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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
宝石の旅路
325/443

324 悦びの貌 sideアルノルト

  





俺は深淵での恐怖に匹敵する寒気を必死に隠しながら、ユリウス様に失礼がないようにとだけ思って振る舞っていた。昨日までの「いい人柄に籠絡されて、重大なことをしゃべらないようにしなくちゃ」なんていう不安はどこかへ吹っ飛んでいる。だって俺がこの漆黒に心を許して秘密をしゃべるなんて有り得ないから。


あの真っ黒い穴は、例えば「裏でとんでもなく悪いことを考えてる」とかじゃない。悪い事でもなんでも、「考えている」なら匂いだって味だってあるはずなんだ、フィーネがよく「悪食」って言ってるモノが。


何も、無いんだ。


「無」という言葉が一番しっくりくる。

味も無い、匂いも無い、音も無い、手触りも無い、光も無い。

俺はこの人が氷で出来たゴーレムだって言われても不思議に思わない。

…ううん、氷さえ無いんだから…虚無のゴーレムって言うべきなんだろうか。


そう、この人は心がからっぽ。

あんなに人の心を温かくさせるトボけた人柄なのに、からっぽ。

どうしたら虚無の心であんなに温かい人間のフリができるんだ?

どうしたらあんなに人間らしく振る舞えるんだ?

どういう育ち方をすれば、こんな人間そっくりなモノが出来上がるんだ?



紫紺って…みんなこうなの…?






*****






ダンさんが映像記憶を整理していくのを見させてもらうために編集作業室へ一緒に行った。ユリウス様はバーニーさんと話していて、一緒に入ってくる気配はなかったのでホッとしてしまう。



ダン「ちょっと夜間の映写調整するから、作業室は鍵かけるよー?」


バーニー「おー、わかった」



ダンさんは俺と二人で作業室に入りながら内側から鍵をかけ…部屋を暗くして調整を始めるのかなと思ったけど、少し薄暗くしただけで椅子に座った。



ダン「…大丈夫?君はユリウス様のこと…怖がってないかな」


アル「う…ダンさん気付いたんだ…ユリウス様にも分かっちゃったかなぁ。俺、あんまり隠し事うまくないからな…」


ダン「いや、たぶん気付いたのは僕だけだと思うよ?バーニーが気付いていたら、すぐに理由をつけて君をユリウス様から隔離したはずだし。ユリウス様が気付いたかはわからないけど…まあ、エドもエルンストさんも気付いてないね」


アル「…そっか、なら良かった…あはは、ダンさんはさすがに気付くかあ」


ダン「僕は見るのが専門みたいなものだからね。まあ、アルノルト君だからわかったっていうのもあるけど」



ダンさんは無理に聞き出そうとはせず、ただ俺をユリウス様から引き離そうと思って作業室に鍵を掛けたらしい。今はただ、その気遣いが嬉しくて…ダンさんの気持ちが嬉しくて、ありがたく体の力を抜いて椅子の背もたれに体重を預けた。



アル「…ダンさん、あの人は何かがおかしい。あの人だけなのか、紫紺のカリスマ持ちが全員そうなのかはわからないけど。あの人…心が無いみたいに、底なしの穴みたいに真っ黒なんだ…俺、あんなに怖いものは一つしか知らない。あんなに冷たい場所は、一つしか知らない。でも、恐ろしいからって忌避すればいいのか…それとも『なぜ、そうなのか』を知るべきなのか、それも今はわからないんだ」


ダン「そう…か。ああ、なんだかアルノルト君の話を聞いてたらトーチの神話を思い出すよ。トーチは常冬の国だけど、どこかに常春の場所があって…そこは世界樹が護る植物の楽園。誰もがそこへ行くことを夢見るほど美しいのに、世界樹の根っこをかじる邪悪な竜ニーズヘッグが氷の地下にいて、恐ろしい場所なんだ。ユリウス様は話しているとほんわかしてて温かいね。特別なことをしなくても、ユリウス様と話しているとちょっと嬉しい気持ちになるようなことを言ってくれる。…でもさあアルノルト君。僕が今まで見たことのある紫紺のカリスマ持ちはね、もっと強烈だった。その魅力の強烈さに抗うには、相応の理由と精神力がいる。そう考えると、ユリウス様って…本来の魅力の半分も出していない気がするよ」


アル「…あの黒い穴があってもあそこまで温かい人柄でいられる。それが、あの人が強力なカリスマ持ちである証明なのかな。でも何ていうかさ、自分を形作る土台がないのに、中空にポカンとあの温かい人柄が浮いてるみたいで。まるで生首を目の前にしているみたいな…ゾワッとする怖さが来ちゃうんだ…」


ダン「どうする?何か急用でもできたことにして…ユリウス様が中央へ帰ってしまうまで合わないようにしてみる?まあフラフラしてるから、また遭遇しちゃう可能性はあるけど」


アル「えっと…うー…それも何か違うような気がする…うー…ダンさん、俺は逃げたくない…怖いけど、でもユリウス様は話すだけなら別に何もしやしない。あの黒い穴を暴こうなんて思わないけど、でもどういう人なのかを少しでも理解するなら話すしかない。うん、貴重な機会だと思うことにする」


