319 グラオ式の見送り sideアルノルト
いつも帰還すると、俺はA-301に泊まる。なのでこのスケスケ衣裳を兄ちゃんたちに見られないうちにと思って、パティオの裏からすぐキャリアーホールへ行って荷物を全部置いてきた。だって見つかったらイイ笑顔で「グッドラック」とかコンラートさんあたりが言うに決まってる…!
必要なものだけ持って一階へ降り、ナディヤ姉ちゃんをパティオで捕まえた。
アル「ナディヤ姉ちゃ~ん。あのね、金糸雀の児童図書班の人おすすめの童話を買ってきたんだ。ルカたちに読んであげて!」
ナディ「まあ、ありがとうアル!読み聞かせって大事なのよ…紙媒体だとデータより子供たちの興味を引きやすいの。んっと…『よい子の童話集:シリーズプリンセス:かなりあひめ』『よい子の童話集:シリーズ英雄:ちからもちのペートルス』…まあ、かわいらしい絵…これは皆が喜ぶわ、アル」
アル「えへへ、あのね『かなりあひめ』は大昔の歌のうまかったカナリアのお姫様の話なんだって。『ちからもちのペートルス』はやっぱり大昔の蘇芳にいたすっごい怪力なのに心優しい男の話だって言ってたよ。どっちも史実に基づいてるしおすすめだって。なんかねえ、シリーズ英雄の中で史実に沿ってるのは『こうぎょく』と『ペートルス』しかないらしいよ…あとのは創作絵本として、紫紺の長様を崇め讃える話を作らされたりしたから、おすすめしないってさ~」
ナディ「まあ、それは貴重なことを聞けたわね…図書館の絵本は確かに紫紺の長様はスゴイって話が多くて…私もリアから少し話を聞いてたから、違う物を読むようにしていたんだけど」
アル「そうだよね~、わざわざ洗脳用絵本なんて読むことないもん。道徳教育上読むべき内容なら児童図書班の人もやめとけなんて言わなかったと思うしさ。創作絵本でもシリーズ英雄以外なら紫紺に関係ないイイお話が他にもあったみたいなんだけど、多すぎて選べなくて。また次の帰還日までに何か見繕うね」
ナディヤ姉ちゃんから感心したように「アルはとても深く考えるようになったのね、素晴らしいわ…」と言われ、ちょっと照れちゃった。バーニーさんのおかげです、ほんと。
開発部屋へ行くと、お母さんとヨアキムさんが楽しそうに話してた。俺が「ただいま!」と言うと、二人とも破顔して「おかえりなさい!」と迎えてくれる。あ~、ホッとするなあこの二人に会うと。
デボラ「どうだい金糸雀は?」
ヨア「…最長老様のこと、もう大丈夫なんですか?」
アル「うん。あ、お母さんには話してなかったね。カナリアの最長老様とね、こういうことがあって…ミロスラーヴァさんはベルカントを連れてきてくれてありがとって、すごくお母さんにも感謝してたよ」
デボラ「…そうか…うん、あの御仁は全てを見通す目をお持ちだったね。きっとアルがこの時期に金糸雀へ行ったのも、何か不思議な縁だったのかもしれないな」
アル「ヨアキムさん、俺が歌ってもらったのは分身のベルカントで…本物のベルカントが里帰りできたわけじゃないのは分かってるんだ。ごめんねってベルカントに伝えてくれる?…映像記憶を共有したら、少しベルカントにも伝わるかなあ?」
ヨア「…ふふ、そうですね。共鳴させてもらえたら嬉しいです。ベルカントは分身でも嬉しそうですよ?あの日に大気が震えていたのはわかってるみたいですしね」
アル「ほんと!?あ、じゃあさ、ヘルゲさんに作ってもらった簡易型リンケージグローブで見てもらいたい!お母さんも!」
二人は何が起こるんだい?なんて言いながらも俺のあの四日間の記憶を見てくれた。あとはカペラでの集会のことも全部見てもらったんだ。二人はこれらのことを見るのにふさわしい人だから。
ヨアキムさんは静かに見て、ベルカントに「よかったですね…」と話しかけている。少し痛々しそうな顔をしてはいるけど、ベルカントが嬉しくて震えているから、だからベルカントが喜んでてよかったって笑顔になった。
お母さんは少しだけ泣いていた。「私の息子はあの偉大な御仁を立派に見送ったのだね、誇りに思うよ」と言ってくれて、俺も胸が熱くなる。
パノラマの映像記憶に夢中だった俺たちは、ヘルゲさんとフィーネが来ていたことに気付いていなかった。共鳴しているのがわかって、静かにしてくれていたらしい。フィーネから大まかなことを聞いたヘルゲさんは、俺たちが二人に気付いた時に優しく笑ってこう言った。
