320 俺を取り巻く過去と未来 sideアルノルト
翌日、ヘルゲさんに広報部で聞いたバーニーさんの話をした。それで俺がこんな風に考えたよって伝えたら、頷きながら「なるほどな」と言った。
「アル、お前には詳しい話をしたことがなかったと思うんだがな。俺はマザーに心を改造されて育った。だからとにかくあんなマザーを作らせた紫紺が嫌いだし、あいつらを欺くために何でもやったんだ」
ヘルゲさんの話は衝撃的だった。白縹が心を他人に弄られるなんてことは、想像しただけで吐き気がしてくる。ヘルゲさんは皆と一緒に戦い、マザーでヨアキムさんに出会った。かなりざっくりした感じに話していたけれど、俺にだってその痛みは少しくらいなら想像がつく。でもヘルゲさんから流れて来るマナの波は、時折イヤなことを思い出した時にざわめくだけで、静かなものだった。
「ま、俺が中枢を嫌い、マザーを警戒するのはそういうわけで、だからこそ真偽を見極める目が必要だった。だがアル、お前は人々の心の動きや部族の価値観の違いという観点からバランス感覚を磨いたような気がする。俺にはマネできん」
「…そんなことないよ。俺はさ、いろんな人にたくさん教えてもらえる幸運があっただけなんだ。広報部みたいに最初から警戒されてちゃ何も教えてもらえなかったと思うし、そうしたら俺はきっとこんな風に考えられなかった。でも旅をしようと思った原点はさ、ヘルゲさんが言ってくれたことだった。なぜ中枢がそうしなければならないのかを知らなきゃなって、それが俺の原点だよ」
「…そうか」
それだけ言ってヘルゲさんは柔らかく笑う。グラオの中心人物は、指揮官であるアロイス先生だとしか俺は思っていなかった。でも…本当の中心はヘルゲさんだったんじゃないだろうか。この人の成そうとしていることを全力でフォローするためにアロイス先生はあそこまで登り詰めた。この人の傷を癒そうと全力で悩んでボロボロになったニコル姉ちゃんは、あんなに俺に連れ戻されるほどサボって…でも宝玉としての才能を辛い経験と一緒に手に入れた。そして今は肩を並べて、ヘルゲさんと同じ歩幅で歩いてる。
俺は、たぶん一番すごい「部族」に最初から居た。白縹という一族の、その中でも「猫の庭」という一番すごいところに。
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お母さんとヴァイスへ行き、エレオノーラさんと大佐にも掻い摘んで金糸雀と山吹の話をした。俺が旅に出たいと思ったきっかけの疑問、それを理解するための取っ掛かりを広報部のバーニーさんがくれたこと。これで俺の見識が広まったなんて思っていないけど、全然足りてないのはわかってるけど、焦らずにいろんな人と中央で会って行きたいと思ってること。
全部聞いたエレオノーラさんは笑って「その話を聞けただけで、お前を旅に出した甲斐があったってもんだ。そうだろ、デボラ」と言い、お母さんはうんうんと頷いた。大佐は「小難しい話するようになったなァ小僧。もっと単純に生きたっていいんだぜぇ?」と言い、エレオノーラさんが「アンタは考えなさすぎなんだよ、直感で動くくせに成果を上げるからこういうタイプは心臓に悪いんだ。アルはマネすんじゃないよ」と渋い顔をする。
俺はフィーネを見習って、少しくらい先の未来なら自分で予定を立ててみようと考えていた。これから一か月は金糸雀へ滞在して里の皆と交流を深めたり、広報部の人の話を聞く。その後は緑青へ行って、二か月間を集中して勉強にあてる。最後の一か月は…学舎へ戻ろうと思うんだとお母さんに言った。
デボラ「うん、それはいいと思うよ。もう緑青なら勝手知ったる場所だろう?父のハニーディナーにだけ気を付ければいい」
アル「あは、あれは俺も無理だったからなー!あ、そうだ。俺ねえ、魔法部に入ったらすぐフィーネと結婚するね」
デボラ「はっはっは、ハニーマスタードと言いつつあれはハニーだらけ…なんだとおおおおおお!?」
中佐「…そういやフィーネが女らしくなってたね…アンタの仕業かい…」
アル「えっへっへ~」
デボラ「もうそんなところまで話が進んだか…さてはあの子のことだ、何かに火がついて計画を立てたのでは?この素早さはアルじゃないだろう…」
アル「うあ、バレた。なんかフィーネは人生設計を立てて、更なる愛情を手に入れる!みたいな感じに燃えてた~」
中佐「…ああ、子供が欲しいってことかい。そりゃいいが…フィーネを緑青姓にするんだね?」
アル「へ?…あ、そうかああ!俺がフィーネをお嫁さんにしたらそうなるんだね。問題…あるのかがわかんないや、お母さん、俺がフィーネに婿入りして白縹に戻った方がいいの?」
デボラ「そんなワケがあるか!エレオノーラ、いいだろう?フィーネも私の本当の娘…戸籍に入る本当の娘…方陣研究家が緑青姓で何も悪いことはあるまい?いいだろ?エレオノーラぁぁ!」
中佐「…そりゃ損得で考えたら得ばかりさ…フィーネも緑青の内部に入れるんだからね。しかしアンタの家は筆頭だろうに、数十年後を考えてごらんよ。この件は第二のアスピヴァーラ…アンタの伯父だっけ?あとアンタの親父さんだね。そこにきちんと話を通しな」
デボラ「ああ、もちろんだとも。うちのアホ親父はアルの嫁が来ると聞けば泣いて喜び、フィーネに会えばもっと夢中になるだろうから問題ない。アスピヴァーラの伯父上もケスキサーリの尻拭いは日常茶飯事だからねえ」
アル「あ、そっか…俺、フォルカーの親戚なんだな~。今度その話しよっと!」
デボラ「…ファビアンのとこの末っ子?…え?お前の友人はトビアスと…フォルカーもいるのか」
アル「そうだよ?」
デボラ「…エレオノーラ、多分緑青サイドはまるっきり問題ないと思うぞ?フォルカーはファビアンの秘蔵っ子というほどの秀才だ。しかも研究バカではなくてバランス感覚がいいから、長男は魔法部での跡継ぎとしてしごかれているが、フォルカーはアスピヴァーラの跡継ぎとして将来は緑青自治のトップになるはずだ。友人なら悪いようにはしないだろう」
アル「…そういえばフォルカーは、第二へ入って自治の仕事の補佐をやるって言ってた。それにトビアスほどじゃないけど、フォルカーもパウラも頭いいんだよな…」
デボラ「呆れたね、アル。パウラは第七の天才児と呼ばれてるんだよ。トビアスが第一と兼任で派手だから分かりにくかったのか?ユニーク魔法やその資質を見極める目は直感的にも関らず論文として出させると専門家が唸る知識量と精度だ」
アル「…シリマセンデシタ」
さすがにロッホスは今がんばってるとこだから、何も評価はなかったけど…でもあの三人何なの…次に会ったらからかってやろっと。