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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
宝石の旅路
315/443

314 カペラ sideアルノルト

  







フィーネ、めっちゃ可愛かったな…すんごい華奢で折れちゃいそうなのに、めっちゃ柔らかかったな…なんかすっごくいい匂いだったし、口がすっごく甘いし、喘ぎ声や吐息が色っぽいし、小さい手で一生懸命縋りついてきたし…俺、よく我慢できたよなー。俺、えらいなー。



「…アル、聞いてますか?」


「ふぉ!?ごめんなさいゾーヤさん、聞いてませんでした…」


「寝不足ですか?その…気持ちはわかります、すぐには無理でしょうが、元気を出してください…」



うぐ…更にごめんなさい…ゾーヤさんは俺とミロスラーヴァさんがデートしてたことも知ってるから、俺がショックで眠れなかったと思ってるんだよね…ごめんなさいごめんなさい、フィーネの色っぽいとこばっかり思い返しててごめんなさい!



「ええとですね、長様…インナ様からご招待をお受けしているんです。これは異例中の異例ですし、アルがこの里へ勉強しに来ていることを考えたらお断りするのはもったいないと思われるんですよ。でも体調が悪いなら…」


「インナさんから!?えっと、俺は大丈夫!行きます!お家に行けばいいの?」


「いいえ、カナリア管理部署…通称『カペラ』で行われる、カナリアの集会にご招待されているんですよ。ほんとに、聞いたことないです。他部族の男性をお二人も招待されるなど前代未聞ですから」


「二人?俺と、誰?」


「…広報部のダン・山吹さんです」



俺はさすがにガパッと口を開けてしまった。

イ…インナさん?何をお考えに…


ともあれ、俺が行かないなどということは絶対ないから「出席します!」と元気に答えたけど。だ、大丈夫なのかなあ…






*****





カナリアの集会所である『カペラ』は、相当大きな建物だった。近代建築がほとんどない金糸雀の里では、その威容は非常に目立つ。石造りのデコラティブな柱、入り口の上にはタラニスを表現しているという太陽・月・雲・風を意匠化したレリーフ。音響に留意して三百年程前に作られたという建物と、祈りの場である丘と、マザー施設はちょうど地図上で繋げば正三角形になる場所にある。


カナリアが常駐している一番重要な小ホールのことを『カペラ』と呼び、金糸雀歌劇団が上演している歌劇場とオーケストラのコンサートをする大ホールが併設されている。中央の劇場に次ぐ規模と設備なんだそうだ。


…今日の集会は、昇仙の儀式が終わった後の新長の所信表明なのだとか。だから当然、しばらく歌劇団の上演もなければコンサートも中止。新長であるインナさんがどのようにカナリアを治めて行くのか、どのようにこの里を導いていくつもりなのかがハッキリしたら、それに沿った活動内容になっていくからなんだ。


ゾーヤさんはカナリアではないけれど、俺とダンさんが失礼なことをしでかさないようにサポートするためガイドとして付き添ってくれている。さすがにこんな重大な集会に出たことがないゾーヤさんも、少し緊張していると言っていた。


カナリアには当然男性も多く存在する。歴史の『語り』専門とは言え、やはり尊敬される存在には変わりはない。だから男性側の端っこにでもいればそんなに目立たなくて済むんじゃないかなーなんて思ってたけど、大間違いでした…!


カナリアはマナを視る能力に長けた人ばかり。ということは、いつもなら会う人全員に『紡ぐ喉』が視えるのが当たり前のカナリアたちの中で、二つ目の声帯を持たない俺たち三人はがっつり目立っていたのでした…しかもダンさんを見る目がちょっと…冷たいというほどじゃないけど、警戒心バリバリみたいな。可哀相だよ~、ダンさん…




ゾーヤさんに案内され、座らされた席は貴賓席…嘘でしょインナさん、舞台の真ん前じゃないですかああああ!


ダンさんと一緒にチラチラと二人で目を合わせ、青ざめた顔で「ナニコレ…」と呟くしかないという状態で。しばらくすると、銅の錫杖を持った二人が舞台の両端に出てきた。シャリン!と同時に錫杖を打ち鳴らすと、会場は物音ひとつしなくなった。そして舞台の上手からインナさんが現れる。黒地に赤の刺繍が施されたチュニックに赤いサッシュ。全ての装飾品は金色で、錫杖も金。