ヘルゲ「アル、猫の庭で最長老を送る宴でもやるか。本物のベルカントも歌いたいだろう」
フィ「いい考えだ。あの人ならウヒョウヒョ言って喜ぶだろうさ。そうだな、満月は祈りを捧げられているのだから、太陽と晴れた空に送ってやろう」
アル「ど…どうすんの?ベルカントに歌ってもらって…皆でお祈りするの?」
フィーネはニヤリと笑うと、「そんな湿っぽい祈りであの人が喜ぶと思うかい?グラオ式のとびっきりパーティーさ」と言ってヘルゲさんと一階へ降りていった。
*****
猫の庭のパティオにある扉は草原と海に向かってフルオープンになっていた。ヘルゲさんのごつい複合方陣が草原まで張られていて、寒い風を遮って温かい空気とちょうどいい湿度が保たれる。ルカとレティはうれしそうにプラムやチェリーに付き添われて、薄着のまま草原の滑り台で遊んでいた。
外へテーブルや椅子が持ち出され、アロイス先生とナディヤ姉ちゃんがアインたちを指揮して昼食の準備をしている。…何が始まるんですかー…
ヘルゲ「アル、その広報部が撮影した魔石を…うん、お前ならもう設定くらいできるだろう?そこの特大フォグ・ディスプレイと接続して高画質で映写できるように調整だ。日中の屋外での投影だからな、難しいぞ?」
アル「うっは、腕が鳴る~。やりまっす!」
そっか、ダンさんの映像記憶はすごいからな。皆見たらびっくりするぞぉ~。俺は一生懸命に映写画質の調整をしていた。ヘルゲさんはニコル姉ちゃんに何か相談していたし、フィーネは例のマナ可視化方陣を全員に仕掛けていた。…フィーネ何やってんだろ。そんなの仕掛けなくたって、ダンさんの映像にマナの光は写ってるのになー。
ヘルゲ「いくぞ、全員ヨアキムへ接続しろ」
全「うーい」
アル「へ?」
映像が流れる。あの時の分身のベルカントと同じように、全てのベルカントは静かだった。歌が始まる…映像の中の歌に合わせて、14人の分身と本物のベルカントが歌い出す。…ナディヤ姉ちゃんとリア先生まで、簡易型グローブでヨアキムさんに接続していたからだ。あの日と同じくらい、震動する大気。
ああ…ほんとにもう、ヘルゲさんとフィーネが揃うとやることのスケールがいっつも大きいし、想像もつかないんだ。ベルカントたちはゾクゾクと背筋を駆け上がるほどの歌声を響かせて、大空へ祈りを溶かしていく。
最後の一小節になるところで、ニコル姉ちゃんの精霊が黄色いデイジーの花を降らせる。ふわりふわりと落ちてきたデイジーは、手のひらに乗ったあと雪が解けるように消えていった。
ルカとレティが歓声を上げる。リア先生はえぐえぐと泣きながら、「こんな貴重な儀式映像が見られるなんて…」と感動していた。お母さんは満足げに頷き、ヨアキムさんは今度こそ曇りの無い顔で笑っている。俺は、この映像をグラオの皆と共有できて、本当に幸せだと思った。
アロイス先生が「献杯!」と言うと全員がコップを空へ捧げた。
カイさんたちが「アル、お前いい仕事したな!昼から酒たあ贅沢だぜ」と言って俺の頭をガシガシとかき回す。コンラートさんは「おー、聞いたぜ。お前も一人前だ、誇れ」とやっぱり頭をガシガシする。兄ちゃんたちの少し乱暴な激励も、なんだかくすぐったい感じに思えた。
*****
草原でどんちゃん騒ぎして、午後は皆で遊びまくった。俺はカイさんとカミルさんにコテンパンにされたし、見かねたオスカーさんが参戦してくれて二人がかりでカイさんに一発だけ入れられた。喜んだのも束の間、なぜかカイさんはターゲットをオスカーさんに変え、「お前やるようになったなぁ…いいぞ~」と筋肉をゴワッと盛り上げていい笑顔になった…コワイ…
カミルさんも野次を飛ばしながら「アルもけっこう動きがよくなってきたな…本格的にやろうぜ?」とコワイ勧誘をする。首がもげるほど横に振り、カミルさんにゲラゲラと笑われた。
それと今日は少しだけお酒を飲まされて、俺はそんなにお酒に強くなさそうだということが判明した。カイさんたちは「アルもバッカスじゃなくてよかったぜ」と言い、コンラートさんは「なんだよつまんねーなー。じゃあ解毒掛けながら飲もうぜ」と言う。だから、コワイこと言うのやめてください…!
