリウスに、そろそろ仲直り宣言してあげてもいいなって思った。
アル「今のユリウスなら、もう許してあげてもいいよ。意地悪も言わない」
ニッと笑ってユリウスに言うと、なぜかすごいショックを受けた顔をする。
…えー、まさかまだ負の感情をクレとか言う?なんか捨てられた子犬みたいな目をしてるよー!?
ユリ「…アルノルトは、もう私とケンカして…くれないの?」
アル「ケンカする必要があればするけどさー。そうじゃなくて、普通に仲よくするんだよ。俺がユリウスを好きって言っても、もうカリスマのせいだなんて言って拗ねないでしょ?」
ユリ「うん」
アル「ならいいじゃん!普通に好きになっていいなら、俺はユリウス大好きだよ?」
ユリ「…『大好き』がこんなに嬉しいの、久しぶりだな…」
アル「昨日は『大好き』で絶望してたもんねー」
俺たちは笑いながら宿への道を歩く。里の人が会釈してくれるから、俺たちも笑って会釈したり手を振ったりする。ああ、今日は一日すっごく充実してた気がする。
宿の近くまで来ると、エルンストさんが「もしお時間よろしければ、ちょっとお話させてもらえませんか?」と言う。もちろんいいよー、と言いながら二人が宿泊している部屋のリビングに来た。
エル「ユリウス様のこと、ありがとうございました」
アル「うぇ!?えっとその…俺、ユリウスとケンカしただけだよ?ねえユリウス」
ユリ「あはは、やっぱエルンストさんにはわかりますかー」
エル「当たり前でしょう。こんなユリウス様は見たことがありません。ですので…よろしいですよね、ユリウス様」
ユリ「もちろん。それこそ『当たり前』だね」
エル「アルノルト殿、あなたのことはシンクタンクでも有名なのである程度存じ上げておりました。改めまして、私は瑠璃シンクタンクの部族戦略研究室及び情報戦略研究室を預かっておりますエルンスト・ガイガー・瑠璃と申します。こちらのユリウス・ファルケンハイン・紫紺様を中心としたクラン『ツーク・ツワンク』で筆頭秘書をさせていただいております。クランというのは聞いたことがありますか?」
俺はいきなりのゴツい自己紹介にポカーンとしてしまい、エルンストさんの質問にすぐ答えられなかった。えっと…クランっていうと、一族とか一門とか…モゴモゴとそんな風に応えると、エルンストさんはニコリと笑う。
エル「ええ、言葉の意味は合っています。ただ、ツーク・ツワンクはユリウス様の志を叶えるための『派閥』もしくは単純に『仲間』と考えてくださればよろしいかと。私どもは、あなたをツーク・ツワンクにお迎えしたいんです」
アル「…えええぇぇぇぇ!!何言ってるんですかエルンストさん!俺、政治なんてこれっぽっちも!!それに魔法部に内定してまして…っ!」
ユリ「あはは、違う違う。政治家になれって言ってるんじゃないんだ。要するにね、会員制のクラブみたいなもの。ツーク・ツワンクにはいろんな人材がいる。別にどこかにアジトがあったり、そこに来て仕事しろって訳じゃない。私のやりたいことに、力を貸してくれる人々のことをまとめてクランと呼んでるだけ。アルノルトにも、別に私の部下になれなんて言ってるんじゃないんだ」
アル「え…俺、何を要求されてるの?」
エル「こんな大仰な自己紹介をされてはビックリしますよね、すみません。アルノルト殿にお願いしたいのは『ユリウス様の友達』です。まあ、こんなクランに入らなくても、頼まれなくても友達だって思ってらっしゃるとは思いますが。…中枢議員、特に有力議員になればなるほど、周囲からは動向に注目されるんです。ユリウス様がこれから議会で台頭していけば、気軽にあなたに会うことも難しくなるでしょう。それを避けたいだけなんですよ」
アル「…クランに入れば、ユリウスと会えるってことなの?よく、意味が…」
ユリ「私と会いたければ『政敵に勘ぐられずに、会うのが必然』という状況が要るから、クランの横の繋がりを利用するってことなんだ。…すまない、そうしないと足元をすくわれるような世界にいるもんでね。面倒かもしれないけど、私もこれきりアルノルトに会えないのは…イヤなんだ。だから、その…会おうと思えば会える友達でいてほしいから、できればクランに入ってください。アルノルトに何かやらせるとか、無理強いするなんてことは、絶対しないから。逆にクランがアルノルトの力になれるなら、どんどん協力する。だから…」
アル「んっと…す、少し考えさせてくれる?いきなりで頭がぱんぱんだよ…明日の朝、必ず返事するから」
エル「もちろんです。アルノルト殿には急な話ですからね。もしツーク・ツワンクに参加してくださるなら、マナ固有紋を専用端末に登録します。そのシステムに連動した魔石の付いた指輪をお渡ししますので、それでクランの者を識別できるんです」
アル「…ねえ二人とも…思いっきりそんな内密の話を俺にしてもいいの?俺が誰かに話したらヤバいでしょ?」
エル「私たちは毎日のように政敵と切った張ったの世界に生きております。信用できる人物かそうでないかは直感勝負。もし裏切られても、それは自分の不明が原因なんですよ。ユリウス様をここまで変えた人物を、ツーク・ツワンクに誘わないという選択肢はありません。それと…中枢に於いて自分の家名を名乗ること自体が一つの信頼の証でもあります。アルノルト殿の信頼する人物にクランに誘われて悩んでいるということを言うのはかまいませんよ。まあ、宣伝されたら本気で困りますけどね」
あはは、といつものように少し困った顔で笑うエルンストさん。…これ、結構本気のお誘いなのはわかってる。でもクランと言うなら…俺、まさに『クラン猫の庭』のメンバーだもん!二股かけてるみたいでなんかヤだ…!クランなんかに入らなくても、ほんとは移動魔法とか通信機が使えればヒョイヒョイ会えるし通信もマザーに気付かれずにできちゃう。でもそれは絶対ユリウスに言えないしいいい!
うん、みんなに相談しよう。ここでユリウスと連絡がとれなくなるのがイヤだからって軽々しく決めちゃダメなのはわかってる。それにもし移動魔法で会いに行けたとしたって、ユリウスの活動の邪魔になったらいけないもんね…
アル「…あの、ちゃんと真剣に考えます。ユリウスは明日何時に帰るの?」
エル「たぶんお昼頃でしょう。移動魔法の予約時間が朝9時ですから、調整に三時間は見ていいでしょうね」
ぶ…調整に三時間…気の毒すぎる…!!
明日の朝9時にはここへまた来ますと言って、部屋を出た。
…クラン…きっと紫紺の覇権争いをする人たちには当然の組織なんだな…エルンストさんだって、シンクタンクなら研究所?みたいなとこに入りびたりなのかと思ったら、自由自在にユリウスのために動いてる感じだし。偉い人だから、なのかなあ。うあー、これ…いいんだよね?グラオの皆にナイショなんて有り得ないもん、言っていいよね?
ごめんねユリウス、相談する相手が軍の特殊部隊だなんて申し訳ないけど…でも皆は俺の家族なんだ。家族に相談は、します。俺は宿の部屋で、フィーネへ通信した。