315 こうぎょくの絵師 sideアルノルト
カペラの舞台裏、長老様の専用控室に通された俺とダンさんは、まだ呆けたままだった。ゾーヤさんは既に帰っており、俺たちは普通なら絶対に入れないであろう長老様控室へ「どうぞどうぞ」と言わんばかりの笑顔で銅の錫杖を持った二人のカナリアに招き入れられた。
控室にインナさんと三人になると、インナさんは人差し指を口に当てて「アルノルトさん、声を外の二人に聞かれないように、何か結界を張れます?なるべく気付かれないような…」と言うので簡易テントのピックを部屋の中央に置いて手動で起動させた。石造りの部屋だから、床に差して自動発動っていうのができないんだよね~。
「…四重…ううん、それ以上の方陣…ですか?アルノルトさんたら、私とダンさんには惜しげもなく特別な魔法を披露するんですね…」
「あはは…だって、重大な秘密を共有する仲間に出し惜しみしてどうするんだよ~」
「ふふ…ありがとうございます。あ、こちらのメダリオンと儀礼布…お返ししますね。それと、話の細部をいい感じに脚色しちゃったのはお許しください。これをいただいた時の映像も、私たちへの個人的な遺言付きですからカットさせてもらっちゃいましたし…勝手をしてすみません。アルノルトさんのご懸念もわかってますから、ダンさんの映像魔石はカナリアの集会でしか上映しません」
「イ…インナさん…僕はあなたにこのご恩をどうお返しすればいいのかわからないですよ…僕はマナに鈍感だけど、でも、皆が受け入れてくれたのがわかった…金糸雀の里のカナリア全員がですよ!?こんな奇跡が起こるなんて、僕には想像もつかなかった…僕が山吹だと分かった上で、こんなに受け入れてもらえるなんて…」
「ダンさんもアルノルトさんも、私の為に会わないって言ってくださった。そのお気持ちは本当にありがたいものでした。でもですねぇ…きっとミロスラーヴァ様も私がやったことを笑って褒めてくださっていると思うんです。だって、せっかく心の繋がった友人と自由に会って話もできないだなんて!次に会うのが何十年後だなんて!有り得ませんよ、私はまだそこまで出来た人間じゃないんです!だったら長の立場を利用してでも、里の意識を変えてみせます。ダンさん、これは奇跡なんかじゃありません。あなたの信頼を受けるにふさわしい人柄への、当然の対応なんです。今までがおかしかったんですよ」
インナさんはぐっと拳を握りしめて力説した。俺はもう、なんだかおかしくなっちゃって、笑い出してしまった。
「あは、あはは!そりゃそうだよね、ダンさんくらい正直な人ってなかなかいないよ~。それに呪いのテンが死んで泣いちゃうダンさんが、悪い人なわけないもんね~!」
「ふ、ぷふ、そうですよアルノルトさん、ダンさんたら最長老様のおふざけを真に受けて、あんなに汗をかいちゃうくらい真面目なんですもの…ぷふ…」
「…二人とも、楽しそうだね…僕はもういっぱいいっぱいで、何が起こったのかとクラクラしてるっていうのに…もう次に行くつもりの絶景、撮影できても見せてあげない…」
「「あー!ごめんなさいダンさん!見せてくれなきゃヤだー!」」
「あはは、嘘だよ!二人に見せないなんてありえないよ。僕がこれから見る絶景は、全部君たちと共有できなきゃ意味がないからね」
「意味がない…のですか??」
「そりゃそうだよ、一番の友人に見せて一緒に感動してもらって、昨日みたいにどんな冒険をしたのかを話して驚いてもらうんだ。それが僕の生きる意味だもの」
ダンさんが当然でしょ?って顔をして言うから…俺とインナさんは顔を見合わせて破顔してしまう。ほんとにさ、俺、ダンさん好きだなー!
