327 金の小鳥の住む処 sideアルノルト
翌朝、俺はまず広報部へ行った。気になっていたんだ…バーニーさんはユリウスに一度会ったことがあり、彼のことを「かなり強力なカリスマ持ち」と言っていたからだ。今のユリウスは、そりゃ会う人皆が思わずほっこりしちゃうような話術とか嫌味のない人柄が好かれてるけど、強力ってわけじゃない。もしかしてバーニーさんが会ったのは子供の頃のユリウスなのかなと思ったんだ。
「そうだよ、彼が子供の頃に取材へ行った。よくわかったね」
「うん、昨日あれから宿で話したんだ。子供の頃のユリウスってそんなにすごかった?」
「ああ。俺は数十年に一度の逸材と言われていた彼に会いたいと言って、渋るユリウス様のご両親をなんとか説得して会った。将来すごい政治家になりそうだったからさ。…でも、酷い有様だった。たぶんカリスマ性が強すぎて軟禁された直後だったと思うんだけど…家庭教師は泣き腫らした目をして授業をしていたし、両親もげっそりしていたし、本人は呆然としていた」
「…家庭教師が泣いてたの?確かカリスマ持ちって…」
「カリスマ持ちって言ってもさ、歴然とした力量差だったんだ。ユリウス様の境遇に同情して、両親をはじめとした屋敷の人々は皆が病気みたいになってたよ。俺も当然影響された。本人は呆然としててロクに話もできなかったってのにな。大した収穫もなかったけど、彼を見ていたら胸が潰れるような気持ちになって…すごすごと屋敷を出たよ。彼があんなに穏やかな人になっててよかった」
「そうなんだ…バーニーさん、教えてくれてありがと!」
バーニーさんにお礼を言って、次はダンさんのいる編集作業室へ行く。昨日の顛末をざっくり話すと、びっくりしながらもダンさんは笑い出した。
「はは…あはは、そうだった。アルノルト君てそういう感じでスパーン!と道を切り拓いちゃうんだよね!あはは、そうだった!」
「ダンさんにはそう見えてるんだ?実際はヨレヨレだと思うけどなー。まあそんなわけでさ、俺は本日ユリウス更生の監視員になってきます!そんでね、これはまだ俺の憶測なんだけどさ…もしかしてユリウスがほんとにまともな精神状態になったら、とんでもないカリスマ強度になるかもしれない。だから気を抜かないでねって言おうと思ってさ。ユリウスも根が良い人なのはわかってるけど、なんつっても変態さんだからさぁ~」
「ぷ…昨日と打って変わって強気だねアルノルト君。ユリウス様をつかまえて変態呼ばわりかぁ~…ぷぷ…僕には君が世界樹の邪悪な竜退治をした勇者みたいに見えるよ」
「竜退治のご褒美にパウンドケーキで満足できる俺って…でもおいしかった…」
ダンさんに「道を切り拓く」なんて過大評価を貰ってるのがなんだかくすぐったくて、ニヘニヘと笑いながら広報部を出てユリウスの宿へ向かった。えーと…うん、まだ宿にいるな。
「アルノルト殿!おはようございます!」
「おはようございますエルンストさん。ユリウスはまだ部屋にいますか?」
「ええ、寝坊なんて珍しいんですよね…ユリウス様は眠りが浅くて、いつも朝は早いんですけど」
「えー…つまんないなー、起こしちゃおうかなー。お昼になっちゃうよ」
「アルノルト殿ならいいと思いますよ。昨日、嬉しそうに『アルノルトとケンカ友達になった』って言ってましたし」
「ぶあっは!やっぱ変態じゃんユリウス!あ、エルンストさん、あのね…」
俺はゴニョゴニョと「マナ固有紋でユリウスを探せる」ことをエルンストさんに教えておいた。それと今日は俺がユリウスを監視する約束になってるから、宿でゆっくりしてていいよと伝えると、エルンストさんは感激していた。へっへっへ、ユリウスのイヤなことをするのが俺の使命でっす!
