326 ケンカ友達 sideアルノルト
俺に「大好きです」と言われ、あまりの絶望感でユリウス様の目は焦点も合っていない。精神防壁がボロボロになっているユリウス様から、俺がすっかり必要なことを波で読み取ったとわかっているフィーネは、もう何も言わない。
「ユリウス様って、何歳なんですか?」
「…21歳だよ」
「なんだ、俺とそんなに変わらないんだ。ねえ、俺と対等な友達になってよ。それなら少し嫌ってあげてもいいよ?」
「…それ、私に同情してカリスマ性にオチてしまっているよ?リリーのことがわかるなら、私がどう思って生きているかだってわかってるんでしょ?」
「バカにすんな。そうやって簡単に諦めて楽な方へ流れるから生きにくいんだ。言っておくけど、ユリウスは俺の大事な人を侮辱した生き方をしている。それを改めないうちは、俺はユリウスを許す気はないよ?小っちゃい頃にそんな風に隔離されたら、そりゃ拗ねてもおかしくないかも知れないよ。でも21歳にもなってまだ拗ねてんの?何が人格者だよ、何がカリスマだ。ガキがダダ捏ねてるだけじゃん」
「…いくらアル君でも、言っていい事と悪い事の区別もつかないの?だいたい私の心を勝手に覗いておいてその言いぐさは酷いんじゃないのかな?」
「だーかーら!俺は最初からそういうことに敏感だけど普段は集中しないと表面しか読めないの!そんな真っ黒い穴の奥に閉じこもって小っちゃくなっちゃってるユリウスがいるなんて、最初は知りませんでした~!それをホンモノの感情欲しさに自分から曝け出しちゃったのはユリウスですぅ!まーだ人格者の温和なほわほわユリウスのフリしちゃってさあ。もう俺にはバレてるんだから真っ黒ユリウスで話せよ!」
「…~~~!! 真っ黒ユリウスとはなんだ!人が懸命に中枢議員らしく努力しているのに、それをラクな方へ流れただと!?どれだけ私が悩んできたか!君は分かっていてもそう言うのか!」
「はーい、言わせてもらいますう!だってラクな方じゃん!『私なんてどうせカリスマ持ちだから、誰からもホントには好かれないんだー、エーンエーン』って泣いてただけじゃんか!バッカじゃないの、人の感情なんてすぐ変わる。もしユリウスのカリスマで籠絡された人がいたとして、ユリウスよりも強力なカリスマ持ちにその人を取られたらその時に悔しがれよ!感情にホンモノもニセモノもあるもんか、表面上の感情で嘘は付けても、その奥の深い感情はその人の真実だ!ユリウスはそれを『私のカリスマ性でまた籠絡してしまったー』なんて悲劇のヒーローみたいに酔いしれて、勝手に拗ねてたんじゃないか!」
「だから、その深い感情もカリスマ性で籠絡したまがい物だって言ってるじゃないか!」
「そのまがい物を本物にする努力が足りないって言ってるんだよ、この分からず屋!」
「アルノルトぉ!君こそ分からず屋だ!私の今までの努力が足りないなんて誰にも言わせないぞ、私は誰よりも努力してきた!」
「その方向性が間違ってるんですぅ~、残念でしたッ!」
俺とユリウスはほとんど額がくっつきそうな距離まで詰め寄って、お互いのことを人差し指でビシッと指しながらガンガン言い合いをしていた。俺の言い分はユリウスにとってかなり理不尽なものだし、ユリウスの言い分は俺にはただの言い訳にしか聞こえていない。
そのうち、「絶対意見を曲げない俺」にユリウスが気付いた。
「なんでアルノルトは私に折れてくれないんだ?だって私の希望を汲むなら、私は本当にイヤだし悔しいんだから、もう折れてもいい頃だろう?」
「…ほんとにどこのワガママ坊ちゃんだよユリウス。なんでおバカ坊ちゃんのワガママにこっちが折れなきゃいけないの?さっき言ったじゃん、ユリウスは俺の大事な人を侮辱した生き方をしてるって。ここで俺が意見を引っ込めたら、その人を俺が侮辱することになっちゃうじゃん」