「ダンさん、後で魔石屋さんに付き合ってくれないかな?あのマナを可視化する方陣、魔石に入れてダンさんにあげるよ。そしたらもっと綺麗なものをたくさん見れるでしょ?」
「ほんとかいアルノルト君!うーわー、出たよ出た出た!アルノルト君のラッキー攻め!ほんとに僕の幸運残量、あとどれくらいなんだろ~…」
ダンさんが頭を抱えて悶絶する。インナさんが笑う。俺もケタケタと笑って「大丈夫、いままで不運だった分が来てるだけだから、減ってない減ってない」と適当なことを言ってダンさんを笑わせた。
*****
インナさんはしばらく長としての仕事が立て込むらしくて、落ち着いたら連絡しますから家に来てくださいと言われて別れた。控室を出て銅の錫杖を持った二人に会釈すると、にっこり笑って「そのままカペラの客席へ行っていただけます?あなた方にお礼を言いたいカナリアが何人も残っているんです」と言われて仰天した。そーっとカペラを覗くと…
『来たぁぁぁ!』
というマナの大波が十数人分!!
びっくりした俺が「ひ!」と立ち止まったことに気付かず、ダンさんはひょいっと一歩踏み出してからぎょっとした。
「すごい映像記憶だった!握手してくれ、君は素晴らしい芸術家だ!」
「最長老様とラブラブだったもんね、ほんとにありがと!」
「ありがとうね、二人ともいつでもカペラに来てね?」
俺たちは老若男女のカナリアに囲まれ、固まったまま握手したり返事したりと忙しい。目を回しかけた時、それに気づいた恰幅のいいカナリアの男性が笑って皆を押さえた。
「ごめんな、ほんとは全員が残って君たちにお詫びやお礼を言いたがっていたんだ。それじゃいくらなんでも収集つかなくなるからって言うんで、班の代表だけで待ってたんだよ。カペラでの新長就任集会の内容は、明日には里全部に行き渡る。そしたら君たち…ゆっくり里歩きなんてできなくなると思えよ~?」
「えっ何でですか…何かマズいことでも…」
「あは、違うわよお!最長老様はカナリアだけじゃなくて皆に好かれていたもの。ヘタするとあなたたちの歌や歌劇を作りたがったり、みんなが群がって話したがるってこと!」
「えええぇぇぇぇ!ムリ!やだ!恥ずかしすぎる、た、助けてくださあ~い!俺たちミロスラーヴァさんが大好きだからちょっと頑張っただけなんだよ~!」
皆は半泣きの俺とダンさんを見て、ブハッと吹き出した。「大丈夫よ~、冗談冗談!生存中の人物に関する歌や歌劇は本人に許可を取らなきゃダメだから!」なんて言ってくれたけど、まさかそのオファー的なものがいっぱい来るなんてオチじゃないよね…!?
「そんな酷い状態にはならないさ、カペラの許可なしにそんなことしたら長様の不興を買うくらい分かってるって。でもまあ…みんな君らに話しかけるだろうけど!里の滞在が楽しくなるって思えばいいんじゃないか?」
「ぼ…僕には青天の霹靂ですよ…話しかけてもらえるなんて、そんな嬉しいことないです。前任者が図々しくて嫌な思いをさせちゃったのに、こんなに暖かく迎えてもらえるなんて…この里の人たちは、心が広いな…」
「ンなことないって。俺たちも悪かったよ、ダンさん。これからはどんなことが知りたいか教えてくれれば、カペラでほとんど紹介できると思うぜ?取材がダメなら、そのダメな理由をきちんと説明するくらいのことはできる。協力すっからさ、この里をあんたのスッゲェ視線で見てくれよ。あー、もうホントあの映像スッゲかったぁ…俺は感動した…」
「ありがとう…そうだ、最長老様に見せて差し上げた絶景の映像なんだけど、よかったら見る?」
「うわああ!見る!見たい!見せて!」
それから皆でダンさんの映像記憶を見て、昨日のミロスラーヴァさんみたいに感動したカナリアを眺めてダンさんは大満足していた。さすがにあのパノラマはできないけど、普通の映像記憶だってすっごいもんね。