ではユリウスの部屋へ侵入~!さすがに中枢の紫紺様が泊まる部屋は豪華で、一緒に仕事をするエルンストさんとユリウスは共同リビングを挟んだそれぞれの寝室で寝ているそうで。そーっとユリウスの部屋を覗いてみると、これまたお人形さんのように綺麗な姿勢で寝ているユリウスがいた。…俺なんて朝起きると布団を足に挟んでたりするけどなー。
いそいそと遮音方陣を展開し、拡声方陣の魔石を持ち、すーっと息を吸った。
『ねぼすけ変態ドMユリウス、起きろぉぉぉぉ!!』
「うわあ!」
がばっと布団を跳ね除けたユリウスは何が起きたのかわからずにキョロキョロして、俺を見つけた。
「もうお昼になっちゃうよ!つまんないから起こしに来たよ!」
「え…昼?え?なんでアルノルトがいるの…」
「いーから早く顔洗って!着替えて!うわ何そのパジャマ、シルク?紫紺様は寝る時もオサレだねー」
「…起き抜けでこんな最低の気分になったことはないよ、アルノルト…」
ブツブツいいながらも顔を洗いに洗面所へ行ったユリウスは、なんだか変な顔をしながら戻ってきた。
「ねえアルノルト。私はこんな顔してたっけ?なんか…変な感じなんだよね」
「…自分の顔忘れちゃったの?デコピン強すぎたかな…」
「そうじゃなくて…まあいいか。え、もう11時!?嘘だぁぁ、3食も食べ損ねてる!」
「…カウントおかしいよユリウス。食べ損ねたのは昨日のパウンドケーキと朝ごはんだけだよ」
「じゃあ3.1食じゃないか!」
「え、パウンドケーキって0.1食換算?ナニソレ」
「不覚…今朝はブリヌイとソバのカーシャとカトレータを絶対食べようと思ってたのに…なんでこんなに寝ちゃったんだろう…」
「…お昼に食べればいいじゃん…ユリウスってほんと食いしんぼだね」
「急がないと!サーモンとクリームチーズのブリヌイが私を待ってる」
俺は何も言わずユリウスの後を付いていった。今日は監視ですからね~。ダーッと宿を出て行きそうになったユリウスはピタッと止まって戻り、エルンストさんに「…アルノルトと出かけてきます…行き先はメインストリートのブリヌイ屋さんです…その後たぶん『クルイロゥ』というお店へ行くと思います…」と言った。
エルンストさんは「おぉ…了解しました、いってらっしゃいませ!」と言った後、ちょっと涙目になりながら俺に小さく頷くような仕草をした。俺もにっこり笑って頷き返し、ユリウスを追いかけた。ブリヌイ屋さんで目的のものを買い、満足そうにユリウスは「やはり美味しいですね!」とニコニコして、店員さんも嬉しそうだった。モグモグと噴水の縁に座って食べるユリウスはまだブリヌイを食べ終わっていないのに「クルイロゥで何食べようかな…」とか言ってる。
「ユリウス、そんなにいつもお腹空いてるの?」
「…お腹は空いてないよ。ただ、おいしいと感じると無条件に嬉しいでしょ。自分がちゃんと生きてるって思えるから、美味しいものは好き」
「…食べ物じゃなくても生きてる実感が得られるものはいっぱいあると思うんだけどなあ。まあ、俺もおいしいものは大好きだけどさ」
ユリウスは俺が何気なく言った一言を聞いて、ピタリと動きを止めた。
「…アルノルトは食べ物以外に何があると思う?」
「うーん…綺麗な歌を聞くとか。綺麗な景色を見るとか?」
「アルノルトの好きなものを、私にも見せてほしいな…」
…なんか調子狂うなぁ。今日のユリウスは自信のない小さい子みたいで、昨日の凄味はどこへやら、という感じだった。俺はユリウスをカペラに誘い、綺麗な歌を聞ける場所を教えてもらおうと言った。
「あら、アルじゃないのー!」
「こんにちは~!あの、綺麗な歌が聞きたいなって思って。どこへ行くといいか教えてもらいたかったんです」
「あはは、そんなの金糸雀の里に溢れすぎてて絞れないわよ!ここにだってカナリアが大勢いるもの!そうだ、いま練習してる子がいっぱいいるから聞いていけば?」
「えー、いいの?」
「いいわよ、お連れ様もどうぞ!」
「お…お邪魔します、ありがとう…」
ユリウスは「…普段、カペラはあまり男性が近寄ってはいけないと聞いてたけど」と言って恐る恐るついてきた。昨日インナさんに会った時は別の場所の応接間だったんだそうだ。