…昨日のミロスラーヴァさんの色は、インナさんに引き継がれていた。



「皆さん、本日はお集まりいただいてありがとう。本日より長として皆さんと共に歩んでいきたいと思っています。タラニスへの感謝を」



そう言うと銅の錫杖が打ち鳴らされ、全員が立つ。

俺とダンさんがびっくりして腰を浮かそうとすると、ゾーヤさんが「立たなくてもいいです、これからカナリアの祈りが捧げられるので」と腕を押さえてくれた。



ァァァアアア…と男性のカナリアが低音を発すると、アルトの響きを持った女性と男性の声が続く。最後にソプラノの声の女性が大勢で高音を発すると、会場全体が一つの和音を奏でる激震地帯のようになった。


…これは。

確かにミロスラーヴァさんの歌声は至高だった。でもこんな…三百人以上のカナリアが一斉に出す声は、大地から響いていた低音のようなエネルギーを内包している。


ゾクゾクする。背筋を駆けあがる快感。腰が抜けそうな高揚感。俺も声を出したくなるような、一緒に歌いたくなるような、身の内から湧き上がる熱い気持ち。


カナリアって。

なんて凄い人たちなんだ…!


祝詞を歌えない男性もいるからなのか、「歌詞」はなかった。チューニングのように声を出しただけなのに、このパワー…ほんと、すごい…



「タラニスよ、我らを導き給え…皆さん、ありがとう。ご着席ください。ではまず、ミロスラーヴァ様より皆さんへのお言葉を賜っております。『どうか自由に、どうか幸福に、どうか健康に』とのことです」



そこかしこで鼻をすすり上げる音が聞こえる。きっとみんな、悲しくて仕方ないんだ…

その後はインナさんから「芸術表現に関しては今まで通り、国の禁則事項に抵触しない範囲で自由に表現しましょう」とか、「広報部本部から演目依頼があった場合は金糸雀自治体で検討しますので安易に受けないように」などといった話があった。


これは後でダンさんから聞いたんだけど、中枢と軍上層部に直接つながっている広報部本部は、民意誘導の道具として歌劇団や歌手を利用しようとすることが多い。つまり紫紺を美化した歌劇や楽曲を作らせたり、アルカンシエルがすごい国なんだって褒め称える内容のものにしろと言い出したりするらしいんだ。


出たよ、民意誘導。

俺はその紫紺様のご都合主義と、山吹の大国至上主義のねつ造に嫌気が差して旅に出たんだからねー。ダンさんに悪いと思ってあまり表情には出さなかったけど、その話を聞いた時は内心でプンスカしてました。まあ、ダンさんも「山吹のそういうとこ、ほんと最低」と言っちゃってたけどね。




一通りの話が終わると、インナさんは俺たちにニコリと笑いかけた。…インナさんはとても綺麗なスラリとした優しい笑顔の人なのに、悪寒が走る。これ、もしかして俺たち…晒される気がします…っ!!



「では皆さん、気になって仕方なかったとは思うのですが…本日は他部族の方をお二人ご招待しております。金糸雀の文化を学びに来られたアルノルト・緑青様と、広報部のダン・山吹様です」



ゾーヤさんに促され、背後にいる三百人のカナリアに向かってペコリと一礼。うおおおお、三百人のマナの波が『何で広報部がいるんだ』とか『なんでこの人たちが招かれてるの?』とか『あの子、最長老様のこと大好きだった男の子じゃないの』とか言いながら、ざっぷんざっぷん打ち寄せて参りますぅぅぅ!



「皆さんご存知の方も多いと思いますが、アルノルト様はミロスラーヴァ様が心安らかに昇仙できるように尽力してくださいました。ミロスラーヴァ様のお散歩に丁寧にお付き合いくださったり、大好きなお花を贈ってくださったり。お陰様を持ちまして、ミロスラーヴァ様は大変ご満足してタラニスへ金糸雀一族の幸福を願うことができました」



背後から、ドォッと拍手と歓声が沸きあがる。た…タスケテ…恥ずかしすぎて顔が上げられない…ッ



「そしてもうお一方…ダン様は、世界中の美しい景色を映像記憶に収めるという崇高な志を以って各地を巡った素晴らしい映像記録者イメージグラファーです。今回、ミロスラーヴァ様の願いの一つである『世界の美しい景色が見たい』という希望を叶えてくださいました。普段私たちは広報部を警戒するあまり、ダン様の真摯なお人柄を無視して冷たく当たっていたことは皆さんもお分かりですよね。ですがダン様は、そのような不愉快な思いさえ隅に追いやり、ミロスラーヴァ様が一つの心残りもないようにと、様々な記憶映像を提供してくださったのです。…この金糸雀の者ならわかりますよね?自らが作り上げた芸術を、無償で提供できる人がどれだけいるのでしょう。ダン様は命懸けで撮影した映像記憶を、惜しむことなく出してくださったのです」



あ、ダンさんが俯いた…わかる、わかるよダンさん…!