ダン「…そっか。でも無理することはないんだからね?誰だって、苦手なタイプってのはいるさ。僕だって前任の支部長が大嫌いでストレス溜まりまくりだったし!」


アル「ぷは!そうだよね、エライ目に遭ったんだもんね!あはは!」



二人で笑っていると、コンコンと控えめなノックが聞こえる。鍵を開けるとエルンストさんが「私どもはそろそろ失礼させていただきます。アルノルト殿、ユリウス様がご迷惑をお掛けしました」と頭を掻きながら言う。「とんでもありません、お話しできて良かったです。あの、エルンストさんも頑張ってください…」と返したら「うう、私の体力が尽きそうですよ。もしお一人でフラフラしているユリウス様を見かけたらご連絡をいただけると助かります…」と情けない顔をした。気の毒になあ~…


俺にはニコル姉ちゃんの守護がついてる、大丈夫!って自己暗示をかけながら、ユリウス様へもにっこり笑って「お会いできて良かったです、ありがとうございました」と挨拶できた。ユリウス様は「また一緒にケーキを食べようね」と言ってエルンストさんと一緒に広報部を出ていった。

…うあー、そうだ。宿に来るかもしれないよね。覚悟しとこう…






*****





俺は今度こそ集中するぞ、と思いながら広報部で勉強して宿へ戻った。ほんとはこんな怖いものを見た日はフィーネを抱っこして寝たい。でもそれじゃあ「甘ったれの俺」に逆戻りだと思って、いつも通り通信だけで我慢しようと思った。



フィ『…どうしたんだい、アル。ずいぶんとその…マナに元気がないというか』


アル「あは、わかっちゃった?例の紫紺に会ったんだけどさ。何か予想外の人だっただけだよ」


フィ『君が心配だよ。秘匿情報の漏えいだの何だのは、この際どうでもいいんだ。何かあれば全力でぼくらがフォローする。だが…君がその紫紺によって傷つけられるのだけは容赦できんよ』


ズキュウゥゥゥン!


…俺はフィーネの可愛さに撃ち抜かれて、もう少しで移動魔法のゲートを展開するところでした…いやいや、フィーネは真面目に心配してくれてるんだから。フィーネのやーらかいとこに頬ずりしたい気持ちは我慢だ、アルノルト。



フィ『…ぬ?元気になったようで何よりだ…』


アル「あう…俺のマナってば正直者…」


フィ『あー…とにかくだね、その紫紺に会ってそれ以上君の元気がなくなるのなら、ぼくもそちらへ行くよ?ぼくの毒舌があれば紫紺の若造一人など…』


アル「うあああ、大丈夫!大丈夫だからフィーネ!!穏やかでホワンとした人だから、そんな殲滅魔法出す必要ないよ!」



戦闘脳を起動させつつあったフィーネを必死に宥めて通信を終え、晩ごはんを食べに食堂へ降りた。


俺はその光景を見て、クラリとして階段から落ちるかと思った。


…ユリウス様が食堂で「おいしい、これはおいしいです」と言いながらシャシリク(串焼き肉)にかぶりついていたからだ。



アル「ユリウス様ぁ…エルンストさんに言ってからここに来ましたか?」


ユリ「…そう言えば何も言っていないかも…」


アル「俺、ちょっとエルンストさんに伝えてきますね…」


ユリ「えー、だめだめ、これ食べたらすぐ戻るから!きっとエルンストさんは私が宿の部屋にいると思ってるから!ね!」


アル「あっちの宿で食事してこなかったんですか?」


ユリ「ううん、食べた!おいしかったよ~、あそこのポトフは絶品ですねおかみさん!でもここのシャシリクとパウンドケーキも最高でしょ?どっちかなんて決められないよ…」


アル「けっこう食いしん坊なんですね、ユリウス様…」


ユリ「あはは、おいしい食べ物は私の唯一の楽しみなんです」



俺もおかみさんが出してくれたシャシリクとプロフを頬張りながら、なるべく浅くしかユリウス様のマナを感じないようにと半分くらい意識を逸らす努力をしていた。それでも食べることが「唯一の楽しみ」というユリウス様にドキンとしたりして、(いやいや、そんなの趣味が美食ですって言ってるだけの浅い意味だってば…)と自分を宥める。



アル「でもユリウス様はスリムですね。そんなに食べても太らないんですか?」


ユリ「ふふふー、そうなんです。栄養がどこに行っちゃってるのか自分でもよくわかりません。…ところでアル君、私の事が怖いみたいですねー。中枢の者だからですか?」



少し声をひそめてスルリと核心を突いてきたユリウス様に、思わずビクン!となってしまった。…これ、中枢の人だから怖いなんて下手に答えたら…俺に秘密があることを暴露するようなものじゃん…



