317 情報の魔物 sideアルノルト
バーニーさんは、元々中央の広報部本部で政治関連記事を専門にしていたんだそうだ。外交に関する記事、紫紺のトップによる国策、瑠璃のシンクタンクによる国の舵取り…最初はそういうスケールの大きな「人が国を動かす」ことにロマンを感じ、夢中だったんだって。事実を人々に伝えるぞっていう熱意でいっぱいだったんだそうだ。
ところがキャリアを積んで行くにつれ、国の裏側を見る機会も多くなった。最初はそれでもがんばったんだそうだ。国を動かすんだから多少のことは仕方ないんだろうって、自分を納得させた。
ある時、バーニーさんが書いた記事の草稿を見た瑠璃のシンクタンクから連絡が入った。曰く『この記事には今後の政策上都合の悪い表現が多く含まれる。今回の掲載は棄却する』…具体的な理由は何もなかった。なぜだと上役から抗議してもらっても無駄。どこを直せと言うでもなく、一生懸命取材して書き上げた記事はあっけなく没になった。
後から考えれば、自分が当時担当していた数人の中枢議員の功績を記事にされたくない政敵からの妨害工作だったのだろうと思うよ、とバーニーさんは言う。そういう政治家の闘いに巻き込まれた形で、かなりの記事を没にされたバーニーさんは荒れた。上役もなんとなく事情を察していたのか、バーニーさんを気の毒に思って金糸雀支部の支部長として転勤させたのだとか。
ちなみに広報部の中で金糸雀支部は『芸能お気楽部署』なんて陰で言われてるらしい。なんだかなあ!誰だって綺麗な歌を聞いたり美しい絵を見たら心が洗われるじゃないか、バカにすんなよ!と怒りたくなる。だいたい、金糸雀支部の皆が今まですっごく苦労していたのに情熱を捨てずに仕事し続けていたのだって、俺からしたら「凄い」の一言だ。俺だったら拗ねて「こんな仕事やってられるか!」なんて思っちゃうかもしれないもん。
ともあれバーニーさんは「拗ねてても仕方ない、ここでいい記事を皆で作って行こう」って思って心機一転。ところが前任の支部長が悪い意味で山吹気質丸出しだったようで、取材拒否されては「お前らは情報発信の重要性がわかっとらん、黙って協力せんか」とか言いつつズカズカとミロスラーヴァさんのところへ行こうとしてつまみ出されたりとトラブルが絶えない人だった。
バーニーさんは前任者の所業を聞いたり、それによってまともな取材ができないという金糸雀支部の現状に頭痛がしたよって苦笑い。でも、今までの自分の行いを振り返る機会にもなったんだよ、と言う。自分も情報を捻じ曲げられてると分かっていて「仕方ないことだ」って思いながら記事を書いたことがあるからだそうだ。
「アルノルト君はどうして情報がねじ曲がるのかって言ってたね。情報はね、生き物なんだ。見る人によって、その見る角度によってまったく違う貌を見せる魔物さ。そして…魔物を情報の中に見た人は慄く。なんとかして魔物を退治してやろうって思ったり、その魔物の威容に心が折れてしまったり。だけど、うまくその魔物を味方に付けた者はどうだろう?虎の威を借る狐のように、その情報の魔物がその人物に絶大な力を与える…それをね、紫紺も、瑠璃も、山吹の上層部もよーく分かってるんだ」
「情報の魔物…情報は、そんなにすごい力がある…?」
「はは、白縹のパワーと言えば大規模魔法だよね。山吹のパワーというのは情報なのさ。情報の魔物をうまく飼い慣らすと、民意という力が動かせる。人間一人の力はちっぽけでも、それが何万、何千万と集まったら?言い方は悪いけど、数の暴力を起こせるようになるのさ、情報はね。だけど…数の暴力にも良し悪しがある。俺が見たのは悪い暴力だったな…だって国の舵取りのためじゃなくて、自分の意見を押し通すためだけに、政敵の記事を潰したんだ。こんのヤロ!って思うだろ?」
「ほんとだよ、バーニーさんの真剣にやった仕事をそんな理由で潰すなんて汚いよ!」
「あはは!ありがとな。だけどなあ、アルノルト君。ここからが君の疑問の答えになると思うんだけど…国を動かす…国の舵取りをするって、簡単なことだと思うかい?紫紺のトップのすごいカリスマ性があれば、この大国アルカンシエルは自動的に運営されていくかな?」
「そりゃ…簡単じゃない…かな。これだけ価値観の違う部族が七つもあって…いくらマザーがあっても人の心までは動かせないよ…」
「そうさ、紫紺も瑠璃も、身も心も削るようにこの国を想って動いている人が多数さ。しかし政治家は優しい気持ちがあればできるものではない。彼らはこの国をまとめるために、諸外国からこの国を守るために、大抵は仮面や鎧を心に纏わないといけない。この主要七部族と白縹一族を擁するアルカンシエルを束ねる者は、価値観の違う民へ『あなた方のこともきちんと考えてますよ、蔑にはしていませんよ』と言った裏で『甘い言葉で黙らせて、うまく誘導するぞ。それくらいできなくて何が政治家だ』と思う。諸外国からこの国を守ろうとする者は『まあ、仲良くやりましょう。お互いに発展できるといいですね』と言いながら暗に『この国に不利益なことをしたら、お前らの国なんぞ潰すからな』と思わせるように動く。さて、これらのこと…やっぱり薄汚いかな?」
