33 教導師の悩み sideアロイス
「『お前の真価はそこにはない。用意された母の轍に舵を取られるでない。お前の舵はお前が切れ。輝る水ならいつかわかる』…ね」
アロイスは教導室で、ニコルからのメモを見ながら嘆息した。
(僕ならわかるって?おじいちゃ~ん、僕まだ教導師3年目のひよっ子なんですけど?買い被りすぎでしょ…いやいや、思考を放棄しちゃダメだな…うん、僕は『ニコルの兄7年目のベテラン』だ!しかも『変態魔法使いのお世話係7年目のベテラン』!…あれ、なんか哀しくなってきたぞ…)
不可解な謎文章と盛大に脱線する思考を持て余しながら、とりあえず内容を整理していく。
(収束に失敗した、と相談したらコレだったんだよな?だとしたら、ニコルが収束を苦手とする理由は、ちゃんと存在するってことか…『母の轍』…マザーの轍?マザーがニコルに何かやってるのか?…いや、ヘルゲはそういうことをさせないために今頑張ってるんじゃないか。何かやられてたら、ヘルゲから注意喚起くらいあるだろ)
ここまで考えて、切り上げる。ニコルを見守るため、ヘルゲのサポートをするために一番いいと思われるポジションで、なおかつ後続の「海持ち」を発見しやすいであろう「教導師」だが、一人の生徒にだけ時間を費やすわけにいかない職業でもある。
(ん、テオもヴィムも順調っと…海持ちってほんとにいないみたいだな…それに教導師になってわかったけど、ただダイブの記録を見ただけじゃニコルが海持ちなんて察知できない。せいぜい片付けが妙に苦手とか、修練に忌避感があるってとこしか差異が見つからないもんな。それに『真の望み』が必ずいると仮定しても、海持ちが自ら申告しなければその存在もわからない)
(母の轍、かぁ…こりゃやっぱりヘルゲに相談だな。あいつ同じ海持ちだけあって、おじいちゃんとかニコルの話を直感で理解することがあるからな…)
結局思考がニコルのことになってしまったことに気付き、自分も大概だなと苦笑する。そこで、教導室にユッテがやってきた。
「アロ兄~、相談あるんだけど!」
「ユッテ、ここでアロ兄はないでしょ~。苦労して教導師になったんだからさ、ちゃんと先生って呼んでよ」
「いいじゃない、アロ兄は先生ってガラじゃないわよ。ねー、ハンナ先生!」
アロイスの4つ年上のハンナ教導師に同意を求めるユッテ。
「まあねぇ~、このヘラッとした優男が教導師とは、いまだに慣れないわよね」
辛辣な言葉を吐きながらくつくつと笑うハンナと、ニヤリと笑うユッテ。
この二人はアロイス弄りで馬の合う姉妹のようだ。
「ちょ…ハンナ先生もユッテもヒドいなぁ~。んで、ユッテどしたのさ?」
「あー、ニコルなんだけど。ヘルゲ兄とアロ兄、あの子に隠し事でもしてる?たぶんそれに気付いてヘコんでるよ?」
「おー…気付いたニコルもすごいけど、そのニコルに気付くユッテも最高。よくわかったね?」
「おだてて情報引き出そうとか煙に巻こうとか、その手には乗らないっての。別に隠し事するななんて言わないけど、アロ兄ならもっとうまくやれるはずじゃん。…あ、ヘルゲ兄の様子で気付いたのかな?」
「おー、ますますスゴいねユッテ」
笑顔で小さく拍手すると、ハンナ先生も入ってきた。
「…まだヘルゲは調子悪いの?もう三年経つのに」
「そうですねぇ、多分にストレスもあるみたいですよ、軍では。無理やりにでも話さないと報告すらままなりませんしね。あいつは思考に没頭するタイプですから、村でリラックスしながら黙々と研究するのがベストのバランスみたいですね」
「ニコルとおんなじね!ニコルはぬいぐるみでホッとするけど、ヘルゲ兄はニコルでホッとするんじゃない?妹離れできてないな~」
「まあ、研究者タイプってどっかしら変てこなトコあるって。ヘルゲも変人の代表格みたいなもんだしね」
「「ああ…まあねえ…」」
うっ痛いとこ突かれた…と思いつつ、対外用のヘルゲ像でお茶を濁す。
「まあ、単純に最近ヘルゲの研究が行き詰ってるみたいであいつも考え込んでることがあるんだよ。たぶんニコルはそれを心配してるんだろうから、僕から言っておく。ありがとうね、ユッテ」
「んー、わかった。そういうことならいいんだけどさ。んじゃ、おじゃましました!」
さっぱりとした笑顔で教導室を去っていくユッテに、知らずアロイスも笑顔になる。ニコルはいい友達がいる。
「いい組み合わせよね、あの子たち三人は。アルマは思いやりがあって優しいし、ニコルはおおらかで素直。ユッテが足りない部分をフォローしながらうまくまとめてる。『妹』さん、安泰じゃない?」
「まったくですね~、一番の問題児が兄ってのも情けないことですよ」
「ほーんと、兄二人がこんなんじゃ、ニコルがかわいそうよ。少しは信用してほんとのこと話してあげたら?女の子の成長は早いし、勘も鋭いわよ?」
「…厳しいな~、ハンナ先生…」
カラカラと笑いながら自分の席に戻っていくハンナに苦笑いする。
(ひゅー、怖ぇー!教導師ってほんとに心の機微に敏い人が多くて気が抜けないよ…たぶんここで誘導声弾あたり使ったら、すぐバレるもんな。…地力の話術で勝負とか、なかなかキッツい。少しの情報で何かを掴んじゃう人ばっかりだ)
(…人材が、ほしいなあ…ヘルゲはマザーの内側から軍や中枢を視ている。それは得難い情報だし、重要なんだけど。軍をその目で見て、五感で中央の空気を感じる位置に人が欲しい。諜報部レベル…無理だよな~!)
(ニコルはおじいちゃんとの対話にまだ齟齬がある。でも、完全に意思疎通ができるようになったら?ニコルは大化けするんじゃないかな…そんな気がする。その時に、ニコルを理解して支えてくれる人が欲しい。たぶん二人のバランサーでもある僕には、支えきれないところが出るはずなんだ。)
(そして、僕の補佐…というか、白縹の村の中だけでもいい、自由に動いて僕らの動きを悟られないよう陽動したり、煙に巻けるような人物。…あー、贅沢言うとキリがないな)
さすがのアロイスも、この三年で人手不足を痛感していた。
それぞれの役割に適当な能力のある人物はいても、この話を持って行ける人物かどうかが高い壁だった。そして何より、ヘルゲは誰も巻き込みたがらない。
それでも、きっといつか誰かを頼らなければ『実行』に移せない事態になるだろう。
そう思い、そろそろヘルゲにもこの話をしなければ、ニコルにどう話そうか、と悩みが尽きないアロイスだった。