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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
宝石の旅路
326/443

325 「大好きです」 sideアルノルト








ゾクリとするほど無機質で綺麗な貌に、俺はまたビクリと肩を震わせる。この妙に姿勢の良いスッとした人物の唇は、悦びが大きすぎて抑えられないかのように口角が上がっていく。でも、瞳が。白縹ではない人なのに、薄茶色の瞳が愉悦で弾けそうだということをその黒い光が饒舌に語っている。


ユリウス様は瞳を揺らめかせ、白くて長い指で濃い金色の髪をかき上げる。そしてくつくつと笑って話し出した。



「ねえアル君。私はね、きっと君を探してた。だって君は私を嫌ってくれる。私にとってたった一つの『本物』をくれるのは、君なんだ」


「…俺はユリウス様が嫌いじゃありません」


「大丈夫、君なら私を嫌いになれる。だって怖いんだから、私の事を好きではないでしょ?」


「なんで…ユリウス様、なんでそんなに嫌われたいんですか…そんなのおかしい。誰だって人に好かれたら嬉しい。あったかい気持ちになるじゃないですか、なんでそんな」


「だって、みんな私のことが大好きなんだもの」


「…良い事じゃないですか…」


「みんな、だよ?ねえアル君。君はきっと、人からの好意が大切で得難いものだとわかってる。羨ましいよ、君のことが大好きな人たちは、掛け値なしの本物の気持ちで君が好きなんだろう?でも私はそれを得られないんだ。だけどマイナスの感情なら本物に間違いないからね。ねえ、それを私に向けてくれないだろうか」


「何を言ってるのかわかりません、ユリウス様。あなたは人からの好意をたくさん得ているじゃないですか。それこそあなたの人柄に魅かれて、あなたのことが大好きで」


「そんなのっ!本物じゃないんだ!私はそれこそ赤ん坊の頃から浴びるように好意だけの世界で生きてきた!この正体もわからないカリスマというものは私に好意だけを選別して浴びせかける!誰ひとりとして私の魅力に抗える一般人は周囲にいない!初めて浴びた敵意は同じカリスマ持ちの同期生だったよ。でもそれさえ部族特性で敵対せざるを得ない、操られた、レールの敷かれた感情だった!」



初めて見る切羽詰まったユリウス様の形相に、反射的に後退りしたくなる体をぐっと抑える。この黒い光を放つ波に呑みこまれてはいけない。ユリウス様は興奮した自分を抑えるかのように少し俯いて呼吸を整えた。



「…虚構の世界で生きていて、本物を欲しがって何が悪いんだ?私にはそんな操られた好意なんてクズと同じだ、私のことを愛していると言う人物など欲しくない。絶対に本物だとわかっている、負の感情を、ぜひ…私にくれ」



…俺の中の、たぶん秘匿レベルを最大に上げられて隠されている記憶が暴れているのがわかる。竹林が荒れ狂った嵐に翻弄されて極限までしなっている。


なんて人だ。『あの人』が光ならこの人は闇。まるで表裏一体のようにたった一つの本物の感情を渇望していながら、こんなにも違う。まるで俺の愛する人を侮辱されたかのような気持ちになり、止めどない怒りが湧きあがる。


俺の表面に吹き出る怒りの感情を、ユリウス様は恍惚とした表情で見つめていた。ああ、なるほど。あなたの思う壺という反応をしているのか、俺は。でも、自分に好意を向ける人々の感情をクズと。たった一人からの愛情を渇望しながらもその気持ちを抑え、周囲の人々の幸せを願った『あの人』の人生を冒涜しているこの存在を。俺が、許せると思う!?お望み通り、あなたのことなどこの世で一番嫌って…



『落ち着け、アル。挑発に乗るな』



…フィーネ…


不可視にしてあるヘッドセットから、俺の一番愛しい人の声が聞こえて、安堵感で涙が出そうになる。この黒い光に圧倒されて、怒りに染め上げられそうだった俺の頭と心が常温に戻って行く。



『アル、そのユリウスとやら…生意気にぼくのアルの心を掻き乱してくれたね。お礼参りと行こうじゃないか?勝手に向こうが興奮してくれたおかげで視えたものがある。今からぼくが言うことを質問してごらん』



俺の心理状態は通信波に乗り、フィーネには感じられている。だから俺が何も返事をしなくても落ち着いたのがわかったみたいだった。同時にユリウス様も、俺の怒りの感情がスッと消え失せたのを感じ取ったらしい。


