313 繋がれ sideフィーネ
アルと朝まで森にいたぼくは、なかなか離そうとしないアルに「もう夜ではない!朝だ!ほんとに朝までとか…と、とにかく帰るぞアル!」と怒鳴って猫の庭へ帰還した。アルはにっこにっこしながら「うん!通信するね!がまんできなくなったらフィーネの部屋に行く!」と不穏な発言を残して宿へゲートを開いていた。
自室でお風呂に入り、よろよろしながらベッドの端へ腰かける。昨夜アルはぼくをめちゃくちゃに触りながら、ふっと思いついたように話し出し、その話が終わるとまたさわさわと触り出すということを繰り返した。
… た ま っ た も ん じ ゃ な い 。
いろんな話をした。ぼくも、欲しい物は大好きな人から貰う心のこもった物で、心が一番ほしいという話をした。アルは合点がいったという顔をして、わかった、まかせて!と言って口と手でぼくを貪った。
そ う で は な い と い う の に 。
とにかくぼくは、この大型わんこが飛躍的にバージョンアップしてしまったことに慄きながら帰ってきたわけで。
身支度を整え、修練しようとダイブして、驚愕に顎が落ちる音を聞いた気がした。
金の小鳥が飛んでいる。
青い結晶の魚が飛び跳ねている。
結晶でできた竹が風にさやさやと揺れる。
竹の細い枝にとまった金の小鳥が歌う。
がばっと広がったぼくの心の領域は、リンケージグローブで接続してもいないのにアルの心と隣接していた。ぼくの心から群青の清流がアルの竹林へ流れていく。竹林にそっと存在する庵にもたくさんの金の小鳥。ぼくの心にも竹が進出し、清流の水を竹がさらに浄めていく。
まるで水墨画の世界のようになってしまったアルの心と、美しい源泉のある水の郷のようになってしまったぼくの心。お互いがお互いを浄めるかのような景色に愕然として…
ダイブアウトしてアルへ通信を入れた。
『あ、フィーネ!さっきぶり~』
「さっきぶり~ではないのだよアル、修練したかい!?」
『したした!すっごく変わってた!やっぱ俺、フィーネが大好きすぎるよね~』
「そ…その論法で言うと、ぼくもアルのことが大好きすぎるという結論になるのだがね…あの金の小鳥…最長老か?」
『あ~、たぶんそうだよね。カナリアの最長老が全身全霊で俺を祝福するって言ってたから。このメダリオンかなあ』
「ハァ…なるほど。では、そのメダリオン…絶対に壊れたり外れないように何か工夫しないといけないね。方策を考えておくよ」
『ありがとフィーネ!フィーネならそういう風に言ってくれるって思ってた。大好きだよ~!』
「う…うむ、ぼくもその…大好きさ…」
通信を切る。
枕やクッションをベッドに積み重ねる。
ぼす!ばす!と渾身の力でパンチしながら「このぼくがバカップル丸出しの会話…ッ」と恥ずかしさで昇仙できる勢いを拳に込めた。
*****
「おはようアロイス」
「おはよーフィーネ!昨日帰ってこなかったね。…大丈夫?」
「ああ、その件で謝罪をと思ってね…気を遣わせて、本当にすまなかったよ。もう解決したし、何も問題ないよ。仕事も加減してもらっていた分、どんどんぼくに回してくれ。助かったよ」
「そうなんだ?でも元気になってよかったよ。アルノルトも元気になった?」
「ああ、そりゃもう元気も元気…ってうわあああああアロイスなんでえええ」
「…まあ、長年の勘と言いますか…きれいにカマかけに引っかかるなんてフィーネも可愛いとこあるねえ」
「褒められている気がしないね…」
「…うーん。ナディヤとリアに言った?」
「あ、まだだね…まずアロイスに謝らなければと思ってね」
ちゃんと報告しておいで、と促されてナディヤとリアの所へ向かったが。不思議そうな顔をしたアロイスはアルマたち三人を呼んで何か話している。何だろうね…
「やっぱり…そうなると思ってたわ!」
「リアは自分が一番の年の差ではないと思いたくて仕方なかっただけではないか…一番の年の差カップルはカイさんとカミルさんだろう」
「ふふん、女が年上って意味ではフィーネがトップよ!」
「ふふ…でもよかった。それにしてもフィーネ…ずいぶん瞳の色がきれいになったわ…」
「ん?変わってるかい?」
「なんか…反射する光に金とか緑が混ざってるの。キラキラして、とてもきれいよ?」
「ああ…なるほどね。うん、たしかにダイブした光景が変わっていたよ。ぼくは今まで幸福を知っているつもりでいたけど…でも君たちが手に入れたあの深い気持ちは何一つ知らなかったのだね」
「あら…フィーネが愛情の話で謙虚になってるわ。これはアル、相当いい男になったのねえ」
「…癪なことに、恋敵がアルをいい男に仕上げていたよ…くそ、まだ少し悔しいな…」
「ぷ、ふふ、フィーネってばもう…これからはあなたが一緒でしょう?アルが今より何倍もいい男になったら、その時に恋敵さんに威張ればいいのよ」
「むう…それもそうだ。やはり君たちはぼくの親友だ…君たちがいないと、ぼくはぼくでいられない。大好きだよ、ナディヤ、リア」
笑顔で言うと、二人はぴたりと動きを止めて、頬を桜色に染め上げた。
むっほ…なんと可愛いのだ、二人とも…
アロイスが呼ぶのでそちらへ行くと、アルマを筆頭にニコルとユッテも真剣な顔でぼくを見る。首を傾げて「何だい?」と聞くと、アロイスがまたしても不思議そうな顔をして言う。
「…ね?僕の言ったこと、わかるでしょ?」
「ほわあ…うん、アロイス兄さん…正解だと思う…」
「アル、すっごー」
「アロイス兄さぁん…これは素敵素材よ…次の仮装ではタンランの袍なんて着させなぁい…」
「な…何なのだい?皆何をそんなに…」
「フィーネ姉さん、これからはマッドな笑顔は開発部屋限定にした方がいいと思うよ~」
「そーだよ!なにそのツヤ…アルに何か注入でもされたっしょ」
「っぶぅぅぅ!!ちゅ…ちゅーにゅ…何を言い出すんだいユッテ!!」
「あ、ちゅーはしたんだね~。でもこの変わり様はスッゴイ…次の姫は決まりだよねえアルマ」
「当然よぉ~!髪のツヤが神がかってるぅ!ミルクティーっていうか反射が眩しい感じになってるし、まつ毛が長くてバサバサで、美少女なのか美少年なのかわかんないくらいの中性的な色気とかあ!なにこれえ、アルを褒めてあげなきゃ~!」
うきゃー!と叫んで三人は子供たちのいるパティオへ去っていった。ぽかんとしているとアロイスが言った。
「フィーネ、これからは近寄ってくる男にきちんと気を付けないとアルノルトが妬くよ?」
「…皆が何をそんなにやいやい言うのかわからないよ…」
「フィーネがね、アルノルトの愛を受け入れて劇的に女性らしさが開花したってい…」
「うああああ!言うなああ!それ以上言うなあああ!」
「何だァ、どしたよフィーネ」
「コンラート、フィーネがアルノルト…」
「うあああああ!」
「…ヤッたんか?コングラチュレイション」
ぼくはコンラートに”傀儡”を仕掛けて背骨が折れる寸前までのブリッジをさせてから自室へ逃げ出した。