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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
宝石の旅路
324/443

323 漆黒 sideアルノルト

「ユリアン」と「ユリウス」の名前を直前まで迷っていたせいで今話の中で混同していました…

既にお読みいただいた方、申し訳ございませんでした。


「ユリウス」に統一、修正済です。

  






その日俺はかなりドキドキしながら、宿で連絡を待っていた。

広報部を視察に来ると言う若い紫紺は、もちろん最初から俺を指名して面会したいなんて言うわけもない。バーニーさんたちが金糸雀支部の変化について彼が納得するように説明し、それで事が済めば良し。


視察が終わったという連絡が来てから俺が何食わぬ顔で勉強しに広報部へ行けば、バーニーさんが紹介してくれて挨拶くらいはできる。その時に軽いやり取りをして終わる可能性が高いから、バーニーさんはその方がいいと思ってるみたいだ。


…バーニーさんがここまで俺やダンさんを気にかけてくれるのは、ダンさんの儀式映像の存在を察しているかららしい。マナの波で、少し聞こえちゃったんだ。ダンさんとの付き合いが長い金糸雀支部の人たちは、ダンさんが「至高」を狙うことをよく知っている。それでも、何も知りませんよっていう顔で俺たちと仲良くしてくれる彼らは、山吹の中でも相当自制心のある人たちだと思う。






お昼を食べ終わっても宿へは何も連絡がない。思ったより視察が長引いてるのかもしれないな。それにインナさんの所へ一番に行こうとするだろうし、今頃はカペラにいるのかもねと思いながら、俺はリア先生の課題をガンガン進めていた。


午後三時を回り、さすがに疲れてきたのでお茶にしようと思って食堂へ降りて行く。おかみさんのケーキが美味しいんだこれが。ドライフルーツとかナッツがたくさん入ったパウンドケーキで、俺が「おかみさーん、いつものケーキ食べたいです!」と言うと「アル君はほんとにこれが好きだね。ほら、今日は端っこもサービスしたげるよ」と二切れもお皿に乗っけてくれた。


ほくほくしてカウンターで「いただきまーす!」とパクついていると、隣の男の人が「いいなそれ…私も一つお願いします」とパウンドケーキを注文した。おかみさんは笑いながら「あいよ!じゃあお兄さんにも端っこをサービスだ」と言ってケーキを出す。男の人は嬉しそうに受け取り、俺の方を見て「君のおかげで得しちゃった」と笑った。俺もあはは!と笑って「お互い得しちゃいましたね!」と言っておいしいケーキを堪能した。


しばらくおかみさんと「今日のケーキには何が入っているでしょうクイズ」なんてしながら最後の一つが分からなくてウンウン唸っていると、さっきの男の人が「私が答えてもいいかなあ?イチジクでしょ」と見事に正解した。俺が「おお!」と拍手すると男の人は胸を張って「ふふーん!スゴイ?…私のケーキ、端っこに大きなイチジクがあったからわかったんですけどね?」とおどけるので、俺もおかみさんも大笑いした。






急にバタバタバタ!と誰かが走ってくる音が聞こえ、息を切らしたおじさんが「し…失礼、ここに…いたあああああ!」と隣の男の人を指差す。男の人がキョトンとして「…エルンストさん、どうしたんです?」と言うとおじさんは「どうしたじゃありませんよー!ユリウス様の宿は道を挟んで反対側の建物です!あんなに言ったのに、どうして間違えるんですかー!」と叱った。ヘナヘナと座り込むおじさんを見て男の人は「ありゃ…またやっちゃいましたか、すみません…だってここの食堂からすごくいい匂いがするし、こっちだといいなーなんて思いまして…」と謝る。うん、宿を間違えた言い訳がぶっ飛んでないかなあ?


おかみさんは「あらまあ、そりゃ嬉しい事言ってくれるねお兄さん。だが向かいの宿の食事もうまいから安心しな?」と笑い、男の人は「あはは…お騒がせしました。ケーキもおいしかったです」と言っておじさんと食堂を出て行った。






えーっと。

すーごく、すーごく「ユリウス様」が気になります。ナチュラルに様付けで呼ばれる人なんて、紫紺サマなんじゃないの?でも俺がケーキ食べに食堂へ降りてくる前からカウンターで何か食べてたし、俺の方が後から隣に座ったんだし、あの人が俺に接近しようとしたわけではないし、完璧な偶然。


なんとなく毒気を抜かれてぼんやりしていると、おかみさんが「アル君、ダンさんが来てほしいってさ」とマザー端末の画面を指さしていた。俺は画面に向かって手を振りつつ「すぐ行きまーす!」と言い、おかみさんにケーキのお礼を言ってから広報部へ出かけた。






*****





バーニー「あーらら、アルノルト君ビンゴ。そのユリウス様だよ、まさに」


アル「うっは…やっぱなー、そうじゃないかと思ってた。何でのんびりケーキ食べてたんだろ。俺、てっきりインナさんのとこにでも行ってるかと思ってたよ」


ダン「それがさ~…僕もあの人には初めて会ったけど、かなりフラフラしてるんだよね。お付きの人は瑠璃の人みたいなんだけど、ほんとにユリウス様の付き人は大変で…って愚痴をこぼしてたよ」


バーニー「長様のところへ行くって言うから出るのかと思ったら、マザー施設の中をあっちこっちフラフラ見ててな。いつ戻って来るかわからなくてアルノルト君を呼べなかったんだよ。すまんなー、まさか宿で遭遇してるとは思わなかった」