「そしてミロスラーヴァ様のもう一つの願いが、昇仙の儀式の撮影だったのです。私もお手伝いして、昇仙の儀式には秘密裡にお二方にも立ち会っていただいております」



ザワ…と会場が騒がしくなった。まさかインナさんがそのカードを出すとは思わなかった…きっと考えた末のことなんだろうけど、ベルカントのことだけはナイショにしてくださいぃぃぃ!



「…驚かれるのも無理はないと思います。ですがミロスラーヴァ様は仰いました。『昇仙がどういう物なのか、全員が知るべきだ』と。何が起こったのか、何を成し遂げたのか、そして長老という役目が何を背負っているのか。私は必ず昇仙してみせます。ですが、後継者にこの役目を無理強いはしたくないのです。ですから…今からダン様が心を込めて撮影してくださった映像を見て、そして後継者選抜が行われる数十年後まで、語り継いでほしいのです。私は、強い意志を持った方にだけ後継者となってほしい。もし後継者がまったく現れなくともかまいません。昇仙は…必要不可欠ではないのですから」



インナさんが話し終えると、会場が暗くなって特大のフォグ・ディスプレイが舞台に現れる。俺、そういえばダンさんの映像をまだ見てなかった…




打ち鳴らされる金の錫杖。

紡がれる祝詞。

次々と繋がっていく歌うマナの手と手。

編み上げられる歌声と、地の底から湧き上がる力。

上空から見下ろす視線の先には、恐ろしいほどの光を生み出す小さなカナリア。


舐めるように、螺旋状に旋回する視線がミロスラーヴァさんを捉え、その偉大な姿を余すところなく映像で表現していた。祝詞の最後の場面…全ての力が解放されて、音の衝撃波が最大値に達する直前で海上から丘を見る視線に切り替わる。マナの光がドッと立ち昇り、同時に光の衝撃波が同心円状で拡がって行く。


…すごい…


ダンさん、こんなすごい視線で…こんな素晴らしい映像でミロスラーヴァさんを残してくれていたんだ…


俺たちがメダリオンや刺繍の飾り布を渡されるところは、カットされているのかわからないけど、映っていない。でも、光の入れ物になったミロスラーヴァさんがふわりと歌うマナになったところは、しっかり映像として残っていた…





会場が明るくなっても、誰も、一言も発しない。しばらくカナリアたちを見ていた後で、インナさんは話し出した。



「…この映像…ミロスラーヴァ様への尊敬の念なくしては有り得ません。そして、ミロスラーヴァ様がこのお二方を完全に信頼していた証もございます。…申し訳ございませんが、アルノルト様とダン様。ミロスラーヴァ様より賜った品をこちらへ」



ここへ招待された時に、俺はメダリオン、ダンさんは飾り布を持ってきてほしいとインナさんに言われていて。まさか、こういう使い方をするとは思わなかった…


おずおずと舞台へ上がった俺たちは、そっとインナさんに品物を渡した。掲げられた物を見て、カナリアたちが息を飲む。



「…おわかりですね。『タラニスの巫女』の象徴、メダリオン。ミロスラーヴァ様ご生家の伝統的図柄を十年かけて刺繍した儀礼布。これらは、伊達や酔狂で最長老たる者が下賜することなどありえません。皆さん…意識を変えませんか?他部族の方々が、私たちではできないことをミロスラーヴァ様へしてくださった。このご恩を、私たちは仇で返すのでしょうか?広報部だからと十把一絡げに忌避するのではなく、人柄を見て、信用できる人物かを見極めてお付き合いしませんか?もちろん、本部からの演目依頼には警戒が必要なのは変わりませんが…金糸雀支部の方々を少しずつでいいから、どんな方なのか、自分たちで見極めましょう?」



インナさんがそう言うと、少しシンとした後…カタン、と一人立ち上がった。カタン、カタン、と次々にカナリアが立ち上がり、しまいにはガタガタガタ!と全員が立ちあがる。俺たちはもう、訝しむような波ではなく、温かい、大きな感謝の念の大波に囲まれている。


…インナさん。


俺たちはもう、インナさんに堂々と会えないと思ってた。でも、こんな公の場で。こんな大舞台で、インナさんは俺たちを友達だと…信頼できる大切な友人だと宣言してくれたんだ…


暖かい拍手の中、俺は一生懸命我慢したけど泣いていた。何度ぐしぐしと袖で涙を拭ってもムダで、こんな波に包まれたら感動して当たり前だよねー!と自分に言い訳してた。


ダンさんは深く、深く腰を折ってお辞儀していた。床にポタポタと落ちる涙を拭うこともせず、ずっと頭を下げていた…










  


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