アル「…すみません、俺…何か失礼な態度をしてましたか?別に中枢の方だから怖いとは思っていませんけど…」


ユリ「ううん!新鮮な反応だから嬉しいだけだよ?中枢だからっていう理由じゃないってことは、私自身が怖いんだね。ふふ、これは楽しいな」


アル「…嬉しい?た、楽しい?」


ユリ「そうだよ?私に好意を向けない人は嬉しい。もし君が私を嫌ってくれたら、もっと楽しい」


アル「今まで、そういう人はいましたか?ユリウス様の温かい人柄を考えたら、そんな人いない気がしますけど」


ユリ「カリスマ持ち同士なら、そういうこともあるよ。だってお互いが強烈な自我と求心力を持っている。協力関係になれることもあれば、激しい敵対関係になることもある。まあ…大抵は周囲の取り巻きが事態を大きくするんだけどね」



俺はいま、すごく重大な何かを聞いてしまった気がしていた。この人の黒い穴を作った何かを聞いたような。


それにしても、中枢の人ならば自分のシンパが増えることは歓迎すべきなのに。この人は俺に嫌われたら楽しいって…どういうことなんだろう。



ユリ「ねえ、私は君ともっと話したいなあ!えっと…怖いなら君が安心できる状態で話してもいいし、誰か信頼できる人と一緒でもいいよ?」


アル「え、今からですか?…俺はかまいませんが、エルンストさんにはちゃんと伝えましょうよ…」


ユリ「ほんと!?エルンストさんに言えば、私と話してくれる?」


アル「う…はい。あの、じゃあ…俺の部屋でいいですか?ちょっと散らかしちゃってるので片付けてきますね…」


ユリ「うん、ありがとう!おかみさーん、マザー端末借りてもいいですか?あっちの宿に通信したいんです」



ユリウス様がおかみさんにマザー端末を借りている間に俺は部屋へ戻り、フィーネへ通信。ざくっと状況を伝え、ユリウス様のマナをフィーネに少し感じ取ってみてほしいと頼んだ。でも、怖くなったら通信を切断していいからねと伝えておく。フィーネは『ふん、ぼくがどれだけ悪食に耐性があるか知らしめてあげようではないか』と自信満々だったけど、正直言って悪食以前の問題なんだよなと思う。


フィーネに怖い思いをさせたいわけじゃなかったけど、俺は深淵のあの恐怖を引き摺っていると自分でも自覚している。ルカがあんな風に救ってくれたから心神喪失状態にならずに済んだ。でも…あの恐怖の記憶が薄れるわけはなくて。


だからフィーネにあの人を感じてもらって、俺が「怖がり過ぎている」だけなのか、本当にユリウス様がどこかおかしいのか確認したかった。こういうことで頼れるのは、フィーネしかいないから。そう言うとフィーネはキラキラしたマナの波を俺に打ち付けて『任せたまえ、君の信頼に応えてみせるさ』と言った。



食堂へ降りて「ユリウス様、お待たせしました」と迎えに行き、ユリウス様は「エルンストさんってば『いつの間に抜け出したんですかあ!』って怒ってたけど、『居場所を伝えるなんて進歩しましたね』なんて言うんだよ?」と楽しそうに話す。


俺の部屋へ招き入れ、ユリウス様がおかみさんに注文したらしい二人分の紅茶とパウンドケーキを持った給仕の人がお辞儀をしながら部屋を出た。



アル「俺の分まで…ありがとうございます」


ユリ「いやいや、私が無理を言っているんだから当然だよー。ところでさすがに突っ込んだ話をしたいし…この部屋、何か結界を張れないかな?」


アル「ああ…えっと、部屋の外に向けて遮音の方陣を敷きますね」


ユリ「おぉ、さっすが魔法部の研修生!さてと…うーん、私もそんなに白縹に関して博識ではないので、間違ってたら許してほしいんだけど。アル君が白縹だから、私のことが怖いのかな?何でなのか、わからないから知りたいんだ」


アル「…俺が白縹なのは関係ないと思います。逆に白縹がユリウス様と会ったら、大好きになる人は多いですよ」


ユリ「んー、そっか。白縹も私のことは好ましいのか。じゃあ…アル君は私のどんなところが怖い?」



俺はごくりと唾を飲みこんだ。正直に言っても別に罰が下るとかそういうことはユリウス様はしない。純粋に知りたいんだと思う。でも…人のイヤな部分を指摘して、あなたのここが怖いとか、嫌いだとか、そんな風に言えるような厳しさが俺にないというのが問題だった。それでも、なぜか思う。


ユリウス様は、その余裕のある柔らかな笑顔や口調とは裏腹に、必死に知りたがっている。それこそ喉から手が出そうなほどに、俺がユリウス様を忌避する理由を知りたがっている。そんな風に感じた。



アル「…ユリウス様、どうして心がそんなに空っぽなんですか。なのにどうしてそんなに温かい人柄で、優しい笑顔で人々を和やかな気持ちにさせられるのか…俺にはそれがわからなくて…とても歪に見えて、それがとても…怖いんです」



…言っちゃった…

俺がもし人からこんなこと言われたら、ショックで数日落ち込んじゃうよ…

すごい罪悪感と共に、そっとユリウス様の顔を見た。







そこには、昏い愉悦に貌を歪めて笑う、心からの悦びを溢れさせた漆黒がいた。








  

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