アル「あー、でもとっても人当りのいい方でした。楽しくって、さらっと気持ちよく話せるし」


ユリ「それはありがとう~」


全「!?」


ユリ「ごめんね、私とケーキの好みが合う人がこっちに歩いていくの見えたから。なんとなく私もこっちに来たくなって…」


バーニー「またですかユリウス様…エルンストさんがそろそろ泣きますよ?」


ユリ「それはまずい!エルンストさんは泣きながら怒るとお説教が長いんだ…」


アル「…さっきの向かいの宿屋にいるなら、俺が呼んできましょうか?」


バーニー「アルノルト君、大丈夫だ。たぶんそろそろ…ホラ」


エル「ユリウスさまあああああ!もおおおおお!」


全「…」



ユリウス様はキレたエルンストさんに皆の前で散々叱られた。俺は「気にしてもしょうがねえから、いつもの勉強しようかアルノルト君」とエドワードさんに言われ、エルンストさんのお説教をBGMにしながら集中できない状態でニュースのことを教えてもらったりしていた。ベティさんがいないなあと思ったら、念願のアナスタシア様密着取材のため、数日いないんだそうで。よかったねえベティさん。


…それにしても、これが紫紺のカリスマ性なんでしょうか。俺にはほんとにわかりません。そりゃ憎めない人だけど、すごく困った人だよねえ?俺はいま誰を助けてあげたい?と聞かれたら迷わずに「エルンストさん」と答えると思いますよ。


お説教から解放されたらしいユリウス様は、エルンストさん渾身のお説教があまり功を奏しているようには見えなかった。ホワホワした笑顔でこちらへ来て、「えっと、アル君ておかみさんが言ってたよね。私もアル君て呼んでいい?」と人懐っこい笑顔で隣に座った。



アル「あ、はい。改めまして、アルノルト・緑青と言います。よろしくお願いします」


ユリ「私はユリウス・紫紺です、よろしくね。アル君がインナ殿の言ってた魔法部の研修生だったんだねえ。金糸雀支部に貢献してくれたって聞いたし、この里の人も君に感謝してるって聞いた。ありがとうね、中枢の者としてお礼を言わせてください」


アル「そんなことありません。俺は最長老様と…楽しくお話をさせてもらったりしただけなので、そんな風に言われるとどうしていいかわかりませんよ」


ユリ「あはは、ダン殿もそんな風に言ってたね。そっかあ、何気ない行動や優しい気持ちが良い方向に行ったっていう実例なのか。いい話だなあ…」



マナの波も『いい話だなあ…』と同じ事を言っていて、この人は本当にそう思っているんだと分かってる。でも何でだろう。俺…なんだか、この人がマリー姉ちゃんの出した『影』みたいに感じる。どうして、なんだろうな…


フィーネに接続してみると、ユリウス様のマナはやっぱり『いい話だなあ…』と言っていた。そう、ユリウス様の表面のマナ・・・・・は、きちんとそう言っていた。



そして俺は…つい集中をして、マナを読んでしまった。


ヘルゲさんやヨアキムさんによると、マナの動きに敏感なのは白縹と緑青と金糸雀がダントツ、次に魔法でいろんな作業をする露草と、攻撃魔法を撃ち慣れている蘇芳。そして紫紺・瑠璃・山吹は生活魔法程度が通常なのであまりマナの感度が良くないんだとか。


だからフィーネほどのマナ感知能力で今まで見られたことがなかったのかもしれない。今まで誰にも見破られたことなど、なかったのかもしれない。




ユリウス様のマナの裏側には、真っ黒な穴のような、ゾッとするほどの奈落が口を開けていた。




俺はしばらく息をするのも忘れて、光さえ逃れることのできなさそうな漆黒を見つめた。もしも…もしも俺がバーニーさんのマナを集中して覗き込んで裏側まで見れたとする。すると、心の深いところでぐるぐると渦巻く本音や、そこから流れるマナの味や匂い、音が感じられるはずなんだ。フィーネは五感でマナを感じる。俺もマナの光を波のように見る。


フィーネに接続した俺が、集中して見た結果が漆黒ってどういうことなんだ?


表面にあるマナはとっても普通の人なのに。とってもいい人なのに。


こんな黒…


死んでる人・・・・・みたいじゃないか。





活動停止してしまった思考がうまく再起動できず、俺はピタリと動きを止めたままでユリウス様の瞳を凝視していたらしい。「アル君?」と不思議そうな顔で言われて、俺はようやく我に返った。



アル「あ、すみませ…!つい、その…えっと、俺は中枢の方とお会いするのが初めてで…ユリウス様は気さくな方でびっくりして…」


ユリ「あは、そんなにビックリするほどだったのー?紫紺って言ってもさあ、いろんな人がいるんだよ。長様みたいに威厳のある人もいるし、私みたいにノホホンとしたのもいる。ごめんね、威厳のある感じの紫紺を期待してたかな?」


アル「いやいや、そうじゃないです!その…確かに紫紺の長様のいろんな逸話を本で読んだことがあったので勝手にイメージ作っちゃってましたけど。その、嬉しいです、こんな風に話してもらえて…」




ユリウス様は笑いながら「中枢なんて御大層に言ってても、私などはエルンストさんがいなければ一日で露頭に迷っちゃうよ」と言う。エルンストさんは「そう思ってくださるなら私を置いてフラリとどこかへ消えるのをやめてください!」なんて言いながら、ちょっと機嫌が直っていた。バーニーさんが「ほんとですよ、俺はエルンストさんに同情します」とユリウス様をからかい、エドワードさんも「あはは、俺もそう思いますよ!」と同意する。ダンさんも苦笑いしながら「僕に言われたくないでしょうが、放浪癖は良くないですよ?」と冗談を飛ばす。



俺は顔に微笑みを張り付けながら、こんなほんわかした和やかな会話を耳にする。そして心の中で、何もかもが生命活動を停止しそうな漆黒の恐怖と闘っていた。








  

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