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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
宝石の旅路
313/443

312 特別な体温 sideアルノルト

  






肩で、息をしていた。

どれだけ走ったのかわからないし、どれだけ叫んでいたのかもわからない。ただ…ようやく落ち着いた気がしていた。ミロスラーヴァさんは満足して昇仙してくれた。インナさんともダンさんとも、笑って解散できた。俺がやるべきことは、全部やった。


ずるずると膝をつき、木に凭れて座り込む。


メダリオンは暗がりでうっすらと光っていて、さっきはこれの光が俺を貫いたのに、今は微笑んで見つめることができる。さよなら、ミロスラーヴァさん。ほんとに大好きだよ、フィーネと同じくらいね。俺はメダリオンを首にかけ、体の力を全て抜いた。





どれくらいそうしていただろう。さすがに寒さが堪えてきて、この森を出ようと思った。移動魔法を使う前に、月を…逃げてきた月をしっかり見て、それから帰りたかった。


ざく、ぱき、と枯葉や小枝を踏みながら歩く。森が途切れたところで、少しだけ勇気を出して月を見た。もうかなり高い位置にある月は冴え冴えとした小さな満月。


うん、もう大丈夫だよ、俺。


そう思って視線を地上に戻した瞬間だった。




『アルを悲しませた女になど、渡すものかあああああ!』


「ファ!?」



え?なに?うわわ、なんで急にフィーネの波がこんなに拡がってんの!?なんでフィーネがいるの!?どこだ?



『アルの心痛を思い知れえええええ!』


「…え…」



上空からだと思うんだけど…う、うわ、まさかアレか?



『アルをあんなに虜にするくらいなら、意地でも死ぬなああああ!』


「!!」



…フィーネと思われる小さな人影は、すごく上空で仁王立ちになって、月へ向かってケンカを売っていた。



『アルは…ぼくのものだああああああ!』



俺、夢でも見てんのかな。月から逃げ出した俺を、フィーネが守ってくれたみたい。しかも大サービスのセリフ付きで。



『あるは…うー…あるはやらんぞおおお!』



そう言ったあと、フィーネと思われる人影の高度が落ちていく。だ…大丈夫だよね?あれ、守護かガードに乗ってるんでしょ?うわ、でもフィーネの波がぐにゃぐにゃ…あれ、酔っぱらってる時の波じゃないの!?



「うわああ、ちょ、ガード!あそこまで大至急!」



ヘルゲさんに接続してガードがすごいスピードで飛ぶ。見たところ、フラフラしながらも小さな森へ軟着陸したような感じで…うあああ、めっちゃ背筋凍った…


近づくと、マナの波が枯葉のベッドみたいになってるとこから流れ出ている。「フィーネ?大丈夫?」と声を掛けるけど、反応がない…これ、たぶん簡易テント…だね。


ガード、この結界って中和できる?


( ん~、これマスターのクアトロだろ?ちーとばかし待ってろ )


そう言うと、少ししてからトンネルみたいな入口を作ってくれた。急いで中に入ると、やっぱりフィーネ。間違いない、本物…だね。そしてすっごいお酒の匂い…っ!解毒!気持ちよく寝てるとこ悪いけど、とにかく解毒をレベルマックスで!!


このテントの中はあったかくて、俺は少しだけホッとしてフィーネの寝顔を見ていた。


えっと。落ち着いてきたぞ?フィーネ、もしかして…全部知ってたりする?そうじゃなきゃ、あんな台詞にならないよね?あれって、月っていうか完全にミロスラーヴァさんへの文句だったような気がするんだけど。


え?え?てことはさあ、俺ってもしかして呆れられちゃった?フィーネが好きって言っといて、心変わりしただなんて思われてない?フィーネなら…わかってもらえると思うんだけど…いや、マリー姉ちゃんの教えから考えると…


カシャカシャ、チーン☆


『俺、気の多いダメ男決定』




「うわああー!違う!違うから、フィーネええぇぇぇ!」


「ほあ!?」


「あ!ごめん…起こしちゃった…」


「…む…なぜにアル…ぬ?そのチョーカーは…」



フィーネは寝ぼけているのか、メダリオンを見て目を眇める。そしてクワ!と般若のような顔をしたかと思ったら、メダリオンに人差し指を突きつけて説教をし始めた。



「アルはなあ!純粋なのだ!あなたを純粋に慕い、純粋に楽しませようと必死だったに違いない!それを、あんな筆舌に尽くしがたい荘厳な美しさの歌を刻みつけておいて、あんな天上の甘露を飲ませておいて、死んで勝ち逃げとは何事か!ぼくはあなたに何一つ敵わないが、それでも言うぞ、アルを悲しませた女にアルはやらん!絶対にやらんぞおお!」


「フィー…ネ」


「くそう、あなたにはほんとに何一つ敵わない…ぼくなど…だが負けないぞ、アルはぼくがいただく!カナリアが何だ!ちょっと天使の如く清らかで甘やかな美しすぎる歌声を紡げるだけじゃないか…滅私の心で自分を捧げるほどの崇高な人生を歩んだだけじゃないか…だがアルを大切に思う気持ちは負けないぞ、あなたは死んでしまったじゃないか!アルの心痛を思い知って、天国で盛大に泣くがいい!」


「フィーネぇぇ!!」



俺はがばっとフィーネを抱き締めた。さっき叫んだ時は一滴も出なかった涙が、ぼろぼろと零れ落ちる。ああ、やっぱり俺にはフィーネしかいない。いつでも俺のことをわかってくれるフィーネ。甘ったれの俺を見守ってくれたフィーネ。可愛くて、頭脳明晰で、マッドな発明家で、心が温かくて、いたずら好きで、愛情たっぷりで、コロコロ変わる表情と華奢な体と小さな手。


ぎゅうっとフィーネを抱き締めて、肩口にぐりぐりと顔を押し付けた。もうダメだ、ちゃんと魔法部に就職するまではって思って、たまにフィーネを抱っこさせてもらうだけで、すっごくがまんしてたけど、もうダメだ。


俺は、フィーネが、大ッ好きだ…!