「…ああ、そういう強い信念があるから、私のカリスマ性が効いていないってことか?」
俺はカチンときて、渾身のデコピンをユリウスにブチかました。
「結局カリスマに頼ってんのはユリウスじゃないか!それが効かないと困るとか調子が狂うとか思って、何でもカリスマ性ってのを言い訳にしちゃってさ!いい加減にしろよ、真っ黒ユリウスでもなんでもいいから、お前こそお前自身で勝負しろって言ってるんだよ!!」
ユリウスはおでこを押さえて涙目になりながら俺を睨んだ。その薄茶色の瞳にもう黒い光が宿っていないのを見て、俺はなんとなく嬉しくなった。
「あはは、ユリウスはほんとにこんなんで満足したんだ?すっごいなあ、今まで見たことのない精神的な変態さんだ。ぷっはは!」
「へ…変態…」
「そーだよー、白縹じゃこんな変態有り得ないもんね。肉体的な拷問耐性の人は知ってるけど、こんなに罵られ放題でケンカしてんのに満足しちゃうなんて、ユリウスってドMなんじゃないの」
「ドM…」
「あ、ショック受けてる。言い過ぎちゃった?ごめんね、俺ってば正直なんだ」
「正直っていう言葉がこんなに悪い意味に聞こえたことはないんだけど…」
「そう?だってユリウスはそういうのが欲しかったんでしょ?俺はユリウスが更生するまでいつでもケンカする気満々ですけど!罵られたかったらいつでもご連絡くださーい」
「…ケンカ、初めてした」
「え、だって高等学舎で敵対してる人いたんでしょ?」
「…ケンカなんて子供みたいな方法を使ったら、それこそ求心力を失う。あの学舎で力を見せるには、そういう場面でどれだけ多方面に波風を立てずに治めるか…角を立てずに、不要な敵を作らずにいられるか。敵は選んで作れ、これは基本中の基本だよ」
「うへ…めんどくさ。んじゃ俺はユリウスのケンカ友達ね。俺を魅了する必要はないんだからさあ、ユリウスだって言いたいこと言えばいいんだよ。ンな帝王学だか何だかばっかし考えて生きてたら頭痛しない?」
「…する」
「でっしょ?ユリウス、明日は何する予定なの?」
「…金糸雀支部に関する視察は終えたし、エルンストさんが報告書を中枢に送ってる。どういう経緯だったかはもう里の自治体からも聞いたし、里を歩いて話を聞いてるから裏もとれてる。…明後日帰るまで何しようかな」
「ほえ…なんだあ、一日で終了?無駄に優秀だねー、やっぱわざとフラフラしてエルンストさんを困らせてたんだ、しょーもないなあ。あ、そうだ。俺ってマナの感知能力が高くってねー。得意なことはマナ固有紋での人探しなんだ。このことエルンストさんに言っておくから。そしたらエルンストさんも走り回らなくて済むもんね」
「な…!それはダメだアルノルト!そんなことしたら、好きに美味しいもの探しができなくなるじゃないか…!」
「えー、だってユリウスに都合いいことしたら、籠絡しちゃったってまた考えるじゃん。俺はユリウスがイヤだと思うことをしなきゃね!」
「うぐ…どうしたらエルンストさんに協力しないでいてくれる?」
「何してもダメったらダメ。あんなにエルンストさんを走り回らせてさあ。悪いのはユリウスじゃん」
「うう~…もおおお…わかった、これからはエルンストさんにきちんと居場所を知らせるから…」
「ふーん?じゃあ少しの間だけ言うのは待ってあげようかなー。明日一日、ちゃんとできるか観察してよっと!もしエルンストさんが駆けずり回ってんのがわかったら即通報、即捕縛だかんね」
「うぐううう…わかった…」
ユリウスはフラフラと宿へ戻って行き、俺はユリウスが結局手をつけなかったパウンドケーキをちゃっかり食べた。
*****
あー美味しかった!ユリウスの分も食べてやったぜザマーミロ!と息を付いたとたん、フィーネからの通信が入る。
…しまった、ケンカしててフィーネのことをすっかり忘れてた…!