少し飲んで、あんまりおいしくないしグルグルして少し気持ち悪いしで、すぐ自分で解毒を掛けた。…お酒はダメだなほんと、無理ですよ…でも少し付き合えるくらいには飲めるようになれるといいなーなんて考えながら部屋でダラーっとしてたら移動用端末に通信が入った。
フィ『…ええと、ぼくの部屋に来ると言ってたと思うのだが?』
アル「すぐそっちに行きます!」
うわあああ、耳を真っ赤にして照れるフィーネとかカワイイ!フィーネに言わせるなんて俺ダメじゃん!あー、でもあのスケスケをフィーネの部屋へ放り込むわけにもいかなかったし…
「おじゃましまーす!」
「…うむ…」
「あの、フィーネに呼ばせたりしてごめんね。ちょっと荷物があったからあっちに放り込んであったんだ。…あのさ、アルマ姉ちゃんたちからこれ預かって…マス。どうぞ」
「アルマから?魔石…ああ、この前の可愛いおねだりか!あれは最高だった…この魔石、大事にとっておくとしよう…」
俺はあの袋を開け始めたフィーネから視線を外してあげようって思って、荷物を移動させるフリで離れた。…もう、チキンと呼んでくださってけっこう。俺にあのベビードールなる禁断の衣装を預ける姉ちゃんたちが悪いんだ…!それに無理矢理着させるなんて高等ワザが俺にあるわけないし、そんなことしたらマリー師匠に大減点くらっちゃいます。
フィーネが着たくないならそれまで!
着てくれたら…そしたら全力で見ます、男だもの!
…
そーっと後ろを見る。きっとフィーネが恥ずかしがってるんじゃないかと思った俺は目をひん剥いた。
「ふむ…なるほど、ゴーヴァルダナの衣装か…ぼくは西方の衣装が似合うのだろうかね…アルマも衣装に関しては博識なことだ。ふむふむ、アルの衣装は楽団の衣装なのだね。うん、アルもこれは似合いそうだ。で、こっちか…ふうむ…これはいわゆる愛を請う技術の一端ということなのだね、興味深い」
フィーネは一切の照れ、恥らいを見せずに、まるで方陣を検分するかのように堂々とベビードールを広げていた。ダメだー、ほんとダメだー、フィーネの照れるポイントが限定的なのは知ってたけど、これがスルーできるとは思ってなかったー。
「あの…フィーネ、それ妄想が膨らむから仕舞ってください…」
「おや、そうかい?ぼくがこのような扇情的な衣装を着ても、子供のネグリジェと変わらんだろうに…アルはその、ぼくを見る時にキラキラエフェクトがかかっていることを自覚した方がいいのではないかい?」
「ちがいますー!フィーネが自分に自信なさすぎなだけですー!ではご説明しましょう!もしフィーネがそれを着るとですね!」
「ふむ、着ると?」
「俺は我を忘れてフィーネに襲い掛かって、旅とか勉強とかほっぽって、フィーネの仕事も休ませて、たくさんフィーネを味わい尽くしたいと、そう思うでしょう!」
「 劇 薬 で は な い か ! 」
フィーネは恐ろしい物を手にしていたことに気付いたかのようにベビードールを袋に突っ込んだ。
「その通りです!なので、それは、その、ほんとはすっごく着てるとこ見たいけど仕舞っておいてください!」
「…ふむ…わかったよアル。では一ついい考えがある。こちらへおいで、落ち着いて話そうではないか」
「うん。なに?」
フィーネはテーブルの上の衣装を全部袋へ仕舞うと、あったかい紅茶を淹れてくれた。一口飲んでふうと息をつき、フィーネは淡々と話し出した。
「アルはあと数か月後…6月に魔法部へ入るね。君は最初、せめて魔法部へ就職するまではと自分を抑えていた。そうだね?」
「うん」
「まあ、ぼくらはその前に気持ちが通じ合ったわけだが、そこで気付いたのだよ。ぼくには人生設計が足りないとね!まあ、アルの予定もあるだろうから無理強いはしたくない。まずはぼくの希望を聞いて、アルがどう思うかを聞きたいのだが、いいかな?」
「…うん…?人生設計?うん、聞きます…」
「アルが魔法部へ就職したらすぐに結婚、ぼくは子供を産む。仕事をやめる気は毛頭ないのでね、産んだら半年ほどで仕事へ復帰したいと考えているんだ。ぼくは今回のことで思い知ったよ、知っていると思っていた愛情は、数ある内の一つだったのだとね。なので、ぼくらの子供も欲しいのだ。あの可愛らしい天使たちは凶悪な可愛さだが、自分の子供はその何倍もかわいいそうではないか、それも是非に感じたい。なので、アルが嫌でなければ結婚初夜の時にでもあのべびーどーる?というものを披露するとしよう。どうだろうね、アルはどうしたいかな」
「 異 議 な し !! 」
俺は大音量で叫び、フィーネとガッチリ握手した。…なんだか女性からガンガン言わせちゃったのは…マリー師匠的にいいのかな。でもフィーネがそこまで考えてくれてめちゃくちゃ嬉しいしなー!なんかプレゼンされた感が拭えないけど、恋人から婚約者にランクアップしちゃったー、ヒャッホゥ!
せっかくなので初夜まではがまんがまん。フィーネにもそう言ったら「君の我慢は我慢ではないッ」と叱られた。とはいえ、今回だって最後までしませんでしたよ。ちょっといろいろしただけです。ほんとにちょっと。でも翌朝、フィーネはぐったりしたまま「アルには躾が必要だと思うのだよ…!」と言っていた。