「ぐぇほ…く…苦しい…」


「あ…ごめん…」


「…なぜに、アル?」



フィーネはまた同じことを呟くと、だんだん目の焦点が合ってきた。そして青ざめたかと思うと「うわあああ!」と俺の胸に腕を突っ張らせて離れようとした。…少しも離れさせなかったけど。



「アル…その、これはだね…うあああ、見つかるとは思わなかった…」


「フィーネ、ミロスラーヴァさんのこと、知ってたんだね。俺の事、気の多いダメ男とか…思ってる?」


「は?なぜそんなことを思わなきゃいけないのだい。最初はその…事情を何も知らなかったから、ムカムカしたけども…いや、そうじゃなくてだね、介入する気は一切なかったのだよ、本当に。その…こっそり見るようなマネをして、すまなかった…」


「あは、そんなの全然何とも思ってないよ?ていうか、ミロスラーヴァさんにここ数日の記憶を必ず全部フィーネに見せろって言われてたんだ。ちょっと多いけど…よかったら見てもらえないかなあ?」


「…くそう、どこまで完璧超絶婆なのだ、あの人は…わかった、アルがいいなら見させてもらうよ…」



俺たちはカイさんとカミルさんに接続し、共鳴してみた。


怒涛のように、色濃い記憶が流れ出る。

光の柱を見て、心を揺さぶられた俺。

俺たちと同じくマナの世界を重ねて見る人に魅かれ、滅私の心でカナリアを支える強さに魅かれ。しかし彼女の小さな小さな願いを叶えるために、全力を尽くした。そう、これは俺の必死な四日間の記憶。


たった数時間前までの出来事なのに、もうこんなに懐かしい気持ちで見ている俺は、ミロスラーヴァさんが過去になってしまったのかな?でも、愛しい気持ちは変わってない。苦しい気持ちはもうない。これでいいと、思う。



そんな風に記憶を見ていた俺に、フィーネの思考が共鳴する。



『涙が、出る。


己の卑小さが憎い。彼らの心の大きさが羨ましい。嫉妬で縮こまったぼくは、ほんとにあの人に一生敵いはしない。でも…こんなぼくだが、アルがほしい。この器の大きな男に愛されたいと願う自分がいる。もう止められない、ぼくはアルがほしい』




…嫉妬?俺が器の大きな男?あ…愛されたい?俺が…ほしい?


なにこれ、なにこれ、なんでこんなにフィーネから甘い言葉が出てきてんの?共鳴だよな、これ?どうしよ…フィーネが本当にこう思ってるのが、イヤってほど共有されててわかってるのに…信じられない、嬉しい、どうしよう。


俺がフィーネを凝視してると、フィーネがハッとしたように共鳴を切る。



「ううわ…これかなあ、ミロスラーヴァさんが俺にいいことがあるって言ってたのって、これかなあ。ねえねえ、フィーネは俺の恋人になってくれるの?俺まだ修行中だけど、フィーネに男として認めてもらえた?」


「う…ぐ…まあ…そうとも言うね…」



がばーっとフィーネを抱き締めた。頭をぐりぐりと首に押し付け、その勢いのまま今度は頬ずりした。くすぐったそうに身を捩るフィーネが可愛くて、唇で唇をぐりぐりした。



「だー!アル、何事だ!」


「え、フィーネ可愛いっていう想いのたけをぶつけてみました…」


「うぐ…っ、それは光栄だがね、その」


「えーっと、そうか、こういう時はマリー姉ちゃんの教えだな。『フィーネ、愛してます。俺の恋人になってください』」


「!!」


「…あれ?違った?んーと…『フィーネが好きです。他の誰にも渡したくありません。俺と付き合ってください』」


「!?」


「…フィーネ、大好き」


「…う…わかった、観念する…ぼくも君が大好きだよ、アル」



またしてもがばーっと抱き締めた。「夢みたい、夢みたい、フィーネが俺のもの、フィーネが俺のもの」とブツブツ言いながら頭をこすり付けていたら、フィーネが背中をぽんぽんと叩く。人の重みっていうのは、人の体温っていうのは、たった一人の愛する人のものは格別なんだと思う。ミロスラーヴァさんが渇望していたものは、きっとこういうものだったんだろう。



「…やばい。可愛い。触りたい」


「なんだね、そのカタコトは…」


「うー、だからね、俺も健康な男子ですので、フィーネを直に触りたいと言いますか何と言いますか」


「だあああ!時と場所を考えてみようかアル!」


「えーと夜に結界の中で恋人と二人きり、人里から離れた森の端」


「うぐ…ぼくを理詰めで黙らせるとは…っ!しかしいきなり屋外とか…むぐー!」


「あは、うっそ。大丈夫、ガマンしますよー」


「ガマンと言いつつこの体勢は何だ!んむー!」


「朝までいちゃいちゃしてれば、俺もこれが夢じゃないって納得するからさ、協力して?」


「ちょ、朝までって…んんっんっ…ぷあ、アル、んむ…」




断じて最後まではしていないです。

していないけど、まあ、いろいろした…かな。







  

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