「ご、ごめんフィーネ!あの、ほんとに助かったよありがとう!」
『ぷっくっく…アル、ちょっと移動魔法でこちらへ来れるかい』
「え?うん。フィーネの部屋?」
『いや、一階だ』
なんだ?と思ってすぐにゲートを開くと、グラオ全員が揃ってる…
ヨア「アル!紫紺にいい口撃でした!私はスッキリしましたよー!」
ヘルゲ「アル、お前…あんな風に怒れるんだな。的確に相手の弱点を突いていた。見直したぞ」
アロ「ん~、いいねいいねアルノルト!言いたいことも言ってスッキリだ。あんな方法であのスパイラルに陥った人をすくい上げるとはねー。参考になるよ」
コン「おめーこそポワーンとした泣き虫だってのに、自分のこと棚上げで罵りやがって!最高だぜお前、俺ァ笑いを堪えるのに苦労しちまったよ!」
ニコル「アル最高だよ~!変態さんのくだりが面白かったー!あんなドロドロに黒い人、よく相手する気になったねえ!」
オスカー「アル、よくやった!言ってわからなかったら爆裂デコピンなんて偉いよ。あ、でもカイ兄とかに接続してソレやったら相手死ぬから気を付けろよ?」
カイ「お前…偉いぞ。あんな面倒なやつ、俺なら最初に真っ黒な笑顔された瞬間にキルだわ」
カミル「そうかあ?俺ならあいつの黒歴史全部暴いて中枢に怪文書送ってるわ…ゾクゾクする獲物じゃんか、なあアル」
ユッテ「アル、明日あいつに張り付くんしょ?『あ、エルンストさんが慌てて走ってる!』ってチョイチョイ言ってやんな…キヒヒ…」
アルマ「え~、それ面白いねぇユッテぇ~!でもお、ユリっちが食べ物屋さんに行こうとしたら黙ってメモ出してバツ付けてくのはどお?どんだけ食べてんだよって言えるよぉ?」
マリー「あらぁ…それならエルンストさんがそばにいない時を見計らってエルンストさんの幻影出して見せちゃいなさいよお…きっと縮み上がるわよお?」
俺は皆に頭をガシガシされたり肩をパシンと叩かれたりしながらめちゃくちゃに褒められた。…人とケンカしてこんなに褒められるの、初めてです…皆が戦闘脳だからなのかな?つか、皆もしかして共鳴してた??
フィ「はは、君から連絡があってすぐに全員へ知らせたさ。紫紺のカリスマ持ちとアルの直接対決だからね、何かあったら総力を挙げてユリウス坊ちゃんを『躾』する体勢でいたのさ。全員ぼくに共鳴して、リアルタイムで視ていたからねえ」
アル「うへ…俺、もしかして最強の特殊部隊をバックに口ゲンカしてたのか…ユリウスには言えないけど、知ったらもっと縮み上がっただろうな…」
フィ「…ま、『あの人』の人生を否定しているような人物はぼくも許せなかったからね。それにしてもぼくとは違う切り口のイイ毒舌だった。君は最高のパートナーだ、アル」
フィーネはそう言うと俺のシャツをぐいっと引っ張ってほっぺにキスしてくれた。
…皆の前で、フィーネが、俺に、キスしたあああああ!!
感極まって、俺が「フィーネぇぇ!」と抱き締めようとした瞬間、すごい接続速度でカイさんへ繋がったフィーネが俺の手をガシッと受け止めて押し戻し始める。
身長差があるにもかかわらず、ギギギ、グググ、とロックアップからの力比べ…というか当然俺の力負けになり、ちょっと悲しくなった俺を見て全員が爆笑していた。
フィーネは「ふふん、君にも躾をせねばいけないからね。ささ、皆が称賛したいと言うので呼んでしまってすまなかったね。まだ帰還日ではないのだ、宿でゆっくり休むといいよ」とゲートを開いて強制的に戻らされました…
酷いよフィーネぇ…