「…政治家の闘い方が…薄汚いかどうか…か。そりゃ傍から聞いたら腹黒い人たちだなって思っちゃうよな…でも、そうか、国を守って継続させていく力は…綺麗ごとじゃ外敵と渡り合えない。ただ優しいだけじゃ、蹂躙されてしまうから…力を、見せなきゃいけない。七つの部族を纏めるのも、千差万別の意見と価値観をいちいち聞いてたら支離滅裂だ。『アルカンシエル』として…虹として一つの体裁を整えて纏まるために、事実を曲げる必要がある…?」
「…はは、やっぱアルノルト君は色んな部族を見てきただけのことはあるな。まあ…事実を曲げなきゃ纏められねーのかよって言いたい部分はどうしてもあるけどさ。意見陳情だの各部族からの抗議だのが絶え間なく来る政治家が『部族の一つや二つ、騙せなくてどーすんだ。国を動かすのはママゴトじゃねーぞ』なんて思わなきゃやってらんないかもしれないとは、俺も思うね。つか、俺なら絶対そんな役割はゴメンだわ、あはは!でもそれを引き受けてる政治家がいるから、俺たちはこうして安穏と暮らしていられるんだ」
バーニーさんの話を聞いて、俺は…この数か月旅してきたことが実を結んだような気がしていた。もし俺が旅に出てすぐにこの話を聞いていても、「だからって事実を捻じ曲げていいわけないよー」とか言ってたと思う。偶然ではあったけど、旅の後半でバーニーさんからの話が聞けたことにすごく感謝した。
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宿に戻って、今日聞いたたくさんのことを考えてた。俺、ほんとに幸運なのかもしれない。こんな風に旅に出られたのも、いろんな部族のことを知ることができたのも、大切な人がこんなにできたのも。もしかしてルカのおかげなのかなあなんて思ったりもする。ルカが俺の運気を上げてくれたのかなあ、そうじゃなきゃこんなに大切な宝物がたくさん心に溢れるような旅は、できていなかったんじゃないかな。
フィーネに通信を入れてみると、お風呂上りに急いで応答した様子にぼふん!とのぼせそうになる。フィーネはまったく気にする様子もなく『やあアル。今日は広報部に行くって言ってたね、首尾はどうだったかい?』なんて普通のテンションで話したりして。
濡れた髪を乾かしながらニコニコするフィーネは無防備すぎて、凶悪な可愛さだった。つい先日アロイス先生やマリー姉ちゃんから注意は受けてたんだけどさあ。フィーネが俺と付き合い出して「開花した」と全員一致だったらしい。それで俺に「フィーネの警戒レベルを上げろ」と言い出した。「コンシェルジュにはフィーネへ邪な気持ちで近づくやつを感知しろと言ってある。心理探査で見させているから、紅からアラートがお前に行くようにしておいたぞ」とヘルゲさんが真剣に言うから不安になっちゃったよ…
俺には正直わからない。フィーネは以前からこれくらい可愛かったし、キラキラしてた。まあ、あの日以来、色気がその…思ったよりあるなーなんて思っちゃうのは、それこそ俺がヨコシマな気持ちだからだと思うわけでして…
『アル?どうしたんだい?』
「ほわ!あ、なんでもない…うん、広報部ですっごく貴重な話が聞けたよ。俺、あそこで話が聞けて良かった。旅のきっかけになった疑問が、氷解とはいかないけど、かなり納得できる感じで解けたんだ。俺、旅に出てほんとによかった」
『そうか、それはよかったねえアル!ぼくらも淋しい思いをした甲斐があったものさ』
「フィーネ、淋しかった!?うは、嬉しい~!フィーネ可愛い!」
『ぼくら、と言っただろうに…母上だってヨアキムだって淋しがってたんだ。ヘルゲは顔に出さないけど、この前簡易型リンケージグローブをヘルゲにねだっただろう?あれ以来上機嫌もいいところだよ、弟に頼ってもらえたぞって皆に自慢していたさ』
「あは、そうだったんだ!あれはミロスラーヴァさんたちにすごく喜んでもらえたからな~!」
『それにしてもグローブの同時行使なんて、よく思いついたね。ぼくもあれは目から鱗だった…あの後ヘルゲと実験に明け暮れてしまったよ』
「へっへ~、やっぱ緑青のテッタレスで勉強するとガヴィさんぽい思考になっちゃうんだよね」
『あっはっは!なるほどね。ガヴィ式と言われれば納得だ!えーと…次の帰還日は明後日かい?その話も聞きたいし、実験にも参加してくれたまえよ』
「もっちろん!ヘルゲさんにもお礼言わなきゃな~!あ、でも夜はフィーネの部屋に泊まっていい?」
ゴボファ!と飲んでいた水を噴き出したフィーネは、軽く咳き込んでから『…いいよ…』と目を逸らして答えた。イヤッホーウ!