小ホールの扉を開けて一歩踏み入った瞬間…遮音の結界で阻まれていた声の洪水が俺たちを打った。それは、祝詞とは違う歌。カナリアの合唱曲は数百あり、里を挙げてのお祭りや結婚式、お葬式など…いろんな場面での感情を歌う。
タラニスへの祈りはもちろん最重要だけど、自然からの恵みに感謝しつつ里の皆と共に歌うその合唱曲は、実はカナリアが舞台にあがって勢揃いで歌うわけじゃない。
里のどこかで誰かが結婚した。おめでとう、おめでとう!と皆が祝福しているのを通りがかりに見たカナリアが自然に、うきうきするような合唱曲を歌い始める。そのマナを感じた少し離れた場所にいるカナリアたちが、追随して違うパートを歌い始める。そんな風にしてあっという間に里へ歌が広がって、しまいには里全体が歌い出す。カナリアも、そうでない者も。大地を揺るがすほど、この『金糸雀』自体が歌い、踊り出すんだ。
里のどこかで誰かが死んでしまい、皆が悲しいと涙を流す。するとやっぱりそれを感じたカナリアが歌い出す。死者には安息を。残された者には慰めを。魂よ安らかにと、静かな眠りを誘う合唱が波紋のように里を潤す。自然に皆は頭を垂れて、鎮魂の祈りをタラニスへ捧げる。
そんな風に、皆が気持ちを歌に乗せて暮らす金糸雀の里。俺、知らなかったよ。こんなにすごい里だったなんて知らなかった。
「運がいいわアル、今日の午後は結婚式があってね。まだ結婚式の合唱曲を完璧に覚えていない子が練習しに来てたのよ。ふふ、お昼を食べたあと…ダンたち広報部の人も誘って、メインストリートのあたりにいるといいわ。あそこが一番よく聞こえるもの」
「うは、ほんと!?ユリウス、エルンストさんにも教えてあげようよ!」
「きっと素晴らしい金糸雀の文化を見られる機会ですね…貴重なことを教えてくださってありがとう、美しいカナリアの方」
「え?あら…いいのよそんな」
「ホラはやくー!ナチュラルにカリスマってる場合じゃないよユリウス、走れ!じゃあね、良い事教えてくれてありがとー!」
俺とユリウスは走って宿に戻り、エルンストさんを誘ってから広報部へ通信を入れた。エドワードさんは手が離せないから留守番すると言って、バーニーさんとダンさんが来た。さっきカペラで聞いたことを伝えると二人は大興奮し、ダンさんはマナの可視化方陣や高所撮影の方陣を展開していた。
「ユリウスはマナの感知能力高い?」
「いや…そうでもないな。生活魔法しか使わないし…」
「じゃあユリウスとバーニーさんとエルンストさんにもこれやってあげるね」
マナの可視化方陣を仕掛けて展開すると、三人は何をされているのかわからないようだった。「まあ、見てればわかるってば」と言って放置です。
午後一時。突然、雑踏の向こう側からマナのたっぷり乗った声が細く、細く響いた。それを聞いた里の人は「お、始まったぞ!」と言って仕事の手を休めた。今度は海の方…たぶん数百m離れた場所からも声の光が立ち昇る。次はカペラの方角。次はマザー施設の方角。次は俺のすぐ隣!
里のあちこちから立ち昇って行く声を追いかけて、俺たちも「え?どっち?」なんて言いながらキョロキョロする。そしてカペラから、結婚式を知らせる鐘がカーン、カーンと響いた瞬間だった。
ドウ、と地響きみたいな声がわきあがる。里のいたるところにいるカナリアが声を張り上げ、メインストリートにいた里の人たちがそれぞれ自分の得意な方法で合唱に合せて行動したんだ。
楽器を弾く人。踊り出す人。手拍子する人。まだ何もできない子どもはピョンピョン跳ねながら、小鹿のダンスのように満面の笑顔ではしゃぎまわる。
そばにいた里の人が「アル、踊ろう!こっち来い!」と笑って手招きする。俺はもう湧き上がるウキウキした気持ちを押さえられなくなって、ユリウスの腕を引っ掴んで「いくぞー!」と踊りの輪に入った。
前の人の動きをみても全然わかんないから、とにかく手拍子しながら子供みたいに跳ねた。ユリウスは降り注ぐマナの光に驚きながら、だんだん口元がフヨフヨと緩んできて、俺よりもよほど上手に周りの人のステップを真似し始めた。
この里は歌の光で編み上げられて、自由自在に踊る金の小鳥たちの巣だった。