…ごちそうを食べ損ねたみたいなカオしちゃってさ…ムカつくなあ…



「…アル君?どうしたんだい、私に怒っていたでしょう?私が嫌なことを考えている人間だと認識してもらえたよね?」


『アル、なるべくにっこり笑って、こう言うんだ。”そんなにリリーの愛が欲しかったですか”と』



ま…マジで?なんか特大の地雷の気配が…



『大丈夫だ、これくらいで壊れる仮面ならユリウスは中枢で仕事なんぞできやしない』


「ユリウス様。そんなにリリーの愛が欲しかったですか」


「…アル君は私の心が読めるんだねえ…魔法かな?随分と遠慮のない部分を突いてきたなあ。そうだね、昔は彼女の好意は私のものだと思っていたよ?あの当時の周囲の人々全ての好意は私のものだと、盛大に勘違いしていたさ」


『ふん…”リリーの両親が憎いですか?それとも自分がカリスマ持ちなのが憎いですか?”と』


「…リリーの両親が憎いですか?それとも自分がカリスマ持ちなのが憎いですか?」


「…! どっちも憎んだところで仕方ないでしょ?私がカリスマ持ちなのはどうしようもない事実だもの」


『”ならば、俺はあなたが大好きです。事実を受け止めて、周囲に優しく振る舞うあなたが大好きです”』


「…ならば、俺はあなたが大好きです。事実を受け止めて、周囲に優しく振る舞うあなたが大好きです…」


「 … う そ だ … 」




俺はなんだか、切なくて泣けてきそうになっていた。「リリー」のことを持ち出した直後から俺に向かって打ち寄せるマナの波は、黒い穴の奥…虚無の最奥で、必死に身を守るように縮こまっている小さな小さな「ユリウス」からの波だった。





*****





中枢議員の娘、リリー。彼女にカリスマ性の発現はなく、幼馴染のユリウスは逆にここ数十年に一人の逸材と言われるほどの強力なカリスマ性を幼少の頃から発現していた。微弱な特徴なら良かったが、あまりに強力なその力は周囲の者をどんどん虜にしていく。


賢明なリリーの両親は、ユリウスの特徴を説明した上でこう諭した。「ユリウスが好かれるのはあのカリスマ性に依るものだ。このままではお前も彼に巻き込まれて、ゆくゆくは彼のシンパとして扱われるだろう。それはお前の意志ではないのだよ」と。もともと紫紺のカリスマ性というのは有無だけなら小さなころから判明するが、ほとんどが思春期に完全発現する。自我が固まらない幼少の頃から完全発現していたユリウスは異常だった。


そしてリリーは、彼からあからさまに距離を取るようになっていく。嫌われたわけではないのに、初めて人から距離を取られたユリウスは困惑してリリーを追いかけた。リリーの両親は困り果てて、ユリウスの問題を学舎へ相談した。


学舎や周囲からの注意や要請を受け、ユリウスの両親は彼を学舎へ通わせることを諦めた。それまで皆がユリウスを愛し、受け入れ、慈しんでいた彼の楽園は、あっけなく崩壊する。ほとんど軟禁状態で隔離され、カリスマ持ちの家庭教師による授業を受けた。紫紺の指導者たる力を持つ者はこうあるべきという帝王学、人心掌握術。紫紺のカリスマ性によって今まで起こってきた素晴らしいこと、残虐な事、悲劇的なことの歴史。


そして心に虚無が降り積もる。


今まで自分が貰っていた好意というものの滑稽さ。すべては自分のカリスマ性に踊らされたまがい物の感情。誰も彼もがユリウスを好きだ、愛していると言うその笑顔が、そのうち個々の判別もつかない泥人形のように見えてくる。


高等学舎はカリスマ持ちばかりが集まる「中枢第一学舎」への入学が許可された。ようやく家族と家庭教師以外の者と接触が持てると思ったが、そこは将来の中枢議会での覇権を争う「プレ議会」という様相を呈していた。誰を取り込み、誰を敵と見做すか。初等も中等もほとんど行けずじまいだったユリウスは完璧に出遅れ、友人などというものは自分には手の届かない存在なのだと思い知る。


更に心は虚無に支配される。


泥人形に囲まれる自分は好意をどれだけ貰えるかというゲームの駒。幼い頃はあんなに強力で抗いがたいと言われたその魅力はいつのまにか減衰し、敵対勢力の者などはここぞとばかりに「早咲きは枯れるのも早いな?」と揶揄している。それでも自分がゲームの駒だと思って平気でにこにこしている彼の元には「やはり君は素晴らしい」と少数ながらもシンパが増えていく。





もう、嫌なんだ。あんなまがい物に囲まれて生き続けるのはイヤなんだ。私に本物を。作り物ではなく本物を。もう…乾ききっていて、餓えきっていて。私に…本物の水をくれ。毒入りでもいい、本物の、感情を私に。







  

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