俺はさっきの恰幅のいい男性にカナリアの組織のことを聞かせてもらい、すごく勉強になった。この男性はミハイルさんと言って、男性カナリアの中で「歴史編纂局」のトップの人。よくリア先生が夢中になって読んでいる金糸雀歴史書はミハイルさん管轄の「歴史班」で管理されているんだ。
その他にも中枢や山吹などへの対応を受け持つ「渉外班」なんてのもあるらしい。だってカナリアは偽りの歴史を騙ったら『紡ぐ喉』が潰れちゃうのに、中央の山吹なんかは平気で「国に都合のいい歴史を語れ」とか強要するやつがいるらしいんだ。ムカッとしちゃうよね。
ほかにもたくさんの班があって、色々聞いているうちに「児童図書班」っていうのがあることを知った。俺、実は知ってるんだ…アロイス先生やコンラートさんがヘルゲさんをからかう時の『こうぎょくのだいぼうけん』…つい興味本位で探したら図書館で見つけちゃって。あの絵…あれは確かに面白かった…
そんなことを思い出していたら、ミハイルさんが「どした?」なんて聞いてくるから質問してみた。
「あの…あのさ、児童図書班で出す童話集ってあるでしょ?あれの挿絵ってやっぱり金糸雀の人?」
「大抵はそうだな。見たことあるか?」
「えっとね、俺、緑青のお母さんの養子になったから緑青姓なんだけど、白縹一族出身なんだ。それでさ…『こうぎょくのだいぼうけん』の挿絵が…」
「アル、お前白縹なのか!?うあ、ほんとだ瞳がスゲェな…で?『こうぎょくのだいぼうけん』がどうした?あれは人気の一冊なんだよなー、いまだにデータも紙媒体もよく売れるんだ」
「えっとね、本物の紅玉ががっかりしてた…白縹って、目から光線とか出さないから…」
全カナリア「なんだとおおお!?」
「え、そこから?ウソでしょ!?白縹は瞳が特殊なだけで撃つ魔法は皆と同じですよ?俺だって目から出るのは涙だけですけど」
「く…くそ…金糸雀の恥だ…あれ描いたの誰だよおお!」
ミハイルさんと数人がダーッと駆けて行き、奥の部屋から何かの書類ファイルを持ってきた。児童書の挿絵は専門の絵描きさんがいて、サンプルの絵が何枚もあってとても上手だった。なんか、この綺麗な挿絵に比べると『こうぎょくのだいぼうけん』の絵って、少しだけ稚拙な気がしないでもない…でも、子供が好きそうな絵だったけど。
「あった!えーと…あの表紙と挿絵は40年前に寄贈された絵が採用されてますね…寄贈ってことは有名人が書いたのかな…う…げええええええ」
ナニナニ?誰だった?なんて言いながら驚いて絶句している人の手元を覗き込む。
【挿絵寄贈:ミロスラーヴァ・金糸雀】
…
…
全カナリア「さいちょぉろぉぉぉぉ…」
「あのイタズラバァさんめえええ…何度俺を改稿地獄に叩き込めば気が済むんだあああ!」
「え、ミロスラーヴァさんてそんなにイタズラしてたの?」
「おう…そりゃもう目に付いたところを片っ端から、スキあらば…俺は最長老様のイタズラを未然に防げたことはない…」
「ミハイルさんをからかうのが一番面白いって言ってたわよ、そうやってすぐにダマされるから…」
「そうだよー、ちょっと考えればわかるじゃん。俺、『最長老様絵姿集:ミロスラーヴァのす・べ・て』とかいう企画書見てすぐイタズラだってわかったぜ?ミハイルさんは普通に決裁書ボックスに入れてたじゃん」
「うるせえ!この絵本は皆して40年もダマされっぱなしじゃねえか!」
「だってぇ~…私、この絵本見て育ったもん…」
「あはは…ま、まあこれからそっと挿絵を変えちゃえばいいんじゃないですか?文章のどこにも目から光線を出すなんて書かれてないんだし…」
「すまんなアル…紅玉サマにも謝っといてくれ…」
がっくりしたミハイルさんは、新しい『こうぎょくのだいぼうけん』の挿絵を誰に依頼するかを班の人と話し始めていた。
何か悪いことしちゃったかな…